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第076話「書店員さん無双」

はじめ、前回のラストで、店主さんがタイトルをちゃんと見てきた、としてあったのですが、思い立って、公開前の投稿予約中に修正しまして、「ちゃんと見てこなかった」という「正解」のほうに直しておきました。


……で、よく見てこなかった店主さんです。店主さんらしく、抜けてるほうでお愉しみください。

 来た! 見た! 探した!


 俺は例の少女マンガをゲットした本屋を訪れていた。

 つづきを手に入れるために――!


 よし! 探すぞ!

 ――と、なったところで、俺は、大変なことに気がついてしまった!


「本のタイトル!! みてきてなかったーっ!!」


 なにを探せばいいのか、わからない!!


 すうっと、頭から血の気が引いてゆく。

 全身の血液がぷつぷつと泡だって、肌の下でざわざわと騒ぐ、そんな感覚――。

 なにか、とんでもないことを、しでかしてしまったときに、襲ってくる――おなじみの〝アレ〟が――。襲ってきた。


 落ち着け。落ち着け。俺。

 だいじょうぶ。だいじょうぶだ。俺。

 まだリカバリーできる。

 やらかしてしまったが、まだ、致命的ではない……。


 落ち着いて、思いだせばいいんだ。きっとできる。きっと思いだせる。

 イエス、アイ、キャン。


 えーと、えーと……なんだっけ? たしか……?

 りぼん? なんかそんなようなシリーズでっ……。


「なにかお探しですかー?」


 書店員さんが近づいてきた。エプロンの端っこが、俺のうつむいた視界に見えている。


 ――助かった!


 俺は、書店員さんに聞いてみた。


「――二巻!! 二巻ください!! 一〇冊ぐらい!!」

「お客様ー、落ち着いてくださいー。二巻を一〇冊は多すぎますよー。観賞用、保存用、布教用、としても、三冊あれば充分ですよー。わかってくださいよー」

「ああっ! そうじゃなくて! つまり二巻から先を! とりま! 一〇冊ぐらいでっ!」

「なんの本か、わかりませんとー。さがせないですよぅ」


 もっともだった。


 ――だが俺は、〝超集中〟の結果! シリーズ名を思いだしていたのだった!


「りぼん!! りぼんなんとかっていう少女マンガのシリーズでっ!」


「りぼんマスコットコミックスでしたらー、それー、シリーズ名じゃないですよー? レーベル名ってやつですからー」

「うぐぅ!」


 俺は臓腑をえぐられた。瀕死のダメージを負いながらも――。

 ――俺は!

 もっと具体的かつ決定的なヒントとなる、記憶の断片を思いだしていた!


「そうだっ! ゴリラ! 男前すぎてゴリラみたいな顔の男が表紙になってる少女マンガでっ!」

「ああ。はい。俺物語ですねー。それでしたら、こちらですけどー。……でも、これ、りぼんじゃなくて、マーガレットコミックスですけど? 掲載誌は別マですから。ちがうんじゃないですか?」

「うえっ?」


 俺は混乱した。よく考えた。

 そうだ! 男前な表紙のやつは、一緒に買っていった何冊かのうちに入っていただけだった! エナが、ふんふんいって、夢中で読んでいたのは、ちがうやつだった!


 なんだっけ!? エナの読んでいたのは、いったいなんだっけ! それはなんだったか!?

 思いだせ! 思いだせ! 俺!

 おまえの灰色の脳細胞を全力で回転させるのは! いつだ! いまだろ!


 表紙は――!? 表紙は――たしか!?


「身長差カップルだった! ああ、いや……? 年齢差カップルかも? なんかそんなようなのでー」


 俺は自信あるのか、自信ないのか、わからない口調で書店員さんにそう言った。でも書店員のお姉さんは、いま他のお客さんになにか聞かれて、明後日の方角を見ちゃっている。


「三人婚で、男一人と女二人で、仲良く結婚生活を送っているマンガってどこですかっ!?」


 あるわけねーだろ。そんなマンガ。

 俺の書店員さんを勝手に使うな。

 てゆうか。もっと具体的に言えよ。俺の書店員さんに迷惑かけるな。


「あー、はい、乙嫁語りでしたらー、あそこでーす」


 あるんだ!

 一人の客の用件が片付くと、また別の客が俺の書店員さんに突撃してくる。


「飯テロな感じのものって、ないっスかねー?」

「マンガならダンジョン飯とかお薦めですよー。ラノベなら、異世界食堂、とんスキとかですねー。居酒屋のぶ、とか、こちらのGEφグッドイーターなんかも、おすすめでぇす」


 二人の客を、数秒ずつ片付けて、書店員さんは、ようやくこちらを向いてくれた。


「りぼんマスコットコミックスで、身長差カップルっていうとー、これですかねー」


 と、抜き出してきた一冊が、なんと――!

 ビンゴーっ!


 見覚えのある表紙だった。そうそう! これこれ! たしかにこれで間違いない!


「これ二巻一〇冊くださいっ!」

「それさっきもやりましたよぅ。……はい。じゃあ、ちょうど一一巻まで出ていますから、一〇冊ぴったりですねー」


 棚から抜き出した一〇冊を、どさっと、渡される。

 その重みを腕に抱いて、それは紛れもなく現実で――。俺は、ようやく人心地ついた。


 あー、よかったー……。


 これでエナのがっかりする顔を見なくてもすむ。

 笑顔――は、見れないかもしれないけど、そのかわりに、夢中になって読むその横顔を、たっぷり見ることができる。


 ……と、俺はそこで、なんかちょっとした違和感に気がついた。

 さっきからずっと、無意識の下、識閾下のあたりで、なんか、ざわざわしている。

 なんか気づいているんだけど。はっきりわからない。……そんな感覚。


 右見て、左見る。普通の本屋の店内だ。駅前ショッピングモールの大きい本屋だ。

 それから俺は、前を見る。


「……あっ」


 俺は、気がついた。気づいてしまった。

 俺の目の前に立っている――。青いエプロンをその身に巻いている、JK年齢の、年若い書店員さんは――。


「……美津希ちゃん?」

「あー、ようやく気がついてくれましたかー? マレビトさん」

「……えっ? えっ? えっ?」

「いつ気づくかなー、とか、思ってー、ちょっとワクワク、みてましたー」

「えっ? えっえっ?」

「ずいぶん一生懸命でしたねー。なんかちょっとカワイーですねー。イジメちゃったくなりましたけどー。いまお仕事中なのでー、ガマンですー」


 いや。イジメるのはカンベンなっ。


「……なんで?」


 ようやく、俺の口からまともな言葉がでる。

 なんで美津希ちゃんが、本屋にいるの? スーパー書店員さんを、やってるの?


「バイトですよぅ」

「バイト?」

「はい。アルバイトなんです。……正確には、むらさきちゃんのピンチヒッターだったはずなんですけどー」

「むらさきちゃん?」

「あれ? まえにLINEでお話したこと、なかったですかー? 無双ネタってなにがある? ――ってときに、〝胡椒〟って教えてくれてー」

「ああ。あの娘か。あのときはありがとう。助かった。――って、言っといて」

「はい」


 てゆうか。俺は話してないけどな。美津希ちゃんがSNSで話してるのを、覗きこんでただけだがな。


「――で、むらさきちゃんのピンチヒッター的な、ナニカ? ――って感じで、たまに交代していたんですけどー。でもなんか、最近、いつのまにやら、普通にシフトに入っていましてー。それで、週二回」

「ほう」


 まー、現実世界は、どこも大変なんだろうなー。どこもブラックでー。真っ黒でー。どこもワンオペだろうしなー。書店員さん業界も、御多分にもれず大変なはずだ。


「だけどアルバイトなら、爺さんの質屋、手伝えば――」

「うちでアルバイトしてお小遣いを貰っても、もともと、家計が一緒じゃないですかー。家庭内でお金が名目的に数字の移動をするだけでぇー、外貨、入ってこないじゃないですかー」


 うお。忘れていた。

 そういえば美津希ちゃんは、俺の店の経理を任せているスーパー女子高生なのだった。

 てか? 〝外貨〟とか、いまゆった? それなに用語? 経済用語? どこの業界の用語?


 ちなみに俺とこうして話しこんでいるあいだにも、美津希ちゃんは、たまに一秒、二秒ずつ、会話を中断していた。

 通りがかるお客さんに「あっ。○○の新刊入りましたよー」とか。顔馴染みっぽい相手に、声を掛けていたりする。さらには、たぶん初見の、たぶん馴染みでもなんでもないお客さんを相手に、「○○をお探しでしたら、あちらですー」と声をかけて、相手を「びくぅ!」とさせている。だけどお客さんの表情からすると、探していた本は、その○○で正解だった様子で……。


 どんな超能力者だよ。


 スーパー書店員・超能力者・美津希大明神のご神託にもとづいて、俺は、目当ての本の続刊一〇冊と、それ以外の「年の差カップル系」のお薦め本とを、ごっそり、全巻全シリーズお買い上げして、お持ち帰りすることになった。

 仕入れ用バックパックは、本日は、エナ専用だった。


 エナは大変、喜んで――。

 具体的には、何日か、クチきーてもらえなかった。


 エナに口をきーてくれなくても、俺は、まったく不満じゃなかった。マンガに夢中になってるエナを見ているだけで、俺には、まったく充分だった。


 まー、ちょっとは寂しい。まったく寂しくないと言えば、ウソになるかも?


 バカエルフのやつが「私が話をしてあげますからー」とか擦り寄ってきて、マジでバカだなこいつ、と思って、しっしっ、と、やった程度だ。


 今回のCマートは、少女マンガ無双だった。

 あ、いや……。スーパー書店員JK無双だった。

 初見で、お客さんの探している本をズバり言いあてる異能持ちの書店員さんは、実在している模様です。

 ただその人は、言っちゃうと相手が気味悪がるので、言いたいのを「ぐっ」と我慢する派だそうで……。(笑)

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