第15話 二人の転入生
ズパァンッと鈍い音が響き渡る。
突然の轟音に、俺は何が起こったのかわからず呆然とした。そんな俺の横を、猛烈な風が吹き抜ける。
何者かの攻撃。そう気づいた瞬間、俺は勢い良くフォルのほうへと振り返る。フォルが巻き込まれた様子は……特に無い。
じゃあ今のは?と思ってふと気づく、……目の前に居たはずのレオナルド先生の姿が、どこにも無い。
さらに、後ろからガゴォッと鈍い音が響いてきた。それは何か、重い何かが壁にぶつかったような音だった。
そこまで状況を知って、ようやく俺は今の状況を判断することが出来た。つまり、
レオナルド先生が、担当の教室の扉を開けた瞬間、教室内の何者かの攻撃によって吹き飛ばされた。
ゆっくりと後ろを振り返る。そこには頭を壁にめり込ませ、ぴくぴくと痙攣しているレオナルド先生。……生きてるのか?これ。
「やりましたわっ!みんな!!作戦は見事に成功ですわよ!!」
「「「おぉおおおおおおぉぉおぉぉ!!」」」
そこにさらに主犯らしき人物の掛け声と、中の生徒のものらしき歓声が響き渡る。
……おい、本当に大丈夫なのか?ここ。
未だ眼を丸くしたまま呆然とするフォルを見て、これからの学園生活に対する不安がよぎる。いくらなんでも、俺達が入るにはバイオレンス過ぎんだろ、これ。
え?何?ひょっとして、俺達が入ろうとしても攻撃されるわけ?……怖くて教室に入れねぇ。
「……あら?ちょ、ちょっと待ちなさい。ダメ教師の他にも誰か……居るみたい、ですわよ?」
凄まじく不安に駆られてきた俺の思考を、教室の中から聞こえてきた声が止める。気がつくと、あれだけ響いていた歓声は止まっていた。
代わりに、教室内からざわめきが聞こえ始める。教室の中から、生徒の一人が飛び出してきた。
「や、やっぱり……ちょっと貴女達、ひょっとして怪我とかしているのではありません?巻き込まれた様子は……無いようですけど」
非常にばつの悪い顔を見せる女の子。口調からして、それなりの身分の人……だろうか?佇まいもどこと無く上品だし。
「あ、ああ。俺は大丈夫」
「うん、私も怪我とかはしてないよ~?」
俺達の言葉に、その女の子が安堵の息を付いた。
「そう、安心しましたわ。そしてごめんなさい、まさかあのダメ教師以外に誰かが居るなんて、思いもしなかったの」
そういって女の子が頭を下げる。突然のことにどうしていいか分からず、困惑する。
そんな中、さらに教室から一人の男の子が顔を出してきた。
「ふふふ、でも無事でよかったじゃないか。きっと君達は、幸運の女神に祝福されているんだね」
「そんなことを言ってる場合じゃありませんわよ!大体、貴方がダメ教師が来たのを【探知】で確認していたのでしょう?」
「僕にそんなことを言われても。先生はきちんと来ていたじゃないか」
「【探知】をするのなら、きちんと周りの事も確認しなさいと言っているのですわ!」
後から顔を見せた男の子に対して威嚇する女の子。……えっと、つまりあれか。これは黒板消しトラップみたいなものか。
……破壊力が文字通りの桁違いだが。さすがにいたずら程度じゃ済まされんだろ、これ。
「む……うう……いたたた。やれやれ、さすがにメイフィールド君の愛は強烈だな」
「はぁ!?」
何事も無かったかのように後ろから聞こえて来る声に、俺は驚いて振り返る。
……おい、無傷って!無傷って!!絶対それはおかしいだろっ!!
「やれやれ、相変わらずゴキブリ並みのしぶとさですわね。ダメ教師」
「さすがの僕も、先生のゴキブリ並みの生命力には、驚きを隠せませんよ」
何ていうか、すっごいひっどい言われよう。どうやらこの教師は、相当この二人に嫌われているようだ。いや、中の歓声を考えれば、ほぼ全ての生徒に嫌われているのか。
ってか、台詞から考えるとこの二人殺る気満々だったんじゃね?良くこの先生、今まで生き残ることができてたな……。
「うむうむ、メイフィールド君のその蔑む視線は最高だ。でも、愛のあるやんちゃは程ほどにしないとダメだぞ?」
「ふふ、どうやらこのダメ教師には、全然お仕置きが足りないようね。必要なら、私の魔力ぎりぎりまでその体に叩き込んで差し上げますけど?」
「それはそれでご褒美だが、残念なことに、今の俺にはそれをもらってる時間は無いんだ。この二人の挨拶があるからな」
ハッと気づいた様子で女の子が俺たちを見る。若干ばつが悪い様子を見せて、口を尖らせる。
「……し、仕方ありませんわね。今日は大人しく席に戻ることにしますわ」
「そうだね、じゃ、子猫ちゃんたち。また後で」
そう言って、二人の生徒は教室に戻っていった。俺の心の中に、なんともいえない感情がわきあがる。
「さ、二人とも入るぞ。みんなに自己紹介しないとな」
「は~い」
こういうときは、フォルの純粋さがとても羨ましい。頭を振ることによって、ようやく思考を切り替えた俺は、フォルに遅れて教室へと入っていった。
教壇に立つ俺達を見て、教室内の生徒達がざわめく。教室中の視線が、俺達に集中しているのが分かる。
「はいはい、静かにしろ~。この二人は、今日からこのクラスに転入することになった幼女達だ。今から自己紹介してもらうからな」
……何か、視線の中に哀れみのようなものが混ざった気がしたのだが?あと、幼女とか言うな。
「は~い、じゃあ私からね。私はフォルカ・エティールドって言うの。みんな、よろしくね♪」
フォルの笑顔つきの自己紹介に、クラス内の野郎共から歓声が上がる。……自重しろよ。フォルはまだ、体格とか小学生レベルなんだぞ?
「……っと、次は俺か。俺の名前はミハル・トウマだ。よろしくな」
まぁ、最初の自己紹介は肝心だからな、と作り笑いを見せる。……何故か、教室のざわめきが止まりだす。
あれ?俺、何か変なことしたか?と思った瞬間、突然教室中からドッと歓声が巻き起こった。
ちょ、ちょっと待った。何でここまで歓声が巻き起こる?って言うか、男の子だけじゃなくて、女の子達まで何故喜びだすんだ!?
突然の反応に戸惑っていると、何人かの生徒達がこちらに駆け寄ってきた。まずい、あの目にはどこかで見覚えがある。
あわてて身構えると、迫ってきた生徒達が目の前で停止した。……いや、これは何かの壁にぶつかったのか?
「おいおい、幼女を前にして興奮するのは分かるが、襲い掛かったりするのはダメだぞ?それは紳士協定違反だ」
……ついにこいつ、紳士協定とか言いだしやがった。いや、だが助かった。目の前の生徒達も、不満そうな顔はすれどもその目には正気が戻っている。
「で、席だが……そうだな、あそこらへんに座ってくれるか?」
そう言ってレオナルド先生が指差す先は、一番後ろの隅の空席。ひとつ前の席には、大人しそうな男の子が座っている。
まぁ、妥当だと思って指示に従い、席に座る。フォルはその隣の空席に座った。他の生徒達が不満そうだったが、指示に逆らってまで彼らのそばに座りたいとは思わない。
「じゃあ、点呼を取るぞ」
俺達が座るのを確認したレオナルド先生は、そういって順番に生徒の名前を呼んで行く。
ふと、視線を感じたのでそちらに振り向く。前の席の男の子が、あわてて前へと振り返った。
やっぱ転入生って気になるもんかなぁ……とか適当に考えながら、俺は教室内を観察することにした。
世界には、友好的な人間と敵対的な人間が居る。
転校……転入するって言うことは、すなわち住む世界を変えるということだ。こちらから見れば見慣れた光景が様変わりし、向こうから見れば今まで居なかった異物が現れる。
だから転入する際に、俺は友好的な人間と敵対的な人間を良く見極めるべきだと思っていた。よほど好戦的かこちらから仕掛けでもでもしない限り、転入初日から何かが起きることは無い。だから、その間にそれを見極めておいた方が良いのだ。
そして、早めに友好的であろう人物との接触を図る。そうしてある程度の輪を広げておけば、敵対的な人間もそう簡単に手出しをしてくることが無くなる。
……まぁ、本音を言うと、あまりそういう打算の混ざらない友人関係を広げたかったのだが、さすがにそうも言ってられない。今の俺は、あまりに非力な女の子なのだから。
そう、考えていた時期が俺にもありました。
何だこれ、と思わずつぶやきそうになる。それは先生による点呼が終わった後のこと。
いわゆるHRみたいなものだったのか、二・三連絡事項を告げ、授業を始めることも無く先生は教室の外へと出ていった。
次の瞬間、教室中の生徒達が俺達に集まってきた。席が隅だったのが災いし、逃げることすら出来なかった。
そして始まる質問の嵐。フォルは楽しそうに答えているが、正直、俺はこういうのはちょっと苦手だ。
どいつもこいつも、好奇心と微笑みを顔に張り付かせて質問を繰り広げてくる。何より、ちょうどいい機会だし、と集まってきた奴らの中に悪意を探してみたのだが、誰からもそんな様子は見当たらなかったというのがおかしい。
正直理解が出来ない。さすがに全員集まってきているわけではないようだが、この数で全員好意的にしか見えないのはいくらなんでも異常だろう。
だって、フォルならまだ分からなくも無いんだが……俺だぞ?
「みなさん!何をしていらっしゃるんですの!!そっちの転入生の方が怯えてるじゃないですの!!」
そんな中、さすがに俺以外にも異常だと思った人物がいたのか、集まった生徒達を注意する怒鳴り声が教室内に響き渡る。
「ほらっさっさと散りなさい!二人とも、まだ10歳ほどの子供じゃありませんの!そんなに集まっては、ただ怖がらせるだけですわよ!?」
いや、フォルは楽しそうだったんだけど……まぁ、ここで突っ込むのはさすがにアレだよな。
ってかこの口調。さっき教室から出てきた女の子かな?なるほど、かなり正義感と言うか、面倒見がいい子のようだ。
人だかりが徐々に消えて行き、後に先ほどの女の子が残る。改めてみると、いかにも貴族のお嬢様っぽい女の子である。
元の世界だと高校生ぐらいか、整った顔立ちに金髪の長めのツインテール。ややきつめの眼差しとその眼に宿った赤い瞳は、まるでその性格を端的に現しているようにも見える。
「まったく……。ごめんなさいね、怖がらせてしまったでしょう?」
「あ、いや……でも、ありがとう。助かったよ」
「何言ってるんですの、貴女が感謝するようなことではありませんわ」
そういわれて、俺は軽く首を傾げる。それを見て、女の子がクスッと笑った。
「私はこのAクラスのクラス長を務める、メイフィールド・D・アウストレーゼですわ。私が居る限り、クラス内の生徒達による、貴女達への無体は許しません」
そう、目の前で堂々と言いのける。威風堂々と言う言葉がぴったり似合いそうなその姿に、俺は思わず見ほれてしまった。
「おやおや、君が初対面でそこまで入れ込むなんて、珍しいこともあるものだね」
「……何の用ですの?」
さらに別の方向から、一人の男の子がやってきた。メイフィールドさんと同じく、先ほど教室の外に出てきた男の子のようだ。
「別に。僕はただ、転入してきた子猫ちゃん達に挨拶をしに来ただけさ。君の珍しい姿も、同時に見る事が出来たけどね」
「……ふんっ」
笑顔を向ける男の子に対し、顔を背けるメイフィールドさん。メイフィールドさんはこの子に、あまり良い感情を抱いていないのかもしれない。
「僕の名前は、ゼノガルド・C・トロイホースさ。よろしくね、子猫ちゃんたち」
そういって、とびっきりの笑顔らしきものを見せてくるゼノガルド。……多分こいつ、かなりの女泣かせの類だな。
容姿を見てもそれは分かる。中性的で端整な顔立ちに、金色に光る短い髪の毛。そしてまるで吸い込まれそうな蒼い眼。
外見だけでも、十分にファンが居そうな色男である。優雅な佇まいや貴族と言う立場を考えれば、さぞやあこがれる女の子は多いことだろう。
……まぁ、それはともかく。自己紹介をされた以上、こちらも仕返さなければ礼儀に反するだろう。たとえ先ほど、生徒達の前でした後だったとしても。
「先ほど自己紹介したと思うけど、改めて。俺はミハル・トウマだ。二人とも、よろしくな」
「私はフォルカ・エティールド。二人ともよろしくね~♪」
今後長い付き合いになりそうな二人に、俺達は改めて自己紹介を返す。二人はそれを暖かい笑顔で迎えてくれた。
一時は胸によぎっていた不安も、だんだんと消えていくのを感じる。この分なら、無事に学園生活を過ごして行くことも出来るかな、と少しだけ思った。
「さて、それじゃあ次の、対ダメ教師用トラップの作成を始めるわよ」
「ふっ……今度は僕の名誉挽回のためにも、きっちり周囲まで探知しておくよ」
……本当に無事に過ごせるのか?何か、やっぱりダメな気がしてきたんだが。
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