第083話「オークのおんがえし」
オーク姉、好評だったっぽいので、再登場ですー。
「店主殿。なにか困ったことはないか」
いっぺん帰ったのに、何日かすると、オーク姉は、またひょっこりと顔をだしてきた。
「いや。特にないな」
べつに塩10トン運ぶ用事だとか。特にない。
積載量が必要なときには、大変、頼りになりそうだが……。それ以外のときに頼む用事は、特になさそうだ。
「そうか……。恩返しがしたいのだが」
「だから大袈裟だっつーの。しなくていいっつーの」
「なにか良い恩返しの方法はないだろうか」
「聞けっつーの」
オーク姉がいるだけで、お茶とお菓子が盛大に減ってゆく。
そんなことで文句を言うほどセコくはないつもりだが――。
でもそのお菓子、運んでくるの俺なんだよなー。けっこうかさばるんだよなー。お菓子ー。
「なにか良い恩返しの方法はないだろうか」
また言った。せんべえをばりっと一撃で噛み砕きながら、オーク姉はそう言った。
もうすこししたら、三回目も言うんじゃなかろうか。
「おんがえし……の、ご本……」
エナが、なにか本を持って、オーク姉のところに近づいていった。
はじめオーク姉のことを怖がっていたエナだが、デカいだけで無害だと知ると、「……お茶です」とか、「……おかしです」とか。ちょっとずつ距離を詰めていって、いまでは隣に座るようになっていた。
たまに、そーっと手を伸ばして、二の腕に盛り上がった力こぶとかを、指先で押して、「わー」とか小さく言っている。
オーク姉のほうも、気づいていないフリをして、そういうときには、「めきょっ」と二の腕をバンプアップさせたりする。
「ほう。これはなにかな? なにかな? 恩返しの作法書かな? しかし異世界語では、私は読めないのだが」
「……よみます」
「頼む」
言うと、オーク姉は、エナを片手でひょいと持ちあげて、膝の上に置いた。
「うわぁ」
手荷物みたいに軽々と運ばれたエナが、思わず歓声を洩らす。
すげーなー、力持ちー。
俺なんて両手で「高い高い」をやってあげるのが精一杯なのだが……。
最近、エナ、なんだか重くなってきていて、「高い高い」もけっこうしんどくなってきた。
俺の腕が弱くなったわけでも、エナが太ったわけでもないだろうから、これはきっと〝成長〟したということだろう。なんだか、だんだん、エナが子供から女の子に変わってゆく気がする。
ちなみに、最近は、なんでか、「高い高い」をしてやると、なんか不満なようで、ぽかぽかぽかと、上からぶたれる。ドワーフがやると「うわーい」と喜んで全然OKなのだが、俺だけNGなのである。しどい。
なんでなのかは、よくわからない。
オーク姉の膝の上で、エナは本を開いた。――って、それ、絵本じゃん。
絵本ならこっちのガキも愉しめるかなー? と、そう思って、いくらか置いておいた絵本だ。
ぜんぜん売れず、かわりにガキと小説家とがやってきて、本がぼろぼろになるまで立ち読みしてゆく。……いや。床にぺたんと座りこんで読んでるから、あれは立ち読みではなくて、座り読みか。
うちは図書館じゃないんだが。
まあ。いいが。
「ツルのおんがえし」
エナは絵本を読みはじめた。
俺は椅子の上で、ずるっと、ずっこけそうになった。
いや? あのね? それはね? 恩返しといってもね? フィクションでファンタジーでね?
あのね? エナさん?
「むかし、むかし、あるところに……」
エナは読む。そのエナを膝の上に抱えこんで、オーク姉は聞いている。
なんか不思議な光景だ。
これで読んでやっているのがオーク姉のほうなら、ごく普通の微笑ましい光景なのだが……。
ツルの恩返しは、日本の昔話だ。
おじいさんが罠に掛かったツルを放してやると、美しい娘に変身したツルがやってきて、恩返しする、という話である。
「……けっして、のぞいてはいけませんよ。むすめは、そういって、へやにこもって、はたをおりました」
「なるほど。……して、〝はた〟というのは、なんだろう?」
「きれいな……、布?」
聞かれたエナが、首をかしげぎみに答える。
「ふむふむ。なるほどなるほど。……しかし私は布など作れんぞ?」
「……なんでもいいと、思うよ?」
「ふむ。なんでもいいのか。ならば、鍛冶仕事であれば、多少は心得が……」
なんか女二人。
膝に乗ってるほうと、膝に乗せたほうとで、相談をしている。
「よし心得た!」
オーク姉は勢いよく立ち上がった。膝にのっていたエナは、ぽーんと一メートルも飛んでから、両手を水平に伸ばして綺麗に着地した。
いったい何を心得たのやら。
なんか乗り気になってる二人をよそに、俺は一人、仏頂面をしていた。
◇
とんてんかん。とんてんかん。
裏の空き地に音が響く。
なにをしているのか。まったく気になったりはしないが、窓から、ちらっと見てみたところでは、なにやら、小屋をおったてているらしい。
大工仕事もできるのかー。へー。オーク姉すごいじゃん。
でも大工仕事が「おんがえし」ではなくて――。それはなにかを作るための作業場であるらしい。
まさか機を織るわけではないだろう。いったいなにをするのやら。
ほんの半日ぐらいで小屋を完成させてしまうと、ドワーフの鍛治師のところに行って、道具や材料を色々と貰ってきた。
裏に鍛冶屋ができてしまった。
「決して覗いてはならぬぞ」
そんなふうな、昔話の定番台詞を吐いて、小屋に引きこもったオーク姉は、とんてんかん、とんてんかんと、金槌の音を響かせ続け――。
俺たちの睡眠妨害をし続け――。
……いや。騒音で眠れなかったのは、俺一人だけだった模様。
バカエルフはバカなので当然、ぐーすか眠っていたが……。
エナまでもが、普通にすやすやと眠っていた。
騒音に眠れない神経質な人間は、俺一人のようだった。……これって、神経質なのか?
最近、川の字になって三人で寝るの、これ、どうなの? ――と、そう思わなくもないが、すっかりCマートの風習となっているので、なんかもう、これは仕方がない。
そして翌朝になって――。オーク姉は――。
「おじいさん。はたが織れたぞ」
「だれがおじいさんだ。あと、どうみたって、それは――」
――と、俺は、オーク姉が重そうに持つ物体を見た。
あの彼女が〝重そうに〟持っている、それは――なんか、〝鉄の塊〟としか表現できない〝ナニカ〟であった。
長さ……。3メートル? 4メートル?
重さ……。数百キロ? 1トン?
ファンタジーで見たことあるなー。これは、〝斬馬刀〟とかゆー――。
「斬竜刀、という」
馬じゃなかったー。竜をぶった斬るためのモノだったー。
「……ま。古の時代ならともかく。竜など。いまはこのあたりにはおらんがな。だからこれで本当に竜が斬れるのかどうか、私も、知らん」
てゆうか。もし近所にいたら、斬る気マンマンなのね。
「まあとにかく。受け取ってくれ」
――と、俺に手渡そうとしてくる。
思わず手を伸ばして受け取りかけて――。
俺は――。
「やめろ!」
素早く、後じさった。
あんなもん持たされたら――!! 死ぬわ!
そんなデカブツ、床に置いといても邪魔になるので、店の壁の上のほうに、長々とかけ渡して固定することにした。
壁がみしみしと言ってたので、材木で補強工事が必要だった。
ジルちゃんでもやってこない限り、きっともう、この物体は場所替えさえもできないだろう。そう確信した。
「では、また来る」
斬竜刀を壁に飾り付けたオーク姉は、本人的には満足したのか――。ニコニコ笑顔になって、引き上げていった。
役にも立たない鉄塊を押しつけられて、こちらはいい迷惑なのだが――。
まー。本人がニコニコ笑顔になっているので、よしとした。
ここはCマートだ。笑顔がルールだ。
◇
しばらくするうちに、壁を飾る大剣は、噂になり――。
武器コレクターらしきヤツとか、冒険者らしきヤツだとかが、ぜひ売ってくれ! ――だとか。目を血走らせて、ミスリル貨とかゆー、見たこともない高額貨幣を何枚も握って、迫ってきたりした。
その度に俺は断った。
そもそも持ちあげられるやつ、いねーじゃん。
もし持ちあげられたら、タダで持っていっていいぞ。――とか言ったら、結局、お持ち帰りにできるヤツは一人も現れなかった。
うちのバイトのJCだったらどうだろうか……? 持ちあがるだろうか?
てゆうか。JCと比べられてる時点で、力自慢、だめだめじゃーん。
◇
「ふむ。いい剣だ」
ドワーフの鍛治師が、壁を横断する大剣を見て、あご髭を撫でまわしている。
「おい。なんかこの剣。有名になっちまってるんだけど」
「うむ。そうだな。良い剣だ。……使い途はなさそうだがな」
「お株を奪われちまうぞ? ――どうしようどうする?」
俺は茶化して、ドワーフにそう言った。
すると彼は――。
「オークとドワーフでは製法が違う。あれはドワーフには作れん。そしてドワーフの繊細な鍛冶もオークにできん」
ドワーフって繊細だったんだ。はじめて知った。
◇
Cマートに、名物オブジェが、一個、増えた。
ちなみにオークの種族は、男性と女性の役割が、ちょうど逆転している感じです。
・女性。戦士。
・男性。留守中の家を守る。
つまり、彼(オーク姉)からしてみれば、自分が遠征して留守しているあいだに、集落がアンデッドの大軍に襲われていて――。
なんとそれを! か弱くてデキの悪い、愛する妹(弟)が守り抜いていたというわけで――。
まあ、大軍っつーても、ゾンビ1000体きりですが。最近はやりの「素早いゾンビ」でなくて、古典的なほうの、ノロくさいゾンビですが。
姉が戦いに行ってた先では、もっと強えアンデッドとやりあっていたはずですが。
それはそれ。