第6話:過去の痛み
ララはしばらく病院で保護される事になった。
今でも自分が情けない。
僕は守れなかった…。
ララは僕を助けてくれたのに…。
僕は次の日学校に行かなかった。
菜由と会うのも気まずかったし、何より…1人になりたかった。
そして僕は自分を叱る。
静かに…ヒッソリと。
「りょ…う。」
後ろから小さな声が聞こえた。
相手はわかっている。
「病院…どうしたんだよ…。」
背を向けたままララにいう。
「大丈夫だから家に帰るって言ったの…。」
沈黙が流れた。
僕がその沈黙を破る。
「出てってくれ。」
俯いたまま僕は言った。
「え…?」
「もう十分だから…もう…帰ってくれ。これが僕の望む事だから。」
十分……1%も満たされていない僕が言うのは不思議だった。
「嘘つき…。」
背中に温もりを感じた。
ララがピッタリと僕の背中にくっついているようだった。
それでも僕は体制を変えない。
「涼…じゃあ…どうして泣いてるの??」
僕は…言われてやっと気付いた。
自分が涙を流している事に…。
自分が逃げ場を探している事に…。
「私…大丈夫だよ。確かに…怖かった…。助けて欲しかった。でも…涼の幸せを考えると…涼に助けは求められなかった。私は…幸福の支配人は…自分のために力は使えない。」
なんて…綺麗な人なんだろう。
「私は…良かったと思う…。怖くても…涼が不幸せになる事程、恐ろしくはなかった。私は…涼の幸せが幸せ。」
どうして僕は…
「だから泣かないで…さぁ…あなたの求める事を言って??」
守ってやれなかったんだろう?
僕は振り返ってララを抱き締めた。
ララは抵抗する事なく受け入れた。
ララが…愛しい。
「好きだ…。ララ。」
僕は言った。
そして抱き締める腕に力を入れる。
ララは何も言わず、僕の背中に手を置いた。
ララの肩は…心なしか震えていた。
そして…泣いているように思えた。
「ララ…?」
「あなたに…秘密にしていた事があるの……。」
それは…今まで曖昧な答え方だったし…。
「なんだ??」
「前…身体的には若いって言う話したでしょ?なんで支配人に最初の身体年齢が決まってるかわかる??」
そういえば…。
僕はララを抱いたまま首を横に振った。
「その身体年齢はね…その人が死んだ時の年齢の体なんだぁ。」
え…?
じゃあララは…。
「ララ…君は…」
「15年前に…死んだわ。」
僕はその言葉が信じられなかった。
ララに『死』という言葉は程遠く思えたから。
「なんで…?」
「重い病気だった。そのおかげでほとんど病院で過ごしたの。苦しそうな人もたくさん見たわ。患者さんだけじゃない…お医者さんの方も…苦しそうだった。」
ララの声はだんだん震えていく。
「私は…幸せにしたかっ…た。だから…私が死んだ時…私は行くべき場所にいかず、この仕事に就いた…の。」
ララの手に力が入るのがわかった。
「私の初めての仕事は病院の…あるお医者さんを幸せにすることだった……。」
ララの軽い体重のほとんど僕にかかる。
「その人は…とても優しかった。こんな人が不幸だなんて…残酷だなって思った。」
「そうだね…。」
僕は絶え切れず小さく相槌をうった。
「なかなか…願い事を言わないから…私は願い事を聞いた…。」
「その人は…なんて??」
ララの震える肩を抑えながら言った。
「『僕を殺して欲しい。』彼はそう言っ…た。」
「私は…彼が好きだった。だから必死に断ったわ。でも…結局…彼は死しか望まなかった。」
「なぜそこまで?」
しばらく沈黙が続いた。
ララが重い口をゆっくりと開く。
「あの人は…私の担当医だった人なの…。」
ララの声はもう消えていきそうだった。
「彼は…私の大切な手術をした……。手術は失敗…。助かる可能性は…十分あった…。」
「彼は…何か??」
また少し沈黙が流れる。
「彼…その前の日に…随分お酒を飲んでたらしいの……。」
ララの震えは更に大きくなった。
「私の容態がいきなり悪くなったからいけなかったの…。緊急手術で……その時は…彼ぐらいしか…手術できる人がいなかったから…。彼が私の担当医だったし…。」
ララは涙声になっていく。
「私が…私が悪かったの…。彼は何もしらずにお酒を飲んでしまっただけ…。彼は何も悪くなかった…。」
「でもね…」
ララの声がさらに暗くなる。
「でも…私は…彼が憎くなった…。」
「憎く…なった??」
僕はつい聞き返した。
ララは…彼女は…人を憎むような人じゃない…。
あらゆる物を愛する綺麗な少女だ。
「そう…。今は…どうして憎かったんだろうって思う。…あの時…私は助からない手術だったんだ…死んだのは仕方なかったんだって、思ってたから…。」
「でも…彼がお酒さえ飲んでなければ…私は助かってた。今もきっと生きていたはず。おばさんになって、愛する夫と子供と一緒に…幸せに生きていたかもしれない…。」
ララの気持ちは苦しい程に直接僕の心に響いた。
「私に未来はあったの!!彼が…私の幸せを…未来を奪ったの…。だから私は彼を憎んだ。大好きだった彼を憎んだ。」
ララは生きる事に羨しさをかんじていた…。
「彼はとても反省していた…。だから…私に…殺せと…。私に…仕返しをしろと…彼は言った。」
ララは涙を押し殺しながら僕の一番聞きたくない言葉を言った。
「私は彼を殺した。」
ララが人を殺した…。
汚れのない少女が…人を殺した。
「苦しめず…殺してあげた。一瞬で…彼は倒れて…息を止めたわ。」
僕は…何も喋れなかった。
何も言えなかった。
言葉が…思いつかない…。
ララへの言葉が…思いつかない…。
「自分のした事に気付いた時には遅かった。声をあげて泣いた…。私は…自分が怖くなった。彼の願いだったけど…全部自分の願いで…彼を殺した。」
ララは大声で泣いた。
「私は醜い…私は汚い…私は最悪…自分を…呪い殺してやりたい…。」
泣きながらララは聞き取りずらい声で嘆いた。
そこに居たのはララではなくて…
幸せを求める望月彩子という一人の少女だった。




