第080話「インスタント・ラーメン無双」
昼である。Cマートである。昼食タイムである。
俺はガスコンロに鍋をかけ、ことことこと、と、本日の昼食を煮ていた。
そういや、こっち(異世界)にきてから、缶詰めだの乾パンだの、煮るだけご飯だの、そういうものはよく食べていたが、〝これ〟を食ったことは……?
はじめてだったっけ?
もうすぐ3分。
紅茶用の3分の砂時計が、もうすぐ落ちきる。
じつは3分よりも若干長めに煮たほうが、その筋の〝プロ〟には周知の事実である。3分経過したからといって、すぐに火を落としてしまうのはシロウトのやることだ。3分経過した後に、ゆるやかに、そしておもむろに、重々しも粛々と行動を起こすぐらいで、ちょうどいいのである。
「ねーねー。マスター?」
「なんだよ? あと〝ねー〟は一回でいいよ」
「一回じゃ、〝ねー〟であって、〝ねーねー〟じゃないじゃないですか」
「だからなんなんだよ? 俺はいま忙しいんだよ」
砂が落ちきるまでには、まだしばし、時間がある。
俺はバカな駄エルフの、バカな話に、寛大にも、つきあってやることにした。
「……で? なんだ?」
「その、マスターが煮ているものは……、なんですか?」
「これか? これはインスタント・ラーメン、というものだ」
「いんすたんと? らめん?」
「インスタントの、ラーメンだ」
「それはどのような食べ物なのでありますか?」
ああ。ほら。食い意地の張ったバカなエルフが、目をキラキラさせちゃったよ。
「おまえ? 食ったこと? なかったっけ?」
「ないです。ないです。絶対ないです」
こんなあたりまえのもの。食ったことないのか。
「カップ麺でもよかったんだかな。時間あるし。鍋もあるし。まあインスタントのほうが……、って!? おま! ヨダレ! ヨダレ! ヨダレたれてる!」
目の中には☆マーク。そして口元からは、だー、と、ヨダレ。
すっかり台無し美少女となったエルフの娘は、俺の鍋に視線をロックオン。
口元のヨダレには、指摘してやってから、数秒もしてから、ようやく気がつき――。手の甲で拭った。
手の甲にべったりとヨダレがついてる。
俺。あいつの手。しばらく触んねー! えんがちょー!
「これは生物として仕方のないことなのです」
「だからまたヨダレを垂らすな。ほ、ほらっ――。また、ダラーっと……」
「エルフも高貴ではありますが生物です。よって、美味しそうなものを見て、ヨダレを流してしまうのは、仕方のないことなのです」
どこが高貴だ。
「しっかし……、そんなスゴいもんでもないぞ? いやまあ、美味いっていえば、うまいけど……?」
俺は本当に、きょとんとして、そう言った。
「なんか肉味がしそうです。肉味な匂いがします」
「肉なんて入ってねーっての」
高貴なエルフのヨダレが鍋の中に入らないよう、その頭を押し返すのに、俺はたいへん忙しい。
「げんざいりょう……、チキンエキス、ポークエキス……って書いてあるよ」
エナが、袋を読んで、そう言った。
そこらにうっちゃっておいたインスタント・ラーメンの空き袋を拾って、裏のところを読んでいる。
「あー。原材料には使っているのか。――おま。鼻いいな。犬だな」
「わんわん!」
「三べん鳴いてもやんねーし」
「わんわんわん! くるん!」
三べん鳴いて、回りやがった。
高貴なエルフのプライドの高さに、俺は目眩を覚えつつ――。
「あー! もう! わかった! すこしやるから! わけてやるから!」
「わんわん! わんわんわんわんわわん♪」
「もーうっさい! うざい! おとなしく〝お座り〟してろ!」
「わん」
エナが器を持ってくる。
俺は出来上がったばかりのインスタント・ラーメンを、三等分にわけた。
三等分すると、「えー?」ってなるぐらいに少なくなってしまった。
……とほほ。
「おあずけ。まだおあずけだぞ。おあずけ。おあずけ……」
バカエルフの前に、器を置いた。
そして――、言う。
「――よし!」
「ばうっ!」
すっかりアニマルトレーナーの気分で、一心不乱に食べるバカエルフを見る。
つい、笑みが洩れる。
エナは――と、言うと、箸の二本を一緒くたに掴んじゃって、ふー、ふー、と、何度も息を吹きかけながら、こちらも熱心に食べている。
「お、おいひいぃぃぃ~~~!! れふ~っ!!」
「あー、わかったわかった」
エルフの娘の顔には、ナミダとハナミズ――。
さっきも相当エンガチョだったが。こんどは本当に触りたくない。
美少女がまったく台無しだ。
「しかし……? そんな、うまいか?」
俺は自分の分を食べてみた。
「いやー……、フツーだよなー--?」
首を傾げる。
いや。美味いのは間違いないんだけど……。とりたてて、特別でもなんでもない、ごく普通のインスタント・ラーメンの味である。
バカエルフは、バカだから、リアクションがオーバーになるのだとしても、エナも夢中に食べているわけで……。
やっぱ、なんかあるのだろーか?
「そんな、うまいか?」
「おいしいれふぅ~~!」
「どんなふうに、うまいんだ?」
「すっごい、〝味〟がします~~っ!」
ん……? 〝味〟がする?
前にも、皆がそんなようなことを言って、騒いでいた無双ネタが、あったよーな?
俺は腕組みをして考えこんだ。
「あー、あー、あー、これか」
俺は、そこらにうっちゃっておかれている空き袋を引き寄せた。
裏の「原材料欄」を見る。
ほら。……あった。
「調味料(アミノ酸等)……。これかー!」
「おかわりくださーい!」
「ぶぅわ~か、床でも舐めてろ」
器を差し出すバカエルフに、俺はそう言って――。
「おかわり……ない? あ……、だいじょぶだから……」
「すぐ作るからなっ!」
器を差しだしかけて、すぐに戻していってしまうエナに、俺はそう言った。
本日のCマートの昼食は、インスタント・ラーメン無双だった。
缶詰以外の食品は、かさばるので、店では扱わないが……。
なんかこれから店員限定で、週に1回くらい、インスタント・ラーメン無双の日蛾やってきそうな予感がする……。