第082話「一輪車無双」
「無双ネタ……、ですか?」
ジルちゃんが、きゅるん、と首を傾げる。
青い目が大きくなる。
ふんわりゆるふわウエーブの金髪が、たとえヘアピンでガッシガシに固めてあっても、やっぱり揺れる。
「うんそう。無双ネタ。……なんかないかな?」
いつものように定期便で、冷蔵庫ぐらいある分量の荷物を運んできた力持ちのスーパー女子中学生を、紅茶とお菓子とで捕獲して、俺はそんなことを聞いていた。
しっかし……? クリスマスのあとって、中学校とか、あったっけ?
なんか……? ジルちゃん制服なんですけどー?
大掃除したり、通知表もらったりとかは、あったっけ?
うーむ……。もう忘れかけとる……。
そんな昔でもないはずなんだがなー……?
まあ、それはそれとして――。
わからないですよ? ――という顔をしているジルちゃんに、俺は、説明をした。
「無双ネタっていうのは、つまり、この店で扱うと大人気になりそうなアイテムのことなんだ」
俺はこれまでヒットした商品列伝を、ずらずらと並べていった。
塩に始まり、レジ袋だの、ぷちぷちシートだの、へんなモンが、じつは大ヒットしたことを伝える。
ジルちゃんは、しばらく、うーん、うーん、と考えていたが、ややあって――。
「シュシュとか?」
「しゅしゅ……?」
なんかJC用語を言われた。じぇんじぇん、わからん。
「なにそれ?」
「ほら。まえ、わたし、みんなで泊まりで来させてもらったとき。髪をツインテールにしていて――」
「ツインテール? してたっけ?」
そんなキャピった、ラノベキャラみたいな髪型、してたことあったっけ?
ジルちゃんは目が青くて髪が金髪なことを除けば、ごく普通のカッコの、ごく普通の、スペック以外は、フツーの女子中学生であるわけで――。
そんなミックミクな髪型で来たこと……、あったっけかなー?
「ほら、二つ縛りの、お下げで――」
と、ジルちゃんは、さらさらとホワイトボードに絵を描いた。
なんのことはない。ジルちゃんの言ってるそれは、単なるお下げだった。美津希ちゃんがジャージ姿のときにやってるアレだった。
「そういえば……? そんなような髪型、してたかな? してたよーな気が……?」
「してましたよー」
ジルちゃんは、BUUU と、くちびるを震わせて、洋風の本式ブーイングをやった。
なんと! 数ヶ月も前の女の子の服装を覚えていないと、失格してしまうらしい。
俺、俺俺俺っ、この無理ゲー、無理っ!
そういや翔子にもよく言われてたなー。髪型変えたの服装変えたの、それに気づかないのと――。ヘアピンの色が変わってたとか、変Tシャツの動物が変わってるだの、いちいち、気がつくかっつーの。
「シュシュってのは、こんなやつです。髪ゴムに飾りがついたようなやつです」
ジルちゃんは、またさらさらと、ホワイトボードに絵を描いた。
なんだ。髪ゴムじゃん。
なら、はじめっから、そう言ってくれれば――。
「髪ゴムはー、あれだなー。売ったことはないけど。たぶん。だめだなー」
と――、俺は、道行く、おばさん、お姉さんを指し示す。
「うん? なんだ? エナ?」
お茶のおかわりを持ってきててたエナが、なんか、俺の服の裾を、ちょいちょいと引くので――。
「うん? エナは、欲しいって? 髪ゴム? ……その、シュシュとかゆーやつ?」
エナは黒髪を揺らして、こくんと首を折った。
でもその黒髪は、顎先にかかるか、かからないか、というあたりで――。
「でもまだ伸びてないから、いらんだろー?」
とか、そう言ったら――。
ばーんと、お盆でぶっ叩かれてしまった。
エナは、プンスカと、なんだか怒って行ってしまった。
……なぜに?
考えても詮無いことなので、俺は考えるのを諦めて、ジルちゃんに向き直った。
なんでかジルちゃんは、テーブルに突っ伏して、笑死寸前……。
そんなに笑うとこだった?
「ファッション関係じゃなくて、なんか、ない?」
「ええと、じゃあ、フラフープ?」
「なぜにフラフープ」
ファッションから離れると、いきなりフラフープになる、ジルちゃんの感性、不思議すぎる。
「こっちの世界。いろいろ見て回っていますけど。フラフープは見たことないですし。遊び道具も素朴だから。アリかなー、って思って」
「なるほど」
そういえば、ガキがなにで遊んでいるのかということは、見に行ったことないなー。
あれ? ひょっとして、アキカン1個で無双できるんとちゃう?
――缶ケリとか?
もしかして缶さえなくても無双できるんとちゃう?
――ケイドロとか?
「ナワトビとか、売ってみたら、どうですか?」
「ナワトビか」
「女の子向けなら、ゴム跳びとか」
「ゴム紐かー」
軽くてかさばらなくて、仕入れ用バックパックの端っこに詰め込めそうだな。こんど仕入れてみるかな。
でも縄跳びの縄も、ゴム跳びのゴム……はないんだけど。こっちの世界には。
そんな、わざわざ持ってこなくても、こっちにあるもので出来ちゃえるものではなくて――。
それよりも、もうすこし、絶対こっちじゃ無理! ――的なもので、仕入れ甲斐のあって、ガキどもものすごい笑顔になって、すっごく夢中になるような、子供用遊具とかは――。
「こっちの道路。舗装されてないから、ローラースケートとかスケボーとかエスボードとか、無理ですよねー」
エスボードって、なんじゃ? しらんぞ?
「ああ。じゃあ! 一輪車、どうですか? 一輪車!」
指先を小さく合わせて、ジルちゃんは名案を思いついたかのように、顔を明るくさせた。
「一輪車かー。なるほどっ!」
俺もうなずいた。
なるほどー。ある程度小さくてー。ある程度ー。こちらの世界では無理げなアイテムでー。
なんか、無双できそうな気がする。
「よし! じゃあ一輪車を仕入れに行くか!
そうと決まれば、レッツのゴーだ!
俺は椅子から腰をあげた。
◇
一輪車はそれなりに大きさがあって、いつものバックパック(エナのプレゼント)には入らないので、キャリアに何台か重ねて、こちらの世界へ持ちこんでみた。
スーパーJCジルちゃんの積載量をもってすれば、一度に何十台も輸入できそうだが……。
まずは先行お試しということで――。俺が一回で運べる台数がちょうどいい。
ウケないものを大量に持ちこんで、不良在庫にするのは忍びない。
「うーむ……」
「UMMMM……」
俺とジルちゃんは、店の店頭で、うなり声をあげていた。
売れん。まーったく、売れん。
「これ? なんにつかうの?」
「これはな。乗り物だ」
「どうやってのるの? まるいわっか。……一個しかないから。倒れちゃうよ?」
エナが、とことことやってきて、一輪車を、ぺたぺた触っている。
乗り物だといわれるので、地面に立てようとするのだが、タイヤが一個の一輪車は、どうやっても、まっすぐに立ってくれない。
「たたないよ? のれないよ?」
エナが俺に聞く。俺はジルちゃんに聞く。そしてジルちゃんは――。
「こうやって乗るんです」
ひょい、と跨がって、ひょいひょいと乗りこなしてしまう。
「ほー」
俺とエナは、ぱちぱちと拍手をした。
そしたら、これまでぜんぜん興味のなかったガキどもが、わらわらと寄ってきた。
一輪車の上で上手にバランスを取ったジルちゃんは、右に左に急旋回。
タイヤ一個なのに、ぎゅりぎゅりとすんごい機動をしてみせる。土煙があがるほど。
「おねーちゃん! すごいすごいー!」
子供たちに大ウケ。拍手喝采。
ジルちゃんはさらにテンション・アゲアゲになって、その場で、ぽうんと跳ねて――。なんと、バク宙を決めてみせた。
え? これ、すごくね?
バク宙すごいし。
助走もなしでその場でバク宙決めるのは、もっとスゴイし。
それを一輪車に乗った状態でやるとか、超、スゴくね?
まあ、冷蔵庫を担いでくるような、スーパーJCなのだから……。不思議はないっていうか……。そのくらいできて当然というか……。
何百キロの巨大な荷物を背負ってきて、地響き立てつつ置いてゆく光景には見慣れても、こっちの高機動バージョンのほうを見たのは、初めてなので――。
俺は、かなり、びっくりしていた。
ジルちゃんは声援を受けると、ますます調子づいていって――。
「よっ、はっ、とっ」
一輪車のサドルの上に、なんと、立ち上がった。
そして、さらに――。
「ほっ」
一輪車のサドルの上で、逆立ちまでやった。しかも手は片手。――それで器用にバランスを取っている。
ここまでいくと、もはや、軽業の領域だった。
サーカスで、こんなん、見たことがある。
ジルちゃん、いますぐ、サーカスで活躍できてしまえそう。
一輪車、というより、サーカス技は、こちらの世界の皆に大人気だったようで――。
しかし……。おーい。女子中学生~? ぱんつ見えてんぞ~?
◇
一輪車は売れた。ヒット商品となった。
しばらくの間は、俺とジルちゃんでせっせと運びこんだ。
ジルちゃんが一度に50台ぐらい運びいれるその脇で、俺は5台くらいを、ちょろちょろと運んだ。
お代は、お求め安くリーズナブルな――銀貨二枚。
買えないガキんちょのためにCマートではレンタルもやっている。
なんか、異世界←→現代世界、交換レートを考えると、ひどく赤字な気がしないでもないが……。
皆(特にガキんちょ)が笑顔になっているので、よしとしよう。
Cマートおよび、その周辺道路は、本日も笑顔だった。