第5話 本の知識
あれから数日……不思議なことに、あの夢以来俺は読み書きが出来るようになっていた。
あの少女が何者なのかは分からないが、こうなると魔法というものが実在することも信じたくなってくる。
正直、イセリナやフォルからはろくなことを聞けないので、本を読めるようになったことは非常にありがたかった。
……つか、良く分からないと言っているフォルはともかく、イセリナのアレは本当に天然なのか?どんな質問をしても、食事や服の話しか帰ってこねぇし……。
まぁ、悩むだけ無駄って感じだろう。あの天然のあらあらっぷりは異常だ。
容姿は良い方なのにな……と、ちょっと思う。身長は160cm前後だろうか?平均よりも若干高めで、温和な表情と長い金髪、心の奥を見通しそうな蒼い眼が特徴の、かなりの美人。
問題は、その特徴を全て吹き飛ばすほどの天然っぷりと、時折暴走する思考だろうか……多分、結構な人数の男達が、この人のそれを見てドン引きしていったんだろうな。
……数日経つうちに、俺は同居人の事をある程度把握できるようになっていた。ちなみに、何故か二人とも俺に良くぺたぺたと引っ付いてくる。……そんなに暇、なのか?
「ねぇねぇ~ハルちゃん、遊ぼうよ~」
今もフォルが背中にくっついている。相当に暇なのか、俺の背中を縦にゆさゆさと揺らしてくる。
「今勉強中なんだっての。っつーか、暑苦しいからあんまり引っ付くなよ」
フォルは正直まだ子供なのだが、それでも若干……その、背中に当たってる胸とか、柔らかくて……って何考えてんだ、俺は!?
いかん。こっちに来てから、子供に対してすらもそういう意識を持つようになったのか?あ、いや、つか今俺、女の子だし、年齢も……って、いやいや。元高校男児としてはまずいだろ。
「ぇ~、せっかくお天気なのに、お家に居てもつまんないよ?」
いや、だからと言ってこの姿で外に出ろと?この、ゴスロリだか黒ロリだかは知らんけど、ひらひらとした服装で外に出ろと?
「あらあら~、勉強熱心なのはお姉さん感心だけど~、たまにはお外に出ないと、体に悪いわよ~?」
初日以降、一度も外に出てない貴女には言われたくないです。はい。
初日こそ、イセリナはフォルと一緒に買い物に出かけていたんだが、それ以降は外に出る様子を見たことが無い。
かといって、勉強をしたり錬金術に励んだりしているようにも見えない。ただぼ~っとこっちを眺めてたり、時折引っ付いてきたり、寝っ転がったりしてるだけ。お前さんはニートかと。
ちなみに、食事の買出しは主にフォルが担当している。まだまだ小さくても、フォルはしっかり者だと思う。
それはともかく。
「フォルちゃん。俺はまだ、外には出れないはずだぞ?」
そういって、俺は自分の腕を見る。
その色は、こっちに来てから変わらず青白いまま。いや、時がたてば肌色になるってわけでもなさそうだけど……。
本によると、何でも召喚したばかりの使い魔は体が不安定らしい。なので、召喚してから一週間程は日光にも当ててはいけないのだとか。
アルビノでもあるまいし……といいたいところだが、実際この肌の色を見ると何となく納得してしまう。まぁ、安定するしないだから肌の色素とは関係ないと思うが。
「え~、でもハルちゃん元気そうだよ?お外に出た方が、楽しいよ~?」
だが、そんなことはこの天真爛漫な娘には関係ないらしい。単純に知らないだけ、とも言うが。
まぁ、フォルの場合は知ってたら多分、外に出ることを止めるだろうしな。今も、俺に良かれと思って、誘い出している訳なんだから。
とはいえ、無理して体調を崩せば、フォルが落ち込むのは目に見えている。ここは一つ、そのあたりを知っているイセリアに……。
「あらあら~、お家に引きこもってばかりだと、病気になっちゃうわよ~?」
……おい、そこのお姉さん。何であんたも知らねぇんですか。
そういえば、さっきも外に出ろとか言ってた気がするな。単純に忘れていただけだと思ったんだが、違ったのか……。
「あ、分かった!ハルちゃん、お外が不安なんだよね?じゃあ、私が連れてってあげるっ!!」
「え?いや、あ、ちょっとっ」
突然ガシッと俺の手を掴み、引っ張るフォル。思わず読んでいた本を取り落とし、バランスを崩しかける。
「じゃあ、しゅっぱ~つ♪」
「いってらっしゃ~い。気をつけるのよ~」
「ぅぇええぇえ!?」
力が弱くなってしまった俺に、フォルに抵抗する力など無く、俺は強制的に外へと連れ出されていってしまった。
日光が容赦なく俺の肌に降り注ぐ。その刺すような感覚に、ひっと声を上げる。
だが、特に煙を上げたりすることは無い。まぁ、さすがに吸血鬼と言うわけではないんだから、突然灰になるようなことは無いようだ。
「ハルちゃん、ちゃんと付いてきてね~?」
「ちょ、ちょっ……どこ行くんだよっ」
「近くの森のところ!いろんな草とか、木の実とか生えてるんだよ~」
俺の腕を引っ張りながら走るフォル。付いてきても何も、この状態では付いていくしかない。
周囲の視線が俺達に集中する。そういえば、俺の服装ってアレなんだよな。きっと目立ってるんだろうなぁ……。
ため息をつく余裕も無いまま、俺は町の外へと連れ出された。普通、街の外は街の中で慣らしてからだと思うのは、俺だけなのか?
「とうちゃ~く!」
「ぜぇっはぁっ」
ようやくフォルが手を放した場所は、街から出て直ぐにある森の入り口だった。
息を整えながら、今居る位置を確認する。たしか、地図で言うところのトレイアの森……だったか?
「あれ?もう疲れちゃったの~?」
あいにく、俺は元の世界ではインドア派だったんでね。それに、こっちに来てからの見た目からしても、体力があるようには見えんだろうが。
「ん~……。じゃあまずは、あそこの木の下で休もっか」
こくりと頷いてフォルについていき、木陰で座り込む。服が汚れるとも思ったが、正直気にする余裕も無い。
「はぁっはぁっ、疲れた~……」
「ハルちゃんって、体弱いんだね~……あっ!ひょっとして、私が無理やり引っ張ってきちゃったから……」
ぐったりとした俺を見て、顔を徐々に青ざめるフォル。気づいてくれたのはありがたいんだが、出来れば最初から気づいて欲しかった。
「だ、大丈夫、ちょっと疲れただけだから」
そういって笑いかける俺に、ようやく安堵の色を見せるフォル。……甘いのは分かってるんだが、どうにもフォルが暗い顔をするのは好きじゃない。
ひょっとしたら、俺はフォルに妹を重ねてるんじゃ……と思いかけて首を振る。あの天然セクハラ娘とフォルを比較するなんて、フォルに失礼だろ。
俺の動きに、フォルが首を傾げる。女の子だと、こういった仕草って可愛いよな~とか和みながら、俺は十分に休憩を取った。
「ハルちゃ~ん、これこれ。これがカラシンの実だよ!」
「へぇ~、確かこれって辛いんだよな?」
「うん。食べると、ものすごく辛いの~」
フォルが、拾ったカラシンの実を見せてくる。外見も中身も茶色だが、唐辛子並みの辛味を持っているらしい。詐欺だな。
十分な休憩を取った俺達は、森の入り口近くで散策をすることにした。最初はフォルが奥に行こうと誘って来ていたんだが、トレイアの森の奥は猛獣が住み着いているはずだし、何より迷ったら困るので止めた。
最初は若干不満そうだったが、散策を始めるなりフォルの機嫌は戻っていった。今は、いろんな草や木の実を見つけて来ては、俺に見せている。
「ハルちゃんハルちゃん、これはクロガサタケなんだよ」
「それ、確か毒キノコじゃねぇか。捨てて来い」
時々、毒草や毒キノコまでも取ってくるから侮れない。さすがに、普段からこの森に来てるらしいから、誤って食べたりすることは無いようだが。
「あ、ハルちゃんあれあれ、アミリスだよ。可愛い~♪」
今度は、木の上にリスを見つけたらしい。視線を向けると、カリカリと木の実を齧っている姿が見える。
本が読めるようになって、俺はまず、使い魔……自分についてと、この世界の動植物について調べることにした。まだ、元の世界に帰れるような当てなど無いので、生きていくために必要な知識が欲しかったのだ。
……本音としては、魔法についての知識の方が欲しかったんだが……そういった本は、イセリナの家には置いてなかった。錬金術は錬金術で、魔術というより元の世界の科学のようなものだったし。
調べる内容も、主に身近にあるもので危険なものに絞り込んでいた。と言うのも、森の奥や山奥なんぞ当分行くつもりは無いので、そのあたりの知識よりも、より身近な危険について知っておいたほうが良いと判断したからだ。
そのお陰か、俺は街の近くで見かけるような動植物に関しては、何が危険なのかがわかるようになっていた。また、使い魔として注意すべき点も、大体は分かって来ている。
ふと、目に付いた木にぶら下がっている木の実に手をかざす。それに反応するように、木の実がぎざぎざに割れ、がじがじとかみ合わせ始める。
「あ、ガブリの実。ハルちゃん、危ないよ~?」
「知ってる」
別に手を突っ込まなければ噛まれないし、噛まれてもちょっと痛いだけで、毒なんかも持っていない。だが、この実についてまったく知らない状態だと、迂闊に触れたりして驚くことになるだろう。
知っていれば、危険にさらされることはより少なくなる。本を読むだけじゃなくて、実地で見てみないと分からない部分もあるが、事前に知っているということはやはり重要なのだ。
ふと、今の自分にとっては、何が一番危険なのだろうか?と思った。
猛獣や魔獣なんかは、ここでは滅多に出会わない。毒もちの植物は見分けが付くので、口に入れなければ良い。ならば、何が一番……?
ふとした拍子に浮かんだ疑問を考え込む。そんなことをしていたから……俺は、後ろから迫る足音にも、気づくことが出来なかった。
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