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第一章 異世界への転移
第七話 気づくべき事態
 周辺の瓦礫群の中でも最も大きなものの上に作った焚火を囲む三人の少年少女。
 彼らを上から覗き込む、本来の姿を現したままのエンヴィー。そして、さらに少し離れて全体を俯瞰できる柱の上を陣取るアーチャー。
 これが、この会合の参加メンバー全員だ。
 
「とりあえず、こんなところね」
 
 凛がエドワードの左腕の骨折の治療を終えて声をかける。治療とはいっても、これから何が起こるか分からず、宝石の温存を図るため折れた骨をつなぐ程度の簡単な応急処置だけなのだが。
 
「お前も錬金術が使えたのか?」
 
 エドワードは腕が動くことを確かめるように曲げ伸ばしをする。痛みは残っているが、可動には問題がない。
 
「まさか。これは錬金術じゃなくて魔術よ。さて、次はそっちの怪我も診るわよ」
 
 今度はリンの方へと向き直る。
 
「……大丈夫そうだナ」

それまで黙って凛が治療する様子を観察していたリンは、問題がなさそうなことを確認し息をつく。

「おまっ、先にオレに治療を受けろって、そう言う意味だったのか!?」
 
端的に言えば、エドワードは実験台にされたのだ。不機嫌になるのも、無理はない。

「当たり前ダ。あんな化け物を連れている奴なんだゾ」
 
 きっぱり断言し、ちらりと横目でアーチャーの方を見るリン。
 
「人のサーヴァントを指して、化け物呼ばわりしないでよ……ねっ」
  
 治療と称しながら、彼の痛めた胸部を巻く布に思いっきり力を込める。
 
「っづ!!! お前、少し加減を……っいダ!!」
 
「無礼者には、コレで十分よ」 
 
 呼吸がしづらくなるぐらいにガチガチに巻き固める。
 
「こいつの治療には魔術とかいうのを使わないのか?」
 
 治療の様子を眺めているエドワードが不思議そうに首をかしげる。
 
「いやよ。人のこと、信用しない奴に使うなんてもったいない。タダじゃないんだから」
 
 「タダじゃない」というところに、妙に力がこもっていたのはエドワードの気のせいではないはず。
 
「それに、肋骨が二・三本折れた程度でしょ。これだけ固めておけば、取りあえず痛みは軽くなるはずよ」
 
 凛が背中を軽く叩くと、それだけで痛みが内臓にまで響きリンは言葉もなくうずくまる。
 
「まったく、だらしないわね。男の子のくせに」
 
「痛いのに、男も女も関係なイ……」
 
 うずくまり、小刻みに震えながら涙目で訴えてみるが、凛は聞き流す。
 
「いいかげん、さっさとここから出る方法を教えろよ」

当人たちにしてみれば、至極真面目なのだが、じゃれ合っているようにしか見えないやり取り。それに痺れを切らしたエンヴィーが、苛立たしげに尾でばしゃんと血液を叩く。
 エドワードは問い詰めてくるエンヴィーに背を向け、一枚の壁画と向き合う。それは、宝石や金銀を用いて豪奢に造られたモノの一部。下になっている部分に、銀色の獅子がいて、その上には金を塗り込められた太陽がある。
 
「これは、クセルクセスの遺跡の一部だ」
 
 凛にどこかの遺跡の一部ではないかと言われた時から、エドワードはずっと引っ掛かっていた。この辺一帯にある石材製の建造物の瓦礫。その様式を彼は以前どこかで見たことがあると。
 
「……クセルクセス?」
 
 凜がその単語を反芻する。『クセルクセス』という単語には聞きおぼえがある。歴史や神話の英霊が召喚される聖杯戦争のために読みあさった様々な歴史書。その中の一冊に出てきた登場人物だ。ペルシャの王の后であるエステルの知恵と活躍を描く『エステル記』。これに出てくるペルシャ王がクセルクセス1世を指すと考えられている。

「シンとアメストリスの間にある大砂漠で大昔栄え一夜で滅んだとされる国のことダ」 
 
 疑問符を浮かべる凛に耳打ちをするリン。非常にありがたいのだが、アメストリスという国名も初耳。聞き返したいのは山々だけれど、そんな基礎知識から確認していては、これから始まるエドワードの話を聞き逃すことになってしまう。だから、今はエドワードの話を聞くことに集中する。
 
「これが、グラトニーの中にあるってことは、証拠隠滅……そうだろ?」
 
 エドワードのギリギリにまで感情を押さえこんだ低い声音。
 
「てめぇらが、クセルクセスで何をしたのか、大体読めてきたぜ。なぁ、エンヴィー」 

 多くの人間が取りついているエンヴィーの巨体を、エドワードは強い眼差しで真っすぐに睨みつけた。
 
「それと、ここから出ることとどう関係あるんだ?」
 
 ニィと醜悪な口元を歪めるエンヴィー。エドワードが何を言わんとしているのかを正確に理解していながら、そこからほんの少しだけ外れたそして、もっとも彼自身が望む問いかけを放つ。
 
「……とりあえず、ここら一帯に散らばっている遺跡の中で、この壁画の一部と思われる物を集めてくれ。話は、それからだ」

 エドワードの言葉に、エンヴィーはしばしの間、無言で彼を見下ろしていたが一つ息を吐き出す。

「わかったよ。それでここから出られるというのなら、やるさ」

 気の抜けたような答えを返してから、踵を返して血の海の中、瓦礫漁りをしに行った。

「んで、そっちは色々と聞きたそうだな」

 エドワードが見下ろす先、凛が待ち構えるような視線を向けてきている。

「話が早くて助かるわ、エド。どうせ、あいつが壁画を集めてくるまでは暇でしょ? それまでの間でいいから説明してくれる?」

 先ほどからずっと、色々と聞きたいのを我慢してきた凛だ。この機会を逃すものかとばかりに、エドワードの服の裾を掴んでいたりする。

「……これは、断れないよナ」

 黒髪に青い瞳の可憐な少女が目をキラキラさせておねだりする姿。コレを見て、断れるのは鬼か悪魔か、当人の母親だけだ。
 しかもタチが悪いのは、その当人が効果を重々承知したうえでやっていること。

「いい性格してるな。お前」

「ありがと。褒め言葉として受け取っておくわ」

 と、誰もが見惚れる「あかい悪魔」の笑みで答えた。

「んで、どこから説明すればいいんだよ。ってか、あっちのアーチャーもどうせ聞くんだろ。降りてこいよ」

 エドワードの手招きに、アーチャーはマスターの方を確認するように見る。

「そうね。あのホムンクルスもここから出るまでは、何もしてこないだろうし」

「了解した」

 アーチャーはそう言って、柱の上から一足で凛たちの元に跳び下りる。黒いブーツが高所から降りてきたとは思えないほどの軽い音を立てるのは、反動を完全に殺しきっているから。

「……どういう運動神経してるんだよ」

 見上げるほどの高さがあるうえ、少々距離のあるあの柱の天辺から、至極当たり前のように跳び下り、怪我の一つもしていないアーチャーを呆れたように見返すエドワード。

「何、気にするな」

 肩を竦め、本当に何でもないことのように答えるアーチャー。

「オレさぁ。こっちの説明するよりも、あんたらのことを聞きたいよ。マジで」

 奇抜な格好をして魔術を使うと言い張る少女。それに付き従う半霊体の赤い外套のヒネた性格の騎士。さらにぶっ飛んだ性格のステッキのおまけつき。
 知れば知るほどに、謎は深まっていき一体彼らが何者なのか、想像もつかない。

「あなたが期待するような壮大な物語なんてないわよ。ちょっと用事があって、アーチャーを召喚しただけだし。こっちのステッキは……まぁ、事故ね」

 凛が説明にもなっていない説明をする。

「アレを『ちょっと』で済ますのはキミくらいだろうな」

「そうね。いきなり、記憶喪失なんてかましてくれるサーヴァントもあなたくらいでしょうし」

 聞きようによっては、陰険な会話だが、当人たちにしてみれば軽いじゃれあいのようなものらしい。非常に楽しそうな雰囲気がそれを物語っている。

「さすがです。自分のウッカリを、事故扱いにするなんて」

「あのね、私は自分のウッカリを事故なんて言った覚えはないわよ。私が事故だって言ったのはあんたの存在そのものよ」

 だが、可愛らしい見かけのステッキとの会話は、喉元に笑いながら刃をつきつけるようにギスギスしている。

「ま、そんなわけで。私たちの方は置いといてほしいわ。現在の目的は、ここからの脱出ってことで、敵対はしないし、協力もするから」

「っち。んで、どこから説明すればいいんだよ」

 エドワードが軽く舌打ちをした後、質問を促す。

「ん~、そうね。アメストリスの国の内情と、イシュヴァールの内乱のこと。クセルクセスという国のこと。あとはこっちの世界のホムンクルスを簡単に説明してくれるとありがたいわね」

 取りあえず、現状を理解する上で重要そうなキーワードの説明を求める。

「基礎の基礎からかよ」

 めんどくさそうに、ガリガリと乱暴に機械の方の手で頭を掻いた後、エドワードは床に上方が一部欠けている円を描く。

「これが、オレの国のアメストリス。四方を諸外国に囲まれている内陸の国だ。西と南の国とは国境付近でよくドンぱちしている。北はブリックスって山脈があるおかげで攻め込まれてはいないけど、一触即発だな」

 その円に情報を書きくわえながら、言葉を続ける。

「んで、イシュヴァール」

 東の国境付近に小さくしるしを入れる。

「この近くにオレの故郷もあるんだけど、つい数年前にここで内乱があったんだ。あいつ、エンヴィーも言ってたけど、イシュヴァールの民の子どもが殺されたことをきっかけにしてな。一つの民族を完全に滅ぼすようなやり方で内乱は収まったが、それでも生き残ったイシュヴァールの民はアメストリスの国民を……恨んでいる」

 エドワードが苦渋の表情を浮かべる。イシュヴァールの人と何かしらの関係があったのかもしれない。けれどソレについては、誰も何も触れずエドワードもすぐに表情を改めた。

「うちは、軍事国家なおかげで、錬金術も軍事転用されることが多い。国家錬金術師ってのもそのためだ。錬金術師に国家資格を与えて潤沢な研究資金を与える代わりに、有事の際はその力を……」

 そこで、エドワードの言葉が止まる。

「どうしたの?」

 凛が声を掛けるが、エドワードは答えず自分で書いた円とソレに書きこまれた戦いの印をじっと見つめている。

「おい! エンヴィー!!」

 唐突に後ろで作業をしているエンヴィーに向かって声を張り上げた。

「なんだよ」

 ぶっきらぼうにエンヴィーが返事をする。

「お前らの言う、人柱ってのはやり手の錬金術師なんだよな? 人体錬成のリバウンドから生還できるくらいの」

「ああ、そうだよ」

「大総統のキング・ブラッドレイもホムンクルス」

「そうだって言ってるだろ」

「もしかして、国家錬金術師の資格もお前らが裏で手を引いてるのか?」

「うるさいなぁ。だから、そうだって。人柱候補を集めるにはいい手だろ」

 壁画の一部を見つけて戻ってきたエンヴィーが、それを下ろす。勢いよく下ろしたせいで欠けた石の破片が僅かに飛び散った。小石の転がる乾いた音のあと、軽い水音が静かに響く。

「……けど、軍でも人体錬成は禁止している」
 
「禁止してても、人間はやるだろ? ソレが必要で、できると思えば」

 エンヴィーが人間を侮蔑するくぐもった嗤い声を喉の奥で鳴らす。
  
「ぐっ……」

 エドワードが反論できず言葉を詰まらせる。彼は実際に禁忌とされる人体錬成を実行したのだから。一つ息を吐き、気持ちを入れ替えたあとエドワードは更に詰問を続ける。

「軍のトップにホムンクルスを据えられるくらいだから、お前らはかなり昔からこの国に深い関わり合いを持っている。違うか?」

「へぇ、続けなよ」

 エンヴィーは興味深そうな視線でエドワードを見下ろす。その様子はまるで仕掛けた落とし穴にハマるのを待っている子どものよう。
 
「お前らは、人柱をかなり重要視している。それこそ、グラトニーに飲み込まれるオレをお前が助けようとするくらいにな。だが、その人柱の候補を集める国家錬金術師資格は、近年の新しい制度だ」
 
 エンヴィーはニヤニヤと嗤いながら、何もいわずエドワードの言葉を聞いている。
 
「人柱は、お前らの計画の要。それが必要になるってことは、お前らの計画――――」
 
 エドワードは立ち上がり、巨体のエンヴィーを睨み上げる。エンヴィーは小さな人間の姿を上から見下ろす。
 
「最終段階に入ってるな」
 
「ご名答」
 
「まさか、お前ら……」

 エドワードが更に問い詰めようとするが、エンヴィーはクルリと振り返り血のしぶきを上げながら、暗闇の奥へと姿を消す。

「くっそ」

 忌々しそうに吐き捨て、エドワードが音を立てて座り胡坐の姿勢になる。それっきり、エドワードは何かを考え込み、押し黙ってしまった。
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