第078話「オークのお客」
いつもの午前。いつものCマートの店内。
午後はだいたい暇していて、ティータイムなどをやってる店内だが、午前中はそれなりにお客さんがくる。
店の中に2~3人いるお客さんが会計をするときのために、俺がカウンターでスタンばっていると……。
なにか入口のほうで、ざわめきがあがった。
新たにやってきたお客さんは、ちょっと人とは違う感じで――。
なんか耳が長くて尖ってる? 肌がなんだか緑色? 頭つるつるスキンヘッドで。鼻は大きくて平たい。
あー、俺、なんか知ってる。
ファンタジーでよくあるアレだ。……なんつったっけ?
「……オークだ」
お客さんの誰かが、ぽつりと喋る。
ああ。そうそう。オークだ。
そうそれ。
俺もあともうちょっとで思いだしていたところだが。お客さんの誰かのつぶやきで、はっきり思いだしていた。
ほー。へー。はー。さすが異世界。オークいるんだ。
すごいすごい。
「いらっしゃい」
俺は入口のところで立ち尽くしているオークに、そう声をかけた。
「ここ。すごい。もの。ある。……きいた」
オークはそう言った。でっかい体にみあわない、たどたどしい喋りかたをする。
「かね。……ある」
握っている大きな拳を開く。銀貨がたくさん。金貨もちらほら。
うん。だいぶあるな。錫貨一枚握りしめて、飴ちゃんを指差すガキんちょより、ぜんぜんお金持ちだ。
うちの店はリーズナブルだから、それだけあれば、だいたい、なんでも買えるぞー。
俺はカウンターの内側から、ニコニコ笑顔を向けていたのだが――。
オークのお客さんは、なかなか、それ以上中に入ってこない。
右を見て、左を見ている。
「オークだ……」
「……オークだぞ」
店にいる他のお客さんたちは、顔を見合わせて口々にそうつぶやいている。
オークの耳は、ぴくんぴくんと動いて、そっち向いているから、たぶん聞こえている。
エナが俺の腰に、ひしっと――しがみついてきた。
ん? 怯えてんのか。
ぎゅっとしがみついてくるエナの頭を撫で、その肩を抱いてやる。
震えが止まったっぽいので、それで正解っぽい。
お客さんの一人が、勇気を出した。
オークに向かって、口を開く。
「オークは……、かえれ」
そうだそうだ、と、他のお客さんも同調する。
口々に言われて――。
オークはしょんぼりと肩を落とした。
くるりと回れ右をして、とぼとぼと、店を出て行こうとするオークに――。
俺は――。
「おい待てよ」
声を掛けて、呼び止めた。
他のお客さんたちやら、腰にしがみついているエナやらが――ぎょっとした顔になってるが、そんなの、知らねー。
バカエルフがどんな顔しているのかなんて、見てもやんねー。どうせバカ面さらしているに決まっている。
「帰んなくていいぞ。なに欲しいんだ? うちにはなんでもあるぞ」
「おで。……かえる」
「いいや。帰らなくていい。買いたいもん買ってけ」
俺は深く息を吸うと、皆に聞こえるように、大きな声ではっきりと言った。
「ここはCマートだ。俺が店主だ。俺がルールだ。この店のモットーは、みんなニコニコ笑顔でWINWINだ。自由の店だ。オーク族だろうがキング族だろうが、なんだろうが、客として来たなら、差別もしねえし特別扱いもしねえ。みんな平等だ。オークがなんだ。だからどうした。だいたい店員には駄エルフだっているんだぞ」
「駄エルフでーす」
バカエルフがバカっぽく言った。
いつもなら安産型のケツにケリくれているところだが――。
うむ。いまはよし。すごくよし。
オークはびっくりしたような目で、店の奥にいたバカエルフを見ている。
いつ気づいたような目だ。――いま気づいたんじゃないのかな?
ん? オークとエルフって、天敵設定とかあったっけ? 俺あんまそのへん詳しくないんだよなー。
まあ、そのへんんは、あとでいっかー。
「おま。なにが欲しいんだ?」
「おでの。村。ゾンビ。でてきた。やっつける。武器。ひつよう。……おで。きいた。すごい。ぶき。ここ。ある」
話しているうちに、オークの目は、探しものを見つけたらしい。壁に飾られた「勇者セインの使いし業物」に――ロックオン。
「エクスカリバーかよ……」
金貨が1枚、2枚……。あとは銀貨と銅貨ばかり。
最近、俺は、銀貨が千円札で、金貨が万札――ぐらいの感じで換算している。
あれ。チェーンソー。日本円だと4万円するんだよなー。金貨4枚はねえと、赤字なんだよなー。
勇者セインは、ニセ勇者のくせに金回りがいいから、1プラチナとかむしってやっているけどなー。「釣りはいらない」なんてカッコつけやがるから、もうなにも遠慮なくむしり取ってカモにして、カッコつけさせて男をあげさせてやってるけどなー。
「たりない。か? ……またくる」
オークの戦士は、いさぎよく、くるっと回って帰っていこうと――。
いさぎよすぎる。
「ああ。まてまてまて。……だいじょうぶだ。今日はオーク・サービスデーにした。いま決めた。俺が店主だ。俺がルールだ」
俺がそう言って、胸を叩いたとき――。
じゃらっと、カウンターの上に銀貨と金貨が並べられた。
店の中にいた他のお客さんだ。皆で小銭を寄せあわせてくれた。
「その、さっきは……、悪かったよ。これは……、お詫びの気持ちで。……店主さん? これで足りるかな?」
数える必要などない。足りている。当然、足りている。
たとえ足りてなくっても、足りている。
俺が決めた。俺がルールだ。俺が店主だ。
「おまえ。おで。ともだち」
オークは口を開けて牙を剥いて、そう言った。笑っているのだと、わかった。
バナナみたいにぶっとい指で、自分の胸と、そのお客さんたちの胸を、交互に指差す。
「……おまえ。こまったとき。おでに。いう。おで。たすける。おで。いのちかける」
おー。おー。おー。なんか金貨1枚と少々で命もらえちゃったぞー。
よかったじゃーん。
他のお客さんたちは、頭を掻いて、困った顔。
俺はしらん。
Cマートの店主は、店外のことまでは、関知しない。
俺はあくまで事務的に、極めて事務的に、チェーンソーを持ち出してきて、オークに売った。
共通語の説明書はすでにあったが、オーク語のオーク専用を作るのに、ちょっとかかった。
バカエルフのやつがオーク語を書けるということに、俺も少々驚いたが、オークのほうがもっと遥かにびっくらこいていた。
……エルフとオークって、やっぱり、なんかあるのかな?
ま。どーでもいっかー。
今日のCマートは、特に無双ネタはなかったが……。
常連客が一人増えたんじゃないかと、そう思う。
新キャラ登場……かしらん?
なんかこのオークさん、気に入っちゃったので、またそのうち出番があるかと思います。