第077話「ぱんつ無双」
快晴で。昼すぎで。店の前だった。
俺は、柔らかい日差しを投げおろしてくるお日様を見上げながら、手を止めて、ぼけー、っとしていた。
いつのまにか店の前に増殖してきた「お花」に、ジョウロで水を与えている最中だった。
エナがせっせと植木鉢をこしらえて、そこらから「お花」を取ってきて、植木鉢に植えて――とやるものだから、つぎつぎ増えてゆく。
なんの花なのか。花の名前を聞いたことがある。エナは「お花だよ?」と、きゅるんと首を傾げてきた。
この世界にはひょっとして「花」に名前を付けたりしないのか――。それともただ単にエナが知らないだけなのか――。
どっちなのか、わからないのだけども。
天気がよいので、今日は洗濯日和。
道を横断してかけ渡されたロープには、洗濯された服がかけられている。
晴れた日に洗濯物がずらりと並ぶ、この光景は、向こうの世界と似たようなもの。
洗濯乾燥機なんて便利なものはないので、むしろ、外干しの洗濯物は多く感じられる。
お? 洗濯ばさみとか、持ってきて売ったら、無双できるんじゃね?
新たな無双ネタを構想している俺は、ふと、目の前の光景に、些細な違和感を覚えた。
あれ? あれー? あれーっ?
なんか……、足りなくね?
洗濯物が干されている。シャツやズボン。女の人のスカートだとか、ブラウス的なもの。ベッドのシーツ。タオルだか手ぬぐいだか、そんなようなもの。
……しかし、なんか一つ、足りなくねえかな?
俺は首を傾げながら、店内に戻った。
「どうしたんですかー? マスター?」
「うーん……」
「なんですかー?」
「うーん……」
そこに立ち、バカワンコの顔をこちらに向けてくる――おバカなエルフの服装を、上から下まで、じっと見る。
こいつの格好は、上はシャツだかチュニックだか。下はズボン。女だけどズボンで、向こうの世界だと普通だけど、こっちの世界だとわりと珍しい側で――ああそうか。旅の格好とかいってたっけな。だからズボンか。
あと……、いま気づいたのだが、上も下も、緑色でコーディネートして揃えている。こいつ。わりとオサレ系?
「どうしたんですかー? わたしのことー? じっと見てきたりしてー?」
見られていることを意識してか、すらっと立って、じっとしている。
俺はさっきから気になっていることを、聞いてみることにした。
洗濯物のなかに、あるべきはずのものが――それだけ見あたらなかったのだ。
エルフの娘を、上から下まで、じーっと眺めていたら、それがなにか、思いあたったのだ。
「おまえさ。ぱんつとか。どーしてんの?」
「はい?」
「だから、ぱんつ。……ああ。なんかおまえがよく言ってくる〝はつじょーき〟がどうとかゆーのとは、ぜんぜん関係ないからな。勘違いすんなよ」
俺は予防線を張っておいた。こいつ。すぐ、ゆーんだよなー。〝マスターはひょっとして発情期ですか?〟とか。
そんなわけあるかい。ばーか。ばーか。ばーか。
女がそんなこと言うんじゃありません。ばーか。ばーか。ばーか。
「はい? ですから、ぱんつ? ……とは、なんですか? それは発情期と関係しているものなのですか?」
「いや。だからおまえな。ぱんつっていったら、ぱんつだよ。あのぱんつ。なんで、わかんねーの?」
「……はて?」
エルフの娘は、小首を傾げる。
金髪が、さらっと揺れる。
それにちょっと見とれちゃっていたことが恥ずかしく、俺は、そっぽを向いて大きな声で言った。
「おまえ。ぱんつ、はいてねーの? おまえだって、はいてるだろ。ぱんつくらい」
「……はて?」
また小首を傾げる。
「はて? ――じゃねえだろ。ズボンの下に下着くらい穿いてんだろ。なに? おまえもしかして穿かない系?」
「下着は穿いてますけど。ぱんつ? ――とかゆーのは、穿いてないですねえ」
「それがぱんつだろ」
「なるほどー。それがぱんつなのであれば、そうなのかもしれません。――でも〝ぱんつ〟って呼んでないですねー。こちらでは」
頭が痛くなってきた。なぜ白昼堂々と〝ぱんつ〟の話で漫才やらなきゃいかんのか。
「ぱんつって呼ばなきゃ、なんて呼んでるんだ?」
「ふんどし――って、そう呼んでますけど?」
「ふんどし!?」
「……? なんで、そこ、〝!?〟が、つきます?」
「いや。だって。おまえ。〝ふんどし〟――っつーたら、あの、〝ふんどし〟?」
「言語が大地魔法でちゃんと翻訳されていれば、マスターの思う〝ふんどし〟であってるんじゃないでしょうか? 〝ぱんつ〟ってそっちのほう、翻訳されずに、原語のままで聞こえてきてますからー。やっぱり、こちらには存在しないものなんじゃないですか?」
「……そうなんか?」
なんということだ……。
異世界……。ぱんつ……。なかった!
「じゃ、じゃあおまえ……。ぱんつ……、はいてないの?」
「ですから。〝ふんどし〟……はいてますけど?」
はいてるんだ。
「……みます?」
とか言って、ズボンの腰に手をあてるものだから――。
「うわ! ばかばか! おまえばか! このバカエルフっ!」
俺は、わたわた! あたふた! ――と、両手両足を振り回して、止めにかからねばならなかった。
そういえば、こいつ、人前で平然と脱いで、たらいに水張って行水するやつだったっけ。こっちの世界の人間は、そのへんおおらかで、ぜんぜん、気にしないんだっけ。
俺が、はーはー、ふーふー、と、深呼吸をして気を落ち着かせていると、エナが、ちょんちょんと遠慮がちに、俺の服の裾を引っぱってきた。
「さっきから……、なんの話?」
「ああ。いや……。なんでもないぞ。ケンカとかしてないぞ。へーきだぞ」
「ふんどし? ぱんつ? ……なんの話? わかんないよ?」
「うーん……」
俺は悩んだ。
「ぱんつ、って、なに?」
「うーん……」
なんと説明すればよいのやら。
「のみもの?」
「いやー。飲まないなー」
「たべるもの?」
「いやー。食べないんじゃないかなー?」
「かぶるもの?」
「いやー。普通はかぶったりもしないだろうなー。ちょっと自信ないがなー」
「わかんないよ?」
小首を傾げられてしまう。黒髪がさらっと揺れる。
……と。
見とれている場合じゃなかった。
俺はそこで、気がついてしまった。
ひどく重大なことに、いま、気がついてしまった。
「えと。……エナ? おまえも、その……、はいてんの? ふんどし?」
「ううん? はいてないよ?」
エナは顎を横に震わせる。
あー、よかったー。
なんか、ふんどしとか、はいてたりしたら……。
なんか、イメージが……。
え?
俺は、ぴたりと身動きを止めた。
ふんどし、はいてないのだとすると……。
いったい……、なに……、はいてんの?
「……みる?」
エナが、スカートを膝小僧の上まで持ちあげてゆくので――。
俺は、あたふた! じたばた! ――と、バカエルフのときの三倍ぐらいの勢いでもって、止めた、止めた、止めまくった。
なんか、いろいろなことでダメージ食らって、俺は、床の上に両手両足をついて、ひぃひぃはぁはぁと、空気を吸うのに忙しかった。
深呼吸しているうちに、力が戻ってきて――。
「よし! わかった! じゃあ俺がどうにかしようじゃないか!」
「どしたんです? 急に?」
「次の無双ネタが決まった!」
「はあ」
「ぱんつ無双だっ!」
俺は仕入れ用のバックパックを肩に担ぐと、店を飛び出していった。
◇
「ミツキー! 美津希大明神様あぁぁぁ!」
「はい? だいじょうじん……? ってなんですか?」
質屋に飛びこんでゆくと、ジャージ姿で夕飯を作っていた美津希ちゃんが、出迎えてくれた。
この時間、美津希ちゃんの居場所はわかっている。夕飯を作っている。
ちなみにもう三十分ほど早ければ、スーパーで買い物中のJKを捕捉することもできる。
「じつは。折り入って相談がある。……ぱんつが欲しい」
「はい?」
「だから。ぱんつが欲しい」
「はい? あのそのえっと? ……それは、変な意味ではなくて?」
「たくさんほしい。何十枚も欲しい。これがいっぱいになるぐらい」
――と、俺は、バックパックを、ばしばしと叩いてみせた。
「そんなに持ってないですよぅ。せいぜいタンス一段くらいで――あいたっ」
美津希ちゃんのおでこに、軽くチョップを入れる。
「そういうんじゃなくて。新品のぱんつを何十枚も何百枚も、向こうに持っていって売ろうと思ってんの。ぱんつ無双なの」
「ああ。はい。了解しました。――ああ、ちょっと、びっくりしちゃってましたー」
ようやく正気に返って、スーパー女子高生は、考える。
美津希ちゃん。考える係。
俺。頼みこむ係。
「うーん。しまむらもいいかもですけどー。でもこの時間だと、もう閉まっちゃいますねー。今日すぐ、いますぐ必要なら、商店街の人に無理いって、店開けてもらって、何十枚かは手に入るかもですけど……。でもあんまりカワイイのはないかなぁ……」
「おい美津希や。夕飯は、まだかい?」
ジジイが、ひょいと顔を出してきた。
「あ、お爺ちゃん。もうちょっと待っててね。いま、マレビトさんが――」
「ジジイ。ハウス」
俺は言った。
すぐ終わる。待ってろ。競馬新聞に赤線引いてろ。
「孫が夕飯を食わせてくれない……」
ジジイはハウスしていった。
「うーん。うーん。うーん……っと」
スーパー女子高生は、考えている。
美津希ちゃん。考える係。
俺。両手を合わせて、拝み倒す係。
スーパー女子高生は、ちゃぶ台の脇から、ノートパソコンを持ち出した。
なんかEXCELの複雑なシートで帳簿の計算をやってた画面を小さくして、ブラウザを立ち上げる。
「通販だと。ニッセンとかがいいんじゃないでしょうか?」
「にっせん?」
「衣料品とか、たくさん扱っているところですよー。……あっ、ほら、ぱんつ、ありましたーありましたー。ぱんつ♪ ぱんつ♪」
女子高生が、ぱんつぱんつと連呼しているのが、ちょっと気になって仕方がないが、俺はそれよりも画面に集中した。
おお。30枚セット。5990円+税。
「〝色や柄の指定はできません〟――ってありますけど。べつにいいんですよね。これ?」
しかも、おお――!
「レジェンドぱんつ! あるじゃん!」
「はい……? れじぇんど? ですか?」
青白ボーダー柄のぱんつ! 俺が好きだから! はけ! と、昔々に要求してみたら――。
そんなレジェンドぱんつどこにも売ってないさねー。
――とか、言ってきやがったんだっけ。翔子のやつ。
まあそれはいま本当にどうでもいいのだが。
「何セット注文しますかー?」
「ぜんぶで」
「20セットまでしかカートに入らないですねー」
「美津希ちゃん。30かける20は?」
「600です」
「充分だ」
「サイズ。SMLってあるみたいですけど」
「じゃ。Sを600。Mを600で」
異世界の人たちは、なんか、あまり太っている人がいない。
Sが子供用で。Mが普通の大人用で。
うん。いいんじゃなかろうか。
「大人買いですねー♪ ポチっとな♪」
美津希ちゃんがポチった。注文完了だった。
とりあえず代金として一万円札を何十枚か数えて渡す。「おこずかい」と称して余分に渡そうとすると、美津希ちゃんは怒るので、きっちり代金分だけを渡す。
「なんか盛大に買うのー。楽しいですねー」
「いつ届くかな?」
「二日から四日くらいで着きますよー」
「毎日くるよ」
なるべく早く受け取りたい。無双したい。
「じゃあ、毎日、逢えますねー」
「ん?」
「今夜は、ごはん食べていってくれますかー? すぐできますんでー」
「ん?」
なんか家庭的な美津希ちゃんに押し切られて、俺は夕飯をごちそうになった。
女子高生と差し向かいはともかく、ジジイとも差し向かいになるので、実質、プラマイゼロだった。
◇
「んしょ」
「どうだー。エナー。はきごこちは?」
「……なんか。……へんなかんじ」
エナは、ぼんやりとした顔でそう言った。
ぱんつ渡したら、そのまま、黒いワンピースの下を通して、はいちゃった……ので、俺は平静を保つので、いま、わりと必死だ。
「ぼすたおる、もそうですけど。マスターの世界の布は、柔らかくて、手触りよくて、いいですねー。これ反物とか持ってきたら、売れるんじゃないですかー?」
「反物? どこで売ってるのか、俺、知らんし。――おまえのほうは、どうなんだよ?」
「いい感じですよー。はき心地、いいです。気に入りましたー」
腰のまわりを手で叩いて、エルフの娘は言う。
「そ、そうか」
俺はまたもや平静を保つので必死だった。
「じゃ。打ち合わせ通り。おまえら、宣伝してこーい。俺は準備しとくからなー」
「はーい」
「……うん」
「じゃ。ぱんつ売って無双作戦! 開始するぞーっ!」
「オーッ!」
「お……、おーっ……」
◇
ぱんつが宙を飛んでいた。文字通りの意味で――。
ワゴンに置いたぱんつに、おば様方が、何十人も群がって、いま奪い合いの真っ最中。
ぱんつは常に何枚かが、空中に舞っている。
文字通りの意味で、ぱんつが飛んでいる。
「綿100ぱんつ」は、なんかここ最近でも最大のヒット商品となった。
無双……っていうよりも、怖いくらいの勢いで売れている。
ぱんつ。大量に追加発注した。
そしたら通販サイトから消えてしまった。どうやら俺が刈り尽くしてしまったらしい。
なので翔子の筋を頼って、いまは別ルートから安定供給している。「うちは酒屋なんだけど。ぱんつ屋じゃないんだけど」とかボヤいているが、なんだかんだ言って翔子は協力してくれる。いい女だ。
それでも追加分が届くたびに、この騒ぎ。
しばらくは収まりそうにない。
いつもニコニコ。客も店主もみんな笑顔でWINWINが、Cマートのモットーである。なので俺としては、殺気だった感じじゃなくて、ニコニコ笑顔になってもらいたいのだが……。
落ち着くまで、もうしばらくはかかりそうだ。
本日のCマートは、「ぱんつ無双」だった。
やっべー。ぱんつ。やっべー。