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第一章 異世界への転移
第五話 真の姿
「生き残るためなら、敵に魂売ってやるぜ、一瞬だけだがな」
「生きることにネチッこいのはいいが、なんか美しくなイ!」
「うっせー、生き残ってなんぼのもんだ」
 
 やかましく言いあいを始めた少年を茫然と見る凛。ちなみに、現れた少年の方も呆れている。どさりと不機嫌な様子で近くの瓦礫の上に腰をおろして、肩をすくめた。
 
「出口なんてないよ」
 
 少年は、あっさりとそれまで彼らが必死になって探し求めてきたものを否定した。
 
「っとに余計なことをしてくれたな。そっちの糸目だけを飲み込ませるつもりだったのに……このエンヴィーまで芋づるだよ」
 
 顔に右手を押し当て、心の底から悔しそうに唸る。
 
「飲むって……やっぱりここはグラトニーの腹の中なのカ!!」
 
 リンが、エンヴィーに食ってかかる。
 
「腹の中であり、腹の中ではない。そっちの鋼の……錬金術師サンの方はここがどこだが、もう気が付いているんじゃないのか?」
 
「……そういや、グラトニーに飲み込まれた時の感覚は……どこかで……」
 
 エドワードは本棚の中から一冊の本を探すように視線をさまよわせ、記憶にうずもれた『グラトニーに飲み込まれた時と似たような感覚』と言うモノを検索する。
 
 そして、本は見つかった。
 
「真理の扉…………」
 
 だが、見つけた本人が信じられないと言うように呟く。
 
「で、でも。あそこはこんな暗闇でも、血の海でもなかった。真っ白な空間に扉があって……」
 
 彼自身、それを否定するように言葉を連ねるが、リンや凛には全く理解できない。
 
「へぇ、本物はそんな場所なんだ」
 
 ただ一人、エドワード以外で真理の扉について理解しているエンヴィーがソレに答える。

「本物!?」
 
「グラトニーは、お父様が作った『擬似・真理の扉』だ」
 
 困惑するエドワードにエンヴィーが説明する。
 
「おい、真理の扉ってなんダ」
 
 全く話についていけないリンがエドワードに聞くが、その質問に答えることもできずに彼は茫然と立ち尽くす。

「お父様の力を持ってしても作ることができなかった、真理の扉の失敗作。ここは、そうだな……現実と真理の狭間といったところかな」
 
 呆然とするエドワードや話についていけない人たちを無視して、話を続ける。
 
「出口も出る方法もありはしない。誰もここを出られない」
 
 説明するというよりも、どこか八つ当たりめいた口調。そして、歯を食いしばるような悔しさを隠しもしない表情。
 
「皆、ここで死を待つしかない」
 
「「嘘だ!!!」」
 
 二人の少年が、感情を露わにしてエンヴィーの言葉を拒絶する。
 
「そんなこと、あってたまるか!!」
 
 エドワードの生のままの感情をぶつけられても、エンヴィーは何も答えない。
 
「ちょ、ちょっと待ってくれよ。し……死ぬって、オレが死んだら、アルフォンスはどうなるんだよ。やく……約束し、……」
 
 エドワードは両膝をついて頭を抱え込む。言葉は震え、否定しなければならない現実を必死になって拒絶する。
 
「ところで、そもそもその『真理の扉』って何よ」
 
 そこに、一人だけ現状を全く把握しきれていない少女の声が割って入った。どこかに感情を置き忘れてきたかのように、他の三人よりもずっと冷静な口調。
 
「……そういや、このチビのお嬢ちゃんは一体どこから入り込んだんだよ。グラトニーがつまみ食いしてたのか?」
 
 まるで、声を聞いて初めて気がついたようにエンヴィーが凛の方を向く。
 
「そんなこと、今はどうでもいいでしょ。それよりも、早く『真理の扉』ってのについて説明しなさいよ。こっちはあなたたちの話をさっぱり理解できてないんだから」
 
 他人の感情などはどうでもいいとでも言うかのように、説明の催促をする。
 
「錬金術師が人体錬成をした時に開く別次元のような場所へ通じる扉なんだとさ。扉の中で、錬金術師は対価を求められ真理を叩きこまれてくる。でも、そこから生還できるか否かは、その錬金術師の才能と運次第だ」
 
 才能がなければ大量の真理を詰め込まれ、莫大な対価を支払わされることになる。才能があっても、対価として支払うモノによっては死ぬこともある。
 そう、エンヴィーがぶっきらぼうに説明する。
 
「それじゃ、お父様ってのは何? あなたたちホムンクルスの親玉?」
 
「オレたちホムンクルスを作った…………ってか、本当にお前何なんだよ」
 
 出られない、ここで死ぬのを待つだけ。そう断言したというのに、動じるどころかなおも情報を求めてくる十歳前後に見える少女へとエンヴィーは訝しげな視線を送る。
 
「魔法少女なんだとさ」 
 
 あまりに気丈な様子の凛に呆れかえりながら、エドワードが答える。
 
「ソレはもういいわよ。そんなことよりも、続きよエンヴィー。そのお父様はなんで、『真理の扉』を作ろうとしたのよ」
 
「真理の扉から生還できる錬金術師が必要だったからだよ。それなら、錬金術師が扉を開けるのを待つよりも、扉を作ってそこに錬金術師を放り込んだ方が早いだろ」
 
 本来ならば、絶対に明かしてはならない極秘事項であるはずのことをエンヴィーがあっさりと明かすのは、どうせ助からないという諦めがあるからだろう。
 
「つまり、ここは本来の世界へ帰ることを前提に作られているってことね」
 
「違う。『真理の扉』は対価を払って知識を詰め込まれるための場所だ。本来なら人が知りえないような知識さえ、そこにはある」
 
「ついでに言うなら、そこには『真理』ってのがいるぜ。自分を宇宙だの世界だの神だのと偉そうにのたまう、腹の立つ奴だけどな。たぶん、全事象を現す記号みたいなもんで、オレの脳がその事象を分かりやすく理解するために作りだした幻なんだろうけど」
 
 続けて、実際に真理の扉から生還したエドワードがその時のことを想起し説明する。
 
「なんだか、『根源の渦』みたいね。非常に興味深い話ではあるけど、今はいい」
 
 ほんの少し、悔しそうに凛が呟く。時と場合が許せば、そのあたりを詳しく聞きたいところだが、今はそんな場合じゃないから、話を先に進めることにした。
 
「本物の方は『真理』がいて、知識を詰め込まれるって場所かもしれないけど、こっちの『擬似・真理の扉』はそうじゃないでしょう。製作者の意図は、ここから生還できる人材が欲しいんだから」
 
「だから、失敗したっていっただろ。隠ぺいしたいモノや邪魔なモノを飲み込むくらいにしか役に立たない」
 
 モノ分かりの悪い子供に言い聞かせるように、嫌味ったらしくゆっくりとエンヴィーが話す。
 
「……そうね」
 
 それっきり、凛は黙り込む。
 
「にしても、『扉』を自分で造ろうとするくらいに、そこから戻ってこれる錬金術師を必要としているお前たちのお父様って誰だ? ブラッドレイ大総統か?」
 
 エドワードは更にエンヴィーへの詰問を続ける。
 
「はっ、あんなガキがお父様なわけあるか」
 
 くだらねぇとばかりに、足元の血液を軽く蹴るとパシャンと軽い音がする。
 
「大総統も造られた人間か」
 
「そうだよ」
 
 エドワードの問いに、至極あっさりとその事実を認める。
 エンヴィーは言葉遊びをするきらいがあるが、ここまで来て、彼に嘘をつく意味はないだろう。
 
「最悪だ……第五研究所、人の命を使った賢者の石、人造人間ホムンクルス、イシュヴァール戦も絡んできているな……」
 
 自身の考えをまとめるように、重要な意味を持つ単語を並べていくエドワード。凛にはこれらの単語の意味の半分も理解できない。
 そして、エンヴィー。
 彼は、エドワードの言葉に反応を示し堪え切れない笑みで顔を歪める。
 
「イシュヴァール。ははははは! あれほど見事な内乱はないね」
 
 両方の口角を上げ、八重歯をむき出しにし膝を叩いて嘲笑う。それは、見間違うこともないほどの酷薄な悪魔の笑み。
 
「覚えているかい? あの内乱が勃発したきっかけを?」
 
 それは、おそらくは秘密にしなければならない話。けれど彼が聞かせたくてたまらない真実。だか、その話しは明らかに不吉をもたらすもの。
 
「確か、軍の将校がイシュヴァールの子どもを誤って撃ち殺したって……」

「エドワード!」

嫌な予感に押され、凛は声を上げてエドワードの言葉を遮ろうとする。
 だが、エドワードは魔術師である凛ほどに深謀遠慮を巡らした会話に慣れていない。だからこそ、あっさりとエンヴィーの言葉に乗り、彼の望む答えを返していた。
 
「そう!!」
 
 エドワードの言葉に、エンヴィーは心の底から嬉しそうな無邪気な笑みを見せる。
 
「このエンヴィーが、子どもを撃ち殺した張本人!」 
 
 己を指し示し、眼を見開き、口を歪め残酷な真実を明かす。
 今まで、誰かに明かしたくて明かしたくて仕方なかった真実。国家機密クラスの極秘事項ゆえに、誰かに話すことを許されなかった自身の手柄を、彼はなんのためらいもなしに開示する。
 見開かれた瞳は、この真実を聞かされた少年たちの反応を見るためのモノ。
 そして、エドワードはエンヴィーを満足させる表情を浮かべる。茫然とその受け入れがたい真実を絶望とともに受け止める、僅かな反応も返せないソレを。
 
「気持よかったね、あれは。弾丸一発でみるみる内乱が広がっていく様は爽快だったぁ。本当に人間ってやつは操りやすい面白い生き物だ。愉快だったよ」
 
 エドワードの絶望を潤滑油にして、エンヴィーはさらに口上を続けていく。
 
「ああ、ちなみにね。当時、イシュヴァールへの軍事介入を反対していた穏健派将校に化けて撃ってやったんだぁ。そいつは後で軍法会議で裁かれちゃってねぇ」
 
 子どものような無邪気さで、人も人とは思わない下劣にして最低な高笑いを上げる。
 それは、この暗闇しかない空間の中で、遥か遠くまで響き渡っていく。
 その笑い声の中、エドワードが足を前に出す。
 
「てめぇか。なんの罪のない子供を撃ち殺した、内乱の元凶」
 
 静かすぎるほど静かな声音。
 
「東部も、オレたちの故郷も壊して……」
 
 歩を進める速度もゆっくりで。
 
「イシュヴァール人を追いやって、傷の男スカーという復讐鬼を生み出して……」
 
 逃げようと思えば、逃げられるはず。だというのに、エンヴィーはエドワードが来るのを待つ。片膝をたて余裕の体を崩さず、ニヤニヤと粘着質でイヤらしい笑いを浮かべながら。
 
「ウィンリーの両親を奪ったあの内乱のはじまり……」
 
 ギリギリと音を鳴らして、機械製の右の拳を握りかためる。今にも泣き出しそうな顔で、睨みつけるのは、彼の大事な人の運命を最悪な形で壊した元凶。
 
 戦争という理不尽な暴力にさらされ、ぶつけどころのない憤りをずっと貯め込んで来た。それがここにきて、分かりやすい形で目の前に提示されたのだ。
 エドワードが露わにする感情は、痛いほどに分かりやすい。
 
 わずかな明かりしかない暗闇の中でエドワードがエンヴィーへと向かって進む。エドワードは自身の憤りを迷うことなく目の前の元凶へとぶつける。
  
 放たれた右の拳。
 機械製の拳を一切のためらいも躊躇もなく放つ。受けるのは、小柄な少年の姿をしたホムンクルス。 
 エドワードがホムンクルスを吹き飛ばす様を誰もが想像していた。
 けれど、そうはならなかった。
 エンヴィーはエドワードの拳の衝撃を受けても、まるでびくともしない。むしろ、衝撃のほとんどがエドワードの身体に返り、全身がびりびりと震えるほどだった。

「やるかぁ、ガキぃ?」
 
 ゆらりとエンヴィーが立ち上がる。全身に、赤い電光を走らせながら体が変質していく。皮膚が壊れていく音がする。骨格がグズグズに崩れていく光景を目の当たりにする。四肢があってはならないほどに膨張し、影が落ちていく。
 
「離れロ、エド」
 
 それまで黙って話を聞いていたリンが立ち上がり、何があってもすぐに対応できるよう距離を取る。
 
「どうせ、みんなここで死ぬんだ。冥土の土産に、いいものを見せてやるよぉ」
 
 彼が発した声は、かろうじて人間の形をしていた時の名残を残すもの。だが、歪み膨れ上がっていく体は明らかに人から離れていく。
 
「気をつけロ。あいつは、あんななりをしていたがかなりでかい……」
 
 リンが注意を促す。彼はエンヴィーがとてつもなく大きなものであると想像していたのだろう。
 けれど、その彼もエンヴィーの大きさを想像しきれていなかった。
 見上げるほどに大きな体は、地上最大の生物である象など赤子に見えてしまうほど。その姿かたちはどこか幻想種の竜を思い起こさせる。
 
 けれど、竜が気高く勇猛な生命の象徴であるとしたら、目の前にいるエンヴィーが転じた姿はそれと真逆の存在と言えた。 
 深い緑色の皮膚には鱗が生えてくる。四つんばいになって六本の足で全身を支えるのはそうしなければ、その巨体を支えきれないから。歪なのは、六つの足のうち四つは爬虫類のように鱗で覆われているが、残り二本はまるで巨人のように白い肌を残していること。
 
 長く太い尾が、周囲の小さな生き物を威嚇するようにユラユラと揺れる。顔は僅かに人間だったときの名残が残るが、耳元近くまで裂けた口や、見開かれた大きな赤い目は、人に似ているからこそ余計に醜悪だった。そして、何よりも人の神経を焼き切るようにあげられるのは、彼の全身から上げられている甲高い悲鳴だった。
 
 断末魔の悲鳴が幾重にも重なり合い、聞く者の精神を追い詰めていく。悲鳴を上げているのは、エンヴィーの鱗の隙間でボコボコと音を立てて泡立つように上がっては消えていく、人間。男も女も、老人も子どもも。ありとあらゆる年代の人の顔が、口を大きく開けこれ以上ないほどに顔を歪め、苦痛に泣き叫んでいる。彼らが、手を伸ばすのは救いを求めるためなのか、自分たちと同じ立場に引きずり込もうとしているのか。
 
「………なんなのよ……アレ……」
 
 凛は茫然と、その化け物を見上げた。
今回の場面でアーチャーが偵察中で留守にしているのを忘れて、うっかり書き進めてしまった部分があります。
ちょっともったいないので、公開。


 エドワードが憎悪の眼差しをエンヴィーに向け、感情をあらわにして糾弾する。
 その様子を無言のまま、何の表情も浮かべることもなく見つめているアーチャー。そんな彼の浅黒い肌の手を握る温かな感触少しばかり驚いた。
 
――――アーチャー

 ただ、名を呼ぶだけの不安そうな念話が彼の脳裏に響く。
 『大丈夫』そういう意味を込めて、少しだけ力を込めて少女の小さな手を握り返す。
 それでも、少女の不安そうな思念はやまない。言葉にしてこないからこそ、余計に少女の想いが純粋に届く。

 だが、本当に、どうしようもないほど『大丈夫』なのだ。
 確かに、エドワードがエンヴィーに向ける感情は、幾度となくエミヤシロウに向けられたモノによく似ている。

 エミヤシロウは、一度たりとも戦争の原因になったことはない。ただ、いつも死ぬ思いで争いを納めてきた。だがその結果、争いの原因に仕立て上げられていたことがあっただけだ。

 けれど、そんなことは凛に心配されるまで忘却の彼方に在った。現状を理解しここから脱出を図るために、彼らの会話から得られる情報の収集を図っていた。だから、彼らのやりとりを見ても何の感情も沸いてこなかった。

 アーチャーは胸の内で苦笑が零れる。どこまで自分は摩耗し、擦り切れてしまっているのかと。


ここまで書いて、アーチャーがこの場面にいないことを思い出し、慌てて書き直しました。
アーチャーのエミヤシロウとしての内面は書いていて、ちょっと興味深かったのでいつか本編で再チャレンジしてみたいです。
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