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第二章 別離
第十九話 大総統の息子
 エルリック兄弟たちは、錬丹術についての情報収集。凛はこの国の基本的な概要を調べる。互いに分野が全く異なるモノを調べるため彼らは受付を済ませたあとは、別行動をすることになった。
 一般書籍は一階にあり、専門書は二階以上の上階にある。そのため、自然に凛は一階を兄弟たちは上階を見て回る。
 
 凛は辞書を片手に、経済、文化、歴史、地理、近隣諸国との関係などを調べる。
 気になるのは、やはり錬金術と歴史だ。
 
 錬金術はかなり特殊な技術であるため、師弟制度で教えているらしい。師弟制度は、着実に師から弟子へと技術や知識は受け継がれていく。しかし、学校のように大人数をいっぺんに教えるわけではないので、知識や技術の普及は困難だ。少なくとも基礎的な部分に関して、学校のようなものを作って教える制度があってもいいのではないか。優秀な錬金術師を登用する国家錬金術師制度があるにもかかわらず、錬金術師の育成に対しては、やや消極的に見える。さらに、錬金術師には『大衆のためにあれ』という理念があるため、国家錬金術師に対する国民感情はどちらかといえば否定的なものがある。
 
「この辺の齟齬は、この国の錬金術師の良識や国民性によるものかしら?」
 
 断言はできないが、これは『お父様』が意図したものではなさそうだ。
 
 また、この国の歴史は戦争の歴史と言い換えてもいいくらいに、周辺諸国と戦争し領土を拡大している。国の成り立ちについては昨日エドワードから簡単に説明してもらっているが、違和感が拭えない。ある一定の領土を確保すると、それ以上は攻め込まず防衛を中心とした外交に切り替える。まるで、最初から国の設計図があり、それに沿って造っているようだ。そうやって造り上げられてきた国の形は、北方のブリッグズ山脈の向こう『ドラクマ』という国により遮られて欠ける円。
  
「これだけじゃ、何とも言えないけど……」
 
 行儀悪く椅子をシーソーのように傾けながら唸る。
 錬金術の基本は円を描くことによる力の循環。この国の中心部の地下にいる『お父様』は錬金術の使い手。人の手によって作り出された霊地のような首都。まるでダムのように彼のいる中央司令部に流れ込んでいく大量の力。
 『お父様』はこの国そのものを利用して何かをしようとしている。
だが、その目的を推測するには情報が足りない。
 
「やっぱり、クセルクセスの歴史を調べたいわね」
 
 エドワードの予測によると、クセルクセスでも『お父様』は賢者の石を造っている。クセルクセスの歴史を調べれば、『お父様』の目的に近づけるかもしれない。

 しかし――――――
 
「クセルクセス関係の書籍が少ないのよね」
 
 右側に重ねた数冊の本を横目に見ながら凛は机に突っ伏して、息を吐き出す。凛が図書館の棚から集めてきたクセルクセスに関係する記載がある本たちである。どの本も極僅かにしか記述がなく、下手をすれば数行しか書いていない場合もある。

アメストリスを支えていると言っても過言ではない錬金術。そのルーツである国の資料がない。いくらすでに滅亡した国だとしても、違和感がある。そこには『お父様』の意図が介入している可能性が高い。つまり、調べられては困るなんらかの事実があるのだろう。
 せいぜいわかるのは、僅かな伝承程度。曰く、東からきた賢者がアメストリスに錬金術を伝えたという話。
 
「まさか、この賢者が『お父様』なんてわけ……―――あるかもしれないところが恐ろしいところね」
 
 この国の中枢に入り込んでいる事、そして建国当初から彼の意図が見え隠れしているということからしても、ありえないことではない。
 
 そんなことを考えているとき、2階から階段を降りてくる青い制服を着た男性が見えた。 二メートルを超す大柄で筋肉質な体格の男性で、口元にはひげが生え後頭部は剃り上げられており、前額部にクルリとカールのかかった前髪が一房。
 一目見たら忘れられないような人物だった。
 思わず、彼が外に出ていくのを見送ってしまう。
  
「―――――え?」
 
 意識を外に向けてみて、初めてソレに気がついた。
 よほど、本を読むのに意識を集中していたようだ。これまで、全くソレに気がつかなかった。
 凛は音を立てて立ち上がり、広げた資料もそのままにして、階段を駆け上がる。
  
「まさか、こんなところにホムンクルスが出てくるなんて……っ!」
 
 調べ物に集中していたのもあるが、感覚を一部遮断していたせいもあり気がつくのに遅れてしまった。
 上の階にはエドワード達がいる。凛は焦る心を抑えつけ、本棚に身を隠しつつ気配がする方へと向かう。
 どうやら、ホムンクルスは閲覧室の方にいるらしい。
 
 気配を殺して、そっと近づく。
 そろりと、中を覗き込んで声を上げそうになってしまった。
 エドワードが黒いスーツを着た男たちに銃を突きつけられていたのだ。
 アルフォンスが、オロオロと困惑した様子でエドワードと黒服を交互に見ている。
 
「っ……あの馬鹿」
 
 だが、ここで見捨てるわけにもいかない。
 
「エド!」
 
 凛が魔術回路を起動させ、飛び出したところに、
 
「セリム・ブラッドレイ!!!?」
「大総統の息子!!?」
 
 二人の兄弟の唱和した大きな声が上がり、凛は出鼻を挫かれてしまった。
 
「……………ええっと……」
 
 閲覧室に入ってきた凛にその場の全員の視線が集まる。ついでに、エドワードに付きつけられていた銃口の一つが、凛にも向く。
 
「あああ、撃っちゃだめですよぅ」
 
 上等なスーツを着ている黒髪の素直そうな男の子が焦った声を上げる。
 
「えっと……何事?」
 
 全く事態についていけない凛。
 
「この国で、一番偉い奴の息子だよ」
「は!?」
 
 エドワードからの説明に凛が、間の抜けた声を上げた。


 
 
 
 
  

「なんで、私までこんなところに……」
「仕方ないだろ」
「二人とも静かにしなよ」
 
 大総統の私邸の応接室に案内され、不満いっぱいの凛。だが、さすがに場をわきまえそれ以上は文句を言うのをやめる。
 
 対面してソファーに座るのは、品のよい女性と黒髪の男の子。
 男の子は外見的には今の凛と同い年くらいだろう。先ほど、エドワード達からも説明も受け、彼らからも自己紹介があったが、男の子がセリム・ブラッドレイ。そして、女性が男の子の母親のブラッドレイ夫人。だが、男の子が黒髪黒い瞳なのに対し、彼女は茶色の髪に深い緑の瞳で、容貌もあまり似ていないように見えた。
 
「君は、エドワードさんとお友達なの?」
 
 セリムが目をキラキラさせて、凛に問いかける。
 
「ええ。そうですけど……」
「うわ〜〜、すごいですね」
 
 状況の変化についていけない凛の生返事に、男の子が心底羨ましそうに声を上げる。
 
「ごめんなさいね。この子ずっとエドワード君に憧れてて……」
 
「憧れて?」
 
 夫人の言葉に、エドワードが僅かに色めき立つ。
 
「ちょっと……」
 
 そのエドワードの脇を小突く凛。
 
「んだよ?」
 
 ぼそりと小さい声でエドワードが問いかける。
 
「……立場をわきまえなさいよ」
 
 この場で詳細を言うこともできず、それだけをエドワードに忠告する。
 
「へーへー」 
 凛に窘められ、エドワードが面倒そうに言葉を返す。
 
「あ、あの。セリムくんは錬金術が好きなの?」
 
 そんな二人から意識を逸らさせようと、アルフォンスがセリムに問いかける。
 
「はい。ボクも錬金術を習って、エドワードさんみたいな国家錬金術師になるのが夢なんです」
 
 子供らしく、目を輝かせて夢を語る。
 
「そして、お父さんの役に立ちたいんです」
 
 続くセリムの言葉に、エドワードの表情が僅かに硬くなる。
 
――――――確か、大総統もホムンクルスだったわね。
 
 凛はまだ会ったことはないが、グラトニーの中でエンヴィーから聞いた話を思い出す。
 エドワード達は、父親がホムンクルスであることを知らない子どもが、純粋に父を慕っている様子に複雑な感情を抱いている様子である。
 だが……
 
―――――状況は、もっと、複雑で捻じれているのよね……
 
 表情には出さず、息をつく。
 
「父親想いなんだな。お父さんは……キング・ブラッドレイ大総統は好きか?」
 
 エドワードが僅かに躊躇いを見せながら、セリムに問いかける。
 
「もちろんです」
 
 何の迷いもなくセリムが真っすぐな眼差しで即答する。
 
「お父さんって、どんな人なのかな?」
 
「立派な人です」
 
 アルフォンスの質問にセリムは、はきはきと明瞭な言葉遣いで答える。そこにいるのはただ純粋に父親を敬愛する息子だ。
 
「普通の人なら音を上げてしまうような激務にも耐え、毎日国民の事だけを考えて行動しています」
 
 息子の真っすぐな言葉を、母親は眩しそうに見つめている。
 平和で誰もがうらやむ様な家庭の姿がそこにはある。
 
「そうだね。大総統は毎日忙しそうだものね」
 
「ええ、そうなのよ」
 
 同意したアルフォンスに夫人がため息交じりにぼやく。
 
「あの人まだ現役で、バリバリ働くつもりなの。もういい年なんだから、休めばいいのに。昔から仕事一辺倒な人でね。仕事はできるけど、女心の分からないトウヘンボクだったわ」
  
 夫人の愚痴はいつの間にかのろけ話になっていた。放っておけばいつまでも続きそうな勢いだ。
 
「もう失礼な男で私ビンタ張ってしまったの。まぁ、それが縁でお付き合いを初めて。最初のデートがこれまた……」
 
「お父さん!」
 
 立て板に水のごとく流れ出したのろけ話は、セリムの弾む声で遮られた。セリムが立ちが上がり、まるで尻尾を振る子犬のような勢いで部屋にはいってきた人物に飛びつく。
 
「おかえりなさい」
 
「おお、セリム」
 
 抱きつくセリムの頭をなでる軍服を纏った男性。左目には黒い眼帯をあて、ひげを蓄えた口元はセリムに柔和な笑みを浮かべている。
 彼が顔を上げる。右目が鋭く部屋にいる人物を認識する。
 
「おや? 鋼の錬金術師くんが来ているとは聞いていたが……そちらの可愛らしい娘さんはどなたかな?」
 
 ブラッドレイの視線が凛のところで止まる。
 瞬間、凛の背筋が凍りついた。凛は聖杯戦争で幾人もの伝説に名を残す英霊と相対してきた。だが、その英霊たちと勝るとも劣らない威圧感がブラッドレイから放たれる。
 
――――――彼が、この国の大総統にしてホムンクルス……
 
 知らず唾を飲み込む。これまで見てきたホムンクルス達は多くの命をその身の内に抱え込んでいた。だが、目の前にいる彼はただ一つの命だけを所有している。ゆえに、その気配は非常に人間に近い。ほとんど人間ともいえる彼から感じられるプレッシャーは英霊クラスという、化け物のような存在だった。
 
「ん?」
 
 不思議そうに、あるいは答えを促すように首をかしげるその様は、事情を何も知らなければ厳しいけれど、穏やかで優しい人に見えただろう。
 
「はじめまして。私は、遠坂凛といいます」
 
 凛は内心の思いを綺麗に隠し、ソファーから立ちあがって、ブラッドレイの方へと向き直り丁寧に頭を下げる。
 
「トオサカ……? ふむ、異国の者かね?」
 
「はい」
 
 ここで嘘をついても意味が無いどころか、逆に不快感を与える結果にしかならない。だから凛は素直に頷く。
 
「あらまぁ……お一人で?」
  
 夫人が少し驚いた声を上げた。ここに案内された時に、エドワードの友人であることは説明していたが、異国から来ているということは話さなかったからだ。
 
 夫人のこれまでの経緯を話さなければならない質問に、エドワード達が不安そうな視線を凛に送る。
 
「いいえ。連れがいます。連れと、エドワードさんが懇意にしていて。その縁で私も彼らと知り合ったんです」
 
「その、お連れさんは?」 
「今日は別行動を取っています。私がこの国の事を勉強したいと言ったら、エドワードさんが国立中央図書館に案内してくださって……」
 
 夫人から続く質問に対しても、淀みなく答える。その内容は、決して嘘はついていないが、情報を意図的に制限し歪曲してあり真実から少し外れたモノだ。
 
「ほう、偉いなぁ」
 
 ブラッドレイの感嘆を含んだ言葉に、凛は僅かに頬を染める。傍からみれば、年端のいかぬ少女が、大人に褒められて恥ずかしそうに照れているようにしかみえない。
 
 もちろん、凛がそんな玉でないことはエルリック兄弟はこのわずかな付き合いの中で十分に把握している。だから、巨大な猫を被った凛を二人の兄弟は色々と言いたそうな視線を向ける。もちろん凛はそれに対して無視を決め込む。
  
「立たせたままで、すまなかったね。掛けてくれたまえ」
 
 立ちあがったままだった凛に座るよう手で促し、ブラッドレイもソファーに腰を沈める。
 
「失礼します」
 
 凛が腰を下ろしたタイミングで、紅茶のお代りが運ばれてくる。従者の人がテーブルにティーセットを並び替える。彼らの間に沈黙が落ち、軽く陶磁器が触れ合う繊細な音だけになる。
 ティーセットを並べ終えた従者が一礼して下がる。
 ティーカップに口をつけたブラッドレイに、セリムが頬を上気させてエドワード達と出会った経緯を話す。
 
「そうか。図書館で会ったのか。良かったな」
 
 話を聞き終えたブラッドレイはセリムに笑いかける。
 外見からは、仲の良い親子にしかみえない。そんな彼らを、エドワード達が複雑な思いを抱きながら見つめる。ブラッドレイは、エドワード達の視線に気が付き、彼らに顔を向けた。
 
「似てない……と、言いたいわけか」
 
「いえ」
「そんなわけじゃ……」
 
 慌てた様子で、兄弟が首を横に振る。
 
「私たち夫婦に子どもはできなかったの。だから、親戚の子を養子にもらったのよ」
 
 硬くなりかけた空気を、柔和な夫人の一言が解きほぐす。
 
「親思いで優しい子に育ってくれた」
 
 眼帯をしていない方の目が優しく頬笑み、大きくて武骨な手がセリムの頭をなでる。
 
「やめてよ、お父さん。恥ずかしいです」
「本当の事だろう。うん?」
 
 そこにあるのは家族の光景。
 人を人とも思っていないはずのホムンクルスが家族を大切にしている。だが、息子や妻は彼が人間ではなくホムンクルスであることを知っているのか。知っていたとしても、知らないとしてもその事実は重い。
 
「何かね?」
 
 そんな考えが、エドワード達の表情に出ていたのだろう。ブラッドレイがそれを指摘する。
 
「仲の良い親子で羨ましいなと、思ったんです」
 
 すかさず、凛がフォローに入る。
 
「そ、そうです」
「いつも、司令部での姿しか見ていなかったから、イメージとのギャップって奴ですよ」
 
 そのフォローに乗っかるアルフォンスとエドワード。
 
「私にも家族がいるんだよ。こんな私にも、ね」
 
 何も知らない人がこの会話を聞けば、戦争で多くの兵を率いてたくさんの人を殺して来たような彼にも、大切にするべき家族がいるんだと。そう言っているように聞こえるだろう。
 けれど、実際の意味は違う。
 
「…………」
 
 ホムンクルスである彼にも、大切にしている家族がある。そう捉えたエドワード達は押し黙った。
 
「さて」
 
 ブラッドレイが立ちあがる。
 
「お父さん、もう行っちゃうんですか?」
 
 ひどくさみしそうなセリムの頭を最後にもう一度惜しむようになでる。
 
「ああ。そろそろ公務に戻る時間だ」
 
「頑張ってください」
 
「行ってくるよ、セリム。君たちはゆっくりしていってくれたまえ」
 
 ブラッドレイは、そう言うと背を向けて入ってきたドアから静かに出て行った。
 大総統ブラッドレイが部屋から出たことで、エルリック兄弟の二人はほんの少しだけ息をつくが、凛は変わらず警戒をし続けていた。
 この場には、まだ他にホムンクルスがいるのだから。
 
 
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