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第三章 復活
第三十九話 小さな人間の傲慢な掌
 夜空にかかっていた雲は風に流されたのだろう。いつの間にか、天頂には満月がかかっている。
 月明かりの下、アーチャーは寝静まった街を抜け郊外へ向かって駆ける。

「全く、無茶しましたね〜〜」

 アーチャーの黒い外套の懐からひょこりと顔を出したルビー。

「何がだね」
「とぼけても、ダメですよ。グリードの記憶に検索をかけたとき、彼の意識が表に出かけたじゃないですか」

 あのままグリードが表に出たら、また支配権を取り戻すのは骨の折れる作業になったはずだ。

「それに今回の件で、道を作ることになったんじゃないですか?」

 完全にグリードを抑えこむ前に接触したことがきっかけで、彼が表面化しやすくなってしまった。

「―――――あれだな」

 アーチャーはルビーの質問に答えず、先を見据えた。彼の視線の先には、右半分が半壊した小さな小屋がある。

「おや、誰か先客がいらっしゃるようですね」

 小屋の窓から時折チラチラと光が揺れているのが確認できる。

「どうしますか?」

「できるならば、荒事にはしたくないが……」

 アーチャーの言葉のうちに、小屋の中で揺れていた光が消える。それはすなわち、小屋の中にいる何者かが、アーチャーの接近を察知したことを示す。

「そうも言ってられんようだ」

 小屋の中からは複数の気配が感じ取れる。しかも、かなり警戒しているようだ。向こうはアーチャーの出方をうかがっている。
 小屋があるのは見晴らしの良い小高い丘の上。近づけばどうやっても察知される。

 ―――――ならば。

 身を低くかがめる。
 足に強化を施し、一息で加速し瞬時に距離を詰め小屋のなかに飛び込む。

 小屋の中の人物の驚愕。それが収まらないうちに、まず入口左側にいた男性の足を軽く払う。バランスを崩した所を床に押し倒し、コートの襟元の部分にナイフを突き立てて縫いつける。

 次いで、右側の銃口をむけてきた男の懐の内に一足で飛び込み下から顎に掌底を叩き込んだ。男が取り落した銃を受け止めながら、逆の腕で水月に肘を打ち込む。倒れた男がすぐに起き上がれないよう、コートの裾を踏みつけ最後の一人に向かって銃を向ける。

「…………ふむ、エドワードか。こんなところで何をしている」

 最後の一人に対し突きつけていた銃を下し、アーチャーは先程まで戦闘行動を取っていたとは思えないほど平然と声をかける。

「――――――それは、こっちのセリフだぁぁああああ!!!!」

 エドワードの大絶叫が夜の小屋の中に響きわたった。









「おい、エドワード。こいつ何者だ?」

 解放された二人の男性。両方ともかなり背が高くガッシリとした身体つきなため間に挟まれているエドワードがより小さく見える。

「ええっと、なんて言えばいいか……俺もよくわかんねぇんだよ」

 グラトニーの中で一通り説明は受けたとはいえ、さして付き合いも長くない相手。アーチャーに関してどう言っていいかエドワードも戸惑う。

「私は、アーチャー。そうだな……今はホムンクルスと言っても間違いではないか」

「な!?」
「ホムンクルスだと!?」

 二人の男たちがマジマジとホムンクルスだと名乗るアーチャーを見下ろす。

「おいおい。そんな軽く……」

 エドワードが頭を抱える。

「それで、そちらの二人は?」

「ダリウスだ」
「ハインケルだ」

 黒髪黒ヒゲの男がダリウス。金髪でメガネをかけた方がハインケルを名乗る。

「元軍属だが、色々あってこのガキと行動している」

「たしかに、色々あったようだな。キミは行方不明になったと聞いていたんだがね」

 そう言って、アーチャーはエドワードの方を見る。

「まぁ、こいつらに襲われて」

 エドワードが二人の男性を指さす。

「で、変態白スーツの爆破魔に坑道に叩き落とされて、死ぬ目にあったけど、どうにか生還ってわけだ」

 あっさりざっくりとこれまであったことを簡潔に説明するエドワード。

「そっちは、どうなってるんだよ。凛がお前を助けるために駆けずり回ってただろ。だいたい、身体乗っ取られてたのにどうやって取り返したんだ」

 そして、今度はアーチャーがどういう経過を辿ってここにいるのかを尋ねる。

「凛と接触はできたが、少々不手際があってね。そのときにグリードからは支配権を取り戻したが、今は彼女の方が行方不明だ」

 アーチャーはあえて仔細に説明することを避けた。

「んじゃ、なんでこんなところに来んだよ」
「少々調べたいことがあったのでね。そちらは、どうしてここに来ている?」

「こっちは、このアニキの当てずっぽうな勘で仲間と合流しようとしたが、ものの見事に空振りだったわけだ。というかだな……」

 ハインケルがアーチャーの質問に答えると共に、胡散臭そうな視線を向ける。

「その横で浮いている気持ちの悪いおもちゃみたいのはなんだ?」

「気持ち悪いとは、失礼ですね」

 ルビーが不機嫌な調子で羽をすくめる。

「うおっ!! しゃべった!!!!」

 ダリウスがたじろぐ。

「一体、どういう仕組みになっているんだ?」

 ハインケルが好奇心でルビーの羽をつまんでみたり、両端からひっぱてみたり、ひっくりかえしてみたりと弄りまわす。

「はわわわわ。そんなに乙女をジロジロと見つめないでくださいまし~~」
「だ、大丈夫なのか? ハインケル」
「どこかにスイッチでもあるのか」
「ああ、いやん。くすぐったいです」

 まるで猫がおもちゃで遊ぶようにハインケルが興味津々でルビーをいじり、それを横からダリウスがのぞきこむ。そんな彼らに一々ルビーが反応を返している。

「いいのか、アレ? 放っておいて?」

 端からみていると、いい歳をしたオヤジが子供のおもちゃで遊んでいるようにしか見えない。そんな光景に、思わずエドワードはアーチャーに問いかける。

「構わんだろう。ああしている分には実害はない」

 アーチャーはむしろ、ルビーに付き合わずにすみ清々するといった様子だ。

「ところで、エドワード。キミはまだホムンクルスたちの一件に関わるつもりか?」

 エドワードはホムンクルスに関わったことで何度となく死ぬ目に合っている。ここで手をひいたところで、誰も責めはしない。実際、この件に関してはロイ・マスタングやオリヴィエ・ミラ・アームストロングといった軍の高官が対処し始めている。

「当たり前だろ。ここで手を引いたらたくさんの人が―――――」
「死ぬ。キミがこの国にいるせいで」

 アーチャーの言葉に、エドワードが息を飲む。

「『お父様』と呼ばれている奴は、5人の人柱を求めている。人柱とは扉を開くことができる者だ。この資格を持つ者は、現時点で4人。その中の一人が君だ」

 アーチャーが事実だけを淡々と述べる。

「そんなのは……わかってる」

 エドワードは喘ぐように答える。

「ならば。なぜ、ここにいる? キミが国外に出れば、それで奴の計画は終わるんだぞ」
「それは、わかってる。でも、奴らの計画を邪魔したらウィンリィがっ!」

 大切な幼馴染が人質にとられている。その彼女を危険にさらしてまで逃げるという選択肢はエドワードの中にない。

「では、こうして奴らに対して反抗することで人質は無事にすむのかね?」
「それでも!! 俺は、当事者だ。見て見ぬ振りをして逃げるような真似ができるか!!」

 冷酷とすらいえるほど淡々と話を進めるアーチャーに対し、エドワードは必死になって抗弁する。
 ふざけていた他の面々も静まり返って彼らのやり取りを見守っていた。

「稚拙な正義感で勝手な行動を取られては迷惑だ」

 どこまでも冷淡にアーチャーが言い切る。

「おい。何もそこまで言うことないだろ」

 思わずダリウスがアーチャーの言葉を止めようと肩をつかむ。

「……キミはこのような戦いに子供が巻き込まれても構わないと、そう言うのかね?」

 肩をつかまれたままアーチャーはダリウスを見上げて正論を突きつける。

「そういうお前だって子供だろうが」
「子供……? ああ、そういえば、そうだったな」

 アーチャーはダリウスに言われて初めて思い出したという様子で口を歪める。

「それに、コイツは止めたって聞きやしない」

 ハインケルがその大きな手をエドワードの頭の上に置く。

「俺はもう、後戻りできない場所にいる」

 エドワードは生身の方の手で、鋼の機械鎧(オートメイル)をつかんだ。

「ならば、前に進むしかない。もう誰も失わない方法で進む。もし誰かが犠牲になりそうになったら、オレが守る」

 エドワードはまっすぐな目をアーチャーに向け、何のためらいもなくその誓いを告げる。

「バカだな」
「あんたは、そういうと思ったよ」

 エドワードは苦笑する。

「そういう、正義感を振りかざすバカをオレは知っている。最後にはその理想に溺れ、死んでもなお理想に裏切られ続けるようなバカな男だ。それと同じになるかもしれんぞ」

「この手で守れる者なんて、自分ひとりで一杯なのに他のものまで守ろうなんてただの傲慢だというのもわかっている。それでも、もう誰も犠牲にしない。誰かを犠牲にする方法で自分たちが助かることを選ばない」

 それはちっぽけな少年の傲慢にして絶対たる覚悟。
 アーチャーはそれを確かめるように、エドワードの目を見る。エドワードもまた挑むようにアーチャーから視線をそらさない。

「ならば、好きにしたまえ。どのみち、私がどうこう言えるような立場でもないのだからな」

 アーチャーの言葉は、突き放すものだった。実際口ぶりにも表情にも、呆れが浮かんでいる。

「立場?」

 エドワードはそんなアーチャーの他人事のような口ぶりに不快感を持ちながらも、一言に引っかかり反芻する。

「この世界の一件に関わろうとしている時点で、私も―――同類だということだ」

 アーチャーが呆れていたのはエドワードに対してではなく、彼自身に対するものだった。正義の味方という理想を追い求め、理想そのものに裏切られてもなお選んでしまう傲慢な自分自身への呆れ。

「坊主も難儀な奴だな」

 ダリウスが声を立てて笑うと、アーチャーは心底嫌そうに顔をしかめる。暗に青臭いと言われたのがイヤなのか、あるいはエドワードと同類視されたことが気に食わないのかは不明だ。

「こう見えても、君らよりは年を食っているんだがね」

 一応、事実を言ってはみるが外見はせいぜい十代後半にしか見えず。アーチャーの主張は軽く流されてしまった。

「なんにしても、お前、これまでホムンクルスのところにいたんだろ」

 エドワードが改めてアーチャーに話を聞くために身を乗り出す。

「あいつが、何を企んでいるのか、知っているのなら教えてくれ」

 頼むと、頭を下げる。

「―――――キミらも、関わる気かね? ここから先の話を聞くということは……」

「はっ、皆まで言うなよ、坊主」

 ダリウスが笑うと厳い顔が途端に人懐っこくなる。

「ガキどもだけに任せて置けるか。なぁハインケル」

「確かに。それに、ホムンクルスからみれば俺達は裏切り者だ。何より、俺達はもう選んだ」

 ハインケルも大きくうなずく。

「やれやれ。全く物好きなものだ」

 エドワードという少年は、たくさんの人と知り合い世界を広げている。それは少年を確実に大人へと成長させていくことになるだろう。どこかの誰かのように空っぽのままではない。終わってしまったアーチャーにとって、少年はとても眩しく見えた。
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