神が叶えた俺の夢◆竜と魔族と神様と◆PDFで表示縦書き表示RDF


神が叶えた俺の夢◆竜と魔族と神様と◆
作:ヴィルアス


プロローグ

小学校のときに時々将来の夢とかを聞かれるときがあるがそういった中の大多数はスポーツ選手と答える。中には政治家と答える渋い奴もいる。が、それぞれどちらにしろ将来を見て答えている。それが賢い選択かどうかは置いておいて、少なくともそれはまともな返答だ。スポーツ選手? 夢があっていいじゃないか。政治家? いいじゃないか、現実的で。ところで、俺はなんて答えたと思う? こう答えたさ。
『竜とか神様とか魔王とかにあったりしてみたい』
 笑ってもいいぜ。高校生になった今小学のころの自分の行為を考えると俺だって自嘲したくなる。こんなの常識で考えれば笑われるだけだし、事実俺は笑われてからかわれた。それでも小学生の俺はむきになって『絶対にいる!』と断言したりするもんだから余計に性質が悪い。今から人生をやり直したい気分だぜ。
 大体そんな夢が叶うはずがない。叶っても嬉しくない。だろ? だってさ、もし叶ったら多分魔王とかと戦ったりする破目になる。命に関わるかも知れん。な、全然嬉しくないだろ? 小学生のときはともかく中学になってからはそんなことを考えるようになった。だってそりゃお前、魔王て。んな世界を破滅から救うような戦いしてどうするよ。自分を犠牲にして? 頭悪いぜ、俺。そんなことして何の徳がある。つーか損得考える前に叶うか叶わないか考えてみろ。……叶うわけねー。
高校にもなればもう叶わないだろうななんて問題ではない。将来を決めなければならないのだ。神? 竜? 魔王? んなもん関係ない。さて俺は何に就職する?
そんな風に現実を見つめるようになるのさ。小学生のころはよかったよ。いやー、夢があったなー。とかも考えたりしない。夢? そんなもん捨てとけ。

 ところですこしややこしい話になるが神の存在って信じるか? いや、神を信じるという前提で話を進めよう。神っていうのはな、意地悪だぜ。いや、極悪か。全ての髪がどうかは知らないが、少なくとも――俺のであった神はそうだった。証拠? あるさ。そのせいで俺の人生は獣道に逸れたんだからな。
 


第一章

「あんたは、竜でしょ?」
 少女の声が響く。残念だかその声は俺にかけられているわけではない。いや残念ではないな。しかし――いきなり人のことを竜扱いするこいつは何なんだ! クエスチョンマークが留まることなく増殖していく中で俺は何故こんな高校に入ってしまったのかと自分の過去を嘆いた。

 ことは、すこし前に遡る。てなわけで、回想モード。

…………

中学になってから現実を悟って、夢? んなもん関係ないね。まともな人生を歩み始めた俺は、かといって勉強に精を出すのも面倒なのでゲームを精一杯がんばった。前に比べればまともになっただろう。だがゲームで人生を楽しむというのは、かといってまともとは言えず、学力低下という道をマッハで進むこととなった。なので、ちょうど平均くらいの高校に入れたことは幸運だったのだろう。
 もともとは頭が良かったのでここまで堕ちたのは不満といえば不満だが、もともと何でも妥協してしまう性格らしく、そこまでショックを受けているわけではない。
 それに、友達と同じ学校に入りたいと願っていた俺にとってちょうど平均で、友達がたくさん受験したこの高校はある意味俺の嗜好にあっているといっても過言ではない。
 しかし、今日が初登校だからといって楽しみってわけでもない。実際、学校を楽しみにしている奴は今の俺みたいに初登校で寝坊したりしないものさ。
「おーい、俊也ー!」
 自分の名前が呼ばれたことに気づく前に俺はこんなことを思った。今俺に話しかけてきたやつも恐らく新しい生活に期待をはせている分けではないようだな、と。そんなことより、この声は聞いたことあるな。頭の中で人名録を検索する。えー、だれだったっけ? んー、たしか俺と同じ中学、同じクラスだった敦也とかいう名前のやつだったような気がするけどあってるよな? 冗談だよ。何だ、その目は。親友のお前を忘れるわけないじゃないか。
「本当に?」
 疑うな。ところで敦也……今日が初登校というのにお前も遅れたのか。ま、俺も同類だけどさ。
「俊也も遅れたの? 走らないと間に合わないと思うけど?」
 時計を確認するとまだ十五分あった。ま、ぎりぎりいけるんじゃないか?
「そう? ま、それなら歩こうか」
 あっさり走るのをやめて俺の横に並ぶ。いやお前、正直遅れると思うぞ。
「どうでもいいよ。それより、この学校、僕たちの家からはちょっと遠いよねぇ……」
 そうだな。徒歩四十分はきつい。ま、バスを使えばいいのだがそれは金の無駄であり、電車で一時間かけてくる馬鹿だっているのだ。俺たちはまだ利巧といえるだろうよ。
 内心俺はバスで行きたいと思っているのだがこいつはそれで納得したらしく。
「そうだね」
 何度も頷く。相変わらず楽天的な奴だ。とか考えるが俺だってどちらでも変わりはないと思っている。温かい陽気溢れる日差しが俺たちをかんかんと照らしている。のどかな日常だ。

 本当に、のどかだ。

 どこの学校でも、クラス通知というのは入学式の後と決まっているらしく、この学校もそうだった。無駄に長くて眠気を誘う、魔法のような校長の挨拶を聞き終え、敦也と同じクラスならいいなと考えながら体育館の壁に張られているクラス発表を見に行こうとする。が、すでにそこには人がゴミのように集まっており見ることは出来そうにない。まったく、馬鹿の塊だな。つまり、俺はその塊の中にわざわざ突っ込むつもりはなく、ここで人が去るのを待つつもりだ。それが賢い人間のすることなのさ。敦也もそう思うだろ?
「んー、ちょっと待っといて」
 いうなり敦也は目を凝らし、クラス通知の張り紙まで十メートルは離れているのに頷いてこういった。
「僕たちは一組だよ」
 おい待て。何故そんなのが見える。
「僕って感覚と運動神経だけはいいからさ」
 全くだ。お前人間じゃねえだろ。
「はは。でも、草原に住んでる民族とかなら視力七くらいはあるからそれに比べると普通だよ」
 んなことを言いながら俺たちは教室へ向かった。どうやら俺たちの教室は四階にあるらしく、登るのが面倒だ。
「はは、初日から文句ばっかり言うと学校生活が楽しくなくなるよ」
 俺は最初から楽しい学校生活など期待していない。
「捻くれてるねぇ」
 現実を見ているだけさ。
「……それはそれで、寂しいと思うけど……」
 お前は夢見る少年になりたいのか。
「昔の俊也みたいに?」
 ……それは禁句だ。
「何でだよ」
 ふん。あのころの自分を考えていると悲しくなるからだよ。竜やら神やらなんやらがいるなんて本気で信じていた自分が馬鹿らしくてな。
「いるかもしれないじゃない」
 敦也はそんなことを言いながらやっと到着した扉を開けた。やけに古びた扉らしく、ぎしぎしと音をたて、と言うわけではないがところどころつまりながら開く。
「そんなのがいたら……そうだな、俺が何でも言うこと聞いてやるよ」
「言ったね。忘れたら駄目だよ?」
 そう笑いながら、入った教室に、大きく目を開いて驚愕する少女がいた。知らん顔だな。ま、この高校にはいろんな中学から来るから当たり前だけど。それより……何をそんなに驚いているんだ、こいつは。あれか? 俺たちの幼稚な会話に対して驚いているのか。ま、たしかにこんなことまじめに言う奴がいたら馬鹿げてるだろうが俺たちは冗談で言っているのだ。それくらいは分かってほしい。
「あんた……」
 少女が、敦也を指差して言う。やけに、凛々しい姿だった。着ている服は当然制服であるセーラーで、やけに黒い肩までかかっているロングヘアー、透き通ったきれいな黒色の瞳は決心に満ち溢れているようで、きつく俺たちを睨みつけている。その上唇をへの字に曲げているので不機嫌に見える。何が気に入らないのだ。というか何だかその姿に威圧される。なんというか、オーラが溢れている気がする。しかし身長は恐らく百七十ある俺より頭ひとつ分くらい小さく、輪郭も身長相応の丸みを帯びていて、何故か頬を紅く染めているので一瞬可愛いなどともおもってしまうような容姿だった。
 ところで、いい加減睨むのを止めてほしい。
「あんたは……何でここにいるの?」
 そりゃあ、ここを受験して受かったからだろうよ。
「あんたじゃなくてもう一人のほうよ」
 敦也のことか? ほら、敦也、聞かれてるぞ。
「いや、何を答えればいいか分からないんだけど」
 だな。
「だーかーら! 何のためにここにいるの、って聞いているの!」
「勉強するためじゃないかなぁ……」
「ちがーう!」
 何故かこの女は発狂寸前のような怒りを俺たちに向けている。何故? 何か、間違ったことを言ったか? 誰か教えてくれ。
 しかしとにかくこいつにしてみればそれは気に入らないことらしく、いきなり俺たちに歩み寄ってきて敦也と俺の目の前に立ち、腰に両手をやって威張りながらきつく俺たちを睨みなおし、大きく口を開いて堂々と次のようなことを言った。
「あんたは、竜族でしょ?」
 ああ、いたよ。真面目にこんなことを胸張って堂々と初対面のやつに言えるようなやつが。いかんな。こいつは関わってはいけないタイプのほうにカテゴライズしなければ。駄目だぜ、高校生にもなって夢と現実の区別をつけることが出来ないなんて。
「あんたは黙りなさい。殺すわよ」
 マジで殺されそうな雰囲気なので俺は黙る。というか、敦也もどうしゃべればいいのか分からないらしく、黙っている。
「早くいいなさい!」
 言いなさいもなにも、俺たちとしてはお前みたいな奴にきつい眼で見られて脅されていたら何でも吐く気になるのだが生憎何も知らないし、聞かれている意味が分からないので答えることは出来ない。なあ、何と答えればよいのだ、俺は。言うべきことはどう考えても病院を薦めることだがどうもこいつに言ったら怒られそうな雰囲気である。
 そんなわけで誰も答えることができないまま教室には大勢の人間が入ってきて、こいつはフンっ! と鼻を鳴らして俺たちの視界から消えた。
――あいつ、変な電波を受信している性質か? ま、気にしても仕方がないか。多分、頭のネジが緩んでいるんだろう。可哀想に。憐憫の情を向けながらも次の瞬間には俺は敦也に話しかけた。あんな人間とは関わらないほうが無難だ。厄介なことには巻き込まれたくない。
「なあ、この学校、どう思う?」
「そうだねえ、普通なんじゃない?」
 俺が普通の基準を問いただそうとしたときに教師らしき人物が教室に入室。教壇に立ち
「静かに」
 いったんそう唱えて生徒が黙らないところを
「静かに!」
 一括した。立ち話していた生徒達は一斉に静まり、その視線が教団に偉そうに立っている教師に向けられた。何かもう全員がいきなり『あー、こいつうぜー』といった感じになっている。そんな視線を気にすることも無く
「えーでは、出席番号順に名前を呼ぶから右の列の机から順番に座っていけ」
 教師は点呼を進めていった。


 点呼を追え、俺は左から二番目、後ろから二番目というなかなかなポジションを獲得した。これなら少々授業を聞いていなくてもばれないぜ。
 もともとは頭が良かったといったがそれは勉強しなくても点が取れたからで勉強していたわけではない。努力という言葉を嫌いな言葉に分類するからな、俺は。捻くれてるとか言わんでくれ、これが一般的な高校生なんだ。つまり俺は高校でもそれを貫き通そうと思っているわけだ。なら何のために高校に入ったのか、その質問は受け付けない。俺自身も分からんからな。とりあえず入っておこうという流れに流されたのさ、多分。全く、世の中理不尽だ。高校を出ないと働けないとは。かといって働く気もないが。
 ところで敦也は俺の左前で、俺の右は住江とかいう見たことのない男子だった。なかなか気がよさそうでもあるが馬鹿面を下げている。俺の勘で言うがこいつは絶対に抜けている。間違いない。後で話しかけて確認してみよう。で、俺の前は――知らん。興味ない。俺はクラス一名一名と仲良くなろう何ぞ思わんからな。友達なんて寂しくない程度にいれば十分だ。多ければ面倒が増える。ところが後ろにはそんな俺の嗜好をふっ飛ばし、いやクラスの奴となら誰とでも仲良くなったほうがいいのではと考えさせてしまうような、とてつもなく愛らしいお方がいた。
名を高橋夢奈たかはしゆなというらしいこのお方はなんかもう、見た瞬間に可愛いと思えるような容姿であった。思わずこのクラスになれてよかった! と思ってしまう愛らしさである。いやもう本当に。人間の許された可愛さを軽く凌駕していた。
きれいな薄茶色の髪で身長が恐らく百五十あるかどうかというくらい、それ相応の幼い顔立ちをしていて丸みを帯びている輪郭には大きな丸いつぶらな瞳がついていて、なんだかそれが潤んでおり、俺が後ろにこんなきれいなお方がいるのかと舞い上がりながら見つめていたので頬が朱色に染まっており、それがまたなんとも可愛かった。人間レベルの可愛さではない。きっとこのお方は人類ではないのだと頭の片隅で考えてしまった。
「あ、あのっ!」
 恥じらいながらそういわれて初めて俺は自分の失態に気づいた。俺はこのお方をずっと見つめていたのである。恐らく頬も緩んでいたことであろう。いや、悪い。ついでにお近づきになっておこうか。
「あ、宜しく御願いします……」
「は、はい、そうですね、よ、よろしくおねがいします」
 そんな意味不明なおどおどの挨拶をされてもこのお方なら全然良い。何だかそれがまた可愛いのだ。おっと、いっておくが俺が特殊な趣味をしているのではなく単にこの方が美しいのだ。この人の前という地の利を生かして話しかけようと高まった気分でまあ一応左の人物を確認してやろうと左を向いたときだった。
 一気に心にブリザードが吹き荒れた。もうすごいくらいに。一気に氷点下までいったね、これは。というか絶対零度を超えてしまった気分だよ。
そこには、先ほどの頭のネジがよろしくない哀れな少女がいた。先ほどの自己紹介ではこいつ、“松崎月衣まつざき ゆい”という以外に平凡な名前を名乗っており、自己紹介もこれ以上ない平凡なものだった。なんというか、意外だ。もうちょっと素っ頓狂なやつだと思ったのだが。たとえば“あんたたち、なんでこんな馬鹿学校受けたのかしらないけどそれ相応の馬鹿だからなのよね。そんな馬鹿と仲良くするつもりはないから”や、“あんた達の中には竜族とかが混じっているみたいだけど何でこんなところにきているの?”が有力候補だな。まあ大半以上が俺の想像であるにしろこれくらいは言いそうだ。なので、拍子抜け半分、安心半分というわけでもあるが実際すでにこのとき俺の深層意識は厄介なことになりそうだ、と叫んでいた。何でだろうね?

 まだ午前中にもかかわらず今日は担任の自己紹介とクラス全員の自己紹介だけで終わったというのはこれ以上ないくらい幸せだった。このあとに自由に参加できる部活体験なんてものには地球上に存在するらしいミジンコに感じるほどの興味も関心もないので『敦也に部活体験いくのか? いかないよな、それなら一緒に帰ろう』と言おうとしたときだった。
 可哀想に。隣の席で、敦也が例の少女に話しかけられていた。なにやら困っている。いや、この状況を邪魔すれば敦也に悪いな、うん、話が終わるまで待っておこう。心の中でそう呟いてから暇なので右側で立ち上がろうとしている隣の住江とか言うやつに話しかけてみた。
「なあ、お前、学校は? どこから来たんだ?」
「南中だけど?」
「そうか、俺は東中からきたんだ、よろしく」
「ん? ああ、よろしく」
 俺の応酬にどことなくのんきに答えるこいつはやはり間抜けなオーラが漂っている。俺の勘は当たっていると見ていいだろう。
「お前、部活ってどこか入るのか?」
「いや、別に。部活なんて興味ないからさ」
 だよな。大体、部活なんて面倒なんだよ。

 その後しばらく、勇介(住江の下の名前は勇介というらしい)と話していたが、敦也は少女との話を終えたようで、俺も立ち上がった。
「敦也、お前部活なんてやらないよな?」
「うん、そうだけど?」
「じゃあ、早速一緒に帰ろうぜ」
 勇介は俺にまたな、といって去っていった。俺も返事をしてから敦也に向き直る。俺の頭の中では今日一日中家でゆっくりするという完璧な計画が立てられていた。
「それがさあ、僕さっきの人にいきなり呼び出しされちゃって」
 何? それは由々しき事態だ。関わるのはやめておけ。あいつは変な電波を受信しているからな。どうせあんたは竜族ね何でこんなところにいるの的な話をされるだけだぜ?
「それが何か行かないと許してくれないような感じなんだ。告白ではないと思うけど……何なんだろうね。悪いけどついて来てくれない?」
 ついてきてほしいという気持ちは痛いほどよく分かる。あんなのと一対一で会話したくない。というか会話にならないと思う。仕方がないな、ついていってやるよ。
「ありがとう」

 このときこんな安請負をしなければよかったのだ。後に俺はそう後悔することになる。

 そして一緒に指名された地点、屋上へ向かった。というか屋上に立ち入り禁止って書いてあったのだが。ま、無視したけどな。

 このときにはすでに何故か俺の完璧なゆっくりするという計画が崩れていくような感覚に襲われていた。またしても、何でだろうね? 予知能力にでも目覚めたか?

 予知能力に目覚めたかもしれない。

 ゆっくりと音をたてずに階段を登っていき、到達。階段を登りきると重そうな扉が道を塞いでいた。ふう、仕方がないよな。覚悟を決めて敦也ではなく俺が見事なまでに期待値ゼロ状態で屋上への扉を開けた。さわやかな風が流れてくるが今はそんなのどうでもいい。敦也、早く話しを終わらせてくれよ。
 ところでその扉の向こう側では、少女が空を眺めていた。ここからちょうどその横顔が覗いている。やっぱり、結構な美しさだった。どこかその顔に、決心が溢れているのが気になる。寂しげな顔でもあるな。ま、どうでもいいけど。
 俺はその姿を見てどうしたものかと考え、一歩進み敦也もきてから扉を閉めた。
 少女の顔が、俺へ――それとも敦也か?――向いた。鋭く俺を睨み、
「あれ? 部外者がいるけど……」
 部外者とは俺のことか。ま、そうなるだろうな。
「ま、別にいいけど。それより貴方!」
 人差し指をビシッ! とまっすぐに敦也に向ける。何だそのノリは。
「何でこんなところにいるのよ!」
 いや、だから受験でここを受けたからさ。胸中でそう考え、敦也の返答を待った。しかし、当然敦也はどう返事をすればいいか迷っているわけで、当然再び沈黙が訪れている。
「何とか言いなさい!」
 何をだ。
「あんたは関係ないの!」
 ま、そうなるだろうね。別にいいよ、むしろ結構だ。別に関わりたくもないね。
「早く答えなさい!」
 それでも俺たちは当然反応に困っている。ここは冗談のひとつでも言うところなのか?『実は私は竜なのです!』と。はは、馬鹿馬鹿しい。俺が『お前馬鹿か』と言う言葉をちょうど五十回くらい思い浮かべたところで少女が高々と言った。

「あんたは竜でしょ!?」

 これはもうすでに呆れてしまった。何だこいつ? まだそんなこと言っているのか? 俺はてっきりさっきのは冗談ですと謝ってくれるものかと思ったが。やはりこいつは変な電波を受信しているんだ。いやもうなんか、今すぐこの場から立ち去りたい気分だった。敦也、帰らせてくれ。
 しかしきりっと俺たちを睨む少女の視線と敦也の呆れ三分の一戸惑い三分の一嘆き三分の一の顔がそれを許してくれない。ああ、何で俺はこんな奴に関わってしまったんだ。
「答えなさいよ!」
 答えろも何も、俺と敦也は今クエスチョンマークの増殖を抑えるので精一杯なのだ。
「えっと、何を言っているのですか?」
 敦也。お前は勇気があるな。俺ならとても返答など出来ないぞ。
「あんた、何のために上界から現世に来たの? 言いなさい! 竜族が今更なんのためにここに来ているの!」

 さて、まずは整理をしてみよう。ジョウカイ? ゲンセ? リュウゾク? 何の用語だそりゃ。ああ、駄目だ。整理なんぞ出来やしない。何だこいつ。その疑問が俺の頭の中を掻き回している。

 呆然とする俺と敦也を置いて、少女は返答を催促する。
「早く言いなさい!」
 いやだから何を何のために言えばいいのかをまず教えてくれ。
「とぼけたって無駄だからね。分かってるんだから!」
 言うなり、少女は――え? どこから取り出したのか一メートルはあろう杖を握っていた。金属感溢れるその全体はシルバーで先に紅い直径十センチほどの宝石のついていて、重そうに見えるのだが軽がるとそれを持っている。少女がその穂先を俺たちに向け
「早く言いなさい。そうすれば許してあげる」
 ……どうしたものか。何だこれは。夢か? 幻覚か? どこから出したのか絶対に収納できそうにない重量級の杖を軽々と持ち上げている少女が俺たちに向かって竜だのなんだのと叫んでいるのだ。世の中、こうも狂っているものかね。
 当然というより必然的に何も答えない俺と敦也。というか何を答えろというのだ。
「言わないのなら……」
 杖の先端の宝石が、輝きだした。なにやら紋章のようなものを空に描き、そこからなにやら光線のようなものが延びてくる。まさにファンタジーだ。自分がゲームの中に登場していてしかも俺が悪役で主人公に魔法で殺されそうになっているような気分だよ。
「当たったら死ぬわよ」
 言いながらその光線は――うおっ! 見る見る迫る光線。というか、もう通り過ぎた。俺の頬から、血が垂れる。え? 光線は、俺たちを通り過ぎ、扉に衝突。すごい衝撃音を立てて扉を突き破った。真ん中に穴が開き、その切れ口が焼け焦げている。おいおい、何の夢だこれは。ずいぶんと性質が悪いじゃねえか。こんな悪夢今までに見たことがないぞ。
 しかし切れた頬の痛みはこれが現実であると物語っていた。

 俺がひたすら目を疑っている間に少女は不思議そうな目で敦也を見つめている。
「次は、外さないわよ?」
 腰を抜かして、俺も敦也も座り込んでしまった。口をパクパクさせることくらいしか出来ないのを責めてくれるなよ。人間らしくまともに振舞っているだけさ。
「ふんっ!」
 少女は言って、再び杖を振り紅い光が俺たちを襲ってくる。瞬時のことだ。死ぬ。まっすぐに、俺たちのほうへ伸びてくる。死ぬ以外にどうしろというのだ。誰か教えてくれ。俺も魔法が使えたら――駄目だ、そんなこと考えるな俺そんなファンタジーなことあるわけないじゃないかでも目の前のこいつは紅い光を放っているしああもう分からん! そこらで考えることを放棄し、ついでに死への覚悟があるわけでもないのに確実にその死が迫ってきているのでもう完全に混乱しているわけだ。俺にどうしろと? ああ、死ぬ! 
 そう思う間に光は唸りをあげて――ああ俺の人生短かった――鼻先で止まった? あ、危ねえ……。
「あれ、貴方……」
 少女が、敦也に疑問を漏らす。
「貴方、本当に竜族じゃないの?」
 ……。


 何と答えろというのだ。ところでこの疑問は通算何度目だろう。よかったら教えてほしい。


 少女の瞳が、まっすぐ俺と敦也を捕らえている。
「やっぱり……竜族の気配だけど……もしかして……」
 ……。
「でも、そんなことありえるの?」
 ……。
「でも……そうね、有り得るのかも。どうすればいいのかしら……」
 俺が聞きたいよ。こんな変な光線を見せられてどうしろというのだ。
「もしかして、私がこの学校に潜入しろといわれたのはこのためだったの?」
 知らねえよ。大体、あの光は何なんだ!
「どうしよう……」
 その言葉を最後に少女は霧のように消えた。……? せめて今見たのは夢よとかそのあたりのことを言ってくれれば安心できたものを。



 呆然とするだけの俺たちが立ち上がり、帰ろうとしたのはそれから十分後のことだった。何を話せばいいのかも分からず、ただ一緒に歩いているだけ。何だったんだあいつは! 俺の世界観ぶち壊しやがって!

 くそ、あんなファンタジーなもの見せやがって。小学生のころなら喜んで問いただしたものを……今は俺の頭がおかしいとしか考えられないじゃないか。
 とは言っても、本心を言うとすこし気になっていた。これでも昔は夢見る少年だ。そのときの夢は失われたものの、好奇心くらいは持ち合わせている。場合によっては俺も光を放てるかもしれないという希望すら芽生えている。
 ま、せいぜい一ミクロンほどの好奇心だがな。もう二度と会いたくもないね。だって、一時は殺されかけたんだぜ? しかし、あいつは俺の隣の席なのだ。いやでも顔をあわせねばなるまい。気が重かった。

 しかし、俺の帰り道。その途中にある公園で俺は見てしまった。――公園の銅像に話しかけている松崎を。いや、やはりあいつは頭がおかしいんだろうな。と、俺が思ったとき。さらに悪いことに目が合った。あいつが、きっ! と何かを考え付いたような目で俺を睨みつける。何だか、嫌な予感のする、痛い視線だった。怖い。何だか帰りに交通事故に会うと予言されたような気分だ。ここから放れたほうがいい。あいつと関わらないほうがいい。そんな本能に突き動かされ俺は走って家に帰った。何だか最後のあの視線が気になる。



 そんな気持ちを残したまま夜となり、嫌な予感がしながらも俺が静かに寝付いていたころだろう。しかし突如。
「開けなさい!」
という声とともに窓が音をたてる。だー、うるさい。と思いながら俺は目を覚ましてしまい、なんだ泥棒でもいるのかと窓のカーテンをめくった。
 ――ああ、見なければよかった。窓の向こう側では白のブラウスにスカートを着込んだ、頭がおかしくてファンタジー的で精神の不安定という哀れな少女が俺をまたしても口をへの字にして睨んでいた。何故睨む。というか何故ここにいる。というか何故俺を起こす。
「開けなさいっていってるでしょ!」
 無視しようか? そう思った瞬間に少女が放ったあの紅い光が思い出され、死ぬのはいやなので仕方がなく窓を開けた。いやあの光、マジで怖い。開けた窓から冷たい風が流れ込んでくる。というか、俺の部屋は二階なのでそこには屋根があるはずだ。お前、どうやって登りやがった。そんな些細な、というか本来なら些細ではないのだがこいつの前では些細に見えてくる疑問を抱えていると

「とりあえず、中に入れなさい」
 命令口調だった。何故だ。とは怖くていえないので部屋の中に入れてやる。何故俺がこんな奴を……というか何故ここに来た? 



 家に俺以外がいなくて良かったと思った。誰かが起きてきてこの天地挙動な事態を目撃してしまったかもしれないからな。父さんは単身赴任で滅多に帰ってこないし、母は俺が幼いときになくなったらしい。兄弟はいないので俺一人というわけだ。
 さて死の恐怖に立ち向かい、俺は怒鳴った。
「何でここに来る! 失せろ! ジョウカイとやらに帰れ!」
 上界なんてないと信じていた。否、無いと信じていたかった。しかしどこかへ帰ってもらわないと困るわけで。とりあえずこういうときは相手のほうに話をあわせておけばいいのさ。
「帰れないのよ! 命令で!」
 誰の命令かも分からないが。
「なら他のところへいけ! 俺のところに来るな!」
 というか何故俺の家を知っているのだろう。だがそんな疑問も些細なことだ。何故俺の家に来るのかというほうが問題である。
「行くところがないのよ! それに、あんた、便利そうだし。竜族には不用意に関わったら駄目だし。大体、もうあんたはもう関わったんだから最後まで付き合いなさい!」
 何にだ。
「そんなことは後で言うわ! とにかく、手伝いなさい!」
 そりゃ無茶な頼みだろうよ。
「うるさい! 人間ごときが神に逆らっていいとでも思ってるの? 殺してないだけでも感謝しなさい」


 一瞬、世界が止まった。というか崩壊したような感じがした。……神? 
聞き捨てならない言葉ばかりだが、やはり人間、好奇心には勝てないものなのだろう。こいつ馬鹿かと思いながらも俺は質問をするという愚の骨頂なことをしてしまった。
「神?」
 言ってしまった後でこいつの満足げな顔を見て後悔してしまった。何だその笑みは。
「そ、私は神様なの」
 なんだそりゃ。

 十分ほど講義を受けたあとで俺は後悔をした。最後に、『ここまできたら引き返せない』といわれたからである。まあ単刀直入に言えば、手伝うか殺されるかの二択らしい。ところで松崎というのは仮の名前で、上界とやらではリアンノンという名前らしい。リアと呼べばいいそうだ。別に呼ぶ機会などほしくはないが。

 そういえば神の存在など完璧に信じていなかった俺だが何だか信じざるをえなくなってきているのだが何故そんなことになったのかは分かるだろうが一応言っておくとわざわざ俺のためにこいつがまたしても杖を取り出してご丁寧に魔法とかいうものを見せてくれたからである。俺の部屋の床が焦げたのはその痕跡だ。ああ、俺の部屋が……。ま、とりあえずここでこの哀れな自称神様の言ったことを整理してやろう。何とかがんばって。

 まず、この世界以外に上界というのが存在するらしい。どこにあるのかは知らんが。で、そこには魔族・竜族・神族がいるらしい。もともとこのうちの神族と魔族も現世、つまりこの世界にいたらしいのだが(耳が痛いことに)途方もない大昔に神に力を授かった人間がそいつらを追い出してしまったらしい。要するに神族と魔族は人間を恨んでいるわけだ。人間は貪欲だ、とな。人間も今となっては神に授かった力は消えているらしいが。

で、竜族はというともともと上界にいたらしい。その竜族はどちらかというと人間の味方だそうだ。竜がいなかったら魔族も神族もとっくの昔に人間を攻めていたことだろう。で、力関係でいうと神と竜族がどうとう、魔族がその下らしいのだが何分竜族のほうが数が多いので人間界は平和なのだ。
 とりあえず竜には祈祷しておこう。神の暴挙を止めてくれてありがとよ。
 ところで何故神とやらが人間の姿なのかというと神には本当の姿・人間の姿と使い分けているらしく、人間の体は何かと便利なので普段からでも人間の姿である神は多いとのことだ。その点は竜でも魔族でも同じらしく、人間の姿でいることが多いらしい。おい、まさか身の回りに竜族や魔族がいるんじゃないだろうな。

 で、神族の目的はというと人間を滅ぼして再び現世に戻ること、魔族も同じ目的だ。違うのは神族は慎重で魔族は過激という点にある。神族は少しずつ竜を説得しつつ、罪を犯したということを口実に人間を殺しているらしい。
 一方、魔族は竜なんてお構いなしに人間を殺しているらしい。何と自分勝手なのか。
 で、俺はこの少女に殺されていないだけ感謝しろといわれた。あほか。何が人間は貪欲だ、だ! 神族とやらだって自分勝手じゃないか! ま、元凶が人間にあるという点は認めてやるが。
 しかしささやかな反撃として俺が『好き勝手に殺したら竜が怒るし人間だって気づくじゃないか』といったらこいつはこういった。そのために罪を犯した人間だけを裁くという口実があるんだし、神や魔族が殺した人間を証明するものは自然と抹消される、と。こいつらの考えでは人間そのうち全員が罪を犯すというものらしい。だからそれでもいずれは世界を取り返せる、と。馬鹿か。
 大体だな。証明するものは自然に抹消されるということは知らないうちに親しい人間が死んでいる可能性もあるということだ。ありえるのか、そんなこと。

「分かった? とにかく、貴方のことは殺さないからとにかく手伝いなさい!」
 何を?
「人間を裁くことを、よ!」
 ふざけやがって。何で人間の俺がそんなことを。お前、人間を馬鹿にしておいて俺が引き受けると思うなよ。大体お前最初は何のために現世に来たんだよ?
「んー、命令で来ただけだから。何だったかしら……社会勉強、だったと思うけど。人間の愚かさを知ってこい、だってさ」
 人間を馬鹿にしやがって。そんなやつの手伝いなど俺はしないぞ。というか何故俺が人殺しの手伝いをせねばなるまい。
「で、貴方には神官になってもらいたいんだけど」
 聞いちゃいねぇ。で、神官ってのはなんだ?
「んー、どうもここで人間を殺すのには神官っていうのがいるらしいのよ。許可人ね、許可人。本来なら竜族になってもらうらしいんだけど私はむやみに竜に関わるなって言われてるし、人間でもいいでしょ。あとは、そうね……神官は神の奴隷でもあり、神の使いでもあり、神の上官でもあるの。ま、あんたは人殺しを許可してくれればそれでいいわ。本来私の目的は偵察だったんだけどここにきて人間を見ているうちにいらいらしてきたわ。人間って皆ふざけているのよ!」
 ふざけてないさ。これが人間だ。つーか、俺を奴隷扱いするきか、お前は。
「だからそれがむかつくのよ! とにかく、私の神官になりなさい!」
 ふざけているにもほどがあるのはお前だ。ま、小学生の俺なら喜んでしていたかもしれないが。何だかファンタジーチックだしな。

「とにかく、貴方の意見なんて聞いてないわ」
 そいつは人権に反するぜ。
「人間に権利なんて存在しないのよ!」
 横暴な神がいたものだ。
「うるさい!」
 そう一括してからこいつはどこから取り出したのかまた先ほどの杖をもって呪文を唱えだした。空に紋章が刻み込まれ、リアの体が光を発して浮く。そんな様子を見てさっきの恐怖を思い出した俺が逃げようとするのだがこいつは俺を睨むので動こうにも動けない。
 そんな感じで俺が覚悟を決めるまもなくリアの呪文は完成したようだ。勝ち誇ったまぶしいまでの笑顔で杖を俺に向けて振った。
「ぐあぁぁぁぁぁ!」
 奇声を上げた俺は床を転げ回る。何故かって? 体全体が焼けるように痛いからだよ! くそ、何しやがった!
「ふふふ、私の刻印を刻み込んだのよ。これで貴方は私の神官ね」
 いまだに痛みで地に伏せる俺にリアはそういって満足げな顔で俺を見つめる。おいおい、俺の同意なしでこんなことしていいのか? 
「いいのよ」
 余裕な顔をしてそんなことを言われても俺が困る。今更ファンタジーな世界に飛び込むつもりは微塵もないぜ。
「じゃあ、明日からよろしく。ところで私上界から来たのはいいんだけど家がないのよね。どこかの部屋をつかわしてくれない?」
 黙れよ。
「殺すわよ?」
 笑顔でそう脅された。もうなんか頷くしかあるまい。とは言っても、部屋などあまってはいないのである。
「そう? なら貴方のそのベッドでもいいわよ?」
 いや、駄目だ。
「そう? それなら……」
 そういえば、物語とかではよく押入れとかに人が住んでいるよなぁ……。何でそんなことになるのかと疑問に思っていたのだが今分かった。

 世の中の大抵の人間は、いきなりの来客に部屋を与えるほどそんなに広い家をお持ちでないのだ。

 結局、俺は自分のベッドを死守することに成功しリアは押入れに暮らすこととなった。まあ、親は滅多に帰ってこないし、大丈夫だろう。くそ、しかしこんな奴と一緒に暮らすなんて……。俺の寿命はどれほど削られるだろうか。というかいつまで生きていられるだろうか。死体は残るだろうか。せめて俺のことを誰か記憶にとどめておいてほしい。

「ねえ、おなかすいたんだけど」
 真夜中だ。といったら杖を突きつけられたので俺は二人分のカップラーメンをつくった。神にも、食欲はあるらしい。


 第二章

 余談といったら余談なのだがリアは余程人間が嫌いらしい。すこし人ごみがあるところを歩いているとすぐに『こいつ、殺していい?』と聞いてくる。俺からすれば普通のことなのだがこいつにすれば大問題だそうだ。神というのは我慢というのがなっていない。
例えば、信号待ちになれば『信号なんて考えたの誰よ、鬱陶しい。殺してやろうかしら』ときて、ちょっとリアに頼みごとを言う人がいれば『鬱陶しい! 私に話しかけるな!』ときて、それで文句を言われれば『かかってきなさい、殺してあげる』ときたもんだ。俺の身にもなってほしい。いちいちそのたびに俺に『こいつ殺すわ。許可御願い』といってくるのだ。もちろん俺からすればこいつが起こる原因など日常茶飯事にあることなのでというか人間を殺すことなど許可できないので駄目だという。が、問題はそんなことではない。いくら現代日本で『殺す』という言葉が頻繁に使われているとはいえ、大真面目でそんなこといい、さらには俺に許可を求めてくるのでむこうからすれば『こいつ何者だ? 何でこいつに許可を求める? この男は一体何なのだ』的なことになっているに違いない。

てなわけでそんな日常もすこしは話しておこう。

「リアー、朝ごはん出来たぞー」
一足先に起きて朝ごはんをつくる俺は意外とこれが時間がかかる作業で、家を出るのが八時なのに六時半に起きる。そして眠いのを我慢して朝ごはんをつくる。それなのにリアときたら俺が起こすまで寝ている。鬱陶しい。嫌がらせにもほどがある。一度俺の機嫌が特に悪い時にそれをいってしまい、リビングの床が何かで思い切り叩かれたようにへこんでいるのでそれ以来気をつけている。
寝ぼけているわけでもなく朝から元気なリアは朝食もしっかり食べるので俺はテーブルに晩御飯並の量の朝食を準備しているわけだ。それを難なく五分程度でリアは食べ終わり、俺に『もうちょっと味付けを濃く』と駄目だししてからシャワーを浴びにいく。俺はその間に急いで仕度、そして高校へと出発する。途中に、コンビニにより昼ごはんを調達、そしてしばらく歩いていると後ろから敦也が走ってきて一緒に登校。
「ねえ、この間松崎さんが僕のこと竜だとか何とか言ってたよねぇ、やっぱり病院を薦めたほうがいいのかなぁ」
 いやそれがな……現実にあったりするんだよ、と胸中で呟いて
「そんなことしたら殴られるぞ」
 一応忠告しておく。実際は殴られるというより命のやり取りになってくるのだがそんなことは言わない。
「そうだよねぇ……」

 いつも思うのだが四階まで登るのが面倒だ。と思いながら階段を登り教室のドアを開けるとまあ大抵の人員はすでにそろっているのだがいつもその中にリアの姿もある。何故だろうね、と一度たずねたらこいつ魔法でワープしているらしい。お前、何と言うことを。俺も肖りたいぜ。とも言ったら黙りなさいといわれたので恨む以外にもう何もしないようにしている。
 そこで担任が教室に入ってきて今日も眠い一日が始まった。
 一時間目、英語。いきなり眠くなるのがやってきた。俺としては中学の一般動詞あたりでふらつき、不定詞まで粘ったものの受動態で諦めざるをえなくなった人間なのでこれはもう辛い。未知なる言語だ。しかもいきなり今日に限って抜き打ちテストをする、と言い出す始末。もう勝手にしてくれ。
 と思ったのはほとんどクラスの全員のはずなのだがその中でも二人は違ったようで、その一人は朝陽涼子あさひりょうこという長身ですらっとしたスタイル、黒髪をまっすぐに伸ばし、目も黒色でどことなく大きめの瞳、きれいに整った顔立ちの優等生タイプ兼美女タイプ兼クラスのリーダー的存在というおいしいところを殆ど持っていっている人気の女だった。クラスの中心といってもよい。そいつはやはり勉強でもやけに張り切っており、抜き打ちにもかかわらず百点満点中九十五点を取っている。
「うわー、すごーい」
 すごいというより呆れるがな、俺は。ってのは単なる僻みか? 周りの女子の歓声に明るい笑顔を振りまいて『そんなことないよ』と謙虚にいう。そしてもう一人。
 リアだった。といっても仏頂面で口をへの字に曲げ詰まらなさそうに百点、と書かれたテストを眺めている。なんというかこれがまた嫌味だ。どうせこんなの簡単だから百点取れても嬉しくないとでも思っているんだろ。しかし俺たちからすればすごいことなのだ。周りの人間全ての視線がリアに集まり、『すごーい!』と囃し立て、それに無表情でリアは答える。無視している。そんなリアを涼子は『むぅー』と、眺めていた。
二時間目。体育。もうどうにでもしてくれよ。俺は運動が苦手なんだというより苦手ではないが好きでもないので運動をせず、そのせいで体が鈍り、運動が苦手と思われても仕方がない動きしか出来ないようになっているのだ。そんなわけで男子はサッカーだといった体育教師の目の前で試合中だというのに俺はセンターに突っ立っていた。勇介も同じようなもんだ。あいつはキーパーだがな。
 敦也がボールを持った。ドリブル、フェイントで華麗に五人抜きをする。おいまて、今敦也が抜いたのサッカー部じゃないか? 敦也……お前はサッカー部にでも入ってやれよ。活躍できるぜ。と俺が思っている間に敦也はそのまま一直線に走り勇介のほう、つまりゴールへ向かっていく。そして、強くボールを蹴りだした。衝撃。ボールは蹴られた反動でものすごい唸りを上げながら一直線にゴールの端っこのほうへと向かっていく。なんというか、破壊兵器じみた威力のあるボールだった。そこへ勇介が飛び込んでいく。ダイビングでボールのほうへ手を伸ばし――すごい音がしてボールは弾かれた。呆然と敦也も立ち尽くす。勇介もどうやら人間離れした能力をお持ちらしい。何で皆部活に入らないのかね。
 っと、そろそろ立ったままの俺を見る教師の目が痛くなってきた。参加するかな。
 と思いながら女子の体育のほうへ目を向けると――リアと涼子が別チームでバレーボールをしており、ちょうどリアがアタックを決めたところだった。それでも無反応なリアと、悔しがる涼子。

 俺たちの学校は一日に八時間授業があるのだがそのうち四時間は午前中、そこに昼休みを挟んで午後からまた四時間授業をするといった感じだ。そして今はちょうどその昼休み。
「なあ俊也、なんでお前松崎のことをリアって呼んでいるんだ?」
 隣にいる勇介が聞いてきた。ああ、しまった! でもこいつの本名これだし……というか偽名のほうなんだったっけ……?
「なあ、何でリアなんだ?」
 ああ、そうだな、あだ名だよあだ名。
「あだ名でそんな外人っぽい名前つけるのか? というかお前そいつとあだ名で呼び合うほどの仲なのか? お前あいつにこき使われてるっぽいけど」
 痛いところばかり突いてくるな。特に最後のは。まあ、気にするな。
「まあ、別にいいけどよ」
 ふう、よかった。ところで高橋さん、こいつは彼女でもなんでもないので。
「は、はい」
 相変わらず愛らしい返事だな。
「そ、そんなことないですよ! あ、私のことなら夢奈さんと呼んでくれて結構ですよ」
 なんと優しい。リアが身近にいるので余計にそう感じてしまう。リアもすこしは見習えないもんかね。
「余計なお世話よ」
 ――っ! おい、今のは口にしてないぞ。お前、心を読めるのか?
「当たり前じゃない」
 な、それはそれは……。
「後でゆっくり御礼をしてあげる」
 いらねえよ。
「あのー、さっきからリアさん、あ、こう呼んでもいいですよね? なに言ってるんですか?」
 最もだ、俺は心の中でしか返事をしていないので一人で話しているように見えるのは当たり前と言っても良い。と言っても俺は今更そんなことでリアを変だと言う気もないが。夢奈さん、こいつの変なところはもっと別なところにありますよ。心の中だけでそう付け加えたがリアに睨まれた。全くもって不便だな。
「別に」
 その一言で夢奈さんもあきらめ、まあそろそろこいつの強情っぷりも知れわたっているしな、また俺と勇介に向き直った。
「ところで夢奈さん、今日の昼食一緒に食べませんか?」
「あ、俺も!」
 勇介もさりげなく参加を宣言する。
「ええ、いいですよ」
俺と勇介が同時にやったっ! と言ったのはまあ、男子として当然と言えるだろう。しかし、いつもは他の女子と食べているので許可をもらえるとは思っていなかったのだが。脈ありと考えていいのか?

 そして昼休み。俺は学校に来る前にコンビニで買ったおにぎりとパンを鞄から取り出し、夢奈さんと机をあわせた。これで二人きりなら言うことなしなのだが隣には勇介と、俺たちを睨んでいるリアがいる。くそ、残念だ。
「あ、夢奈、今日はその人たちと食べるの? じゃあ、私も!」
 涼子がそういって入ってきた。リアはこいつのことを嫌っているようだが、そんなに悪い人ではないし、明るいので俺もまあ、よかったと思う。おかげで昼休みはとても楽しいものとなった。とくに夢奈さんの笑顔を見れたのはもう一生分の幸運を使い果たしてしまうのではないかというような幸福感に襲われたね。そりゃもう、可愛かった。そんな俺たちをリアは鋭い目ですこし離れたところから睨んでいた。

第三章
ところで俺のほかにも被害者がいるのでそいつのことをすこし話そう。敦也のことさ。何せいきなりお前は竜だといわれたのだ。もう何だか今の俺みたいに常識と非常識の判断すらつかないはずである。

「ねえあんた、竜族なのにどうして人間と仲良くしているの? こんなところで?」
ある日の放課後、屋上でリアが敦也にそう尋ねた。しかし敦也は自分が竜族などとは夢にも思っていない。というかこの間のことは夢だと思っているだろう。
「竜って、何ですか?」
「ああ、もう! あんた、自分が竜族だということも気づいていないの?」
 今までのやり取りからそれくらいは察せ。というか敦也が本当に竜なのか疑わしい。
「うるさいわね! このオーラ、絶対に竜よ!」
 ああそうかい。
「で? 自分が竜って気づいていないのね?」
「僕が竜? 僕は人間ですよ」
 冷静に対応できている敦也はある意味すごいと思う。
「あんたは竜なのよ」
「で、もしそうだと仮定して、それがどうかしたんですか?」
「ああ、もう! 鬱陶しい! いいわ、言っても信じないならこうするしかない」
 そりゃ言っても信じないさ。俺がそう思っているとリアはまたしても杖を取り出して右手に持ち、それを振った。敦也の立っているところに紋章が描かれ、それが金色に光る。
「おい、敦也に何をする!」
 俺にはもうすでに人のことを心配する余裕がある。もうこいつの魔法にも慣れたしな。しかし敦也はまた口をパクパクさせている。ああ、可哀想に。
「上界に飛ばすだけよ。百聞は一見にしかずっていうでしょ?」
 都合のいいときだけ人間側にたって物を言うのはどうかと思うが。
「うるさいわね」
 リアがそう言うのと同時に、地に描かれていた紋章の光は敦也を包み込んだ。
「おいっ!」
 俺の言葉は虚しく、すでに敦也はいなくなっいた。はは、まさか敦也が上界に行くなんて、そんなことあるわけないじゃないか。そんなことあったらマジで狂うぞ。
「大丈夫よ」
 何が大丈夫なのか。
「さあ、帰りましょ」
 無視ですか。せめて説明くらいはしてほしい。


 帰り道。俺とリアは並んで歩いていた。彼氏と彼女みたいだとか思うなよ。それは大きな間違いだ。奴隷と主人といったほうがまだ近いというものだ。言うまでもないだろうが、俺が奴隷である。
 なぜかというとまず、荷物は俺が持つからだ。こいつ、力はあるくせに荷物を俺に預けるのだ。くそっ! そして神は食欲があると前述したが訂正しておく。神は食欲がありすぎるのだ。その食欲を満たすだけの食料の出所は俺の財布であり、持つのも俺。料理するのも俺なのだ。さあ、俺は主人と奴隷どっちに当てはまると思う?
 俺がそんな状況で歩いていると一人の制服を着ているやつが歩み寄ってきた。
「あらやっぱり、あんた達だったのね」
 涼子だった。
「一緒にそんな食料品持って……同棲しているの?」
 冗談で、からかおうといっているのだろうがそれは当たっているので俺は冷や汗をかいている。
「こいつ、いつも思うんだけど殺していい? むかつくのよ」
 俺は無視して目の前の女子に話しかける。
「んなわけねえだろうが。俺は荷物を運ばされているだけだよ」
「こいつ殺すわよ」
 いや待て、殺すな。
「いいじゃない、こんなのいなくなっても誰も困らないわよ。大体こいつが死んだらこいつに関する記憶は全部なくなるんだから」
「何の話をしているの?」
 女は当然のように聞いてくるのだがおいお前それ聞いたら後悔するぞ。俺みたいに奴隷にされるか殺されるかの二択らしいからな。と心の中だけでそう呟いてこう答える。
「こいつは頭がおかしいんだよ」
「なっ! 私の頭は普通よ!」
 神としてはそうかもしれんがな。人間基準で考えてみろ。
「はい?」
「ああ、つまりこいつには関わらないほうがいいということだ」
 そう言い放って俺は家に向かった。


 夜。俺が晩御飯の料理をしているときのことだ。
「ねえ、なんであんたはいつも人を殺す許可をくれないの? あんなの生きていないほうがましじゃない」
 はぁ。
「お前な、あいつは意外と慕われているんだぞ?」
「なんであんな奴を慕うのだろうか」
 そりゃあ、あれでも人格者だからな。
「あんなのの? どこが?」
「人間基準で考えてみろ」
 しばらくリアは怒鳴っていたが俺がご飯が出来たというと静かになった。ようするに飯と格闘することに熱中しだしたわけである。こんな時間だけが唯一俺の落ち着ける時間なのではなかろうか。


そして俺の落ち着ける時間は呆気なく終了し、次は風呂にお湯を張って食器洗い、洗濯へといたる。ちなみにリアは私服を持っていないのかと思いきや杖と同じようにどこからかそれを呼び出してきた。まさかお前、店にあるのをワープさせたのではあるまいな。犯罪だぞそれは。いや、そんなことは気にするまい。それが出来るんなら俺もその恩寵に肖りたい。
 ちなみに父さんはがあまり帰ってこないこの家の主は俺のはずなのだが先に風呂に入る権利すらないようで。

「リア、風呂が入ったぞ」
「分かった」
 てな感じで、こいつが風呂でくつろいでいる間、俺は食器を洗っているのだ。そして俺が風呂に入っている間、リアはテレビを見ている。やけに熱心に。俺が風呂からあがっても気づかないくらいに。お前、やはり都合のいいときだけは人間関係でも気にしないんだな。
「うるさいわね」
 はいはい、じゃあ俺は上で勉強してくるから。
 返事はなかったが俺は上へ行った。せめて留年しない程度の点数を取るくらいはしないとな。

俺はリアが予習や宿題をしているところを見たことがないのだがこいつは大丈夫なのだろうか? そう聞いたところ『この程度なら勉強する必要はない』と言われた。神様よ、ちょっと不公平じゃないか、この才能の差は。あ、こいつが神なのか。一体神の世界とやらはどうなっているのかね。こんな奴だらけなのか?
っと、そういえば疑問が一つ。リビングに下りていく。
「リアー、聞きたいことがあるんだけど」
「勉強以外のことなら」
 失礼だぞ。俺はそこまで頭が悪いわけではない。……なんだ、その眼は。まるで俺を馬鹿にしているような……。ま、周りに神がいるなんて考えてしまっている俺を馬鹿だと言えるのは当然だが。
「お前ってさ、神なんだろ?」
「どうだけど」
「じゃあさ、何か上界とかいうところで神らしき行為をしていたのか?」
「たとえば?」
 いや、そうだな……人間の運命を決めるとか。
「んー、確かにそういう神もいたわね。ま、最近は人間の運命なんてこれで十分だ、ってどんどん適当に決めているらしいけど」
 失礼な。で、お前は何かやっていたのか?
「私は『夢』を司っていたの」
 夢? どの夢だ? 思い描くほうの夢か? それとも寝ているときに見るやつか?
「思い描くほう。ここら辺の地区の人間に夢を与えて、しかもそれが叶うかどうかも決めるの。バランスとか考えるの面倒なんだけどね」
 ここら辺というと?
「日本全土」
 ってことは何か? 一人一人に例えば『サッカー選手になりたい』だの『教師になりたい』だのそういうのを人間に与えているのか?
「そういうことになるわね」
 じゃあ、もしかして、の話だけど……俺に『異世界に行ったり竜に乗ったりしたい。魔物と会ったり神様に会ったりしたい』なんて恥ずかしい夢を与えたのもお前ってか?
「んー、どうだったかな……多分そうだと思うけど?」
 ……。ということは俺はお前の手のひらで踊らされてそんな馬鹿な夢を見てたってことか?
「そうなるわね」
 で、叶うかどうか決めるのもお前ってことはそれが偶然叶ってしまい、今の俺に至るってことか?
「そうなるわね、感謝しなさい。叶えてあげたんだから」
 てめえ。ってことは俺の人生の汚点はお前が作り出し尚且つ今のこの悩ましい状況もお前が作り出したってことか?
「だからそうだって言ってるじゃない」
 いくらなんでもおふざけが過ぎるぞ。
「おふざけも何もそれが仕事なのよ」
 お前……お前のせいで俺の完璧な人生が……。もともと完璧だとは思っていなかったが何故か喪失感がある。

ところで敦也が上界に飛ばされたなどあまり信じ込んでいなかったのだが……。敦也は今日、つまり変な光に包まれていなくなった翌日、学校を休んだ。まさか、な。風邪だよな? 上界とかいうミジンコほどもわけの分からんところから帰ってきていないわけじゃないよな? しかし心配を拭いきれないので隣に座っているリアに聞いたところ、『上界でそうね……今頃竜族の説明を聞いているんじゃないかしら』などといいやがった。ああ、敦也とは二度と会えないかもしれない。会えても、気が狂っているかもしれない……今の俺みたいに。



第四章


 翌日。俺が久しぶりに寝坊してしまい――と言っても三周間ぶりなのだが。――毎朝のことだがリアと俺の分の朝食をつくり――これがまた時間がかかる。神というのは朝から食欲旺盛らしい――出発するころにはいつもより三十分遅れていた。まずい。非常にまずい。リア、お前のせいだぞ。
「別に。私は間に合うから」
 そういって杖を取り出し、呪文を唱え始めた。まさかお前、学校までワープするとか言うのではないだろうな。
「して悪い?」
 いや、俺も連れて行け。
「いや」
 そういって俺の目の前から消えた。くそっ! 役立たずめ! 

 おかげで俺は朝から疾走することになったじゃないか。

 俺が何とか遅刻ぎりぎりで学校に到着した頃にはもうすでに殆どの生徒が集まっており、リアが涼しい顔で俺を睨んでいたのですこし腹を立てつつも、その中には敦也の姿もあったので俺はすこし安堵をした。きれる息を整えながら敦也に歩み寄り、昨日は何で休んだ? 風邪か? ときいてみる。
「あ、それなんだけどねぇ……」
 そこですこし詰まり、敦也がやっとのことで口を開こうとして――なぜそこで詰まる。と、いやな予感がしたところで教室の扉が勢いよく開き、担任が入ってきたので話しは打ち止めとなった。
「昼休みにでも話すよ」
 敦也にそういわれたが俺は何だかその昼休みに敦也の話を聞くことが怖かった。何だか、上界にいって、そこには神様やら竜やらが住んでいてしかも敦也が本当に竜でしたなんてオチが待っているような気がしたからである。


 結論から言ってしまっていいのかすこし迷うがそれでも結論から言ってしまうと俺の勘は悪いときだけ当たるらしく、敦也は本当に上界とやらへ行ってきたらしい。
 いよいよ、俺の頭は本格的におかしくなったのかもしれないな。
 昼休みのことだ。昨日のようにまたしても夢奈さんたちと楽しい時間をすごし、その中には敦也も入っており、リアはまたしても俺たちを睨んでいるだけだった。リアはこの輪の中に入らなくてもいいのかと優しくて律儀な夢奈さんは聞いていたがリアは俺のほうを睨み、何だその目はと思いつつも俺が夢奈さんにあいつは一人が好きなんですよというフォローをすることとなった。夢奈さん、あいつには関わらないほうがいいですよ。
「そ、そうなんですか?」
 そうです、と俺が力いっぱい断言したことでリアは『覚悟しなさい』と俺に言い残し、どこかへ去っていった。で、夢奈さんはおこらせちゃったかな……と落ち込んでいたので俺が優しい言葉をかけたほうがよかろうかと悩み、口を開こうとしたときに敦也に呼び出された。おい、タイミングが悪いぞと思いつつ、いやな予感がするなと思いつつ俺は敦也と一緒に屋上に向かった。人に聞かれるとまずい話なのかね、やっぱり。
 結論を先に言ってしまったのでもう仕方がないのだが一応敦也と俺のやり取りを言っておくとこういうことになっていた。

「俊也? 竜の存在って、信じる?」
 いきなり嫌なことを言ってくれるなお前は。そんなの絶対信じないぞ。
「それがさぁ……松崎さんも言ってたけど……僕は竜なんだって……」
 冗談はよせ。
「僕昨日休んでいただろ? 上界ってところに行ってたんだ」
 ああやはり敦也も俺と同じく頭がおかしくなってしまった。
「そこにはさ、神様や竜、魔物がいっぱい住んでいたんだ」
 お前がどんな夢を見ようと勝手だがそんなことを人に話しても正気を疑われるだけだぞ。
「隠さなくてもいいよ」
 ――っ!
「俊也も、もう関わっているんじゃない?」
 ……何故分かる。
「言っただろ。僕自身も竜なんだ。いろいろと教えてもらったよ、上界で。神や竜、魔族と人間に関する話とかね。俊也は多分、松崎さんの神官でしょ」
 そこまでばれているのか。というかやっぱり俺はあいつの神官なんだ奴隷なんだとちょっと悲しくなってきた。敦也、お前がそれさえ言わなければ俺は頭がおかしいんだくらいで済ませたのに。
「神官って普通は竜がなるものなんだけどねぇ。ま、俊也が軽々しく殺すのを許可するような人間じゃなくてよかったよ。人殺しはよくないし、いちいちそんなことで殺していたら人間なんてすぐ滅ぶからね」
 全くだ。あいつはなんであんなに人間を恨むかね。
「神や魔族全員が人間を恨んでいるんだよ。何だか、人間が欲深な悪い生物みたいに言われてた。今まで人間として暮らしていたから、ちょっと悲しかったけど……」
 でも、竜族は人間の味方なんだろ?
「それがさ、違うんだって。竜族は人間が消滅することによって起こる世界の変化を恐れているんだ。だから殺しても関係ない分の人間は殺すんだよ」
 ……ようするに、人間の仲間はいない、か。人間はずいぶん嫌われているんだな。
「そうなんだよ。僕が人間の弁解をしたら何を言っている! って怒鳴られた」
 敦也、お前は人間の味方なのか?
「そう考えてくれていいよ。僕は、この世界が、人間の世界が好きなんだ。面倒なことも多いけど、面白いじゃない」
 そう言ってくれてよかったよ。何で神たちが人間を嫌うのか理解できん。
「そうだよねぇ。何で人間を嫌うのかな……」
 そこで、チャイムが鳴った。急いで教室に戻り、授業の用意をする。
 本当に、何でリアは人間をあそこまで嫌うんだろう。


第五章

 そんな感じでまあ、敦也が竜族だったといわれて普通なら信じないものを今更なので信じてしまう俺だが、まあ別に敦也は人間嫌いってわけでもないらしいし、別にどっちでもいいけどそれよりもリアにせめて人間を嫌うのをやめてほしいと切実に願っている。いちいち許可しないたびに怒鳴られるのは嫌だからな。
 そこで俺は敦也にリアを説得してくれと頼むことにした。同じように人間を嫌っている竜族にも人間を好いている竜はいるんだ、というような感じで。

「うーん、まあ、できるだけのことはやってみるよ」
 必ず成し遂げてくれ。とまあ、不安を残しつつも俺は授業に専念することにした。まあ、なんだ、最近意味不明なことが多かったから勉強が疎かになっているんでな。決して俺のせいではないとは思うのだが結局どうにかするにはこうしてせめて授業だけでも聞くしかないのでがんばってみるのだが……やばい、さっぱりわからん。数学は得意だったのに。どうしたんだ、俺。やはり高校となるともうすこしがんばらねばならんのか? よし、もうすこしがんばろう。
と思いつつも俺はすでに頭で別のことを考えていた。敦也、頼むからリアの暴挙を止めてくれ。まあ、無理だろうけどな。

やはり、無理だろうなぁ……。目の前で討論をしている敦也とリアを見て、憂鬱な気分になるというか人生をあきらめたくなる。このままリアに取り憑かれるくらいならいっそ……そんなことすらもう一つの手段に思えてくるのだ。昼休み、今日もまた楽しく昼食を頂いてから屋上に来ている。要するにリアに人間はいいものだと諦め半分で実は竜だったという敦也が説得しているわけだ。諦めているのは敦也だけではなく俺もなのだが。
「だーかーら! 人間なんてみんな自分勝手なだけじゃない!」
 通算何度目か、リアがまた怒鳴った。
「自分勝手なのは松崎さんも同じだと思いますけど……」
「うるさい!」
 リア、お前のほうが余程自分勝手だ。
「うるさ――――――い!」
 どうやらリアはご乱心のようだな。
「何で松崎さんはそこまで人間を嫌うんですか?」
「何でって、人間は悪者だからに決まっているじゃない! 力を与えた神様達をこの世界から追い出した!」
「じゃあ何で貴方達を追い出したら悪者なんですか?」
「そりゃあ、力を与えている神自身を裏切るようなまねをしたんだから悪者に決まっているじゃない!」
「じゃあ、貴方は人間に力を与えてやったんだからこっちを敬え、と言いたいんですか? それはすこし押し付けがましくて傲慢だと思いますが?」
「うっ……でも! 人間は力をもらったくせに!」
「人間は神の力がなくても今こうして文明を築いていますよ。どこに神の力の意味があったんですか?」
「うっ……」
 敦也の説も十分傲慢で人間本意だが何だかリアは反論に困っているし俺としてはそれだけで満足だ。敦也が優勢になりつつある。それに俺としてもそこは常々疑問に思っていたところだ。リア、お前達神は一体なんでそんなに威張れる? お前達はどうして偉いんだ?
「いや、それは……知らないわよ、そんなの! 上界の偉い人が皆人間は悪者だっていうんだから! 我々が一番だって言うんだから! 私に聞かないでよ!」
「つまりそれは先入観というものなんじゃないかなぁ……」
 いきなり敦也の口調が責めるものから普段の口調へと戻っていく。
「そ、そりゃそうだけど人間は欲深じゃない! 海を汚すし地球を汚すし!」
 まあその点については俺も反論できないな。人間は少々自分勝手だと思わんこともない。
「でしょ? やっぱり、人間はいるべきじゃないのよ! 人間と仲良くなる竜なんて邪道よ!」
 何故そこまで話が飛躍するのか。
「要するに、人間は自分達の利益のためなら地球だって平気で汚すのよ! そんなの自分勝手以外の何者でもないわ! まして、神を追い出すなんて論外よ!」
「それは一概には言えないんじゃないか?」
 いきなり屋上の入り口から声が聞こえてきた。誰だ? いやなんか聞き覚えがないこともないが……こんなわけの分からん話に突っ込めるような奴は俺の知り合いにはいないはずだぞ。と、俺が声の主が誰か推測を立てているうちにそいつは話を続けていく。
「神が人間を滅ぼそうとしているのだって、復讐心からじゃないか。復讐。そのために人間全てを滅ぼすのは自分勝手じゃないのか? 神を追い出すと言う過ちを犯したのは人間の祖先であって今の人間は自分達の力で文明を創っているじゃないか。何でそれを潰す必要があるんだよ。復讐で? 馬鹿げてると思わないのか?」
「だ、誰よあんた! この気配……魔族みたいだけど……」
 いいながらリアはまた杖を出してきた。ま、魔族? 人間を殺しているという種族か? そんなのがここにいるなんて……。というかそれならなんでこいつは人間の弁解をしているんだ? 
「俺の質問に答えろよ」
「そんなの私は知らないわよ! 上界の偉い人が……」
「それは上界の偉い人の意見であってお前の意見じゃないだろ? お前の意見はどうなんだよ。人間は愚かだと思うのか? 人間は欲深で、死んだほうがいいと思うのか?」
「……思うわよ。人間なんて、いないほうがまし。人間の味方をするあんた達のほうが理解できないわ」
ずいぶんと言い切ってくれるな、お前は。
「人間達の輪の中に入って、一緒に笑ったりしたいとか思わないのか?」
「そんなの思うわけないじゃない。人間と友達になるなんて邪道よ」
「……そうか……」
 そういって声の主は俺たちの前に姿を現した。その姿はやはり俺の見覚えのあるもので……勇介! その姿は、たしかに勇介だった。勇介が、魔族? おいおい、んなわけねえじゃねえか。
「それがお前の本心なんだな?」
「当たり前じゃないの。それが私の本心であり、上界全体の本心よ。あんた達みたいな人は、人間とながく暮らしすぎて毒されているのね、きっと」
 勇介が、魔族?
「人間なんて、滅んだほうがましよ!」
 そう言い残し、リアの姿は徐々に透明になっていき……消えた。
「はあ、やっぱり説得は無理か……ずいぶんと硬いんだな、神ってのは。人間も悪くないと思うんだけど……」
 勇介が残念そうに呟いているのだが……勇介が魔族だと?
「ゆ、勇介、お前……」
 敦也が呟く。
「敦也だって竜なんだろ? ま、俺は子供の頃から自分が魔族だと知っていたんだけどな」
 ああ、俺の周りにはまともな人間がいないのか。



 そういえばその晩、リアは帰ってこなかった。俺は久しぶりにあいつにこき使われることなく開放感を味わっているわけだ。いやもう、やっぱりリアが普段俺にかけている負担がよく分かる。今日は何だがとても清々しく過ごせた。何だか、すごく平凡だ。


 次の日。リアはやはり学校に来ていない。いつもどおりの日常に戻れたかな。
「あれ……やっぱり松崎さん学校に来てなかったんだ」
 これは敦也の声。
「ちょっと言い方がきつかったかなぁ……でも、僕としては何で人間を嫌うのか理解できないんだけど」
「だよなぁ。人間は自分勝手だ、何ていわれても……どんな種族でもそうだし人間だって面白いし、優しいところもあるじゃないか。何でそう欠点ばかりみるかな……」
 こっちは勇介。
「さあねえ。やっぱり、先入観じゃない?」
「だよなぁ。俺は人間と一緒にいて楽しいと思うけど……」
 しかしこの会話はいただけないな。何だこの会話。思いっきり非日常じゃないか。そこで後ろから夢奈さんに声をかけられる。夢奈さん、今俺たちがしている会話なら特に意味を持たないものですから気にしないほうがいいと思いますよ。
「いえ、あのー、リアさんは今日はお休みなんですか……?」
 夢奈さん、あんなやつのこと心配しないほうがいいですよ。
「そんな……だって、リアさんも友達でしょ……?」
 貴方はそんな風に考えていたのか。それはそれは。一方的に無視されているだけじゃないか。
「それでも、友達ですよ」
 どうやらこのお方はクラス全員が友達であるという考え方の持ち主らしく、リアのことを単に友達として心配しているらしい。実際、この人はほとんどクラス皆に慕われており、いやもう、本当に優しくて可愛くて完璧なお方だった。

 昼休み。リアの厳しい視線がない分楽に過ごせる。
「あ、俺のウィンナー!」
「いいじゃない、別に一個くらい」
「涼子さん!」
「心が狭いのよ! 夢奈だってそう思うでしょ?」
「え、ええ、まあ……いえ、勇介さんを責めているわけじゃなくて……」
 騒がしい。まるで小学生のようにハイテンションだ。
「だね。でも、それが人間のいいところだよ。楽しいじゃない」
 人間人間って、ほかに比べる種族があるような言い方をするな。その件に関してはもう思い出したくない。
「そう? まあ、いいけど……」
 そうだよ。
「あっ!」
 そんな感じで敦也と俺が話している間に俺の机の上に合ったパンは一つ減っていた。
「涼子さん!」
 涼子さんは、俺のそのパンを堂々と袋から取り出し、口に運んでいる。
「だから! 心が狭い! 夢奈に嫌われるよ?」
 いや、それで夢奈さんに好かれるなら俺としても本望ですが。夢奈さんはどう思います?
「何でそこで私の名前が出てくるんですか!」
 いや、そりゃ貴方がこのクラスのアイドルだからですよ。
「そ、そんな……そんなことないですよ」
 言いながら頬を朱色に染める。そんなしぐさもまた可愛い。いや、本当に。眩暈を覚えるほどだ。というか目を合わせることすら罪に思えてくる。なんて俺が思っているとついにはおにぎりまで消えていた。
「涼子さん……」
 それはやりすぎでは御座いませんか?
「いや、こんどは私じゃないわよ?」
 と、涼子さんが言ってある方向を指差す。そこには、俺のおにぎりを手でつかみ口へと運んでいる一人の少年の姿があった。
「勇介か!」

 おかげで俺は、昼飯におにぎり一個しか食べれなかった。


第五章

 リアが消えてから一週間。俺の生活はすっかり平凡に戻っていたようなきがする。魔法を目撃することもなく、最近では竜や魔族といった単語すら使わない。以前と同じ、平凡。おかげで心温まるよ。いや、平凡ってすばらしい!

 しかし。
「最近ここらで、多くの人間を殺している神がいるらしいよ」
 久しぶりに昼休みに屋上に呼び出された俺は敦也からまず最初にそういわれた。神が、人を殺している?
「それは……リアの仕業か?」
「分からないんだよねぇ……。そうかもしれないと思って……」
 なんてこった。あいつが、人を殺している? じゃあ、何のための神官だよ。神官は、人殺しを許可するための存在らしい。つまり、いなくても人は殺せるわけだ。……その場合それは罪になるらしいけどな。――リア。お前は、本当に本心で人間をそこまで嫌っているのか?
「……止めよう。人殺しを、止めさせないと」
「だね。先入観なんかで、人間を殺させたりはしないよ」
 先入観ねぇ。そもそも神は何で昔のことを根に持ってんのか分からん。だいたい、どうやってリアを止めようか……。
「それが問題なんだよねぇ……勇介は、何か良い案ある?」
「あるわけねえだろ。とにかく……街を見張って、早く松崎に会うしかないんじゃないか? そのあとは……説得するか、戦うか……」
 説得できるような気もしないし戦って勝てる気もしないな。

 ま、いい案なんて思い浮かばないけど。ということで俺たちは街を見張ることとなってしまった。見張ると言ってもここは広すぎるのでかなり期待薄なのだがそれでもそれくらいしかすることがないのだ。仕方がないだろう? で、少しでも見張れる範囲を、と俺たちはそれぞれの持ち場について見張りをするわけだ。そして主に人の多いところを見張るようにしている。
 リア……お前は、何故そんなに人間を恨む? 俺たちは、そんなに醜い生き物じゃないはずだがな。俺には……いつもクラスで一人でいるお前が、何だか無理をして人間から離れているように見えるぞ。なあ、何でそんなに無理をするんだ? 本当は――皆で笑いたいんじゃないのか? 使命感で人間から離れているんじゃないか?
 なんてことを俺は考えたりしない。あいつがどうなのかなんて俺には関係のない話だからな。それは、俺が無理やり干渉することじゃないし干渉するつもりはない。面倒はごめんだ。でも……俺は人間がそんな自分勝手な生き物だなんて先入観で嫌ってほしくないね。そいつは物の見方として間違ってる。先入観なんて曇った目で俺たち人間の価値を決めてほしくない。神の力を人間に与えただか何だか知らないが俺たち人間は今でもちゃんと進化し続けてるぜ? 大昔の復讐のためにすこしずつ人間を殺している神なんかよりずいぶん偉いと思うけどね。
だいたい、神だか何だかしらねえが、ちょっと傲慢すぎるんじゃないか? 敦也だって、勇介だって、人間を認めてるんだぜ? 
……はあ、こんな種族同時の因縁を、どうして俺が考えねばなるまい。リア、お前が俺に変なことを押し付けるからだぞ。神官だか何だかしらねえが勝手に押し付けやがって。それなのに俺の存在を無視して人殺しだ? おいおい、それじゃ人をころさせまいとする俺の努力は一体どうなるんだよ。何のために俺はお前に人殺しの許可を与えなかったと思うんだ。人の命は神ごときが戯れで奪っていいほど安くもないし怒りで奪っていいほど安いものでもないし――リア、お前の曇った正義で殺せるほど安くないんだよ。せめてそれくらいは分かってほしい。
 なんて考えながらぼんやりと夜空を眺める。……もう、八時か。俺の目の前では帰宅するであろう車が渋滞を起こしている。俺も早く帰って、晩飯を食いたい。そして風呂に入ってぐっすりと眠りたい。だから早く、殺しを止めてくれ。――ん?
「あれ、夢奈さん?」
 目の前から、制服姿の夢奈さんが歩いてくる。どうしたんだ、こんな時間に。
「リアさんは、見つかりましたか?」
 いや、まだ見つかっていませんが。
「そうですか……なるべく早く、見つかるといいですね……」
 見つかるかどうかはともかく殺しはやめてほしい、と心の中だけで思いつつ俺はそうですねと返事をした。何だか酷く落ち込んでいる。リアがいなくてもあまり変わらないと思うけど。
「そんなことありません。それに……リアさんが迷っているのは多分、私のせいだから……だからリアさんは私にきつく当たるんだわ……」
 そう言い残し、彼女は去っていった。……リアを探すって、何で夢奈さんが知ってんだ? 言ったか? いや、言っても夢奈さんには意味不明に聞こえるだけだろうし、第一言うわけがない。もしかして彼女も亜人ではあるまいな。そう考えるとあの愛らしさが異常に思えてきた。いやあのお方のかわいらしさは人間レベルではないような気もする。つーかありえない。
 そのとき、不意に俺のケータイが音をたてた。
「ん? 敦也か?」
「そうだけど。今日はもう見張りはしなくていいよ」
「そうか? じゃあ家に帰らせてもらうぜ」
 そうして家に帰って一人分の飯を食べ風呂に入りすこし予習をやるのだがやる気が出ないのですぐにやめ俺は寝た。……くそ。

 そんな感じの、放課後に見張り、そして帰宅という生活が一週間ほど続いた。未だ休み続けているリアは登校拒否ということになっている。夢奈さんは相変わらずリアを非常に心配しているのだが何故だろう。それに、この間の俺たちがリアを探していることを知っていたのは何故か。それも問いたださねばなるまい。しかし、もし俺の勘違いならものすごいことになってしまうので聞くことが出来ないでいる。
「あ、私のおにぎり!」
 涼子さんが言った。
「いつものお返しだ!」
 続いて勇介の声。この二人の昼飯の取り合いはもはや日課といってもよい。昼休みのメインイベントだ。俺もしばしば巻き込まれてしまう。なので今日はガードを硬く、手に取っているおにぎり以外は鞄にしまい込んでいるのだ。もうとらせたりはしないぜ。
「元気だねぇ」
 そんな風に言っているのは敦也だ。元気も何も、うるさいだけだ。ま、楽しいからいいけどな。
「ねえ、俊也?」
「ん? 何だ?」
 敦也の声がいきなり真剣なものに変わった。
「今日はもう、見張りはしなくていいよ」
 何故?
「このままじゃ見つからないと思うし、今日はいろいろと考えてみようと思うんだ。いい案がいくつかあるからね」
 そうか。じゃあ俺は久しぶりにゆっくり出来るんだな。
「そうしてくれていいよ。多分明日は忙しくなる」
 その言葉に嫌な予感を覚えつつも俺は今日、まっすぐ家に帰った。しかし……前はリアにいろいろと言われていたし、騒がしかったのでなんとも思わなかったが……暇だ。テレビなんて見ても面白くないし漫画を読んだって面白くない。
 ……そういや、子供のころの俺はそんな平凡に飽き飽きしてたんだよな。毎日が平凡で、学校行って、遊んで、ゲームして、漫画読んで飯くって寝て、そんな生活に飽き飽きしてたんだよな……でも、そうだな、中学になったら急に現実が見えてきた。ファンタジーなんて、そんな世界あるわけがない。諦めってやつか? それに……皆は、そんな世界がないといった。俺だけが信じていた。そのせいでいじめられたこともあったし、浮いていた。だから皆に合わせよう、一緒の道を歩もう、と思ったんだ。
 でも今俺は、ファンタジーな状況にいるんじゃないのか? 憧れたような、冒険でもなんでもないものだけど……これは、夢が、叶ったのか? 神が、叶えてくれたのか。神? つまり、リアが? でも、俺の日常をぶち壊したのだってリアなんだよな。俺の夢を叶えたのは、リア、か。ま、とうに捨てた夢だけど、叶えてくれたんだよな。というかあいつ自身が植えつけた夢だけど……そのおかげで俺は今勇介に会えたし敦也に会えたのも多分そのおかげ。その夢が与えられたから俺は今こうして皆で笑っているんだ。感謝、するべきなのか? ……さすがにそれは迷うな。実際、どうするべきなんだろう。人殺しを止める。それは当たり前だ。そして……リアに一度謝ってもらわないと気がすまない。俺を魔法で脅し散々振り回したんだから、当然だ。そこは譲れん。しかし……感謝しても、いいかもしれない。
 それにしても……リアが可哀想に思えてきた。見た目通りの歳かは知らんがすでに働かされていて、しかもそれが夢を司るという、大変な仕事。物を見る時だって先入観ばかりで自分の気持ちなど見えやしない。俺たちが、よっぽど自由に思えてくる。リアは……可哀想だ。今だって、そのせいで悩んでいるんじゃないのか?

 ま、俺には関係ないか。

 そんなことを考えながら、翌日がやってきた。
 相変わらず俺は授業なんて聞く気になれず、考え事をしたまま昼休みへと入った。おかげで授業はさっぱり分からん。やばい。どうせならリアも俺に勉強が出来るようになりたいという夢を与えてそれを叶えてくれればよかったのに。何もこんな……人を惑わせて迷わせるような夢を……。っと、こんなこと考えては駄目だ。さて今日も涼子と勇介のやり取りを見学するかなと、夢奈さんに机を合わせたところで――敦也が俺を呼んだ。またしても屋上で相談があるらしい。くそ、俺のひと時の安らぎ……そんなことを思いながら敦也の後ろを歩いて教室から出て行く。ところで、何だか悪寒がするのは気のせいか?

「松崎さんを、魔法で探知しようと思うんだ」
 えーと、悪いけどどういう意味なのか想像がつかないな。
「要するに魔法で松崎さんの居場所を調べて直接会いに行こうということだよ」
 それはそれは。大胆な意見だな。ま、できるんならそれが一番手っ取り早くていいけどな。で、魔法とやらは誰が使えるんだ?
「魔族」
 つまり勇介か。
「そうなるね」
 できるのか?
「うん」
 なら最初からやってほしかった。今までの苦労は何だったんだ。
「そんなこときにしちゃ駄目だよ」
 ようするに思いついたのが昨日なんだな。
「だね。さて……覚悟しておいたほうがいいよ」
 何故に?
「魔法を使って、戦いになるかもしれない。ま、松崎さんを説得できなかったらの話だけどね」
 戦いたくはないのでお前が説得してくれることを願うよ。いやでも……リアはいないほうが俺の人生はマシなものになるのでは? ……どうなんだろう。
「説得するのは僕じゃなくて俊也だよ」
 何ですと?
「いや、僕も勇介もこの間は説得できなかったし。あとは君だけじゃないか」
 いや待て待て待て。俺があいつを説得する? 説得するどころか願いすら聞いてもらったことがないぞ。
「でも、可能性があるのは君だけだよ」
 いや、可能性ないから。
「んー、でも、そうなると戦うしかないよ?」
 行くも地獄、帰るも地獄ってやつか。
「だから、やってみようよ」
 このまま放っておくわけにも行かないしな。せめてこのまま上界に帰ってくれるように説得してみよう。というか人を勝手に殺したなら上界の人が勝手に裁いてくれるさ。
「じゃあ、放課後に」
 いいながら敦也は階段を下りていく。……覚悟を決める、か。どうすべきか……。

第六章
 夕暮れ時。空は紅く染まり、カラスがそろそろ鳴き始める頃合であり、いつもなら俺が家に帰り着いてゆっくりしている頃合だ。……くそ。何故今俺は公園にいる?
 ついにきてしまった。さてどうするべきか。まだ俺はそれすら決めていないのに放課後だ。というか覚悟を決めろって……何の覚悟なんだ? 死ぬことへのか? んな覚悟決めれるほど俺は無謀じゃないぜ。
「俊也、じゃあ魔法を使うよ?」
 いや待て。まだどうするべきか決めていない。さてどうするか……。第一、リアを説得して上界へ返す。第二、リアを説得して殺しを止めさせ、ここに残らせる。第三……戦って、殺す。こんなのを俺に決めろだって? それはちょっと荷が重過ぎるな。まあ、行ってから決めるさ。

 なーんて悠長なこと考えなきゃよかったと思っているがね、今は。

「じゃあ、勇介、頼むよ」
「わかった、じゃあ行くぞ」
 魔法とかいうものをすこし楽しみにしつつ、これからのことを考えて頭を痛めつつ、勇介のちょっといかれた風にしか見えないことに苦笑をもらしつつ俺は頭を動かす。
 勇介は両手を拝むようにあわせて変な言葉を口ずさんでいる。
 ――リア……お前は、どうしたいんだ? 欲深な人間と、離れたいのか? 人間を、殺したいのか? それとも、一緒にいたいのか? こればっかりは俺に決めれることじゃないような気がするんだが……まあ、とりあえず人間に対する誤解を解こうにもそれはリアしだいだ。とにかく人殺しだけを止めて……あとはなるようになるさ。
 勇介の言葉は次第に大きくなっていき、変な光が勇介を取り囲む。これが魔法ってやつか? 俺も使えたらいいのに。そんなことを一瞬おもってしまった。恥ずかしい。とうに捨てた夢じゃなかったのか? ……くそ、リア、お前のせいで俺の人生は狂ったぞ。一回、謝らせてやる。
「んー、どうも……口で言うのは面倒だ。付いてこい」
 勇介はついにリアの居場所を感知したようで、走っていった。せめて人間を殺すのを止めるのと……リアに、謝らせてやる。ついでに、記憶を司る神はいるかな? できれば近頃の竜だの何だのの記憶を消しておきたいんだけど。もしリアが残るのだとしても、せめて俺を神官にするというのはやめてほしい。
「俊也は……それでいいの?」
 いいも何も、そうしないと平凡は戻ってこない。
「そうじゃなくてさ、俊也は平凡というか……こんな風に竜や神と出会うことを望んでいるんじゃなかったの?」
 いや昔はな。大体、別に俺自身が魔法を使えるわけじゃないし。
「神官も魔法を使えるよ?」
 ……リアの神官は止めたいんだからそれじゃ意味ないな。
「……そう。ま、俊也がそう言うなら別にいいけどね? 僕には俊也が無理しているように見えるけどね」
 それはびっくりだな。俺はそんな気持ちは微塵も持っていないはずだが。お前の目は大丈夫か?
「んー、そうかなぁ……」
 何だその目は。
「僕は自分が竜の方が、いや、こんな風に竜とか神とかが周りにいたほうが楽しいよ」
 そうですか。それっきり、敦也は黙り込んだ。何故か、言い返せなかった。何でだろう? 俺は今楽しいなんて思ってないはずだがな。面倒なだけじゃないか。つーか、どこの部分で楽しめと?
 勇介が、もうすぐだと告げる。
「もう少しだ。俊也、頼むぜ。説得してくれよ」
 あんまり期待しないでほしいな。今まであいつを説得できたことなんて皆無だしな。説得できるならいつもこき使われていないさ。
 なんて、俺が思っていることも知らず敦也は俺をにこにこ見つめているし勇介は微笑している。何を期待しているんだお前達。というかもう少しって……俺たちが今歩いているのは裏路地に思えるが気のせいか? 何故こんな薄暗いところに?
「さて、そろそろ気をつけたほうがいいよ。松崎さんが、力を解放しているだろうから」
 へっ、今更あいつの魔法くらいで屈したりする俺じゃないぜ。なんて一縷の希望を含ませながら思っていると。な、なんだこれは? ものすごい悪寒が俺を襲った。何だこれは!
「やっぱり、俊也も判るんだね。これが、魔力ってやつだよ」
 ……何といえばいいのか分からないが虫が数百匹も俺の体を這っているような、いやそんな状況になったことはないが、そんな悪寒というか、嫌悪感というか、嫌な感じがする。たとえが悪かったような気もするが気にするな。こんなのを言葉で表そう何ていうのが無理な話なんだよ。なんて思うほどすさまじい感じがした。ここはただの裏路地のはずだがな。なんだこりゃ? 異世界か?
「これが……リアの魔力?」
「それを極限まで怒りで染めたものだね。本当にすごいよ。僕達だけじゃ敵わないね。やっぱり俊也にがんばってもらわないと」
 がんばるも何も俺は自分を抑えるだけで精一杯だよ。今すぐにでもここから離れたい気分だぜ。
「だろうね。君は一般人だから、魔力を判ってもそれに対する耐性がないから」
 分かっていて尚俺に期待をかけるか。
「うん、それしか方法ないし」
「……」
 俺が絶句しているのは敦也のその言葉のせいではない。では何のせいか? ……そこに転がっている焼死体のせいだよ。……あれか? 裏路地っていうのはあまり通ったことがないのだがいつもこうして死体が転がっているのか? 吐き気がする。人間が焼かれたのでここらの空気は脂ぎっていて、べたつく。こげた匂いはさらに俺の気分をツーランクダウンさせるほど気持ちの悪い異臭でさらに視界に人間の死体が無残に転がっているのでもう我慢の仕様がない。吐いてしまった俺を悪く思わないでくれ。死体を見るどころか死に触れたことすら初めてなんだ。
「これは……そこにいる松崎さんの仕業だろうね」
 何ていいながら敦也は前を指差す。そこには……ものすごい剣幕で俺を睨む、制服姿のまま、しかしそこには返り血も、染みもついている、リアがいた。リアの下にはもう一つ死体が転がっている。そして、その死体は光の粒となっていく。光に包まれ、はじけた。光が雪のように散っていく。目の前にはすでに焼死体はなかった。これが死体が消えるってやつか? いや、存在自体が消えるってやつだな。しかし俺からさっきの焼死体の記憶は消えていないのはどうして何だ? さっきの異臭は消えているが。
「んー、直接消えるところを目撃すると記憶からは消えないらしいよ? それにしても、やっぱり、松崎さんだったんだね、犯人」
「あんた達……なんで来たの?」
 なんでも何も、俺は人殺しを許可した覚えはないぜ。
「うるさい! 人間を殺すのに許可なんて要らないのよ! こんなに簡単に死ぬじゃない?」
 殺すのは簡単だが、お前が怒りや八つ当たりで殺していいほど人間の命は軽くないぜ。
「人間の命に価値なんてないわ! 生きていても、無駄。いないほうがましよ」
 なんて俺たちのやり取りを敦也はわずかに微笑しながら、勇介は真剣に眺めていた。おい、だれか手伝ってくれないか? それとも、諦めるか?
 人間の価値を図るお前は何を根拠にそんなことを言う?
「人間は神を現世から追い出したじゃない」
 ものすごい剣幕だ。反論すると殺される、そんな雰囲気だぜ。でも、俺は反論する。聞き捨てならない言葉ばかりだからな。
「何故神を追い出したら生きる価値がなくなる?」
 リアはさらに声を荒げて怒鳴る。
「自分勝手なことをしておいてそんなことを言うの?」
 俺の問いに答えろよ。それとも、答えが見つからないのか?
「こんな愚かな生物、生きていないほうがましじゃない」
 それはお前の価値観であって根拠ではないぜ。
「ああもう! うるさいうるさいうるさい!」
 答えろよ。それは逃げているだけだぜ。と言おうとしたがリアはついに暴れだした。どう暴れだしたかというといきなり俺のいるところまで跳んできて杖をこれもまたいつの間にか握っており、それを振り上げて俺の頭めがけ振り下ろしてきたのだ。避けるなんてことは不可能でありついでに言うならそれで殴られたら死ぬと一瞬で感じ取ってしまうようなすごいスピードだった。
「危ないよ!」
 確かに危ない。誰か助けてくれ。俺はまだ死にたくない。なんて考えが俺の頭をよぎり、杖はそんなことをしているうちにも迫ってきているし、敦也! 助けてくれ! と、俺が五回ほど思ったところでいきなり俺の体は横から衝撃を受けて横に吹っ飛ばされて壁に頭を打ちつけ地面に倒れ込んでしまった。何すんだよ! とはバランスを崩して咄嗟のことで、話せる状態ではないので言えない。文句を言おうと痛む体を無理やり起こし文句を誰に言えばいいのかと悠長に考えたところで勇介がリアの杖を受け止めているところを目撃した。あのものすごいスピードで振り下ろされた杖を素手で受け止めている勇介はやはり人間ではないな、と確信をした後でならば勇介は命の恩人かというところまで考えが回り、あとでお礼を言おうというところまでは思わなかったものの助かった、とすこし安堵の溜め息を漏らした。ところで俺は悠長に描写しているが全然心にゆとりはなく、すこし焦ってもいるし危機感もあるので勘違いしないで頂きたい。
「くっ……やっぱり神には勝てないな。敦也?」
「分かってるよ」
 と答えた敦也はいつの間にか見た目まで人間でなくなっていた。全身は服で隠れているものの赤い鱗で覆われているし背中からは立派な、マジで飛べそうなよくある竜やら何やら見たいな翼が生えているし、そういえば本当に竜なんだな、当然顔も鱗で覆われているわけだがぎりぎりそれは人型だった。手からは鋭い爪が伸びている。
「ここまでしか進化できないんだけどね、僕は」
 なんていいながら敦也はリアの後ろに回りこみ、手を伸ばす。その素早さは最早人間レベルを超えており、いつも百メートルを十一秒台で走っている敦也の三倍以上早かったような気がする。それをリアはいきなりこれがまた人間とは思えない反射神経、跳躍力で大きく跳び、敦也を飛び越えて後ろに下がった。
「くっ……」
「松崎、戦うのは止めようぜ? 俺からすれば戦う意味はないし人間だって悪い生き物じゃない。先入観なしでよく考えてみろよ」
「人間のくせに神に意見するな!」
 いいながらリアは杖を天に捧げ、なにやら呪文を唱え始めた。
「分かって、くれないんだね」
「当たり前じゃない。人間なんていないほうがましよ!」
 そんなごまかすような返答で俺たちを殺そうとするのは八つ当たりというやつだぜ。何ていったらまたリアに睨まれた。その眼は濁っていて、殺意、いや、怒りか? それとも、悲しみか? 何かは知らないがいつものリアの目ではなかった。
「これは……本格的に危ないな」
 だろうな。俺でも判るよ。リアの前には直径一メートルくらいの火の弾が構成されている。本気で、俺たちを殺すつもりなのか? 本心で、俺たちを殺そうと思っているのか?
 答えは返ってこなかった。そのかわり――火の弾が俺めがけて飛んできた。いやいやいや待て! 咄嗟のことだ。避けるなんてところまで考えは及ばない。目を瞑ることくらいしか出来ないのは人間の俺にとって当然のことだと思う。死ぬ死ぬ死ぬ死ぬ……。なんて頭の中で繰り返しながら怯えているが、火の弾は一向に俺に当たらない。と、思ったところで目の前で爆音がした。空気を振るわせる、衝撃音。何だ? 気になって目を開くと俺の目の前で、俺を守るように敦也が立っていた。
「はは、やっぱりちょっと痛いな……俊也、大丈夫?」
 とか言う敦也の体はすこし焼け焦げており、なぜかというと多分俺の身代わりになって火の弾を受け止めたからだと思うので俺の心がわずかに痛んだ。
「敦也! 何で俺の代わりに!」
「僕なら大丈夫だよ。竜はこのくらいじゃ死なないから。でも……流石に痛いね」
 敦也は本当に痛そうに立っている。その間にリアはまた迫ってきていて、危ない! と、俺が叫ぼうとしたときにはすでに敦也めがけて杖を横から振り回していた。敦也のわき腹に直撃。鈍い音がして敦也は吹っ飛んだ。そのまま壁に衝突し、崩れる。
「敦也!」
 と俺が言っている間にさらにリアは俺に迫ってきている。……リア、お前は本当に平気で人間を、いや、俺を、敦也を、勇介を殺せるのか? 何故かそんな言葉が俺の頭をよぎり、死ぬのではないかと思うほどの猛スピードで振られる重量級の巨大な杖はもう俺の目前まで来ていた。目の前が、真っ白になる。
 と、次の瞬間にはまたしても横から衝撃を受け、今度はうまくバランスを取り何とか受身をして地面に転がり振り向くとリアの杖を勇介が受け止めていた。ふぅ、助かった。しかし。リアがはっ! と叫ぶと、勇介は衝撃を正面から受けたようで、後ろに吹っ飛んだ。そのまま地面に転がる。ううっと、勇介が唸った。
「あとは、俊也だけ」
 リア……お前は本心で俺たちを、人間を殺したいと思っているのか?
「……思ってるわ」
 本当にか? 先入観も、使命感も忘れてよく考えてみろよ? いつも学校で楽しそうに話している俺たちを楽しそうだ、と羨望をこめて眺めていたことはないか?
「……ない」
 のわりにはすこし三点リーダーが続いているぞ。
「うるさい!」
 ついに俺に杖が振り下ろされた。本当にリアは本心でそう思っているのか? こんなときに俺はそんなことを思っているのは場違いか? しかし今は確かに俺の目にも、リアは寂しさを紛らわせるために任務を、いや、人殺しをしているように映る。そりゃ、神だもんな。ずっと働いていたんじゃないのか? 俺たちみたいに楽しそうに笑うことなんて無かっただろうし、初めて見る光景だったかもしれない。それがよく分からなくて、もやもやして、そんな気持ちは不要だと思って無理やり捨てて、上官の、いや、上界全体の意思に従いお前は今ひたすらに人間を殺しているんじゃないか? なんてことを思ってしまった。何でだろうね? 今すぐ自分が死ぬかもしれないのに。そんなときでもそんな同情を感じてしまうほどリアの悲しみは大きいような気がした。しかし――死にたくないという感情も当然あるわけで。俺がリアのことを考えているせいでこの世を惜しむ時間は消え失せてしまったようだ。杖はすでに俺の十センチほど先に――っ!
 と、俺はまたしても何者かから衝撃を受け吹っ飛ばされてしまった。勇介は倒れているし敦也も倒れているしリアは空振りした杖を持ち上げているところだ。一体誰が? 体を起こしながら考える。というかいい加減頭が痛い。
「何すんだよ!」
 なので、とりあえず怒鳴っておこう。ま、返答があるとは思えないがな。ところが。
「ごめんなさいっ! こうするしかなかったんです!」
 リアの向こう側から愛らしい声が聞こえてきた。この表現ですでに誰だか分かるだろう? しかし一応もう少し描写しておくとこの声は俺が聞き間違えるはずも無く間違いない。夢奈さんの声だ。でも何故? そこまで考えが及んだのは数秒後でありそれまで何をしていたかというと生の喜びを味わっていただけさ。ああ、生きてるっていいな! ま、生きてるなんて実感は微塵もないし空気はぴりぴりしているし感じるのは恐怖だけだがな。それでもやはり生きているというのは素晴らしいことなのさ。というか、夢奈さんが何故ここに? しかも何故謝る? 俺を吹っ飛ばしたから? どうやって? と、そこまで考えが及んでから思考が止まる。俺の目の前では制服姿の二人が火の弾を放ったり電撃を放ったり重そうな重量級巨大杖を振り回したりしている。なんというかその姿が異常だ。制服姿の美少女二人が魔法のようなものを使い肉弾戦をしている。はっ、まるでアニメや漫画みたいじゃないか。しかし……まあ、悪い感じはしないな。しかしよくよく考えてみれば目の前には焼死体が転がっているし友人は倒れているし爆発音はするし何よりリアは俺たちの敵であり人殺しであり、ともなればあまりいいものではないな。せめて平和に皆で魔法を使ったりして遊ぶくらいで十分さ。ところでさっきから何故ここに夢奈さんがいるかについて触れなかったがそれは出来るだけ考えたくなかったし考えても分からなかったからだ。夢奈さんが上界関係の人間? マジですか? 一瞬俺の心の中で何かが崩れたような感じに襲われた。ああ……。
「俊也さん! 大丈夫ですか!」
 ええ、もちろん。精神と頭以外は大丈夫です。それより敦也と俊也と貴方が大丈夫かどうかが気になるのですが。しかし答えは返ってこず、夢奈さんはリアに話しかけた。
「リアさん! 何でこんなことするんですか!」
「黙って」
 夢奈さんのことをそんな風に罵倒するなんて犯罪物だぞ。
「リアさんは、寂しいんでしょう? 使命感から人間と友達になれなくて、」
 ところでこれだけ聞けば悠長に説得しているように思えなくもないが実際は魔法やら何やらのよく分からない超常現象のオンパレード、それによる死闘であり決して悠長ではない。むしろ張り詰めた空気があるね。
「無理して一人でいたんでしょう? そして、神なのに平気で皆と、人間と楽しそうにしていた私が鬱陶しかったんでしょう? だからいつも私にきつくあたってたんでしょ? そして同時に羨ましかった。だからそれを隠すために、気にしなくていいように人間を殺しているんでしょう?」
「黙りなさい」
リアは直径二メートルはあろう大きな火の弾を頭上に浮かべる。その熱がここまで伝わってくるぜ。熱い。
「人間の皆さんは悪い人じゃないです! いい人たちばかりですよ! 何で殺すんですか!」
「黙りなさい!」
 狂っているようにその言葉ばかり繰り返すリアの表情は何か思いつめているように暗い顔で、それを怒りが覆っている。火の弾を、夢奈さんのほうへ飛ばした。夢奈さん! 火の弾は夢奈さんのいるところで爆発を起こした。煙が、そして音が、熱があたりに広がる。夢奈さん!
「大丈夫ですよ……」
 煙が風で流されるとそこには青い膜を周りに張った夢奈さんがいた。バリアってやつですか?
「リアさん……大丈夫ですよ。皆友達になってくれるし、優しいし、一緒にいて楽しいですから」
 夢奈さんは言いながら次の火の弾を用意しているリアへと歩み寄っていく。
「だから、殺すのは止めて皆で学校生活を送りましょうよ。上界の意思なんかに従う必要はありませんよ? 自分の考えで、感情で生きましょうよ」
「黙れ――――――!」
 リアは今までで一番大きく怒鳴り――そこまですると逆に肯定になるぞ――火の弾をまた夢奈さんに向けて放った。夢奈さん!
「……ごめんなさい!」
 その言葉を俺に向けたのか、リアに向けたのかと悩んでいるうちに夢奈さんは自分の前にバリアを張った。先ほどのものとは違い薄く盾のように張ったそれは火の弾を正面から受け止める。音をたてて火の弾が弾け飛んだ。来た方向を戻っていき、つまりリアのほうへ向かっていく。
「――っ!」
 リアの言葉にならない叫び。何故かって? 火の弾がリアに直撃したからさ。爆風と火の粉が舞う。その向こう側には、リアが倒れ込んでいた。
「リアさん……何で、無理をするんですか? 私、リアさんとも友達になりたいです」
 リアは倒れたままだ。……いや、起き上がった。何故か制服は焼け焦げでいないが外傷はしている。痛々しい。体も、その表情もだ。泣くのを堪えているような、そんな表情。今まで信じてきたものが崩れて、しかもそれを崩したのは自分の感情で、それは不慣れなものであり捨てようとしたもののその分だけどんどん膨らんでいく。しかしそれは理性で言えばあってはならないもの。だから、二重に悲しい。そんなことが俺でも容易につかめるような表情だ。
「リアさん……」
「……」
 無言のままでリアは起き上がり、どこへか歩いていく。誰も止めることができず、止めようともせず、その背中を見つめていた。

「夢奈さん! 大丈夫ですか!」
「ええ、私は大丈夫ですよ」
 夢奈さんは体についたほこりを払っている。
「それより、敦也さんと俊也さんですね。私が治療します」
 そんなことも出来るのですか。
「それより……リアさんを御願いします」
 何を?
「多分、リアさんは上界に帰るんだと思います。リアさんより強い私がいて、人間を守る以上ここにいても何も出来ないですから。リアさんが帰るのを、止めてください」
 何故ですか? 上界に帰るならこれ以上被害者は出ませんよ?
「でも……リアさんが可哀想です。誰かが止めないと。自分の感情を押さえ込んで、帰ろうとしているんです。可哀想じゃないですか?」
 あいつが残れば俺が可哀想です。
「本心で、そう思っているのですか?」
 ……。夢奈さんがどうしてもというなら断ることは出来ませんね。
「俊也さんも素直じゃないですね」
 夢奈さんは俺に笑いかける。素直も何も俺の言葉は偽りなしですよ。
「そういうことにしておきましょう。私が御願いしますからリアさんを上界にとどめて、一緒に学校に行けるようにしましょう」
 夢奈さんは? 貴方は何故人間の味方を出来るんですか? 神ならば人間を殺さなくてはならないのでは?
「ええ、まあそうです。私は……裏切り者なんですよ。最初現世に社会見学で来たんです。社会見学というのはたいていの場合この年代の人間が一番特徴的だということで十六歳くらいの人たちの集まる場所、つまり高校に行くことになっているんです。でも私は最初中学からでした。涼子さんと同じクラスで。
この眼で人間達を見たとき、なんかいいな、って思っちゃったんですよ。皆楽しそうです。普通はなんて自分勝手なんだ、って思うんでしょうね。その時点で私はずれていたんですよ。でも私は普通に学校でいいな、って羨ましがりながら静かに皆を横から眺めていたんです。そんなときに涼子さんが私に話しかけてきたんです。で中三の最初から一年間過ごして――普通はそこで上界に帰るんですけどね、私は裏切っちゃいました。涼子さんと同じ学校でこうして普通に楽しんでいる。私はそれで満足しています。そしてリアさんは、昔の私と同じような感じがするんです。私は今こうして皆と入れるので満足しているから、リアさんにも楽しんでもらいたいから」
「裏切って大丈夫なんですか?」
「いえ、大丈夫ではないと思います。でも、もし殺されてもここですごしたほうが楽しいです、絶対に。上界は……仕事とかそんなのばっかりなんですよ?」
しかしならリアを止めるのは何故俺なんです? 俺は上界のことなんて何も知らないし……。
「貴方にしか出来ません」
 俺には出来ませんでしたよ。
「いえ、私ではリアさんを止めることはできませんでした。神が干渉しても無駄なんです。だれか、人間の方がここに残りたい、って思わせて、手伝ってあげないと。私の場合は涼子さんでした。神官なんですよ、涼子さんが。仕方がないですから……リアさんにも、貴方と同じようにしてここに残ってもらいます」
 俺と同じようにとは?
「理性で自分の感情を否定しているわけです、貴方もリアさんも。その理性に苛立ちつつもその通りに行動しているわけですよ。だから、誰かが無理やりの形で押し付けてあげるんです。そうすれば理性は仕方がないと引き下がり、本心の望んでいる形を作ってあげることが出来ます」
 たしかにリアの場合はそうかも知れませんが俺に当てはまるかどうかについては意義がありますね。
「ふふ、そういうことにしておきましょう」
 ……しかし無理やりも何もどうやって無理やり押し付けるんです? リア相手にそんなことをできる方法は思い浮かびませんが。
「それはですね……」
 夢奈さんは小さい声で耳打ちして俺に説明した。

 ――それは本当ですか? それで、できるんですか?
「はい、これならリアさんも従わざるをえないでしょう。しかもそれでリアさんの望んでいる状況をつくれる。御願いします。これで、リアさんの願い、心の叫びを叶えることが出来ます」
 あなたの頼みなら。あの公園に行けばいいんですね?
「はい」
 俺は歩き出した。全ての思いと決心を秘めて。風に乗って小さな声で夢奈さんの『素直じゃないですねぇ』という笑い混じりの声が聞こえてきた。本当に、何でそう思うんだろうね? リアのことを可哀想だとは思うが現世に残ってほしいなんて思ってないはずだがな。俺の深層意識はどうなんだろうね?

第七章

 夜の道を一人歩き、公園へと向かう。風が冷たい。早く家に帰って温かいコーヒーでも飲んでゆっくりしたい。と、いつもならそんなことを思うような状況だがどうにもそんな悠長なことは言っていられない。俺の双肩には重すぎるぜ、夢奈さん。リアを説得する? そんなのただの雑用兵である俺に頼むなんて間違いなのさ。とも言っていられない。何でかって? 俺自身、リアが可哀想に思えるからさ。その程度の優しさは持っているんでね。しかしまあリアが現世に残って楽しむのはいいとしよう。敦也たちが竜だって別にいいさ。どちらかというとそのほうが面白い。しかし――リアがこのまま俺を神官としてこき使い続けるのなら? どうなんだろう。それでもやはりリアをここに残したほうがいいのか? そうするための切り札ももらった。リアを現世にとどまらせる切り札。しかし、俺はどうすればいいんだ? 小さな思いやりの心で自身を犠牲にしていいのか? いや、そもそも本当にそれは犠牲なのか? 悪いな、疑問ばかりで自分の考えすらまとめれねぇ。俺はどうすればいいんだ? 
 そうこうしているうちに公園にやってきた。あの時と同じように銅像を拝んでいるリア。俺の存在に気づき、きっ! と俺を睨んだ。何だよその眼は。
「何なのよ」
 相変わらずきつい声だな。笑ったらもっと可愛いのに。心の中でそう呟き、そういや、リアは俺の心を読めるんだったな。
「余計なお世話よ」
 リアは冷たくそう言い放つとまた銅像に向き直る。
「なあ、リア、上界に、戻るのか?」
「仕方がないじゃない」
「お前は本当に上界に戻りたいと思っているのか?」
 暫くの沈黙。
「そりゃ、人間を殺したいけどさ……」
「本当にそれが理由か? お前は、人間と一緒に遊びたいとかそういった未練はないのか?」
「あるわけないじゃない!」
 そこまで大声で怒鳴ると肯定になるぜ。
「いや、お前はここに残ってみんなと笑いたいと思ってるね。今のお前は、とても可哀想で、寂しそうに見える」
「ふざけないで!」
「ふざけてなんかないさ」
 リアの顔はとても悲しそうに見える。それだけならいいさ。でもな、それを無理やり隠そうとするお前の表情は、痛々しいんだよ。
「もう一度聞くよ。何でお前はそんなに強がるんだ? 皆で過ごしたくないのか?」
「人間なんて最低よ! 人間は地球を汚してる!」
 それはすでに人間自身分かっているし、今人間は対応策を探しているところさ。ほら、人間は失敗に気づいてそれを直そうとする。神はどうだ? いつまでも過去に執着して恨みを晴らそうとしているだけじゃないか。過去から何かを学ぼうとする人間とは大違いだぜ。ま、全ての人間がそこまで利口なわけではないがそれは置いておこう。
確かに人間は神を追い出した。傲慢なことかもしれないさ。でも、お前達神は自分達に原因があったとは考えないのか? お前達神の良心からか、自分自身満足するためか知らないが全てを自分達で支配して自分達で成長しようとする人間を抑圧して、その抑圧に対して邪魔だという感情を人間が感じて何が悪い? 傲慢なのはお前達じゃないのか? ほら、俺ですらこれくらい分かるんだ。実際に人間を見て尚且つ俺より頭のいいお前のことだ。気づいているんじゃないのか?
 俺が言い終わっても、一分くらいずっと沈黙が続いた。風が冷たい。まだ四月だもんな。やっぱり夜は寒い。でも今はそんなことどうでもいいさ。リア、本当はどうなんだ?
「……あんたには関係ない!」
 ……。
「人間が悪っていうのは上界全体の意見なのよ? 私がどう思おうと人間と暮らすなんて論外よ! 私の意見なんて関係ない」
 それは逃げていることになるぜ。自分の気持ちからな。夢奈さんはちゃんと自分の意思で動いているんだ。
「なあ、本当に、それでいいのか? 俺はお前をここに留まらせることが出来るんだぜ?」
 そのための切り札を俺はもらった。リア、あとはお前の気持ちしだいさ。お前が残りたいというなら俺くらい犠牲になってやる。そんな気分になってくるね。
「……いい。私は、帰る」
 そう言うリアの表情は今までで一番、悲しそうで、今まで隠そうとしていた悲しさが溢れていた。今にも泣き出しそうな顔。今にも涙が溢れてきそうだぜ?
「そうか、やっぱりお前はここに残れよ。強がらなくていい。お前が納得のできる方法で残らせてやるよ」
「――っ!」
 空気の流れが止まった。風が流れてこない。というのは言い過ぎかもしれないが寒さなんて感じないね。リアがすごい形相で、驚き三分の一怒り三分の一戸惑い三分の一で俺を睨んでいるからな。その気持ちの中に感謝や嬉しさとかはないのか? ま、そんなことに関わりなく、過ごしてきたんだろうな。だから仕方がない。
「リア、どうする?」

 答えは、返ってこない。しかしそれは口ではという意味でリアの表情は答えを物語っていた。やっぱり、そうだよな。リアは、ここにいることを望んでいる。だって、そうじゃないとこんな戸惑いを押さえ込むような表情は見せないさ。それなら、俺くらい犠牲に、いや、手伝ってやるよ。お前が、ここで楽しく暮らせるように。この心の呟きはリアにも届いているはずで、リアは『えっ?』と呟いたきりだ。ふっ、本当に我慢していたんだな。リア、これでいいよな? 俺にはお前の気持ちなんて分からないさ。でもな、予測することくらいは出来るんだ。いや、予測なんていうようなものじゃないな。見れば分かる。リア、最後にもう一度聞くぞ。ここに、残りたいか?
「あんたは、それでいいの? 神官なんて辞めたいんじゃないの?」
後悔なんてしないさ。これが俺のよかれ、と思う道。多分な。自信はないし、迷いだってある。でもな、リアの悲しそうな、しかし今はわずかにそこに嬉しさが混じっている顔が俺を後押しする。
「……うん」
 風に乗って、小さな声が流れてきた。
「私は、ここに残りたい。上界なんかに、帰りたくない!」
 ふっ、決まりだな。
「リア、知ってるか? 知ってるよな? 神官はな、神の奴隷じゃないんだよ。まあ、そう扱う神もいるけどさ、神官は、神の上官でもあるんだぜ? 上官だったら、罰を与えることくらいできるよな?」
 俺は不適に笑い、戸惑う、しかし何かに感づいたリアに“罰”を告げた。

第八章

「リアー、朝だぞー! 起きろー!」
 いつもと同じ朝、ではない。日常とはすこしずれた朝、しかし懐かしい朝だ。リアを起こす前に大量の朝ごはんを作り、それからリアを起こす。おかげで俺は早起きしなければならず、しかし五日前くらいと同じ時間に起きてしまい、現にこうして遅れそうになっている。寝ぼけたままで起きてきたリアはしかしすでに制服に着替えており、おい、俺なんてそれすらまだだぞ、寝ぼけながらも一瞬で朝食を食べ終えた。まだ俺が朝食と奮闘している間にリアは風呂に入り、俺が学校に行く準備をしている間にはすでに全て準備が整っていた。リア、お前はまだいいさ。学校までワープできるもんな。でもさ、俺はどうなると思う? 決まってるさ、遅刻だ。心の中でそう呟くと意外なことに、いや、ありえないことに、
「今日はあんたと一緒に行くわ」
 こんなことを言いやがった。……正気か?
「失礼ね。ま、たまにはいいじゃない」
 余計にびっくりだ。
「黙りなさい!」
 しかし……本当に、冗談でなく意外だ。どういった心の変化だ? 今までは意図的に人間と離れてたからか? こればっかりはリアのわずかに朱に染まっている顔を見ても分からんね。

 てなわけで俺たちは一緒に登校している。遅刻しそうだというのにリアはワープを使わず俺と歩いている。不思議な感覚だ。しかも今回は奴隷のような扱いは受けておらず、端から見れば恋人のような感じだ。落ち着かん。……いい加減何故一緒にいるのか説明しやがれと思っている方が多いと思うので、もしかしたら感づいているかもしれないが、こういうことだ。
 リアは神官の許可なく人を殺した。これはすでに罪だ。そして、その罪を裁くのは上界のお偉いさんか――その神の神官なのだ。神官は奴隷ではなく上官でもあるんだからな。裁こうと思えば裁けるのさ。今度からはもうちょっと頻繁にこのシステムを使おうと思う。そして俺はその罰でリアに現世に残れ、人間と普通に過ごせと命令した。どうだ、この華麗なやり方は? リアの良心としてもこれなら納得するはずで、現に渋々承諾したような顔で俺の命令に従っている。ま、今日はその初日なので人間と普通に接することが出来るかどうかは知らないがな。
「俊也―!」
 こんな遅めに学校に登校するやつは酔狂なはずで、俺の友人の名簿を調べるとそんな人間の心当たりは一人しかない。
「敦也?」
「あれ? 今日は松崎さんと一緒に登校しているの? 珍しいねぇ」
 んなことはどうでもいいのさ。それより、怪我は大丈夫なのか?
「ん? 高橋さんが全部きれいに直してくれたよ。すごい力だね」
 リアはその言葉を聞いてわずかにしかめっ面をしたが、その顔は一瞬で消え、納得したような顔に戻った。うん、俺としても満足だ。夢奈さんの魅力二十パーセント増だな。人間ではないというのは減点ものだがあのお方のかわいらしさは人間レベルなど超越しているもんなと俺が一人納得している間敦也はにこにこ笑っているしリアはというとそっぽを向いていたので分からない。何で神だけが神官の心を読めるんだろうね?
 ところで竜というのはもともと完璧に魔法を使えるわけではなく、神官となった竜や人間が完璧な魔法を使えるのは神からの恩寵が得られるかららしく、恩寵というのはそれだけのようだ。例えばリアの頭のよさが神のものだとしてその恩寵をわずかでも分けてほしかった。テストの点数を見ながら本気でそう思うのはどうやら俺だけらしく、敦也はというと何故か高得点、竜の秘義でも身につけたか? 夢奈さんも努力しているらしく高得点、しかしリアほどではなく九十点といったところだ。いや、それでもかなりすごいが。魅力がさらに二十パーセント増だな。すでにその魅力度は人間どころか天使をも軽く超越して、夢奈さんが司るのは可愛さではないかと本気で考えてしまうほどだ。勇介は勇介で俺より高得点、もしかして俺が馬鹿なのかと考えながらリアの点数に目を向けたところで――リアの点数は、九十九点だった。くそてめえ調子に乗りやがって。と俺が思うも、しかもその凡ミスというのが漢字間違えというものでくそお前とさらに俺の怒り(妬みとか言ってくれるなよ)が加速していくのだが当のリアはしかめっ面でそのテストの点数を眺めている。何が不満なのか。しかしこんなときだけはリアの感情が手に取るように分かり、多分人間ごときのテストで百点を取れなかったと思っているのだろうと考えたところでさらに怒りはエンジンを高速回転させいきなりマッハまで急に加速し、一瞬の停滞も見せずにどうやって復讐しようかというところまで考えが及んだところでそういえばリアは俺の考えを読めるんだったなというところに話が及び、ということは俺の復讐計画はすでに相手にばれているわけで、リアが俺を睨みつけて一括しようと口を開いたところで――、
「勝ったー!」
 涼子のハイテンションな声が響き渡った。しかもその声が出されたのは何故か俺のすぐ横でということはリアの横でもあるわけで、何故そんな意味不明な歓喜の声を上げたのかと涼子のテストを覗き込んだところで答えが脳裏をよぎった。――百点だ。そういやこの前リアに負けてて悔しそうな顔してたな。
「ふふふふふ、今度は勝ったわよ。というか今度からは負けないからね」
 涼子がいかにもというような感じの不敵な笑みを浮かべてリアを挑発する。リアはどういう反応をするのか、無視か? 激怒か? 俺への八つ当たりか? と、この後三パターンほど考えたところでリアの表情を見ると、リアはその挑発に答えるように立ち上がって涼子を睨む。ほう、このパターンは新しいな。
「今度は、負けないから。せいぜい今のうちに喜んでおくことね」
 その声の裏には本当に悔しがっているリアの気持ちが混ざっていると予測される。人間に負けたんだからな。しかし昔ならば確実に無視、もしくは『こいつ、殺していい?』とかそんな反応だったと思うのでそれは進歩と言えなくはないだろうな。
 そういえば今日は短縮授業とやらで終わったのは三時半だった。当然俺たち帰宅部は時間をもてあますわけで、今日はどうやって時間を潰そうかと考えていると敦也が俺に話しかけてきた。
「松崎さんも高橋さんもいれて皆で遊ばない?」
 それはそれは。遊ぶ、か。ずいぶん懐かしい響きだな。というかそこに夢奈さんがいる時点で断る余地はない。それに、リアも入れるということは少しでも皆に馴染ませるためだろう。
「勇介も来るよな?」
「ああ、いくよ。面白そうじゃないか」
「何々? 何の話をしているの?」
 涼子さんが騒がしく近寄ってきた。今日皆で遊ぶ計画を立てているのですよ。
「え? 夢奈も松崎さんもいくの? じゃあ、私も行く!」

 

 今大勢で町を歩いている俺たちはずいぶん騒がしいと思う。何せ涼子さんがいるからな。勇介と言い争い、敦也はそれをにこにこ眺めているし俺は夢奈さんと話をしている。リアはどうすればいいか迷っているわけで、それを見かねた涼子さんは討論もとい口げんか、というか雑談にリアを巻き込んだ。余計にうるさくなるぞ。どこかへ移動しないか? これじゃ大分迷惑だぜ?
「そうだね、一回どこかの公園にでも行こうか。久しぶりでしょ?」
 その懐かしさに全員が賛同し、俺たちは公園へと足を運ぶことになった。先ほどのように皆で騒ぎながら公園への道を歩いている。ふう、久しぶりだな、こういうのも。と俺が青春の一ページにせめてと日常的な楽しみを刻んでいるところで敦也は俺に近寄ってきて非日常なことを告げた。耳元でささやくように。
「俊也は神官になりたくないんでしょ? ところで、俊也は本当に竜がいたりしたら言うこと聞くって言ったよね。このまま松崎さんの神官でいてくれない? これは命令だよ?」
 それを聞いた後で俺の脳裏に夢奈さんの『理性で自分の感情を否定しているわけです、貴方もリアさんも。その理性に苛立ちつつもその通りに行動しているわけですよ。だから、誰かが無理やりの形で押し付けてあげるんです。そうすれば理性は仕方がないと引き下がり、本心の望んでいる形を作ってあげることが出来ます』という言葉が響き渡った。何だか、手のひらで踊らされているようだな。気にいらん。何だその押し付けがましいしかもそれが正しい、俺のためだ的な行為は。ふざけやがって。
「いや、俺は元からリアの神官でいるつもりだぞ? 魔法も使えるらしいしな」
 せめてささやかな反撃を。このくらいはしてやらんと俺の気が収まらない。
「ふーん、やっと本心と向き合ったんだね? まだちょっと隠しているみたいだけど」
 本心? お前達に逆らっただけのつもりだが? しかし、どうなんだろう。本心? そんなの分からないさ。でも、今のままでもたいした不満はないね。それなら何が本心かなんて問題ではない。
「じゃあ別の命令をするよ」
 ――なっ! しまったな。素直にしたがって命令を帳消しにすればよかったぜ。
「ふふ、失敗したね」
 はめられたぜ。くそ、敦也め。この仕打ちは俺が魔法を覚えた後に必ずしてやる。
「竜に勝てる自信があるならね。うーん、命令か。そうだね……これなんてどう?」
 あまりにも残酷な仕打ちを敦也が大声で皆に聞こえるように告げると一斉に皆が笑う。おいおい、それはちょっと残酷じゃないか?
「命令だよ」
 みんなの視線が俺に集まる。その眼は明らかに『早くやれ光線』を発射していて、俺に直撃。何だその目は。いや、そんな目で俺を見られても、と狼狽するのみである。と、その中にはリアの視線もあったことに気づく。皆と同じように、しかしぎこちなく笑っている、はじめてみるリアの笑顔。やはり可愛いね。そんな気持ちに流されてしまった愚かな俺は公園についてから覚悟を決めてみんなの期待に応えることとなった。すこし後悔している。だがまあ、そうだな、満足感もあるよ。なぜかは知らんが。
ところでリアには俺の今の、楽しいという気持ちは届いているのだろうか? 届いているなら、そうだな、リアもこの感情を理解してくれただろう。そして、もう人間を殺すなんて馬鹿なこと考えないはずさ。俺は今“楽しい”からな。リア、この気持ちが分かるだろ?
 俺が心の中でした質問に答えるようにリアがぎこちない笑みを浮かべた。リア、そうして微笑んだほうが可愛いぜ?
 その直後どう反応していいのか分からないリアが俺に見事なストレートを右頬に入れたのはいうまでもないだろうな。リアは恥ずかしさを隠してるんだろうな。ふ、素直じゃない。素直に喜べばいいものを。
 もう一発殴られた。くそ。ところでさ、リア?
 俺のこのタイミングでの呼びかけに混乱するリアに言ってやった。声に出して。
「リア、夢を叶えてくれてありがとよ」
 リアが一瞬、俺を見つめて困惑顔を浮かべる。みんなの視線が集まる中、というかこのメンバー全員関係者なんだな。ってことはだ、リアが俺の夢を叶えたからこそここに皆がいるんだろ? 
リアは視線を逸らして言った。
「やっと分かったのね! 感謝しなさいよ」
 感謝してるさ。リアが俺に植え付けた夢? 当の昔に捨てた夢? 関係ないね。今が楽しかったらそれでいいのさ。だろ?

エピローグ
 数日後。家の中での後日談。
 先ほどは偉そうなことを言ったが、かといって平穏な日常というわけでもなく俺は困っている。なぜかというとリアが正式に俺を神官にするために上界に一緒にいくとか言い出したからである。いや待て。神官になるのはよくとも正式になるのは本当に後に引けそうにないから困るね。
「でもさ、登録しないと……」
 お前、上界の意思にすでに逆らったくせに今更そんなもの守ってどうする。
「でも……」
 リアはふと顔を下に向け、しかしすぐに元気そうな顔を俺に向けた。
「そうね。別にいいわ。でも、仕事はするわよ。あれ、面倒だけど結構楽しいし」
 俺みたいに素っ頓狂な夢を与えて人間をからかう事が、か?
「んなことしてない」
 口で否定するだけなら誰でもできる。
「黙りなさい!」
 でも、そうだな。上界とか言うところにはすこし興味がある。どんなところなんだ?
「んー、人間界とは全然違う。全てが魔法で動いてるし、犯罪なんておきない。竜が一番立場が高くて神がすこし上流、魔族はまあ、中流ね。といっても、人間界みたいに貧富の差はないわ。でも、統治しているのは神なの。だから、神は子供も働いている。私みたいに夢を司ったり、ね。多分夢奈も何か司っていたのよ」
 懐かしいか?
「んー、それほど楽しいところじゃなかったし」
 それは今が楽しいって認めていることになるぜ。
「うるさいっ!」
 何故だかは知らんがリアは俺の顔面にきれいにストレートを決めた。でも、リアが今を楽しいと思っているならよかったさ。
 俺の心を汲み取ったのか、リアはふんっと鼻を鳴らしてそっぽを向いた。でもまあ――

 できるだけ殴るのは止めてほしいね。多少現実離れしてもいいからさ。



ご拝読ありがとう御座います。どうでしたか? すこし『涼宮ハルヒ』と被っていたかもしれません。が、この作品自体の評価を聞きたいのです。どなたか、感想、批評御願いします。













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