第6話 無知の代償
「!!んなぁっ!?」
警戒していなかったところに、俺の体が突然宙に浮かぶ。誰かに抱きかかえられていると気づき、即座に逃れるために暴れだす。
いくら考え事をしていたからといっても、真後ろに来るまで気づけないとは……。今の俺は、非力な女の子なんだ。捕らえられれば、そう簡単に逃げ出せないことなんて、分かってたはずなのにっ。
「あっ!こらっちょっと、暴れっ……あっ」
ズルッドサッ
「っ!?ぃっったーーーー!!」
暴れた拍子に何とか拘束から逃れたはいいが、頭から地面へとずり落ちてしまった。側頭部と首からの痛みに、軽く悶える。
「ちょっ……き、君、大丈夫!?」
「だっ大丈夫なわけあるかっ!頭から落ちたんだぞっ!?」
思わず涙目で振り返り、その相手を睨み付ける。頭と首を手で押さえるが、ぜんぜん痛みが引く様子が無い。
「ハルちゃん~?どうしたの~?」
そんな俺の怒鳴り声が聞こえたのか、フォルがこっちに向かってきた。……痛みで忘れていたが、俺って目の前の人物に拉致られそうになったんだよな?……まずいっ!
「フォルちゃん!こっちに来るなっ!!」
俺は慌ててそう叫ぶ。俺だけならともかくとしても、フォルまで拉致られるのは絶対に嫌だ。
だが、そんな俺を不思議そうに眺めるフォル。焦ってさらに言葉を重ねようとするが、ふと、その視線の先が、俺じゃなくて誘拐犯であることに気づいた。
「あれぇ?おね~ちゃん。こんなところで、どうしたの?」
「……は?」
フォルの言葉が理解できず、誘拐犯へと向き直る。よくよく見ると、相手は女性だった。
「おねえ……ちゃん?」
呆然とする俺の言葉に、その女性がばつが悪そうにコクッと頷く。そういえば、顔立ちとか赤い髪の毛とか茶色い眼の色とか、フォルに似ているところは少なくない。
でも、それなら何で?と俺は首を傾げる。フォルのお姉さんなら、俺を拉致しようとしたりする理由なんて無いはずだ。
そこまで考えて、気づいた。何か、フォルのお姉さんの目の色が怪しい。手を前に持ち上げてきてるし、息も荒くなってきてるし……。
じりっと俺の脚が後ずさりをする。それを合図とするかのように、フォルのお姉さんがこちらに抱きついてきた。
「あーーーもう、可愛い可愛い可愛い~♪もうさらっちゃいたいくらい、可愛いわー!!」
「なっ!?ちょっ暑い!苦しい!離れろぉっ!!」
既に隣接されていた俺に、逃げる距離も余裕も無い。あっさりと捕まってしまった俺は、フォルの姉が満足するまで、抱きしめられることとなってしまった。
「えっと、そういえば自己紹介をしてなかったわね。私はセルニア・エティールド。この子のお姉さんよ」
「………………」
散々抱きついて満足したのか、フォルの姉が落ち着いた様子で自己紹介をしてきた。
俺は拘束の緩んだ腕を何とか引き剥がし、しばらく離れた上で返答代わりに睨み付ける。
「あ、あちゃ~……ひょっとして、警戒されちゃったカナ?されちゃったカナ?」
カナ?じゃねぇよ、当たり前だ!いきなり問答無用で抱きついてくるような馬鹿なんぞ、警戒するに決まってるだろ!!
しかも、一度目は背後に忍び寄った上で仕掛けてきやがって、本気で誘拐犯かと思ったわ!!
「おね~ちゃん、ハルちゃん、怒ってるんだけど。何でこんなことしたの?いつもはちゃんと、お願いしてからだよね?何で?」
フォルから非難の目が向けられる。若干聞き捨てなら無い言葉を発した気はするが、とりあえずフォルも怒っていることには違いは無い。
「いや、そのね?この子って物凄く可愛くて、その、首をかしげた動作とかもう我慢できなくなっちゃって……つい」
「つい、じゃねぇよ!つい、でいきなり抱きしめられてたまるか!!大体、初めん時は後ろ向いてたはずだろ!その時は何だったんだ!!」
「えっとその時は、フォルがこっちに来てるって聞いて、探していて……。そうしたら、とっても可愛らしい後姿の女の子が居たから、その、つい」
……オイ。
「……おね~ちゃん……」
フォルの視線と表情が、より厳しいものへと変わって行く。そんな妹を見て、セルニアがあわてて弁明を始めた。
「えぇ~と、いやだってその、さ。わかる……で、しょ……?」
……それ、何の弁明にもなってないぞ。つか、それで分かるのはお前だけだ。
さらに、フォルの表情が変わって行く。今度は、何か悲しいものを見たような視線に……。
「ぅ……ごめんなさい」
さすがに耐えられなかったのか、素直に謝ってきた。
謝ったところで、ようやくフォルが表情を崩す。これって、姉より妹の方がしっかりしてんじゃねぇのか?
軽くため息をつく。一応謝ってもらったことだし、フォルの姉と言うことを考えれば……許すしかない。
「まぁいいや、許すよ。結局怪我も無かったし、そこまで酷いことをされた訳でも無いからな」
「え?ほんと?よかった~」
俺の言葉に安堵の息をつくセルニア。まぁ、悪い人物ではないようだしな。……警戒は、しておくけど。
「ね、ね、それでこの可愛い子、誰?名前は、なんていうの?」
「……東間美晴。いや、こっちだとミハル・トウマが正しいか」
こっちは西欧式の名前・苗字だからな。生活様式も西欧式だったし、未だ慣れないんだが、そのうち慣れないといけないだろう。
「え?え~とミハル・トウマでいいのかな?ああ、それでハルちゃんなんだね」
正直、その呼び方に良い思い出は無いのだが……まぁ、呼びやすいのだろうし、今となっては名実ともに女の子になってしまってるので、仕方ないか。
「ね、ね、あたしも、ハルちゃんって呼んでいいカナ?いいカナ?」
「別に俺は気にしないから、好きな呼び方で呼べば良いよ」
俺の返答に、満足そうに頷くセルニア。
「じゃあ、あたしのことはセルニアお姉ちゃん♪って、呼んでね♪」
何やら、寝言を言われた気がするな。とりあえず、冷たい視線を送ってやるか。
「ごめんなさい、謝ります。謝りますから、その非常に冷たい視線は止めてください」
……謝るぐらいなら、初めから言うなよ。
「しっかし、ハルちゃん可愛いね~、うちの妹より可愛い子なんて初めて見たよ」
「そりゃどうも」
個人的には、可愛いといわれても嬉しくないんだが……それに、こいつ何気に自分の妹を持ち上げてるし。
「えっへへ~、おね~ちゃんはね~、可愛い子が大好きなの!可愛い子見ると、ぐりぐり~ってしたくなっちゃうんだって」
「んっふふ~、可愛いは正義!だからねん」
…………。
「ひょっとして、可愛い子を見つけるたびに抱きついてんのか?」
「へっ!?いや、そんな事無いよ?ちゃんといつもはお願いして許可取ってるよ?だから、そんな眼で見ないでっ!」
あ~、は~、そうですか。まぁ、本人の同意付きなら、俺は何も言わんがね。抱きつくだけなら、そこまで害も無いし。
「それで?セルニアさんは、俺達に……いや、フォルちゃんに何か用事があるのか?」
「ん~?用事って言うほどでもないけど、フォルが森の近くで遊んでるって聞いてさ、ちょっと来て見ただけ」
そう言って、セルニアが若干頬を染める。なるほど、つまりは妹を心配してきたってことか。
それならまぁ、フォルにとっては良いお姉ちゃんと言うことになるか。身内であっても、心配してくれる人が居るのは良いことだしな。
「それに何より、あたしの美少女センサーがビビビーッと来て。もうこれは、行くっきゃないって思って来ました!」
……前言撤回。妹の心配は二の次か。
「え~っと……ハルちゃんってば。何でお姉さんに、そんな冷たい視線を向けるのカナ?向けるのカナ?」
「さぁな?それは自分でも分かってんじゃないのか?」
「きっつ~」とか言って、苦笑いを浮かべるセルニア。
まったく、余計なことを言わなければいいものを。いや、あるいは、これはただの照れ隠しだったのかもしれないが。
「それで、ハルちゃんはどこの子なのカナ?あたしがこんな可愛い子逃してたなんて、ちょっと不覚なのよ」
「ハルちゃんはね~、お師匠様の使い魔さんなんだよ~?」
フォルの言葉を聞いて、セルニアがきょとんとする。
「あれ?フォルのお師匠様って、イセリナさんのことだよね?」
「そうだよ~?」
「イセリナさんの使い魔って、確か4日前ぐらいに召喚したん……だよね?だよね?」
ああ、何を言いたいのか理解した。つまりアレだ。俺が外に、
「何でもうこんなに賢いの!?」
「おい、そうじゃないだろ。って言うか、人型の使い魔なら、初めから知性は持ってるはずだぞ?」
本でそう書いてあったんだが、何で俺のほうが詳しいんだ?……いや、あまり知られて無いのか。
「あ、いやそっか。そういえばそうだったよね~。なんたって、イセリナさんの使い魔だし。たった4日で、これだけ賢くても……4日?あれ?」
ぎぎぎ……と、さび付いた機械のようにこちらに視線を向ける。ようやく気づいたか、いや、ようやく気づける奴が出てきた、なのか。
「つ、使い魔ってさ。確か、召喚して1週間ぐらいは、外に出ちゃだめ、なんだ……よね?な、何で?」
はぁ、とため息をつく。まぁ普通はありえんらしいな。具体的にどうなるかまでは、本には書いてなかったが。
「使い魔は、生まれてから1週間は体が安定しないらしいな」
「し、知ってるのなら、なんで?何で外に出ちゃってるのカナ?出ちゃってるのカナ!?」
「そりゃあ、本来知ってなきゃいけないイセリナが知らなきゃ、誰も一緒に外に出そうとするフォルちゃんを、止めれんだろ?」
フォルのほうが力も強いしな。俺だけじゃあ抵抗のしようが無い。
俺の言葉に、セルニアの目が点になる。まぁ、そうだよな。使い魔を召喚するときに、誰もが見るだろう注意事項を知らないとか。ぶっちゃけありえねぇ。
ちなみにフォルはと言うと、なにやら首を可愛くかしげていた。うん、時々賢いのに、何故こういう話題だけ理解できんのだ、君は。
「ちょ、ちょっと大丈夫なのハルちゃん!?まだ4日しかたってないのに、結構外に出てるんだよね?!」
「今のところは、大丈夫……だ、?!」
不意に、頭が揺らいだ。体中から力が抜け、視界が急速に狭まっていく。
「!!……!!?」
「!?…………!!!!」
その場に倒れこむ俺を見て、セルニアとフォルが何か叫び声をあげる。あまりに急な出来事に、パニックを起こしているかも知れない。
迂闊、だったか?命に関わるところまでは……と思っていたが、意識を失うほどなら、まずいのかもしれん。
思考がどんどん胡乱になっていき、ついに何も考えられなくなる。聞こえていた叫び声が、どんどん遠くなっていく。そして、俺の意識は深い闇の中へと埋もれていった。
+注意+
・特に記載なき場合、掲載されている小説はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
・特に記載なき場合、掲載されている小説の著作権は作者にあります(一部作品除く)
・作者以外の方による小説の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。
この小説はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この小説はケータイ対応です。ケータイかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。
小説の読了時間は毎分500文字を読むと想定した場合の時間です。目安にして下さい。