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第081話「クリスマス無双」

メリークリスマス♪ Cマートもクリスマスです。

「じんぐるべー♪ じんぐるべー♪」


 いつもの昼すぎ。いつものCマートの店内。

 俺が歌いながら、棚の商品の並び替えをしていると――。


 なにか、視線を感じる。

 くるっ、と、振り向くと、べつになにもない。

 また棚のほうに顔を戻して、作業に戻る。


「じんぐるべー♪ じんぐるべー♪」


 向こうの世界に仕入れに行くと、どこでもかかって――は、いないかな。

 最近はなんだかクリスマスもあまり騒がなくなってきた。でもおよそ五〇パーセントを超える店では、この手のソングを聴ける。

 なので思わず、こちらの世界でも、口ずさんでしまう。


 タイミングを見計らって――くりん、と、後ろを向いてやったら。

 フェイントに引っかかったバカなエルフと、ばっちり目線があんた。


「マスター。マスター。その楽しげな歌は――」

「へーん、おしえてやんねー」


 バカエルフのやつが、そんなことを聞いてくる。俺は速攻、お断りを入れた。


「――その楽しげな曲はなんでしょうかと。エナちゃんが」

「これは、ジングルベーの歌だなっ」


 俺はエナに向かって、胸を張った。ドヤ顔になった。


「じんぐる……? べー?」


 エナは、きゅるんと小首を傾げる。

 そうすると、さらさら黒髪ヘアが片側に流れて――。その破壊力は凶悪なほど。なんか最近日増しに破壊力が増している気がする。


「あれ? ジングルベー、じゃなかったかな? なんて名前の曲だったかな? まあ、街でよくかかっている曲だ」

「演奏してるの?」

「ん?」

「街で、誰かが演奏してるの?」


 ああ。エナがなにを言っているのか、わかった。


「ちがうちがう。人が演奏しているんじゃなくて。――ほら。まえにオルゴールやったろ。あれと同じで、音楽を鳴らすキカイが、街のあちこちにあってだな」


「うわぁ」


 エナは顔をほころばせた。なんか想像しているっぽい。

 どうも現実よりも〝スゴイモノ〟を想像していそうだが……。


 俺のいた元の世界。

 いったい、どんなふうにエナには思われているんだろうか。


「その街のあちこちにあるキカイがだな。毎年、このクリスマスの時期になるとだな。だいたいこの曲を流しているわけだ」

「……くりすます、って?」

「ん? しらんの? クリスマス?」


 俺はバカエルフに顔を向けた。


「それはなにか美味しい食べ物の響きがします」


 やっぱバカだ。こいつバカだ。


「こっちには、ないのか? ――クリスマス?」


 俺はエナとバカエルフにそう聞いた。

 二人とも、揃って首を左右に振る。


 そっか。異世界には。ないのか。クリスマス。


「くりすます……、って、どんなの?」

「んーとな……、まずケーキだろ。それから、ローストチキンだろ。あと、シャンペン? シャンパン? どっちだっけ? なんかスパークリング・ワインみたいなのが――」


 クリスマスのごちそうの数々を、俺が指折り数えてゆくと――。


「それはなにか美味しいものの響きがしますー。しますー。しますー」


 例によってバカエルフのやつが、だー、と、ヨダレをダダ流しにしている。

 だいじなところなのか、三回も言ってる。


「肉味なのは、ひとつだけだぞ」

「きっとローストチキンというのが肉味だと思います」

「あたりだが」


「くりすます……って、おいしいもの、たべる日?」

「いやいや。それは前座だな。メインイベントは、サンタさんのほうだ」

「さんたさん?」


 エナは、きゅるん。

 セミロングの黒髪が、さらっ。


「さんたさん……、って、どんなの?」

「それはな――」


 俺は、ぱちんと、指を鳴らした。


「はいはい。ホワイトボード……、ホワイトボードは、どこでしたっけー?」


 バカエルフのやつが、指の合図だけで探しに行く。

 やがて持ってこられたホワイトボードに、俺は、赤いマーカーのキャップを親指で弾き飛ばすと、書き書き、と、お絵描きをした。


 赤い帽子と赤い服のサンタさんを書いてゆく。


「サンタさんっていうのは、なにか凶悪なモンスターみたいですねー」

「どこがだ」

「これは街を破壊して歩く、大きなモンスターなのですか?」

「どこがだ」


 ひどい言われようだ。

 俺の絵のいったいどこを見て、モンスターとか言っちょるのか。

 おまえ目が腐ってんじゃないのか。

 バカだ。やっぱこいつはバカエルフだ。


「わるい子を……、ころしにきたりする?」

「いや。こない」


 エナまでモンスターと思っているっぽい。巨大怪獣と思っていないだけ、すこしマシだが……。

 俺の絵って、そんなにヘタか?


「悪い子はいねがー、っていうのは、ナマハゲっていう別のモンスターだな」

「いるんだ……」


 エナはびくんと身を縮めている。

 いやー……? いるのか? ああいうのは、実在するっていうのか?

 まあ、それはともかくとして――。


「サンタさんはな。こわくないんだ。子供の味方なんだ。いい子のところに、プレゼントを持ってきてくれるんだぞー」

「わたし……、いいこ……、かな?」

「ん?」


 エナが、なんか、もじもじとやってる。

 この手の話題のとき、いつもなら、「もう子供じゃないです」とか言うのに……?

 あれれ? なんかへん?


「プレゼント? ……って、どんなの?」

「だいたいは希望を聞いてもらえるらしいぞ」

「なんでも?」

「いやー……。なんでもは……。ちょっとわかんないが……」


 なんか。俺は追い詰められている気がした。

 なんか。エナは真剣だった。


「ほ、ほら、サンタさんは、背中の、この大きな袋にプレゼントを入れて持ってくるんだ。だから、袋に入るようなサイズじゃないと……。あと。プレゼントを受け取る作法があってな。枕元に靴下を置いておかないとならないんだ。プレゼントはそこに入れてもらえるんだ。だから靴下に入る大きさっていうのが、きっと、大事だな」

「そうなんだ……」


 エナは、ふんふんと、うなずいている。

 そのつむじを見ていると、ぱっと、顔があがって、また聞いてくる。


「――どうすればサンタさんに希望をいえばいいの?」

「紙に書いて貼っておくといいっぽいぞ」


 本当は、紙に書いておけば、お父さんお母さんが、どんなオモチャが欲しいのかわかるので、買ってきて貰えるという仕組みなのだが……。


 エナは色紙とペンを持ってくると、ふんふん言いながら、なにか夢中で書きはじめた。

 俺が、それを、微笑ましく見ていると――。


 バカエルフのやつが、ちょいちょいと、俺の服の裾を引っぱってきた。店の反対側まで行って話しこむ。


「マスターの世界。すごいですねー。キング族じゃなくてサンタ族がいるんですねー」

「へ? なんの話?」

「だからマスターが言ってたじゃないですか。サンタさんがいるって」

「いや、あれは――」


 と、言いかけて、俺は、まじまじとバカエルフのバカ面を見つめ返した。


「――まさか、おまえ、まだ信じてんの?」

「はい? なんの話ですか?」

「だから大人になっても、おまえ、まだ信じてるほう? ぷっ、くすくすー」

「ですからなんの話です?」

「おま。いくつだよ」

「年齢言うとマスターがびっくりしちゃうので、ヒミツです」

「あのな。サンタクロース、なんていうものはな、いないのな。――みんな、大人になる頃には、わかることなの」


 俺はバカなエルフに、そう言ってやった。


「マスターの世界のことを、わたしが知るはずないじゃないですか。マスターがいるって言ったら、わたしは、いるんだー、って、そう思いますよー」

「だからおまえはバカなのだ。バカエルフなのだ」

「はいはい。わたしはバカな駄エルフでいいですよ。……でもエナちゃんは、信じちゃってますよね?」

「……えっ?」


 俺は、ぴたりと身動きを止めた。

 そーっと、棚の脇から顔を出して、エナを見やる。


 紙に「ほしいもの」を書き終わったエナは、現在、靴下の準備中。

 欲しいプレゼントが靴下の入らないことに悩んでいたようであるが……。「そっか。靴下大きくすればいいんだっ」――だとか。飛躍的な発明発見をしちゃった模様。


「……どどど、どうしよう?」


 俺はバカエルフに顔を戻して、そう聞いた。


「マスターの世界では、どうしているんです? サンタさんを信じちゃっている子供に対して?」

「そ、そりゃあ――、もちろん――」


    ◇


「ふぉっ♪ ふぉっ♪ ふぉっ♪ サンタさんじゃよー♪」


 サンタ・コスチュームに身を包んで、俺は、通りをねり歩いていた。

 肩から背中にかけて、大きな白い袋をかついでいる。


 サンタさんコスチューム。ドンキでめっちゃ売ってた。これでもかってぐらいに売ってた。

 4990円+税で、フルセットついてた。白ヒゲまでセットのなかに入っていた。

 ドンキすごい。すごいすごい。


「サンタさんですよー♪」


 俺の横を歩くのは、サンタのお姉さん――。


 俺のサンタコスの隣に女性用ミニスカ・サンタコスも置いてあってだな――。

 うっわ、なんだこれー、スカート丈みじけー、とか、感心してしまってだな――。

 つい、出来心で持ち帰ってきてしまってだな――。

 なんかこっちよりも高くて5990円+税、もしちゃったんだけど――。


 そしたらバカエルフのやつが、なんか勘違いをして、「マスターから物をいただいたの、三個目ですよー」とか言いやがって、着ちまって――。

 そして――。今に至る。


 もっと凄くどエロい、着るのも躊躇うようなやつにしておけばよかったか?

 半端にカワイイ系なので着られてしまった。そして着こなされてしまった。似合ってるのがクソむかつく。カワイイなんて思ったりしてない。絶対にない。


 トナカイ・コスのほうも、買っておけばよかった。

 そしたらこいつをトナカイにして、鞭でぴしぴし叩いて、台車をひかせてやったのだが――。


 ガキどもが、俺たちを見て、ぽかーんとしている。


「サンタさんからー♪ よい子にプレゼントじゃー♪」


 ガキはあいかわらず、きょとんとしたまま。

 しかし、なにかが貰えると理解したのか――。

 口の中でしゃぶっていた指を、そのまま、「はい」とか言って、突き出してくる。


 俺はその手のうえに、飴ちゃん、チョコ、クッキー、その他――。

 お菓子一握りをのせた。


 これまでまったくやる気のなかったガキどもは、そこで、俄然――やる気になった。

 うわーい! とか言いながら、俺たちの腰のあたりに、まとまわりついてくるようになった。


 ガキどもを引き連れつつ、俺たちは通りを歩いた。

 聖者の行進だ。


 目指す先は、Cマート。

 いま俺とバカエルフの二人が行方をくらましているので――。

 エナは一人で店番をやっている。


 俺たち二人は、店内で一度うなずきあった。

 そして、どどど――と、一気に店内に乱入していった。


「メリー! クリスマース!」


 エナは驚いたのか、びくんと固まっていた。

 しばらく待っていると、ぎぎぎ――と、口の端を歪めた。

 あれは「笑い」だということを、俺たちは知っている


「一人で店番をしているよい子には! サンタさんからプレゼントぢゃっ!」


 エナが用意してあった大きな大きな、人がすっぽり入ってしまいそうな巨大な靴下に、紙に書かれていた希望の品を入れる。

 そんな無茶なものでもなくて、ホームセンターや登山用品店で普通に売ってるものでよかった。

 しかし……? こんなもん? なんに使うんだ? なんで欲しいんだ?


 プレゼントを、特大靴下に、ぎゅーぎゅー押しこみ終えてやると――。


「ありがとう! サンタさん!」


 エナはサンタさんの首筋に飛びついてきた。

 白いおヒゲの上のあたりに、ちゅっ。


「ふぉっ♪」


 ふぉーっ、ふぉっ、ふぉっ♪


 サンタさんは、よい子のアタマを撫で撫でとしてやった。

 プレゼントを渡し終えたサンタさんは――あと、立ち去るのみ。

 よし。正体がバレないうちに、撤収~っ。


 残りのお菓子は、ガキどもにぜんぶ配りつつ、現世界方面に向けて撤収していった。


    ◇


 その日は、そのあと、パーティやった。

 ケーキと、ローストチキンと、スパークリングワインと、エナにはシャンメリーで。

 バカエルフが、「肉味がします! おっふ!」とか言って鶏の脚にかぶりついていた。「おっふ♪」を久々に聞いた。


    ◇


 何日かしたあとの、Cマート――。


「おー。エナー。……なんだー、それはー?」

「サンタさんに貰った」

「おー。そっかー。よかったなー」


 エナがもらったプレゼントを広げて、にこにことしている。

 しっかし、なんであんなもん、欲しがるのかなー?


 単なる巨大なバックパックである。大きさはどのくらいかというと、女の子が一人、そのまますっぽり入れてしまえるくらい。

 つまり俺のいま使っているバックパックくらい。


 俺が使っているもんだから、自分も欲しくなったのかな? でもエナには、あんなもん、使い途ないよなー。


 へんなのー。へんなのー。

 へんなエナー。へんなエナー。

 うん。かーいー。かーいー。


 ……そういや。俺の仕入れ用のバックパック。ずいぶん古くなって痛んできてたなー。そろそろ買い換えないとなー。


「さて。……仕入れに行ってくるわ」

「はーい。いってらっしゃーい」

 バカエルフが明るい笑顔をみせる。


「いって……、らっしゃい」

 エナがその腰に隠れぎみになりつつ、遠慮がちの半分笑顔をみせる。


 向こうに出かける準備を、俺がすべて終えて、さて、最後に――。

 バックパックを担ごうとすると――。


「あれ?」


 俺は、きょとんとした。

 俺のボロボロだったバックパックが……。


 なんか、新しくなってるよー……? これ?


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