第084話「伝説の勇者」
「こんにちはー」
明るい声と、ニコニコ笑顔とともに、定期便がやってきた。
ジルちゃんが運ぶのは、塩とか缶詰めだとか、その手の、いつも大量に売れて常に補充の必要な定番物資。
翔子のところの倉庫から、直に、こちらに運んできてもらっている。
かさばりはしないが、それらの品はずっしりと重たい。
それをジルちゃんは冷蔵庫ぐらいの体積に積み重ねて、ひょい、と、軽々と背負って運んでくる。
見た目よりもずっと重たいわけで……。いったい何キロになっているのやら?
何十キロ? それとも何百キロ?
このあいだは一輪車でバク宙決めてたし。
まさにスーパー女子中学生である。
見た目だけだと、おっとり天然系で、そんなパワフリャーには見えないんだけどなー。
と、そんなことを考えながら、俺がジルちゃんを見ていると……。
「……Hum? ……とんてんかん、とんてんかん……、なんです、この音?」
店の裏から響いてくる金槌の音に気がついて、ジルちゃんが小首を傾げる。
「ツルの恩返し」
「Hh?」
「いや。なんかさー。ぜったいに覗かないでくださいね? ――とか言って、小屋にこもって、なんか作ってる女がいてさー」
「Hum。それは〝ツルの恩返し〟ですね。私、日本文化、詳しいです」
「だろ?」
「なに作ってるんですか? 布を織ってる音じゃないですよね。これって?」
「こいつ」
俺は、顎を上に振ってみせた。
ジルちゃんの視線が、つつーっと、上にあがっていって――。
「モビルスーツの剣?」
「だよなー。そう見えるよなー」
俺はうなずいた。
でも〝モビルスーツ〟って、なんだっけ? なんかでっかいロボットのことだっけ?
巨大ロボット用の剣――と、ジルちゃんが思ったこともうなずける。
「これの二本目を作っているらしい」
「へー、いいですねー」
「よくないよ」
俺はぼやいた。
「一本目も売れんっつーのに、二本目も出来ちまったら……。不良在庫はカンベンなんだが」
Cマートはそんなに広くない。あんなデッカい、斬竜刀だか、ドラゴンスレイヤーだかを、何本も置いてはおけない。
「あれ、売れないんですか? なんかすごい剣に見えるんですけど。オーラを放ってて……」
「オーラとかは知らんけど。……まあ。買いたいっていう変人なら、すこしいたがな……。だけど、うちは配達はやってないんだ」
「はい?」
ジルちゃんは青い目をぱちくり。そのライトブルーの瞳が、綺麗だなー、って思って覗きこんでいたら……。
ジルちゃんの瞳に映りこんだ壁際の剣が――なんか、もやーっとした謎の光をまとっているように見えて……?
振り返って、壁際の剣を見下ろす。
べつに、なんも見えない。
目の錯覚か。
「だから。配達はやってねーの。うちは」
「でもこのあいだサンタさんで配達して――むぐぐっ」
俺はジルちゃんの口を慌てて押さえた。
あれはエナには秘密なのだ。俺が配達したわけではなく、あれはサンタさんがやったのだ。そうなのだ。
エナを見る。
ジルちゃんが来たので、お茶の用意に取りかかっているエナの背中には――。とりたてて、なにも変化はない。
俺はほっと胸を撫で下ろした。
聞こえてなかったようだ。よかったよかった。
がぶっ。
「あいたたたたた――」
ずっと口を押さえていたら、がぶっと噛まれた。JCに噛まれた。あ痛たたたたた。
「も。だめです。やめてください。噛みますよ?」
髪をしきりに撫でつけて、ジルちゃんは怒ってる。
「噛んでるじゃん」
「お茶、です」
エナがお茶を持ってきてくれた。俺たちはロープブレイクならぬ、ティーブレイクになった。
◇
「あの剣……っていうか、鉄塊な。持ち帰れるやつが、いないんだ。だから売れなくてなー」
エナの頭越しに、俺はジルちゃんと会話していた。
なんでか――。
「俺」「エナ」「ジルちゃん」という席の並びになっている。
「重そうですからねー。〝持ち主〟に認められていないと、重量通りの重さになっちゃいますしねー」
ジルちゃんは、なんだか、へんなことを言う。
持ち主だろうがなんだろうが。数百キロは数百キロだろう。1トンは1トンだろう。
「んで。いまなんか変な噂が立っちゃっててさー」
「どんな噂です?」
エナの頭越しに話しこんでいると、たまに、エナがぐー、っと、両腕を左右に突っ張る。
俺とジルちゃんの間が狭くなると、自分のポジションを、ぐーっ、っと主張してくる。
だから無理して間に入ってくんなってばさ。
「あの剣。持ちあげると。勇者になるんだと」
「Excaliburみたいですね」
ジルちゃんと話していると、たまに一部の発音が英語化して、ギョッとする。
こちらの世界の翻訳機能とかゆーのを通しても、そう聞こえる。
「エクスカリバーなら、あっちにあるがな」
壁際に飾られたボロボロのチェーンソー――初代を、俺はあごで示した。
本当は《ゾンビクラッシャー》というネーミングなんだけど……。もう誰もそう呼びはしないし、俺自身も、いちいち訂正して回るのを諦めて……。
もはや、すっかり、《エクスカリバー》だった。
「ね? 勇者って? なんでなんで?」
ジルちゃんは〝勇者〟ってところに、なんだか、超反応……?
「さあ。しらん。持ちあげられるやつがいたら、タダで持っていっていいぞ。――と、言っていただけなんだけど。それがいつのまにやら、引き抜いたら勇者……じゃなくて、持ちあげたら勇者、ってことになってた」
「そうなんですか」
「そうなんだよ」
俺が聞きたい。
「勇者……、勇者……、勇者……。うん。勇者」
「どしたん?」
ジルちゃんはなんかそわそわしている。なんか一人でつぶやいて、うん、とかやってる。
ちょっとカワイイけど。意味わかんない。
「ね? 勇者だったら、サムライ・マスターに見合うと思います?」
「ふぁっ? さ……サムライ?」
翻訳が間違っていなければ、サムライはサムライだ。
てゆうか。ジルちゃんが話しているのはネイティブの英語のはずだから、たぶんサムライはサムライだ。SAMURAIとか書くはず。
「はい。サムライ・マスターです」
「ごめんなにを言ってるのか、わからない」
俺はとりあえずそう答えた。
ジルちゃんは、普段はニコニコおっとりしている優しげな美少女なのだけど、たまに据わった目になるときがある。えーと。ケンケンとかいうオスガキと「付き合ってんの?」と聞いたときにスイッチ入って、この目にかわる。「付き合ってないです。間違えないでくださいねコロしますよ?」ってなる。
この〝サムライ・マスター〟とかゆー単語が出てきたときにも、その目になる。
そういやエナも、たまにこの目になるよなー。女の子はおっかないとき、あるよなー。
「わたし。ちょっとチャレンジしてみても、いいですか?」
「べつに構わないけど」
俺はそう言った。
正直。ちょっと興味がある。
ジルちゃんなら持ちあげられるんじゃないか? ――と思ったりもしたこともあった。
だが本当に持ちあげられるのか? ちょっと重機もってこい、というぐらいの重さなわけだけど。
自称勇者のケインのやつも、持ちあげようとして断念していた。あいつはへっぽこ冒険者ではあるものの、チェーンソーを片手でステッキみたいに振り回す膂力の持ち主である。すこしは力持ちである。
それでも、ぜんぜん歯が立たなかった。
壁際に近寄り、ジルちゃんは
重量挙げの選手みたいに、長大な剣をバーベルに見立てて、重心位置で構える。
「んっ……」
ぎしっ、と鳴りはした。だが上がらない。
「ふんっ――!!」
美少女は鼻息を吹き出して、本気を出した。でも上がらない。
「無理しなくてー? いいんだぞー?」
俺はそう言った。
やっぱジルちゃんでも、無理だったかー。
「3倍から。いきます」
ふぁっ?
なんつった? いま?
……3倍?
なにが3倍なの?
「んっ……、んんんん……んーん!」
一瞬、浮きあがる。でもすぐに、ごとんと、戻っていってしまう。
さっきまでより、ぜんぜん力がこもっていた。
さっきの3倍くらいのパワーが出ていた。
それで3倍なのかー。
「5倍。いきます」
ジルちゃんは、こんど、そう宣言した。
おいおいおい。なんでそんなカンタンにパワーアップしちゃうの? できちゃうの?
界王拳じゃあるまいし。
「んっ……」
こんどは、ようやく持ちあがった。
単に持ちあげるだけでなくて――、端の握りの部分を、正しく持って――。
なんと!
構えを取ることまでできた。
「ふう……」
ごとん、と重たげな音を響かせて、重量物を元の場所に戻してから――。ジルちゃんは、かわいく吐息を洩らした。
「私だと……、持つのがやっとみたいです。姉さんだったら振り回せると思うんだけど」
ジル姉っつーと……。キラキラ、だったか、キララ、だったか、そんな名前の、ガタイのデカい、あの美人のお姉さんかー。
たしかにジルちゃんの上位互換。オーク姉ぐらいのパワーはありそうだ。
「剣。持てたから。勇者だなっ」
俺はそう言った。ぱちぱちと拍手をした。
「でも力で持ちあげちゃうのって、反則ですよね?」
「いやー。持ちあげられるだけでもー。充分。勇者じゃないかなー?」
「やっぱり剣に選ばれないと、勇者の資格って――ないですよ」
「いや。だから。剣に選ばれるとか。しらんし」
なんかジルちゃんの口ぶりだと、「剣に選ばれる」とかすれば、あの物体が軽々と持てるようになるらしいのだが……。
なんじゃそりゃ。魔法みたいな。
……って。ここ異世界だっけか。魔法もあったんだっけな。
じゃあ、あるのか?
まー。どっちでもいっかー。魔法があろうがなかろうが、勇者がいようがいまいが、Cマートの業務には、なにも変わりがない。
「ということで。持っていっていいぞー」
俺はニコニコしてそう言った。これでデカブツが片付いてくれる。
「いりませんよ?」
「えっ?」
「こんなんもらっても。困りますよ。なんに使うんです」
「いや。竜とか、ぶった切るのに……」
「竜。いませんよね。あっちの現代世界に」
「いないねえ」
こっちの世界でもレッドデータの絶滅危惧種っぽいので……。あっちの世界には、いるはずもなかった。
「じゃ。使いませんよね。いりませんよね」
「いらないねえ」
俺は、うなづかされてしまった。
たしかに……。いらんよなぁ。
「店主殿。剣を打ち終えたぞ」
オーク姉がやってきた。
うわぁ! 2本目がキター!
「あーもー! まーたおまえ! こんなん作って! みてわかんだろ! 1本目まだ売れてねーんだよ! どこ置きゃいいんだよ!」
「しかし私はこれぐらいしかできず。――ほい。二つ目」
オーク姉は、なにやら――。店の脇に自分で掘った深い穴に、石を一個、投げ入れた。
「……なにやってんの?」
「一つ。恩を返すたびに、この穴に石を投げ入れるのだ。そしてこの穴が一杯になったら、恩を返しきったことになる」
「は?」
俺は、目をぱちくりとした。
なにそれ? この穴いっぱいになるまで、石が何個必要になると?
この剣。そんな本数、置かれちゃうわけ?
◇
「むおおおおお! 強力招来っ! ぐぬぬぬぬーっ!」
隣街いちばんの力自慢とやらがやってきた。持ちあげられない。はい。失格。
「はい。つぎのひとー」
つぎの人も。持ちあげられない。
「はい。1回金貨1枚なー。持ちあげられたら、お持ち帰りして、いいからなー」
「持ちあげられたら持っていけ」は、すっかりあこぎな商売と化していた。
挑戦料は、はじめ、金貨10枚ぐらい取っていた。オーク姉に渡す材料費は結構な額だが。10人か20人いれば、一人ぐらいは持ちあげてゆくやつがいるかと思って、そのぐらいにしたのだが……。
ぜんぜんいない。現れない。
よってどんどん額を下げて、最近では、「100人か200人に1人ぐらいいるんじゃね?」ってことで、金貨1枚にしてあった。
でもそのうち、銀貨1枚に下げなければならないかもしれない。
「はい。つぎのひとー」
俺は、ため息をついて、列の次の人を呼んだ。
チャレンジに失敗した人は、悔しそーに帰ってゆく。
ぜんぜん笑顔じゃない。こんなんCマートと違う。
俺はそのとき、ふと思いついた。
考えてみれば、これは「ツルの恩返し」であるわけだから……。
小屋の戸を開けて、剣を作っているところを覗いてやれば、オーク姉は帰ってゆくのではなかろうか?
覗いちゃう? どうしよう? どうする?
いま、とんてんかんと作っているあれは、3本目か?
恩返し穴に放りこむ石は、小石だと永遠に終わらないので、「てめえが抱えられるいちばんデカい石にしやがれ」と言っておいた。
10個も放りこめば穴は埋まる……はず。
まあ、それだけのぶんの材料費を稼ぎきったら、覗いてやろー、そうしよう。