敵はロイ・マスタングの一派だけではなかった。
唐突にセントラルに現れた集団に翻弄され、中央軍は混乱の一途をたどっていた。
彼らの装備から、その集団はブリッグズの砦にいるはずの北方軍だということはわかっている。
彼らは、サブマシンガンや機関銃などの本格的な装備のみならず、戦車さえも持ち込んでいる。
これら潤沢な武器を装備した練度の高い兵士たちが中央軍に牙をむいたのだ。
そもそも、攻めることはあっても守る経験の少ない中央軍にとって、これら一連の戦いは不得手と言わざるをえない。
いったいどこから、なぜ、どうやって。
そうした疑問を解く暇もなく、混乱にさらに拍車をかける出来事が、中央司令部の中枢で起こっていた。
「すぐにブリッグズ兵を引き上げさせろ!!!」
司令部の中枢の会議室の一角で、怒声が響く。
将軍の一人が右手に構えた銃がアームストロング少将を捉えている。彼女は、結束の固いブリッグズ軍にとっての楔であり人質。その価値のためだけに、この中央に置いているだけの駒。
「そちらこそ、ただで済むと思っているのか」
だが、彼女は決して物言わぬ駒ではない。彼女こそは、ブリッグズの猛者たちでさえ畏れる氷の女王、オリヴィエ・ミラ・アームストロング。
「お父様、とやらに聞いているのだろう。何を犠牲にし何を得ようとしているのか」
彼女はまったく動じることもなく席についたまま腕を組んで冷淡な口調で告げる。
貴様はその意味を理解してここにいるのかと言外に問う。
「ああ、聞いている。我ら、選ばれた者たちが更なる高みに上り、このアメストリスが世界を変える!!!」
だが彼は少将の言外の言葉にまったく気が付かず、『お父様』から教えられたままのお題目を声高に叫ぶ。
「変化するために、痛みを伴うのは仕方がないことだ!! なぜそれがわからぬ!!」
「もうダメだな。貴様らは」
少将が小さく、しかしはっきりとつぶやく。この瞬間に彼女は司令部を見限った。
けれど、彼は彼女がなんと言ったのか理解する余裕などなかった。
少将は腕を組んで座っていた。攻撃に出るような挙動はなかったし、腰に帯刀された剣はテーブルの下。
だが、彼女が攻撃するはずもできるはずもないということが思い込みでしかなかったと、彼は思い知らされる。
「あががががががが!!!!」
気も狂わんばかりの痛みとともに。
彼女は、一瞬にしてテーブルの下から抜刀し、彼の右の前腕から二の腕までの筋肉を半ばまで切り裂いたのだ。
さらに彼女は、彼が落とした拳銃を拾い部屋にいたもう一人の将軍に銃口を向ける。
「ぬくぬくとした安全地帯から戦場を眺める貴様らのようなものが、痛みというものをさも崇高であるかのように仕立て上げ利用する」
吐き捨てる言葉とともに、引き金が引かれた。
アームストロング少将は、残ったもう一人の将軍を人質として軍の指令室に向かう。
目的は、中央軍の軍指揮権の乗っ取り。それが、この反乱のもっとも合理的で手っ取り早い終結の方法だ。
中央軍の兵士たちが、異常事態に気が付き駆けつけてきたのを見て、前腕部を切ったせいで抉れた肉をさらしている将軍のこめかみにこれみよがしに銃を突きつけた。
だが、その中で、
「中央指令部、東西南北すべての門を閉めろ! ブリッグズ兵もマスタングたちも、一人たりとも中に入れるな!!」
こめかみに銃を突きつけられながら将軍は集まってきた兵士たちに命令を発する。
それは、たとえ虚勢であったとしても中央指令部の将軍としては正しい判断であり、命令であった。
しかし、その命令に兵士たちが反応する前に直上から影が降ってきた。
反応できたのはアームストロング少将のみ。
けれど、彼女でさえかわすので精いっぱいだった。
床に膝をつきながら、影の正体を彼女は見た。
それは以前ブリッグズの砦を襲ったホムンクルス、スロウス。
皮膚は弾丸をはじくほど硬く、戦車ですら持ち上げるほどの力がある化け物。
ブリッグズの砦の戦力を総動員してようやく動きを封じたホムンクルスが、アームストロング少将を見下ろす。
「じゃま、ダメ。めんどーくさい。斃せって言われた」
そのホムンクルスを、彼女は恐れ気もなく見上げ、口の端を上げる。
「いいだろう、化け物。相手になってやろう」
アームストロング家に代々伝わる名刀を構える。
―――――――――血で血を洗う戦端がここでもまた、開かれた。
エドワードたちがたどり着いたのは、スカーが侵入したという地下への入口ではなく、第三研究所。
もちろん初めは計画通り路地裏にある地下への入口を使おうとしたのだが、軍の集合場所になっていたため却下。その後、エドワードは第三研究所に地下への入口があることを思い出し、半ば強行突破。地下への扉をエドワードが錬成し、現在に至る。
「なんで、俺がコイツとっ!!」
侵入口の変更があった以外は、そう大きな障害もなくここまでたどり着いたというのに、不満の声を上げているのはエドワードだった。
「錬金術の力配分で行ったら、こうだろ」
道は左右に分かれているため、手分けをして先に進むという話になった。ホーエンハイムの指示は、自分が一人で行くから残りのメンバーは一緒に左へ行くようにというものだ。
「エドワードさん、錬金術を封じ込まれてしまいますし、致し方ないんじゃないですか」
ルビーの他人事のような言葉にエドワードが反論できず呻く。
エドワードやアルフォンスが錬金術を使えなくなっている中で、スカーやメイの錬金術が機能していたのは事実だ。
理性ではそう理解していても、感情がスカーと一緒に行くしかないという現実を拒んでしまう。彼は、ウィンリィの親の仇なのだ。
だが、その感情にとらわれていては、『フラスコの中の小人』とまともに戦うことさえできない。
だから、しぶしぶ了承するほかなかった。
「んで、そっちは一人で行くのか?」
「なんだ、エド? 心配してくれるのか?」
「ばっ! 誰が、心配なんかするか!!」
強く否定するが、それが逆にエドワードがホーエンハイムのことを気にかけているということを端的に示していた。
「俺は、規格外だから一人でも大丈夫だ。何が起こるかわからないから、気をつけろよ」
「てめぇに言われるまでもねぇよ」
「そうか」
憎まれ口をたたく自分の息子に苦笑すると、ホーエンハイムは分かれ道を右へと進んだ。
「規格外、か」
その背中を見て、エドワードがぽつりとつぶやく。
ホーエンハイムは、錬金術の無限の増幅器である賢者の石そのものだ。一人で大丈夫というのは、逆に言えば他の人間は足手まといになるということ。
けれど、もしも、ここにアーチャーがいたならば。
賢者の石を体内に持つ、規格外である彼がここにいたのなら――――
「……何見てんだよ」
視線を感じて見てみれば、キメラ組の何やらニヤニヤした顔が目に入る。
「くそっ! ほら、さっさと行くぞ」
自分で聞いておきながら、エドワードは彼らに何かを言わせる隙を与えず、追い立てるようにしてホーエンハイムと逆の道へと進んでいった。
その奥で。
錬金術の研究員が止めるのも聞かず、敵が一向に片づけられない中央兵のだらしなさに憤って暴挙に出た愚かな将校がいた。
地下で鈴なりにぶら下がっていた人形。それに賢者の石を注入した。
途端に、その人形たちが一斉に狂声を上げた。そして、自我と魂を持たない人形が目覚める。
目につくものすべてを喰らい尽くそうとする人形。彼らにとって、目の前にある動くものは自らの欠けたものを埋めるごちそうと変わりない。いくら食べても、欠けたものが埋まることはないことなど彼らには関係がない。ただ、埋めることを望むだけなのだから。
人形の最初の犠牲になったのは、彼らを目覚めさせた将校と研究員。
―――――――――だれにも止められない狂宴が始まる。
そして。
セントラル郊外、カナマのすぐそばにある森で爆炎が上がった。
爆炎の中心にいたのは、白いスーツを纏った男性。その両手のひらには赤い染料で描かれた錬成陣。
男によって生み出された爆炎は、ホーエンハイムが作り上げた土の牢獄に風穴を上げた。彼の背後では、ハインケルがうめき声をあげている。背後からの不意打ちによる爆炎の一撃を受け、致命傷に近い傷を負わされていた。
「探しましたよ。まったく余計な仕事を増やさないでください」
白いスーツの男、キンブリ―は死にかけているハインケルを無視し、爆炎が舞い上げた砂煙の向こう側に声をかける。
「あはは、大目に見てください。もう、油断はしませんから」
幼い少年の朗らかな声がする。
―――――――――そうして、牢獄から解き放たれたのは、プライドという少年の姿をした悪夢。
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