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第二章 別離
第二十九話 幼馴染みの少女
 アームストロング少将との対談の報告のためにエルリック兄弟たちがいる牢屋に戻ると、鉄格子の中で幼馴染3人組が深刻な表情で向き合い、それをキンブリー達が見守っているという状況だった。

 これまで何を話していたのか凛たちには分からないが、場を包む重たい空気が深刻な相談をしていたことを示す。

 エドワードとアルフォンス。二人の兄弟が、無言のまま見つめ合う。
 やがて、先に口を開いたのはアルフォンスだった。

「勝手にしなよ」

 心底呆れたと、エドワードから視線を逸らして吐き捨てる。

「ああ、そうさせてもらう」

 エドワードは冷たく言い切って、背中を預けていた鉄格子から離れ、鍵の開いている牢から外へ出てくる。その間、一度もアルフォンスやウィンリィの方を見ることはない。
 
 チラリと一瞬だけ外で様子を見守っている凛たちの方を見るが、すぐに視線を外してキンブリーへと向き合う。

「決まりだ。仕事、引き受けるぜ」

 硬い声音と表情でキンブリーに声をかける。

「まず、スカーの捜索からやらせてくれ、たのむ」

「ほう、私に『たのむ』などと……急に随分と神妙になったものですね」

 キンブリーもエドワードの違和感を覚えた。

「スカーはウィンリィの両親を殺しやがった。まず、奴を探し出して敵を討ってやらなきゃ、気が済まねぇ」

 少年の表情に悔しさが滲む。そこには嘘臭いものはなく、本気で幼なじみの両親の仇を討ちたいとエドワードの思いが見て取れる。

「エド……」

 追いすがるようにして出てきたウィンリィにエドワードは一瞥もしない。
 そんなエドワードの無視に近い冷たい態度に彼女は、それ以上かけられる言葉を見つけられなかった。

「なるほど、それでスカーにこだわりますか。わかりました」

 エドワードの言葉にキンブリーは理解を示して頷く。そして、牢屋から出るために部下を引き連れて通路を歩きだした。

「それと、アルフォンスも連れていく。あいつ、あのナリだからスカーの人体破壊がきかねぇんだ」

 その横に並んだエドワードがスカー討伐のための提案をする。

「ほう、それは便利な」

 そのまま、打ち合わせをしながら彼らは牢屋から出て行ってしまった。
 重たい金属音とともに扉が締められ、牢屋は外界から再び隔てられることになった。

「――――一体、なんの話をしていたんダ?」

 リンが閉ざされた扉を見ながら、アルフォンスに問いかける。

「兄さんに、国家錬金術師として働けって命令が下されたっていう話だよ」

 アルフォンスは隠すこともなく、あっさりと事実を明かす。
 ただし、全てを話したわけではない。実は、国家錬金術師として働く対価に『賢者の石』が提示されたことを説明しなかった。

 リンが賢者の石を求めている。だから、賢者の石をキンブリーが持っているということを説明すれば、リンはその奪取のために動くことになるだろう。
 しかし、アルフォンスたちは幼馴染を人質にとられている。リンが下手な行動を取れば、人質の身が危険に晒されかねない。

 リンを騙しているようで気が引けるが、それでもアルフォンスはキンブリーの所持する賢者の石のことを今リンに説明することはできなかった。  

「それは、つまり………」

 アルフォンスの言葉を大量殺人をしろということだと、凛は理解する。ここは、国土錬成陣のなかで血の紋を刻まれていない唯一の場所。だから、ここで人の血を流せと言われたのだろう。

「だが、エドはスカーの討伐のことを言っていたナ」

 エドワードがスカーの討伐にこだわっている様子を見せていたことをリンが指摘する。

「うん。それも命令の一つに含まれているんだ」

 自分の兄が人殺しをしなければならないような状況に追い込まれ、そして兄自身もそれに同意していたというのに、アルフォンスには全く揺れ動く様子は見られない。

「……いいの?」

 あまりに落ち着いているアルフォンスに不安がこみ上げる凛。だから思わず、人殺しをすることになって、本当にいいのかと確認するようなことを聞いてしまう。

「……ごめん、あの手品をまた使ってもらえる?」

 アルフォンスはその問いに答える前に願い出たのは、以前に凛が敷いてみせた認識阻害の結界をもう一度使ってほしいということだった。

「いいわよ」

 それはつまり、アルフォンスは他の軍人たちには知られたくないことを説明したいということだ。だから、凛はその提案を二つ返事で了承した。

「――――Das Schliesen.(準備) Anerkennung,Einmischung,Echo(認識阻害、終了)」

 口の中で、呪を唱える。
 もしもこの場に世界の違和感を捉えられる能力を持つ者がいれば、牢屋全体が薄い膜のようなモノに覆われたことを認識することができるだろう。

「え……と、何?」

 リンとアルフォンスは、前回の説明から凛が何をしたのか分かっている。けれど、ウィンリィは凛が一体何をしたのかわからない。

「ちょっとした手品よ。外に私たちが話す内容を伝わりにくくしたの」

 凛は口元に人差し指をあて、片目を閉じる。 

「そんなことよりも――――」

 ウィンリィに改めて向き直り、握手を求めて手を差し出す。

「はじめまして。あなたの話は、アルフォンスくんから聞いているわ」

「あ、はじめまして」

 半ば反射的にウィンリィは差し出された凛の手を取る。

「あの、あなたは?」
 
「私は、遠坂凛。色々あって今は、エルリック兄弟たちと共闘させてもらっているわ」

 凛の自己紹介に、ウィンリィはギギギと硬い音がしそうなほどゆっくりと首を回してアルフォンスの方を見る。

「アル? 何、あんたたち、こんな小さい子を巻き込んでたの?」

「え? あ、えっと、巻き込んだって言うか……」

「問答無用っ!!」

 そう言って振りかぶるのは、どこからともなく取り出したスパナ。
 アルフォンスが言い訳すらする暇もなく。見事、鉄格子の隙間をキレイに通しアルフォンスの脳天に向かって勢い良くスパナが振り下ろされる。牢屋中に反響するゴツイ金属音。

「結界、敷いておいてよかったわね」

 呑気な感想を漏らす凛。
 結界もなくこんな派手な音をぶちかましていたら、砦の兵士たちが何事かと飛び込んでくるだろう。

「一体、どういうことよ! さっさと説明しなさい!!」

 アルフォンスを見上げて問い詰めるウィンリィ。さっき、問答無用と言い放ったのにと小さな声で突っ込むアルフォンス。

「ゴチャゴチャ言わない!」

 だが、アルフォンスの呟きを聞き咎めたウィンリィが即座に言い返す。結果、アルフォンスは大きな鎧の身体を小さくして、凛と出会った経緯を説明することになった。

「……すごいわね、彼女」
「ああ。でも、エドの機械鎧がぶっこわれた時の方がすごかっタ」
「は? あの頑丈そうな機械鎧が壊れるって、一体どんな暴れ方してるのよ、アイツ」
「いやぁ、ぶっちゃけエドの機械鎧をバラバラにしたのはウチの部下なんだけどネ」
「物騒な部下ね。まぁ、でもそんなことしてるんだったら、怒るのも当然よ。それだけ、あいつら危険なことをしてるってことでしょ」

 アルフォンスの危機の真っ只中。その後で凛たちは小さくしゃがみ、まるで他人事ように雑談をしていた。

「それで、お二人さん?」

 その二人の背後から静かに声が掛けられ、ソロリと振り返る。見上げる先にいるのは、素敵な笑顔で仁王立ちしているウィンリィ。彼女の後ではアルフォンスがスクラップになって果てていたりする。

「っていうか、リン! なんだって、こんなに小さい子を戦いに巻き込んでいるのよ!?」

 空気を切り裂く音と共に、スパナがリンの鼻先に突きつけられる。

「私は別に彼らに巻き込まれたと思ってないわよ」

 リンに突きつけられているスパナに触れて、凛はウィンリィを見上げる。

「たしかに、成り行きでこうなっちゃった部分もあるけど。それでも、今ここにいるのは私がそれを選択したから。それを誰かのせいにするつもりもないわ。まぁ、あえて言うならアーチャーのせいと言えるかもしれないけれど」

 誰のせいであるかを追求していっても、今はしかたない。それに、自身のサーヴァントを取り返すのは凛にとっては当たり前のことだ。

「けど、こんな危ないことを……」

 なおも言い募るウィンリィは凛を心から心配している。

「たしかに危険がないとは言えないわ。けど、大丈夫よ」

 道を失ったわけではない。光がないわけではない。だから、前に進む事ができると笑う幼い少女。
 そんな少女をウィンリィは思わず抱きしめていた。

「ちょ、ちょっと……」

 唐突すぎるウィンリィの行動に、凛が戸惑い声を上げる。

「うん。なら、頑張って。誰が反対しても、私は応援するから」

 幼い姿をしている少女にウィンリィが重ねて見たのは、いつも前を向いて進み続ける少年。少年の強い意志と覚悟、それと同じものを凛は持っている。だから、ウィンリィがそんな少女にできるのは、背中を押してあげることだけ。

「―――ありがとう」

 応援してくれるウィンリィの心が嬉しくて、凛は素直に感謝の言葉を口にした。

「うん、よしよし」

 凛を抱きしめたままウィンリィが頭をなでる。
 凛としては、同年代の少女にまるで幼子のように抱きしめられたり撫でられたりするのは、非常に複雑な気分になるのだが、見た目が見た目なだけにしかたないと諦めの境地である。

「さて、アル。エドが何を考えて仕事を引き受けるって言ったのか、ちゃんと説明してよね。言葉にしないと伝わらないことだってあるんだから」

 ウィンリィは立ち上がり、アルフォンスをまっすぐに見る。

「うん。ちゃんと説明するよ」

 ウィンリィの視線を受け止め、アルフォンスが話し始める。

「ボクらは今、東方の錬丹術に元の身体に戻る可能性を探っているんだ。その錬丹術師の女の子がスカーと行動をともにしているっていう情報がある」

 そこまで話して、アルフォンスは凛たちに確認のための視線を送る。それに凛が頷き一つで答える。

「だから兄さんは、スカーを追うと見せかけて錬丹術師の女の子を追うつもりなんだと思う。そのためにもっともらしい嘘までついてキンブリーを騙したんだ」

 『ウィンリィの両親の仇を討つ』という言葉が本音の部分も少なからずあるだろう。そうでなくてはあのキンブリーを言いくるめることはできなかった。けれど、エドワードの本当の目的は錬丹術師の女の子にあると思って間違いはない。

「ウィンリィ、ごめんね。こっちの都合でおじさんとおばさんを利用したみたいになっちゃって」

「いいよ。今は生きているあんたたちの方が大事」

 それはウィンリィの本心からの言葉。
 だから、アルフォンスもほんの少し安堵したように息をつく。

「それと……これは……話すべきかどうか迷っているんだけど」

 アルフォンスの話はそこで終わらず、けれどここから先の話をすべきかどうかを迷う。

「アル、ちゃんと話して。こうなった以上あんたたちが今、何をしているのか私は知っておくべきでしょ」

 自身が人質になっている意味を知るためにも話してほしいと、ウィンリィはアルフォンスを促す。

「アルフォンスくん。私は、話すべきだと思うわ。決して彼女に無関係なことではないんだから」

 凛もウィンリィに口添えする。
 それに促されるような形で、アルフォンスは重たい口を開いた。

「……ボクらも、ちゃんと事態を把握しきれているわけじゃないんだけど。今、この国全体を使って、とんでもないことをしようとしている奴らがいる。それを阻止したいと思っているんだ。あいつらに対抗する糸口も錬丹術にあるんじゃないかと、思っている」

 アルフォンスは話の概要だけにとどめ、ホムンクルスに関する詳しい話や自分たちが人柱と呼ばれていることなどの説明は避けた。知らないことが、ウィンリィの身を守ることになると考えたから。

「――――あんたたち、随分とでっかい話に巻き込まれてるのね。元の身体に戻るために始めた旅なのに、そんなことになるなんて……でも、手を引く気なんてないんでしょ」

 ウィンリィの確信のこもった問いかけに。

「うん」

 アルフォンスは迷いもなく頷く。

「そっか。そういうことなら、余計に何か言い訳を考えないとね」
 
 ウィンリィが腕を組んで考え込む。
 その彼女の言葉の意味が分からず、首を傾げる少年二人。
 
「そうね、このまま、ってわけにはいかないし」
 
 だが凛はウィンリィの言葉の意味が伝わっていた。
 ウィンリィはこのまま人質の立場でいたくはないと考えている。だからスカーの討伐のゴタゴタを利用して、人質から逃れるための対策を立てるつもりなのだ。

「もちろんよ。だから、なんとかしないとね」

 さて、どうしようかと腕を組んで考え込むウィンリィ。

「あいつらの幼なじみというのも大変ね」
 
 そんな彼女を見て、思わず凛は苦笑してしまった。
 
「そうね。でも、最近はあいつらに負けてられないって思えるようになったし。だから、うん。あいつらの幼なじみも悪くないわね」
 
 ウィンリィが自分の言葉に自分で納得したように頷く。
 
「それに、エドと約束したから。だから、ちゃんとその日を迎えるためにも、頑張らなきゃ」
 
 凛には、ウィンリィがどんな約束をしたのかわからない。けれどウィンリィの素直な言葉と笑顔から、その約束が彼女を支えるもののひとつになっているのは分かった。
 
「なら、こんなことで足踏みなんかしてられないわね」
 
 女の子らしさと無縁だと思っている凛にとってウィンリィが少し眩しい。だからこそ、彼女を応援しようと思う。 
 そんな、女の子たちをみながら、
 
「なんか、余計な心配だったみたいだ」
 
 アルフォンスがポツリともらす。
 
「どうしタ?」
 
 リンがアルフォンスのつぶやきに気がつく。
 
「ウィンリィに話した方がいいって言われたときから、迷っていたんだ。でも……」
 
 結局、状況に押されて事情の概要を話すことになってしまった。
 それを聞いたウィンリィは、予想に反してしなやかに事実を受け止めてくれた。
 
「話してよかったなって」
 
「男って、こういうしんどい状況のときって、歯を食いしばって耐えるものなんだけド……」
 
 リンもアルフォンスとともに、会話している女の子たちを見る。
 ウィンリィは、幼なじみの少年の足を引っ張っていることを理解し、悔しい思いをしているだろう。けれど、泣き言も文句も言わずに自分にできることを考えている。
 
「何、男が二人して、しみじみしてるのよ。ここが正念場でしょ。しっかりしなさい」
 
 リンとアルフォンスを励ますように、ウィンリィが微笑む。
 
「ん、ウィンリィがウィンリィで良かったなと思って」
 
 アルフォンスが和らいだ声音で言う。そこには言葉にしきれない感情がこもっている。
 
「何よ、それ?」
 
 今度はウィンリィがアルフォンスの言葉の意味が分からず首を傾げる。
 
「こっちの話だよ。それより、リンたちの方はどうだった? 少将と話せたんだろ?」
 
 話を切り替え、リンたちの動向について尋ねる。
 
「こっちは、少将の信頼を勝ち取るために、先遣隊の捜索メンバーに入ることになったヨ。これからすぐに潜ル」

 兄弟たちに報告したら、すぐにも地下に降りることになっている。
 
 先遣隊が行方不明になってからすでに一週間が経過している。持って行った食糧は三日分、いざとなれば馬も食べられるが、問題は食料だけではない。外部との連絡方法を失い地下の暗闇という空間の中で、人間の精神がどれだけもつかと考えれば、ギリギリのところだ。早急に救出に向かう必要がある。
 
「え? リンたちってことは、もしかして凛も?」
 
「ええ。少将がこっちを試してくれてるんだから、見せ付けてやらないとね」
 
 ウィンリィの驚きのこもった疑問に、凛は勝ち気な答えを返す。
 
「それって危険なんじゃないの?」
 
 ウィンリィは詳細な説明を聞いている訳ではない。それでも、軍人が行方不明になっているような場所であることは、理解した。そんな場所に凛のような小さな女の子が本当に行って大丈夫なのか。
 
「この程度の危険に怖じ気づくくらいなら、この先関わるなってことなのよ」
 
 そして凛はこの程度の危険で、今回のことから手を引くつもりはない。
 
「こいつの行動を下手に止めようとしたら、逆に何をされるか分からなイ。それくらいなら、目に付く場所に置いといた方がまだましダ」
 
「なによ、ソレ。どういう意味?」
 
 リンに食ってかかる凛。
 
「言葉通りの意味だヨ」
 
 リンは短い付き合いながら、そのくらいは理解したと無意味に胸を張る。
 
「もし周りが止めたとしても、そんなのを振り切って行動するだロ。だから、俺は遠坂と組むことにしたんダ」
 
「褒められてるって思っていいのかしら」
 
 リンの言葉の真意を図ろうとする。
 
「もちろン、褒めてるんだヨ」
 
 凛には比類なき覚悟と判断力があり、それを行動に移す力がある。
 だから、リンは味方に付けることを選んだ。

「だったら、もうちょっとわかり易く褒めてもらいたいものね」

 口では皮肉を言っているが、まんざらでもないと思っていることが、わずかに緩んだ口元から読み取ることができる。

「全く、注文の多いお姫様ダ」

 肩をすくめヤレヤレと息を吐き出すリン。

「っと、お喋りはこれでおしまいね。そろそろ時間よ。行きましょう」
 
 リンに声をかける。与えられた猶予の時間は、雑談でほとんど使い切ってしまった。
 それでも、凛は雑談で使い切ってしまったことを後悔していない。心の贅肉だとは思うが、ウィンリィがどんな女の子なのかを知ることができたから。

「気をつけてね、二人とも」
「無茶しないでよ」

 ウィンリィとアルフォンスが牢屋から出ていく二人に声をかける。

「そっちこそ、しっかりね」

 リンに続いてドアから出ていく前に、凛は二人に向かって笑いかける。本心を隠した猫かぶりの笑顔ではない、本当の笑みで。
 
 このときは、まだ彼らにすぐに再会できると思っていたから、別れは非常に簡単であっさりしたものだった。
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