第19話 空回りと茶番劇
「さて、話が綺麗にまとまったところで、私がここに来た本題をお尋ねしたいんですが」
そういって、カルナさんが一点を指差す。
「……一体、何がどうなってこの有様になったのです?」
その先には、今までの騒動の間も復活することなくもだえ続けるレオナルド先生の姿。
「えっと、それは若干説明しづらいことなんだが……」
そういって、俺はメイフィールドさんをちらりと見る。説明するにはあの言葉を言わねばならず、それに関しては既に釘を刺されている。
……いや、言ってしまうと確実に、カルナさんからも怒られそうな気はするけど。
「はぁ。しかしこのままという訳にもいきませんし、コレを復活させるためにも説明をしていただけませんか?」
「ああ、確かにこのままだとまずいな。……よし」
俺はいったんその場を離れ、レオナルド先生に近づく。メイフィールドさんが俺の動きに反応したが、ひとまずは置いておく。
「おい、とっとと復活しろ。俺との約束を破る気か?」
ビクッと一際大きく跳ねた後、ゆっくりと起き上がる。顔面蒼白で目はうつろのままだが、一応意識は取り戻したようだ。
「これで良いのか?カルナさん」
「これで良いと言える貴女の判断が不思議ですが……」
カルナさんは、どうやらまだご不満のようだ。……ってまぁ、当たり前か。誰に聞いてもこれで大丈夫だと返す奴は居ないわなぁ。
しょうがない、これはこれでまたメイフィールドさんに怒られそうだけど、一つ手を打っておくか。
「ほら、しゃきっとしろよ。もしちゃんと授業をしたらごほうもがっ!?」
さらにレオナルド先生に対する餌を与えようとしたところで、突然後ろから口をふさがれる。誰かと思って振り返ると、そこには顔を赤くして怒って居る様子のメイフィールドさんが居た。
「むぐぐっ……ぷはっめ、メイフィールドさん?」
「貴女……今、何を言おうとしたんですの?」
う……少しまずいか。これは、恐らく俺が言おうとしたことを大体予測してる。
人道的というか道義的には若干問題のあることだし、メイフィールドさんの場合は俺がそれをするって言うのは反対されかねない。
「教えなさい。貴女、今あのダメ教師に何を言おうとしたんですの!?」
「あ、いや、それは……」
正直に言って反対されても困るので、俺は思わず口ごもってしまった。それが悪かったのか、メイフィールドさんの表情がどんどん険しくなっていく。
「私、言いましたわよね?あの様なことは二度というなと。なぜ……なぜ、貴女はそう自分を犠牲にしたがるんですのっ!!」
メイフィールドさんの悲痛な叫び声が、教室中に響き渡る。
「貴女はまだ、幼い子供なんですのよ?そんな貴女が、何故そこまで自己犠牲をしたがるんですの!貴女の役割は、本来私達が背負うものでしょうっ!?」
……彼女が言いたいことは、分からなくも無い。俺の見た目が見た目だし、俺がやろうとしていることは、むしろメイフィールドさんの方が適任だと思う。……だが、
「ダメだ。今回に限っては、メイフィールドさんに任せるわけにはいかない」
「っ!どうしてですのっ!!」
「今回、コイツをこんな状態にしたのは俺だ。だから、その後始末を他の人に任せる何て嫌なんだよ」
そう、これは俺の行動の結果である。その後始末を、適任だからという理由だけで誰かに任せるべきだとは思わない。
「……そん、な……」
がっくりと、その場に崩れ落ちるメイフィールドさん。その表情からは、後悔と絶望の色すら伺える。
……うん、さっきからちょっと思ってたんだけどさ。
この人は何か、俺のやろうとしていることに対して盛大な勘違いをしてるんじゃないだろうか?さっきから、明らかに悲壮感が漂いすぎてるよね?
「じゃ、じゃあ……せめて、せめて何をするのか、教えて欲しいのですわ」
まぁ、それはもう仕方ない。ここまできたら、反対もされないはず……だし。
「あ、ああ。単に、授業をきっちりやってくれたら、ご褒美に踏んでやるって言おうとしただけなんだが」
教室中に沈黙が流れる。多分、俺の言ったことを理解できなかったんだろう。
「…………は?」
「……ええと、貴女は一体何を言って」
バンッ!!と、カルナさんの声をさえぎって、何かが叩きつけられる音が響き渡る。
音の発信源は……レオナルド先生。
クラス中の人間の視線が、レオナルド先生に集まる。そしてほぼ全ての人物が、驚きの表情を浮かべた。
そこには、先ほどのようなうつろさはもうどこにも見当たらない。
むしろ、廃人寸前になる前よりも活気に満ち溢れ、生気が滾っているようにすら見える。
恐らく、今の先生を見た者であれば誰もがこう答えるだろう。今の先生ならば、間違いなく地獄からでも復活できる……と。
……あ、いや、言い過ぎた。さすがに死んだら死ぬよな。こいつでも。
「聞いたぞ!!授業をきっちりやれば、ミハル君からのご褒美がもらえるんだな!?」
「ああ、きっちりやれば、きっちりと踏んでやるぞ?」
「ふ、ふふ、ふははははっ……ちゃんと俺は聞いたからな?忘れないからな?約束を破ってはいかんぞ!?」
「ああ、こっちも破るつもりは無いから、安心しろ」
完全復活した様子で、仁王立ちをする先生。まぁ、無事、元に戻ったようで何より。
「え、ええっと……これは一体、どういうこと……ですの?」
「わ、私にも説明して欲しいですね。正直悔しいですが、私では貴女の説明無しにこの現象を理解できそうにありません」
一方、メイフィールドさんとカルナさんは目の前の光景が理解できないのか、俺に説明を求めて来た。
その気持ちは分かるが、正直説明したいとは思わない。女の子に変態紳士の事を詳細に説明するとか、どんな羞恥プレイだよ。
「別に理解する必要は無いと思うぞ?アレはああいう生き物だって言うことを知ってれば、十分制御していくことができるだろ」
何を喜んで何を嫌がるのかを理解しておけば、この二人ならアレを十分制御出来るだろうし。
「た、確かにそうですけど……」
「いいえ、私はそれでは納得しません」
何とか納得したメイフィールドさんを尻目に、カルナさんがきっぱりと言い切った。眼鏡を指でくいっと押し上げる。
「私は学園長でもありますが、同時に研究者でもあります。研究者として、解らないものを解らないままにしておくのは、プライドが許しません」
なんとも面倒くさい話だ。正直やりたくなかったし、カルナさん相手に通じるとも思えないけど……ここは一つ、芝居をうってみるか。
俺は自分の顔から、意識的に表情を消す。突然変わった空気に、どこからか息を呑む音が聞こえる。
「カルナさん」
「……な、なんでしょう?」
「世の中には、知らないほうが幸せな事が…………あ る の で す よ?」
言い終えると同時に、意識的に壮絶な笑みを浮かべる。
俺はよく妹や幼馴染に強制されて、いろんなポーズや表情を作らされていた。そのため、どうすれば人が怖がる表情を浮かべれるのかも、俺はある程度は知っていた。
……妹や幼馴染が怖い表情を何故ねだって来たのか、俺にはいまだに理解できない。あるいは、そのうち何らかの演劇でもやらせるつもりだったのかもしれないが。
「は……はい」
カルナさんから、かすれた声が漏れ出す。よほど俺の変化が恐ろしかったのか、青褪めたその表情からは先ほどまでの毅然とした姿は見られない。
「はい。ご理解いただけたようで、ありがとうございます」
そういって、今度は普通の笑みを浮かべる。もちろん作り笑いだが、怖がらせた相手を安心させる効果ぐらいはあるだろう。
俺の目的は、カルナさんを怖がらせることではない。……いや、そもそもここまでハッタリが通じるとも思ってなかったんだが、詮索を止めるのが目的なだけなので、詮索をしなければ脅さないと刷り込ませる方が良い。
……カルナさんとの交友関係を、あまり悪化させたくないという理由もあるが。
俺が表情を変えたとたん、教室中からため息が漏れる。ちょっと待った、カルナさんはともかく、何で他の連中まで緊張してんだ?
「あ、あの、ミハルさん、今のは一体……?」
「ん?ああ、ただのハッタリ」
「は、ハッタリですって?」
俺の言葉にカルナさんが反応する。
「知らないほうが幸せだと言うのは事実だけどさ。単にそれを言うだけじゃ、カルナさんは引いてくれそうに無かったからな」
そんなカルナさんに、俺は種明かしをする。多分、もう全部ばらしても大丈夫だし。
「それを私に聞かせて、私が先ほどの発言を取り消すとは考えなかったのですか?」
「そりゃ何せ学園長だし、カルナさんなら生徒に対してそんなことはしないだろうと信じてるしさ」
俺の返答にカルナさんが口を閉ざす。しばらくして、盛大にため息をついた。
「……卑怯ですね。そんな言い方をされては、取り消すことなど出来ないではないですか」
「卑怯だよ。でも、それで平穏が保てるなら、俺は迷わずそっちを取るさ」
そう言って、俺達は二人して笑い出す。どうやら、何とかこじれさせることなく、カルナさんの詮索を逃れることが出来たらしい。
……なにやら、メイフィールドさんとゼノガルド君の目に、畏敬の眼差しが混ざってきている気がするけど、とりあえず気のせいということにしておく。
紳士は踏めば復活する!というのは、現実では絶対にまねしないでください。
どうしてもまねする場合は、双方の同意を得てからにしてください。なお、その際何らかの損害が発生しても、当方は一切の責任を負うつもりはありません。
……いえ、まねする人なんて居ないと思いますけどね。
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