第083話「オークのお客(後編)」
いつもの昼すぎ。いつものCマート。
つい眠気をもよおした俺は、店の前で、ラジオ体操の第一をやっていた。
体を動かすと眠気が飛んでくれる。
道の向かいでガキどもが俺の動きをマネしていたりするが、気にせず、第二に入ろうとすると――。
通りの奥のほう。街の外へと向かう方角から、なんか、目の覚めるような美人が歩いてきた。
ちょっと逞しい系の美人だ。
でっか~い斧を背中に背負っているのに、ぜんぜんフラつきもしないで、すたすたまっすぐに歩いている。
なんか違和感があるなー……? と思ったら、その美人さんの肌は、緑がかった灰色で、このあいだ店に来たオークと同じ色だった。
俺はこのあいだ店に来たオークのことを思いだした。
そういや。あいつ。あれから来ないなー。
エクスカリバーを買っていって、ゾンビやっつける、とか息巻いていたのだが――。
ゾンビにやっつけられたりしては、いないだろうなー?
と、そんなことを考えていると。
例の美女が、すたすたすたと、俺の前にまっすぐ向かってきていた。
「お尋ねしたい。〝しいまーと〟という店は、こちらか?」
「――書いてあるだろ?」
と、俺は、親指で店の看板を示しながら、そう言った。
「共通語とオーク語以外は読めん」
美人さんはそう言った。
そういやそうだ。看板は日本語だった。
こっちの世界の共通語? ――とかゆーので、書き直すかな? まあこのままでも味があるからいっか。
「我が弟――〝牙持てしドルク〟の恩人とは、おまえか?」
「恩人かどうかは知らんけど。エクスカリバーなら売ったがな」
「ははっ。オークを見てもまったく動じない。話通りの男だな」
なんか感心されとる。……なんで?
ゲームの中では、さんざん見てきたしなー。オーク。
このあいだやってきた男のオークは、なんかゲームの中のオークと、モロに印象が一緒だった。
しかし目の前にいるこのお姉さんは、
そもそもゲームの中にオークの女性? 雌? ――が出てくることって、あっただろーか。
男だけの種族だと思っていたのだが。姫騎士の天敵とかだと記憶しているのだが。
いたんだ。お姉さん。
オークの雌ないしは女性は、見上げるばかりのご立派な体格を除いたら、わりと普通の人間で――。街中で見かけても、べつに、気づきもしないんじゃないだろうか?
――とか、思ったら。
道の先から来た二人連れが、「おい……、オークだぞ」とか小声で言って、引き返していった。
「普通は……。ああだ」
美女は、ふんとばかり、鼻を鳴らした。
不敵に笑うと、口の中から牙が露出して、あーやっぱりオークだー、と思った。
「なんの用なん? またエクスカリバーが何本かいるとか?」
「それもある。――が。まずは我が部族を助けていただいたことに礼を言わせてもらう」
片膝をついて、頭を垂れる。
「オークの人が地に膝を着くのは。マスター。最上級の礼ですよー」
バカエルフが俺の斜め後ろから、そう言ってくる。
そうなのか。
彼女は低い姿勢で、頭のつむじを見せたまま。
ほうっておくと、いつまでもその姿勢でいそうなので――。
「……茶でも? 飲んでくか?」
俺はそう声をかけた。
「いや。長居をしては、店主殿に迷惑がかかろう。用事を済ませたら、すぐに立ち去ろう」
「知らん」
堅苦しいことを言ってくるので、俺は、そう答えた。
「は?」
美人さんは、目をぱちくりとやっていた。
関係ないが……。しかし。睫毛ながーっ!
「迷惑とか。しらんし。おまえの弟とやらが来たときにも、他の客に説教するはめになったんだが……」
俺は、はあっとため息をつくと、店の運営方針について、一気に語り出した。
「ここはCマートで、俺が店主だ。よって俺がルールだ。この店のモットーは、みんなニコニコ笑顔でWINWINだ。ここは誰でも買いに来ていい自由の店だ。オーク族だろうがキング族だろうが、みんな平等だ。客として来たなら、差別も特別待遇もなしだ」
「なんと。キングと同等か。我らオークが」
「俺にとっては同じ客だ」
――てか。キングとかいったって、飴ちゃん舐めてる、単なるお坊ちゃまじゃん。
「惚れた」
「は?」
「あ、いや……。人柄に惚れたという意味で。べつに他意はなくてだな……」
俺もいまちょっとびっくりした。はつじょーき? ――とかゆーそっち系かと思った。
「とにかく。入れ。茶でもしばいていけ」
「ああ。うむ。しばいていこう」
◇
「我らは、遥か昔は、人に害をなす種族だったそうだ」
お茶と茶菓子。
あっちの世界産のお菓子を、夢中で食べていた美人さんは、キノコの森から、おせんべいから、バームクーヘンまで制覇していったあとで、ようやく喋りはじめた。
それまでずっと無言。夢中で食べてた。ちょっと萌え。
「はじまりの魔法使いに調伏された我らは、いまはアンデッド族どもを封じ込めた、地下世界の境界を守る防人として――」
「なーなー、〝防人〟って? なに?」
「守る人のことですよー」
俺が小声で聞くと、バカエルフが教えてくれた。
「――私が遠征、ええと……遠出して戻ってくれば。我が弟が、半死半生で――」
「え? あいつ死んじまったの!?」
ええっ!? ええーっ!!
「……いや。早まるな。死んでない。半死半生だが、いま療養中だ」
「あー……、なんだ。よかった」
「本来ならば弟が来るべきだが。姉である私がかわりに礼に参った」
「だから礼とか、いいっつーの。ただ商売しただけだっつーの。笑顔が見れれば、俺はそれだけでいいんだっつーの」
俺がそう言うと、オーク姉は、牙を剥いて笑った。
「いい笑顔だったそうだぞ? ……一千のアンデッドを倒しきり、力尽きはしても、なお倒れずにいた弟は、一振りの剣を抱えこんでいたそうだ」
剣じゃなくて、それ、チェーンソーだけどな。
「それはこちらの店で買ったものだと聞かされた。かの人類の英雄――勇者ケインの使う剣と同じものだと聞かされたときには、正直、耳を疑った。そんなものが、どうして、我らオークの手に――」
「俺が売った」
オークだろうがニセ勇者だろうが、客として来れば売る。
それだけのことだ。
「弟は代金もろくに支払っていなかったそうだが?」
「いや。定価分は、きちんともらったぞ。……他のお客さんがカンパしてくれてたからな」
「うむ。後ほどその彼らのところにも礼をしにいくつもりだ」
「べつにいいんじゃないか? おまえの弟が、なんか困ったことがあったら、命をかけるとか、なんかそんな約束してたみたいだし。弟の約束だ。弟に守らせろ。姉が尻ぬぐいとかするもんじゃない」
「うむ。オークは約束を違わん。友のためには命をかけよう」
「だから大袈裟だっつーの」
「店主殿も。困ったときには頼ってくれ。弟と部落の恩人だ。私の命をもって贖おう」
「まー、なんかあったらなー」
オーク姉は、えらい体格がいい。
積載量が必要なときには、頼り甲斐がありそうだ。ジルちゃんとこの姉キと、どっちが積載量があるのかなー?
◇
オーク姉は、堅苦しいことをたくさん言って――。
お茶と菓子を大量に食べ散らかして、そして俺の手を、何度も何度も名残惜しげに握って――。
そして、引き上げていった。
「毎度ありー」
俺はそう言って見送った。
「エクスカリバー」の注文が10本、入った。
10本もあると、一度じゃ持ってこれないなー。
あと、あのオーク姉の体格だったら、いつものサイズでなくて、もっとデカいチェーンソーでも振り回せるんじゃないのかなー?
なんか、まえにカタログで、「山林用」とかゆー、エラく根が張るが、エラく強力そうなチェーンソーを見たことがあった。
いわゆる「斬馬刀」みたいなやつ?
あのオーク姉。ずっと背負っていた巨大斧が、なんか、数百キロはありそうだったので、鉄塊にしか思えない斬馬刀とか振り回すのも、余裕な感じがする。
それも持ってくっかなー。
と、オーク姉の見えなくなった道の先を、しばし、見つめていた俺は――。
「……で、おまえ、さっきから、なにしてんの?」
脇に向けて声をかけた。
店の入口の脇で、もたれかかって、腕組みをしていたニセ勇者のやつは――。
「心配しなくても、今日はスカウトには来ていない」
こいつは、しょっちゅうやってきては、うちの店員をナンパしてゆくのだ。
「んなことやってみろ。マジで蹴って帰すからな。……で、なんの用なんだよ?」
「いや。女オークが来ていたというのでな。……念のため、だ」
なにが念のためなんだか。
あとその、指先を「すちゃっ」とかやってくる仕草。カッコいいとでも思っているのか。
「アホか。帰れ帰れ。客が来て茶をしばいて、帰っていった。――それだけだ」
俺が言うと、ニセ勇者のやつは、意外そうな顔をした。
「おまえ……、彼女が誰か知らずに話をしていたのか?」
「しらん。どうでもいい。……って、ちゃんとわかっていたぞ? このあいだきたオークのお姉さんだそーだ」
「いや、だから……、後方方面地下世界を統括する、将……」
「しょう? なに? なんなの?」
「……いや、おまえは、そういうやつだったな」
「だから、なんなの?」
「ああ……、そうそう。換えのエクスカリバーを貰えないかな。わりと痛んできた」
「いいけど。10本注文入ってるから。……そのあとになるぞ?」
俺は、しぶしぶ、ニセ勇者のやつを店内に招いてやった。
まあ注文するなら、茶ぐらいは、だしてやろう。
本日もCマートは、ニコニコ笑顔に満ちていた。
とくに語るべきことは、なにひとつ、起きてはいなかった。
作中に書き切れなかった、設定など。
○裏設定
「オーク族」
人の住む地表と、地底のアンデッド領域との中間圏に居住する亜人種族。
アンデッド類との闘争は絶えないが、闘争本能に満ちている彼らにとっては、むしろ「生き甲斐」。
人類圏にアンデッドが出ないための防波堤としての役割を持つが、過去の出来事や、その性質から、人類および亜人種の多くからは、忌み嫌われる存在。
雌は優勢種であり、身体強健、知性にも優れる。
雄は雌に比べて劣勢種であるが、言語を解するだけの知能はある。
雄が雌と「つがう」ためには、「相手に勝つ」必要があるため、弱い雄は、なかなか「つがう」ことができない。
かつて大昔には、そうした弱い雄たちは、体格貧弱な姫騎士などに群がっていったらしい。だが人との争いがなくなった今日では、学者と小説家だけがそれを知る。




