第10話 トレイアの森にて
「これっくらいの♪おべんとばっこに♪」
「おにぎり~♪おにぎり~♪ちょい~っとつめて~♪」
「歌のタイミング、明らかにずれてるぞ」
歌を歌いながら、ノリノリでお弁当を作るフォルとイセリナ。フォルはともかく、イセリナはのんびりと歌うものだから、タイミングが物凄くずれてしまっている。
いやまぁ、それ以前にこの歌が異世界でも聞けるとは思わなかったが。いったいどこから伝わったんだ?いや、むしろまったく同じ歌詞が作られただけか。音程は全然違ってたし。
「あらあら~、いいじゃないですか~。こういうのは、雰囲気を楽しむものなんですから~」
「そうなのか?……まぁ、いいか」
個人的には、こういうのはきっちり綺麗にあわせてこそだと思うのだが……まぁ、カラオケと同じようなものか。あれは、音程がずれてても歌詞を忘れてても、楽しめれば問題ないからな。
「えへへ、ハルちゃんも歌う~?」
「あらあら~、それはとっても素敵な提案ね~」
……とか考えていたら、何やらこっちに飛び火してきた。
「え?いや、俺は二人を見てるだけだし、それに俺、歌なんてあんまり上手じゃないし……」
「上手とか下手とか、そんなの私も気にしてないよ~?それに、ハルちゃん声すっごく綺麗だから、きっと歌もすっごく綺麗だと思うの♪」
「ぅ……」
ストレートなほめ言葉に、顔が赤面していくのが分かる。フォルは多分、成長したら天然の女殺しに……あれ?違うか、男殺しに……って、本当になりそうだな。
「で、でも……恥ずかしいし」
「大丈夫だよ、恥ずかしがらなくてもいいの。私も、お師匠様も、ぜぇったい、ハルちゃんの歌を笑ったりしないからっ」
……ぅぅ、きらきらとしたフォルの笑顔がまぶしい。
「で、でもっ俺、歌の音程とか良く知らないしっ」
「大丈夫だよ♪そんなの、私も良く知らないんだから……ね?良いでしょ?」
あれ?そうなんだ?ってまぁ、こちらに来てから歌なんてほとんど聞いた事無かったから、実際どうなのかは知らんのだけど。
「ほら、歌って歌って~?」
「ぅ……し、しょうがないな。どんなに下手でも、本当に笑うなよ?」
何を歌うか少し迷ったが、さっきフォル達が歌っていた歌にした。音程はぜんぜん違うけど、歌詞は同じだからフォル達も分かると思うし。
俺が歌い始めたとたん、お弁当を作っていた二人の動きがぴたっと止まる。二人とも歌いながらお弁当を作ってたのに、そんなに俺の歌が変……だったのか?
そして、二人ともまるで信じられないものを見たかのような目で、こちらを見る。ぅ……やっぱり音程がここまで違うと変に聞こえるらしい。
急にすごく恥ずかしくなってきて、歌が途切れる。火照った顔を見せたくなくて、顔をうつむかせる。
しばらく、その場に沈黙が流れた。……これ、生殺しだよね?お願いだから、だ、誰か何か喋って!?
「すっごい……」
震えるようなフォルの声に、俺ははじかれたように顔を上げる。……何か、すっごいきらきらとした目でこっちを見ていた。
「すっごい綺麗だし、上手!ハルちゃん、すごく歌が上手だよ~!!」
そう言って、興奮したのかぴょんぴょんと跳ね回るフォル。いや、分かったからお弁当作ってる最中にそんな暴れまわるな。イセリナも止め……。
「ぐすっ……おね~さん、不覚にも感動しちゃったわ~」
……えっと、イセリナさん?何ゆえそんな、涙ぐんでいらっしゃるのですか?今歌った俺の歌に、涙を流す要素は含まれて無いはずなのですが?
あまりの光景に若干混乱する。つか本当に、お弁当を作る歌で何故泣ける?どこに泣く要素があった??
その後、何とか二人を落ち着かせるも、二人にねだられて何度か歌わされる羽目になってしまった。そのせいで出発が若干遅くなってしまったのだが……まぁ、二人とも喜んでいるんだし、別にいいか。
……あ、セルニアのこと忘れてた。
「うう、羨まし~。何でおね~さんが居ないときに限って、そんな楽しそうなことをしてるのカナ?してるのカナ?」
「そんなこといわれてもな……あ、今日はもう歌う気は無いからな」
「っ!?ガーン……」
俺の歌わない宣言に、本気で落ち込むセルニア。さすがに疲れたし、どうもまだ体が歌うのに慣れてないのか、先ほどから喉の調子が若干おかしいのだ。
普通に喋る分には問題ないが、歌を歌うには少し厳しい。あまり無理をして喉を潰したくは無いし。
「おね~さんも聞きたかった、聞きたかったよ~」
「はいはい、また今度機会があったらな」
「え?本当!?」
セルニアが、勢い良くこちらに振り返る。……何か今、ゴキッて音がしたぞ?
「ふぉああぁぁぁっ!?く、首がっ首がぁっ」
「お、おね~ちゃん大丈夫!?」
「何やってんだか……おい、大丈夫なのか?」
首を押さえてうずくまるセルニアに、フォルが駆け寄る。さすがに、首を痛めたというのは若干心配だ。
「ったた……はっ!そうだ、ハルちゃんが撫でてくれたら治るかも!?」
「……寝言言ってる余裕があるなら、大丈夫だな」
心配して損した。
「あ、あれぇ?おね~さん痛がってるのに、何でハルちゃんの視線が冷たいんだろぅ?」
「本当に理由が分からんのか?」
「あ、あははは……」
笑ってごまかせるとでも思ったのか。まったく……。
どうにもあれからセルニアは、理由を付けては俺から触らせようとしているようだ。
触らせてもらえなきゃ触ってもらえばいい、と言う逆転の発想。でも、俺に気づかれてたら意味無いだろ、それ。
「あらあら~、私も首を痛めたほうがいいのかしら~?」
「やめろ。もしやったとしても、絶対にそのまま放置してやるからな」
……セルニアだけじゃなくて、イセリアもかよ。つか、触らせるためにわざと怪我するとか、アホなのか?コイツは。
「とうちゃ~く♪」
嬉しそうなフォルの声が、森に響く。その声に驚いたのか、木の上に居た鳥達が、ばさばさと音を立てて飛び立った。
うっすらと霧の漂うトレイアの森。以前フォルと一緒に来た場所だが、今回は目的が違う。
「今日は採取をしに来たんだから、もうちょっと奥まで進まないとね」
「ああ、……確か、狼とかが出るんだったか?」
「んっふふ~、ハルちゃん狼が怖いのかな?大丈夫。ハルちゃんはおね~さんがちゃんと守ってあげるからねん」
まぁ、狼が怖いって言うか、俺じゃ魔獣どころかそこらの動物にすら、勝ち目が無いだろうからなぁ。
「ハルちゃんハルちゃん、私もハルちゃんのことちゃんと守るから、大丈夫だよ?」
「あ、ああ。って、フォルちゃんは大丈夫なのか?」
「ありょ?知らないん?フォルは下手な冒険者よりもよっぽど強いんよ?」
……マジか。
「えへへ~、狼くらいなら、私が簡単にやっつけちゃうから♪」
「そ、そうか。ってことは、俺だけがまともに戦ったりすることが出来ないのか……」
ん?まだイセリナが居るって?フォルとセルニア、二人掛かりでも抑えきれないような奴が、まともに戦闘をできないとでも?
それに、イセリナはある程度魔法を使えるはずだし。使えなければ、使い魔を召喚などできないはずだからな。
いやしかし、主に守られる使い魔って言うのもどうなんだ?俺の体格ではとても接近戦には向いているように思えないし、魔法……一応俺は使い魔だから、使い方を学ぶことが出来れば、使えるの……か?
「なんらかの方法を考える必要があるな」
俺の呟きがかすかに聞こえたのか、フォルが不思議そうに首を傾げる。
「さ、行くぞ。せっかく採取しに来たんだから、何かは見つけないとな」
「うん!」
俺の言葉に、フォルが笑顔で頷いて駆け出す。残された俺達は軽く苦笑いをして、フォルの後を追いかけた。
森の中に、うっすらと漂う霧。初めは大したことは無いと思っていたのだが、気づかないうちに周囲が見通せない程度には濃くなってきていた。
「ちょっと霧が濃くなってきたね。みんな、いったん集まろっか」
「うん!ハルちゃん、こっちに来て~!」
声が聞こえる範囲なら、まだ大丈夫じゃないのか?と思ったが、それで何かあってからでは遅いか。
一度倒れた身としては無茶はしないほうが良いな……と、俺は声のする方向へと歩き出す。
……おかしい。
確かに俺は、声のした方向へと進んでいるはずだ。それなのに、いくら進んでも三人の姿が見えてこない。
それどころか、先ほどまで聞こえていた三人の声が聞こえなくなっている……?
俺の思考に、若干の焦りが生まれる。トレイアの森はそれなりに規模があり、一度迷ってしまうと簡単には出れそうにない。
それに……何よりトレイアの森の奥地は、危険地帯なのだ。もしも……もしも、俺が今迷っていて、奥地へと進んでいたとしたら……
ガサッ
顔から、一気に血の気が引いたのが分かった。目の前の茂みが動く音、ただそれだけ、ただそれだけの音に……俺は、とてつもない恐怖を感じた。
狼か熊か、はたまたそれ以外の何かか。たとえ何であっても、今の俺が出会ってしまえば、命の保証は無い。
震えだした足に力を込める。その場から離れようと、何とか一歩を踏み出す。
「あっ」
だが、たった一歩を踏み出すだけで、俺はバランスを崩してしりもちをついてしまった。腕も、足も、ガクガクに震えて立ち上がることも出来ない。
「う……そ……」
やがて、茂みの中から狩人が姿を見せる。その特徴を、俺は本で見たことがある。
純白に黒の縞模様が特徴の魔獣。鋭い爪と牙を持ち、人間に限らず、多くの生き物達に恐れられる存在。
別名を『聖域の守護者』。森の聖域に住み、聖域を荒らす人間を容赦なく食い殺す……白い猛虎。
「ホワイト、タイガー……」
トレイアの森にて、最も出会ってはいけない魔獣の一つ。
出会えば、逃げることすら難しいとされるその魔獣。その眼が、何とかその場から逃げ出そうとする俺を捉える。
「ひっ」
たったそれだけで、体中が硬直して動けなくなる。身動きができない俺に、その魔獣はゆっくりと近づいてきて……
その口が、俺に向けてゆっくりと開かれた。
+注意+
・特に記載なき場合、掲載されている小説はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
・特に記載なき場合、掲載されている小説の著作権は作者にあります(一部作品除く)
・作者以外の方による小説の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。
この小説はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この小説はケータイ対応です。ケータイかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。
小説の読了時間は毎分500文字を読むと想定した場合の時間です。目安にして下さい。