第086話「おもち無双」
いつものCマート。いつもの昼めしどき。
俺は店の前に〝七輪〟を置いた。箱から出して、ビニールを剥いで、ぽろっと落ちてきた説明書を読みこむ。
「マスター。なにをされているのですか?」
「七輪を出してんの」
「しちりん、とは、なんですか?」
「これのことだな」
俺はそう言った。説明書読むのに忙しいんだってばさ。
「それは調理器具なのでしょうか。マスター。マスター。マスター」
「ん?」
ああ。なるほど。そこか。
なぜこのおバカなエルフが、こんなに粘着してくるのだろう。マスターと三回も言ってくるのはどうしてだろう。――と思ったら。
つまり。そこか。
やはり。食い意地関係か。
「かせーとこんろー、というやつは使わないのですか?」
「風情がないんだよなー。あと。ガスの火だと、なんか、焼きにくいじゃん? あと、おまえ、それ、かせーとこんろー、ではなくて、カセットコンロな」
「かせっとこんろ……。かせっとこんろ……」
エルフの娘は、呪文みたいに口の中でつぶやいている。
「かせっとこんろ……。かせーとこんろ……。かせーとこんろー……」
つぶやいているうちに、戻ってしまった。
ばかだなぁ。もう。
「ところでマスター。〝しちりん〟とゆー、それで、なにを焼くのですか。焼くのですか。焼くのですかー!」
まったくもう。三回も言いやがって。
そんなに楽しみか。まったく。もう。ばかなエルフなんだから。
「言っとくが。肉味はしないからな?」
俺は餅を取り出した。
こっちの世界には、ぶっちゃけ、関係ないのだが……。
あちらの世界はいま正月だ。元旦の真っ最中だ。
正月には〝雑煮〟とやらを食うわけで――。
って、そんなもん食ったの、最後、いつだったか……。
向こうの世界にいた頃は、ブラックにすり潰されていたからなー。
正月なんて、人様がお休みいただいている間に、働いているのが真のブラックというものであって……。
………。
やめよう。昔のことを考えるのは。
「さあお餅を焼くぞー!」
「マスター急に暗くなったり異様に明るくなったりして、大丈夫ですか?」
「うるさい。餅を焼くんだ」
「その〝モチ〟というのは、なにか食べ物であるような響きです」
「だから肉じゃないぞ?」
俺は餅の袋を、ばかなエルフに示してやった。
さっきから、ずっとそこに置いてあるのに、ぜんぜん、眼中にないんだから。
こいつは。まったくもう。ばかなんだからなー。
餅は一個ずつ小袋に包装されていたりする。
俺が子供の頃には、平たくて大きな〝のし餅〟とかゆーやつを買ってきて、家で、小さく切り分けていたりしたもんだが――。そんなことしていたのは、うちだけか? それとも最近はどこもこうなのか?
餅なんて、何年……いや? 十何年食ってない気がする。
じぇんじぇん〝普通〟がわからない。
「固くて食べられません」
「ばかーっ!」
餅を生のまま、がりがりかじっているバカなエルフの後頭部をぶっ叩いて、餅を奪い取る。
「これは焼いて食うの! 生で食うな! だからおまえはバカなの!」
口から地面に落ちた餅を、拾ってはたいて、土を落として――。
俺は七輪の上にのせる。3秒ルールってことで、OKにする。地面に落ちてたほうはともかく、口に入っていたほうの時間も、3秒以内ってことにする。
俺がルールだ。
「マスター。マスター。マスター。これ。待っていれば。焼けて食べられるようになるのですか? わたしには、どうも、そのように思えないのですが……?」
開封したばかりの新品の七輪の上に、餅がのっている。
ただそれだけ。火が着いてない。
「いや。当然。無理だな。なんか燃やすもんがいるな。ええと……」
説明書によると、練炭? ……とかゆーものが、必要だったらしい。
「しまった。買ってねえぞ?」
「なんですかー。なんですかー。マスター使えませんよー。早く焼いてくれませんかー?」
「うるせ黙れ。……ええと。なになに? おお……、炭でもいいのか」
「炭? ……もらってくる?」
ちょっと距離を置いたところから、じーっと見ていたエナが、控えめに、そう言った。
「おー。もらってきてくれー。火のついてるやつなー」
「うん」
エナは、たたたっと、走っていった。
この異世界においては、「ちょっと炭ください」「はいよー」となる。代金がどうだとか、そんな細かいことは、誰も気にしない。
異世界パネえ。
赤々と燃える炭を、エナがお鍋いっぱい、もらってきた。
それを七輪にいれると、とたんに、ほかほかと熱くなった。
「これ。焼ける? 置いていい?」
「どんどん。置いていいぞー」
エナがちょっと怖そうに。ちょっと楽しそうに。餅を敷き詰めてゆく。
「俺。4個なー」
俺は肩越しに声を投げた。
「えと。わたし。……2個くらいかな?」
「わたし。エナちゃんとマスターのぶん除いた、ぜんぶでー」
エナが餅焼き部長に専念してくれているあいだに、俺はカセットコンロのほうで「汁」を作っていた。
もー! 超、適当ーっ!
だしの素を入れてー、水いれてー、醤油入れてー、火にかけるだけー。
「わっ、わっわっわっ! なんかこれ! お――おっきくなったけど!」
具のないすまし汁を、火にかけたところで――。エナが悲鳴のような声をあげたので、俺は振り返った。
餅が、ぷくー、と、いい感じに膨らんでいる。
「おー。いいぞいいぞー」
やっぱ、七輪で焼くと、いいカンジー。いいカンジー。なんか本格的ー。
「これ……生きてるの?」
網の上で動く餅を、エナがこわごわと――でも目を輝かせて、見つめている。
「これは俺の世界の〝餅〟という不死身の生物だ。こんなに小さくされても生きているのだ」
「ひっ」
「うそだー。米でできてる食べ物で、動いているのは、焼いて膨れただけ。……あだだだだ、痛い痛い、痛いですよ? エナさん?」
つねられた。エナのほっぺたが、ぷう、と、餅のように膨れた。
餅が焼きあがる頃には、汁のほうも温まっていた。
適当な器をもってきて、三つに注ぎわける。
そして――。焼きたてで、ぷうと膨れあがって、もちっもちの餅を、汁のなかに、どぼん、と投入。
「いっただっきまーす!」
食うべし。食うべし。食うべし。
はふはふ言いつつ、俺たちは食べた。醤油のきいた汁がいい味だった。
「おっふ! 肉味がします! おっふ!」
おばかなエルフの娘が、初「おっふ」をやっている。
肉味というのは、たぶん、汁に入れてたカツオだしのこと。
「いいなー、いいなー。おいしそうなもの、自分たちだけで食べてて、ずるいなー。オバちゃんも、それ、食べたいなー」
……おや?
店の前で雑煮を食べていたせいか。いつのまにか人だかりができてしまっていた。 オバちゃんが指をくわえて「いいなー」と、JS的おねだりの顔を、カワイクやっている。
ツンデレ・ドワーフも、オバちゃんの隣で、「ふん。ワシはそんなもん興味ないわい」という顔をやっている。これはツンデレ業界専門用語で「たべたいなー」の意味。
いやー。しかしなー……?
この人数にふるまうだけの餅は、ないんだけど……?
「もー。しかたねえなー。じゃあ。本式。いってみるー?」
俺は腰をあげた。
◇
俺はひとっ走り、現代世界へ行って、必要なものを買いに行った。
そのあいだに、こっちの世界で準備をしておいてもらっていた。
餅を食いたい、と言ったのは皆なのだから、皆にも手伝ってもらう。
まず大工さん。
俺が図を書いた、「臼」と「杵」とを作っておいてもらう。
つぎにオバちゃん。
大きな蒸し器を用意しておいてもらう。お湯もたっぷり沸かしてもらう。
そして俺。
あっちの世界で〝餅米〟をたくさん買ってくる。
ついでにアンコとかきな粉とかも買ってきた。大根おろしも必要だよな。
そして餅つき。
「はいっ。はいっ。はいっ」
臼のなかの餅米を、オバちゃんが手際よくひっくり返す。
ドワーフが、杵を振り下ろす。
異世界で餅つきが行われている。
ハーフエルフの外見美少女と、ドワーフが、タイミングぴったりでやってる。
なんか変な光景。
バカエルフはよだれをダーと流しながら待っている。
手には箸。そして肉味だし入り醤油入りの器。もう準備万端で待ち受けている。
通りで行われる餅つきに、ますます人が増えてゆく。
しかし問題ない。全員を笑顔にするのに十分な量の餅が、ここにはある。
これからできる。みんなで作る。ぺったんぺったん、と、餅つきをする。
本日のCマートは「おもち無双」だった。
元旦……に投稿しようと思っていたのですが、書き上がらなくて、2日となってしまいましたー。残念っ。
ところで新木家の雑煮は、鶏ガラスープ+醤油なんですが。
雑煮の流派は、ほとんど家庭の数くらいあるみたいで……。味噌のところも多いですし。
最大多数派と思われる「カツオだし+醤油」でやってみました。具はけんちん汁みたいなものになるはずですが。そこは、おおざっぱな店主さんなので、汁のみです。
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本日1/2分をもちまして、Cマートの連載は、またしばらくお休みとなります。
ただ年末年始大型連休スペシャル(?)としまして、書籍版1巻2巻の巻末についていた、「書き下ろし部分」を毎日掲載してゆきます。だいたい6話分ぐらいの予定。
時系列上、過去部分への差し込み掲載となります。ご注意ください。
(掲載時には最新話部分にご案内を書きます)
掲載位置は、ここになります。
第17話「申告してますか」
↑↓===ここのあいだ
第18話「ひげそり無双?」
第42話「将来の夢」
↑↓===ここのあいだ
第43話「壺貯金」