第8話:行くべき場所へ
それから何分たっただろう。
ララはもう既に泣きやんでいた。
僕は母さんから離れた。
もう離れなくてはならないと思った。
別れがある事に気付いた。
あの日も…母さんが死んだ時も…別れがあった。
父さんが死んだ時も…。
でも僕は今…別れを知っている。
それなりの覚悟ってものはついてる。
「涼…元気でね…。」
母さんが笑顔で僕に言った。
「元気に…最後まで精一杯生きるのよ。」
「母さん…。」
僕の覚悟はあっけなく崩れて、目の前が滲んだ。
「…幸せに…なるんだぞ。涼。」
父さんが母さんの隣に来て言った。
「もう…十分…幸せ…だよ。」
生まれた時から…父さんと母さんの子に生まれて……短い間だったけど…育てられて…そして…また会えて…。
「僕は幸せだよ!!」
ぼやける視界に男女の笑顔。
「いつかまた会おう。」
父さんの声がした。
そして…夢のように父さんと母さんは消えていった。
ララの方を向くと、ララは父さんと母さんが溶けていった空を見上げていた。
目は真っ赤だった。
しかしその瞳に…決心をしたような……強さがあった。
「ララ?」
そう言うと、ララは下を向いた。
「もう…ララじゃない…。私は…望月彩子…タダの高校生。」
笑顔で望月彩子は顔をあげた。
なんだかそれが愛しくて望月彩子を優しく抱き締めた。
「…僕は…君が好きだ。」
ララであり、望月彩子である君を…
「愛してる。」
僕の口からその言葉が出る前に…僕の腕の中にいる望月彩子が言った。
「涼…愛してる。」
その一言を貴重に扱いながら言った。
僕等は初めてキスをした。
僕にとっては初めての恋の味。
唇を離すと、望月彩子は俯いた。
僕の服を掌でギュっと掴んで…
「だから……」
掌の力が一層強まっていく。
「愛してるから…」
「さよなら。」
あまりに急な言葉に僕は望月彩子を離して、顔を覗きこんだ。
笑ってた。
彼女は笑っていた。
涙を飲み込んで…
「…何…言ってんだよ?ずっと…一緒だろ??」
彼女は僕に背を向けた。
「やっぱルナ様は素晴らしいわ。この時まで…待っててくれた……。ありがとうございます…。」
空を見上げて彼女は言った。
「なんでいっちまうんだ!?」
彼女の背中に叫んだ。
「好きだから。」
そう言って僕の方を向く。
「涼…こっちの食べ物を食べちゃいけないのは……なんでか分かる??」
笑顔で言う彩子は苦しそうだった。
僕は黙って首を横に振った。
「こっちに……思い入れをしないため…。思い入れしないで人を幸せにしてあげるってのも変な話なんだけどね。」
「幸福の支配人の仕事をする限り…何も愛してはいけないの。隠していれば…大丈夫だけど……私は…あなたへの想いを隠せなかった。」
彩子の目からは…押さえ切れずに溢れた涙がでてきた。
「好き…それを涼に言える幸せが私にある。」
そんなの…僕の幸せなんかじゃない…。
「どうなるんだ…」
ルールを破った彼女は…
「行くべき場所へ」
彩子の体が透け始めた。
少し顔を出し始めた太陽が彩子を透けて僕に触れる。
「バイバ…イ。涼…愛してる…。」
僕は彩子を抱き締めた。
「行かせたくないっ…。ずっと隣にいてくれ……。」
僕の涙が彼女の涙と混じり合う。
「大丈夫……。いつも…涼の側にいる。涼が悲しい時は…一緒に泣いてあげる…。」
「涼が嬉しい時は…枯れる程の声を出して喜んであげる。」
「目には見えなくても…いつも涼の中にいる……。…なんて…ちょっと気取りすぎかな?」
彩子は涙声で無理をしておどけてみせた。
僕は目を閉じて彼女にキスをした。
唇でしか語れない愛を捧げるために…。
抱き締めていた者の感覚が消えた。
僕は目を閉じたまま必要のなくなった腕を下ろした。
次に目を開いた時は…僕は彼女のいない世界にいる。
でも…僕の中に彼女はちゃんといる。
それでも…目を開ける事は恐ろしい。
彼女の笑顔はそこにもう無い。




