『青森からギター一本持って旅してます。聞いてってください』
駅前広場でアコースティック・ギターを掻き鳴らしている青年の前、開いてあるギターケースに貼り付けられた紙には、そう書かれていた。
昼間の駅前は、人通りが良くても、青年が歌っている『夢を諦めるな』とか、『勉強より大事なことがある』といった内容に共感するような年代、高校生から大学生くらいの人は少なく、結果、足を止める人は少ない。
しかし、さすがに青森からギター一本持って旅をし、通行人がギターケースに投げ入れた小銭程度の収入で食い繋いででも、ミュージシャンを目指すという青年。その覚悟は歌唱力、歌詞、メロディ、どれを取っても、プロ顔負けの物であった。
(全体的には良いんだけどなぁ)
午後から大学で、通学途中の哲夫は、青年が歌い終わるまで待ち、そして話しかけた。
「良い曲だったよ」
「ありがとう。よかったら、もっと聴いてってよ」
きつい津軽弁を予想していた哲夫だったが、標準語に安堵する。
「それよりも、あなたの事が訊きたい。わざわざギター一本一人旅してるからには……」
「ミュージシャン目指してます」
そのくらいの目標がなければ、簡単に挫折しているだろう。
「アテとかあるの?」
「アテ?」
「オーディションとか、レコード会社に持ち込むとか……」
「いろんなとこ持ち込んだけど、門前払い食らっちゃって。悔しかったけど、逆に火がついたよ。ホントにいい曲書けば文句はないだろ。顔がいいだけの音痴なアイドルのCDが売れるなんてバカげてる。もっとちゃんと曲を評価しろってね」
この青年に限らず、ミュージシャンを志しているストリート・ミュージシャンの大半はそう思っているのかもしれない。
「そうか、じゃあ、その貼り紙は要らないね」
ギターケースの貼り紙を指差し、哲夫は言う。
「なんでだよ?」
「曲で勝負したいなら、そんな『俺がんばってます』って貼り紙は要らない。それじゃあ、顔のいいアイドルと、大して変わらないよ」
青年は、黙って貼り紙を剥がした。
大学が終わっての帰り、駅前広場には大勢の高校生や大学生が集まっていた。
哲夫はその中心から聞こえる青年の歌声を記憶に留め、CDが発売されたら買いに行こうと心に決めた。
顔も名前も覚えていない。彼の音楽に惹かれたのだから、音楽を買いに行くのが礼儀だ。 |