第079話「ヒートテック無双」
いつもの午後。いつものCマートの店内。
俺は店の入口あたりに立って、うろうろしていた。
「なー。そろそろかなー?」
「そろそろ、かもしれませんねー」
バカエルフ。くっそ使えねえ。
「なー。そろそろだと思う?」
「そろそろ……、だと思うよ?」
エナ。こくんと首を折るようにうなずいてくれる。
うん。かーいー。かーいー。
「なーなー。ほんとにもうすぐかなー? 今日、くるかなー? ぜったいぜったい? そう思う?」
もっとエナに安心させてもらおうと、そう聞いてみたら――エナはバカエルフのお尻に、ささっと隠れにいってしまった。
賢くてエラいエナのかわりに、くっそ使えねえバカエルフが――俺に答える。
「昨日から明日にかけての確率は八〇%だと思われます」
「なんだよそれ。天気予報なんて聞いてねーよ」
「商人さん。いっつも定期便で行き来してますから。すっごく規則正しいじゃないですか。
「ええと。ひの。ふの。みの……」
……と、指折り数えていったバカエルフは、数え終えると。
「だいたい、23日ぐらいでこのへんの街を順繰りに一周してますから、今日、明日、明後日の、どこかあたりには、戻ってくるはずですよ」
「今日くるかなー。どうかなー」
「聞いてないですねー」
「だいたい。マスター。なんでそんなに商人さんを待ち受けているのですか。なにか欲しいものでもあるのですか」
「いやべつに」
商人さんが扱う交易品は、多岐多様に渡っている。だがCマートはどちらかというと商人さんの仕入れ先となっているほうで、欲しいもののほうは、とくにない。
「じゃあそれなら――」
「言っておくが。――〝はつじょうき〟とやらとは、まったく関係ないからな」
俺は先に釘を刺した。最近こいつはなんでもそれと関係づけるのだ。
「は? ……それは関係あるのですか?」
「いや。関係ないけど」
「マスターの世界では、関係あるのですか?」
「いや。だからないけど」
「どんなふうに関係するんです?」
「しつこいな。忘れろ」
「忘れました」
俺とバカエルフのやつが、いつもの掛け合いをやっていると――。
安産型のお尻の向こうに隠れていたエナが、くすくすと、笑顔をこぼした。
なんかさっき怖がらせちゃったようで――笑顔になってくれて、よかった。
「おや。……お取り込み中ですか? お茶を一杯いただけると、嬉しいのですけど」
声がした。俺はマッハで振り返った。
商人さんがいた。バカエルフがバカなことを言っていたので、商人さんがやってきたことに気がつかなかった。到着の瞬間を見逃してしまった。
いやまあ。べつに瞬間を見のがしてしまっても問題ないが。
「やあやあ。おかえりなさい! おかえりなさい!」
「……はっ。はい」
俺は商人さんの手を取ると、ぴょんぴょん、飛び跳ねた。
なんか女の子みたいだと自分でも思ったので、二回目でやめた。
「はい。お茶ですね。お茶ですねー。どうぞ、こちらへー」
俺は商人さんをテーブルへと誘った。
言うまでもなく、エナはもうとっくに、お茶の準備にとりかかっている。
エナはCマートの「お茶淹れ部長」だ。
はじめは、エナがやりたがっていたので、やらせてあげていた――という感じだったのだが。継続と研鑽と研究の結果。誰もエナと同じ味でお茶を淹れられないという――途方もない高みに至ってしまった。
教わって、同じように淹れたとしても、なぜか、同じ味にならない。
高度に進化したお茶淹れ技術は魔法特別がつかないとかいう、まさしくあれだ。
文字通り、名実ともに、エナはCマートの「お茶淹れ部長」であった。
「お茶、です」
エナがお茶を出す。
以前は「お茶……、です」だったところが、自信を持つようになった最近では、「お茶、です」になっている。
これが「お茶です」となるのも近いことだろう。
一般人には細かな差異なのかもしれないが、エナ学の第一人者である俺には、その違いを聞き分けることなど、造作もないことなのだった。
ポイントは「……」とか「、」のカンジだな。
「マレビトさん……。へん」
お盆を持ったエナが、バカエルフのところに行く。
「こーゆーのは、愛でると、いいんですよー。エナちゃん」
「そっか」
なんか二人が、こしょこしょと話している。
「なんか言ったか?」
「いーえー。なーにもー」
「なんにも。ないよ?」
そっか。
俺はいま商人さんと話すのに忙しい。女同士の話なら、俺に聞こえないところで、こっそり、やっているよーに。
「なにか。いいことでもあったんですか?」
イケメンさんは、ハンサム・スマイルを浮かべた。
俺は昔、イケメンという人種がキライだった。ばくはつしろ、と、思っていた。
だがイケメンのハンサムという人種は――。伊達にハンサムなわけではなく、裏表なく、誰に対しても礼儀正しく、そして優しいのだった。
異世界から迷いこんできて、右も左もわからなくて、オロオロしていた男にもだ。
俺が異世界にやってきたとき、最初に親切にしてくれたのが、このハンサム・イケメンさんだった。
以来、俺はすっかりこの人のファンになってしまっていた。
ハンサム・イケメンは、ばくはつしろ、と、思っていたことがないわけではない。
だがいまの俺には、なぜハンサム・イケメンがモテるのか。きちんとわかっていた。
そして自分が、ハンサム・イケメンになれないことも、また、わかっている。
いや。顔の話ではなくてね?
「いいことは特にないんですが。いいものを見つけましてねー」
俺は、いそいそと、包みを取り出してきた。
こっそりとしまってあったそれを、サプライズのために、いま取り出してきた。
包装紙とリボントとで、綺麗にラッピングされた包みを、ぽんとテーブルの上に置いた。
商人さんは――。
「……?」
ああ。なるほど。
こちらの世界には、ラッピングして、プレゼント――っていう習慣は、きっと、ないのだろう。
俺は包装紙をバリバリと、ひっちゃぶいた。
「これはなんですか?」
「これ。すっごい。ダウンジャケット! なんか冬のヒマラヤにも登れるとかゆーやつで!」
俺は、もこもこのダウンジャケットの
そこらで売ってる安物じゃない。登山用品なんかを扱うところで買ってきた、特別なやつだ。超軽くて重さは200グラムそこそこ。それでいて保温性は最高。値段も最高。数万円もする。いや値段なんか関係ないのだが。
「ヒマラヤ?」
「ああ。うちの世界の山で――」
「山?」
なんか色々、世界の〝翻訳機能〟とやらが、存在しない言葉のところで誤作動起こしているようだが。
「まあとにかく。寒いところに行くときに使ってください。このあいだ、なんといいましたっけ? どこか寒いところに仕入れに行くときに、大変だとか、話していたじゃないですか」
「ああ。〝塔〟ですね。あそこは本当に寒くて。空気も薄くなりますし」
「そう。その山」
「山?」
「そう。その塔」
また誤変換が起きてるようなので、俺は言い直した。
まあ。塔も山も似たようなもんだ。
てゆうか。山みたいに高くて空気が薄くなる塔って、どんなんだ?
「その塔に登るときにでも、使ってくださいよ」
商人さんは、ダウンジャケットを着た。
どうやって着るのかしばらくわからず、ジッパーに格闘していたが。萌え。
そしてダウンジャケットを着た瞬間――。
「温かい!?」
「でしょ!?」
「それはオーバーパンツもあります。手袋も。これで寒さなんか、へいちゃらですよ。雪の中でも眠れますよ」
「いや……。すごいものですね。貴方の世界の衣類は……」
「マスター。マスター。マスター。わたしも。きたいでーす。きたいでーす。きてみたいでーす」
バカエルフがぴょんぴょん跳ねてる。バカだ。ほんとバカ。
「おまえのなんか、ねーよ。商人さん専用だよ」
衣料を輸入すると、すごい無双ができそうな気もするのだが、俺はそれはやらないことに決めていた。
こちらの世界の衣類で、特に誰も困っていないし。
俺の積載量には限度があるし。衣料は、とにかく、かさばるのだ。
俺は皆を笑顔にするために、この店主仕事をしているわけであり、その幸福係数は、積載量×笑顔量の掛け算によって表される。
いくら喜ばれようとも、重さか体積のどちらかが大きいものは、よくないのだ。
軽くて小さくてコンパクトで、皆がいちばん笑顔になるものが、よいものなのだ。
ただし。商人さんは除く。
特別なところに出かけてゆく商人さんは、このあいだ「凍傷になりかけて」なんて言っていた。
だから俺は冬山装備を特別に持ってきたわけだった。
「あとですね。こんなのもあるんですよ」
ビリビリに破けた包装紙のなかから、最後に出したのは、インナー。
「ヒートテック、っていうんですけど。これすっげー暖かくて」
「ほう。下着ですか」
商人さんはその場で、ぽいぽい、服を脱ぎはじめた。意外と引き締まった体が露わになってゆく。
そういや、バカエルフのやつも、人前で、ぽいぽい脱ぐけど。
イケメンでも美少女でも、このへんは同じなんだなー。
で。着装。
「おお。これも温かいですね」
「ええと。原理は……。〝水蒸気を吸収して熱に変換〟だそーです」
「ほほう。なるほど。なるほど。……いや。やはりすごいですね」
「いやあ、それほどでもー」
俺が褒められたわけではないが、俺はなんとなく嬉しくなって、頭をぽりぽりと掻いた。
本日のCマートは、ヒートテック無双だった。
これでまた商人さんに恩返しができた。うれしかった。俺が笑顔になった。
ダウンジャケットの性能は、若干、盛ってまーす。ヒマラヤ/エベレストに行くなら全身スーツが必須でーす。上着だけで対応可能なものは、さすがに現代技術でもありませーん。
てゆうか。店主さんが覚え間違えていたんでしょう。きっとそうです。