第74話「輪ゴム無双」
連載再開にあたって、既存分を読み返していましたら、ある回のなかに、「輪ゴム無双をした」とか書いてありまして……。
でも、肝心の「輪ゴム無双」の回がなかったので、書きました~。
びよ~ん。
伸びる。縮む。伸びる縮む。
いつものCマート。いつもの店内。
いつものお客さんのやってこない、暇な時間帯。
俺はカウンターのテーブルの上で、輪ゴムを伸ばしたり縮めたりしていた。
これー。この〝輪ゴム〟っていうやつー。
な~んか、役に立ちそうな気がするんだけどなー。こっちの世界でも。
この輪ゴムが一杯詰まった箱は、いつもの仕入れ先で、なんの気なしに買ってきたものだった。
向こうの世界の、ホームセンターで――いつもよく行くいつもの店で――「また来たよ〝業者さんが〟」と舌打ちと共におっちゃんに睨まれたたり、「あら〝業者さん〟いらっしゃーい」という女の子の店員さんから、好意的な目で迎えられたりするいつもの店だ。
ちなみに、本当にそういうふうに見られているかどうかは、あくまで俺の主観なので、実際はどうなのか、知ったこっちゃない。
前者のおっちゃんの邪魔っ気そうな視線も、質屋のジジイや、こっちのツンデレドワーフと、同種な匂いがしないこともないので――。もしかしたら歓迎されているという恐れもある。
ただし〝業者さん〟というあだ名が、つけられてしまっていることは、ちらりと耳で聞こえてきたので、これは確かだ。
まー、業者かなー? 業者だなー。
すっかり仕入れ先にしちゃっているモンなー。カートに山積みで、コンビニ袋だのぷちぷちシートだの蚊取り線香だの、買ってゆくもんなー。
俺がよく買う品々は、なんか置かれている量が、昔の数倍にもなっている。昔はよく品切れにさせていたが、最近は品切れにするのが不可能なくらいに積みあげられている。
俺。この店の生態系、変えちゃったらしいよ?
そう考えると、俺って、SUGEE?
んで、普段のルーティーンでカートを満載にしていた俺は、普段は通らない棚のところを、たまたま通りがかった際に――。
この輪ゴムの箱を見つけしまったのだった。
何百本、入っているのかわからないが、なんと、税込み、たったの198円!
安い安い。超安い。
輪ゴムって、これ、1本だと、いくらになるんだ?
まあ、スーパーなんぞでは、タダで配られているようなものだから、1本が1円しないどころか、10本でも1円しない感じであっても、べつに騒ぐほどのことじゃないのだろうが……。
でも、すげー、すげー、超すげー。
そうして、俺は「輪ゴム」をあるだけ大人買いしてきた。
レジ打ちしていた例のおっちゃんが、「ちいっ」と壮絶な舌打ちをしていた。「これもうないんですか?」と聞いたら、なにか、負けたような目をして睨み返された。
たぶん、次行ったときには、輪ゴムの在庫は数倍になっていると思う。
おっちゃんのためにも、きちんと輪ゴムの使い途と、売りかたとを、考えなくてはならない。
「しかしなー……」
俺は頬杖をつきながら、輪ゴムを指先でいじった。
「それ? なに?」
エナが聞いてくる。
「輪ゴム」
俺は答えた。
「ふーん」
エナは、あんまり興味なさそうに、とことこと、行ってしまった。お洗濯もののカゴを抱えている。
裏行って、井戸のところで、これからお洗濯だ。
エナも、そこらのおばさん方と、おしゃべりをして〝井戸端会議〟とかゆーのを、するのかなー? ……だめだ。想像つかんな。きっと一人無口にずっと黙って聞いてるだけなんだろーな。
うん。きっとそうだな。
俺は輪ゴムの「売りかた」について考えた。
いかな便利グッズとはいえ、持ってきて、ただ店の片隅に置いておいただけでは、売れないのだ。
俺は過去の「無双失敗」から、そのことをすでに学習済みだった。
この異世界からの物体Xが、こちらの世界においても、いかに役に立つ便利アイテムなのか――。
それを〝プレゼン〟しなければならないのだ。
俺がいま頭を悩ませているのは、そこだった。
なんに役に立つっけー? 輪ゴムってー?
俺は考えた。考えつづけた。
袋の口を縛る? いやー、そもそも、こっちの世界に「袋」なんて、あんまりないしなー。うちの店で売ってるお菓子ぐらいなもんだしなー。袋に入っているものは。
作物とか薪とかまとめる? いやー、紐とか藁とか、そんなものはこちらの世界にもあるしなー。だいたい、そういうの縛るなら、もっと、ぶっとくて大きなゴムが必要になるよなー。
お? なんか箱に、8号とか書いてあるぞ? 号数なんてあるってことは、じゃあ、もっと大きな輪ゴムもあるのかな? しまった。見てなかった。
「お茶……、だよ?」
エナがお茶を出してきてくれた。上目遣いに、遠慮がちに、俺を見上げてくる。
いつのまにやら、午後のティータイムになっていたらしい。
俺はエナに笑いかえした。テーブルに移動する。
バカエルフも待っていた。
「これ、なーんか、使い途、ねえかなー?」
二人に見つめられながら、指先で、輪ゴムをもてあそぶ。
なんか、無双ネタを期待されちゃっているのかなー、と思って、ちら、と、二人の視線をこっそり伺ってみると、べつにそんなふうなものでもなくて――。
そんな二人の視線から――。
つい、連想してしまったのは――。
なんか、家のネコとか、家の小鳥とか、家のハムスターとか、そんなのを見守る、家人の微笑ましい視線。……みたいなものを連想してしまった。
いやー。まさかね。
「おー! 思いついたぞー!」
一つのアイデアが振ってきた。
俺は輪ゴムの一本を、頭上に高々と持ちあげた。
たらりらったらー♪
なにを期待しているのかはわからないが、なにかを期待する目の二人に対して、「輪ゴムの無双法」を、大発表する。
「この異世界のアイテムはー! こうして使うものなりっ!」
輪ゴムの端っぽを、人差し指の先端に引っかける。反対の端を、親指の外をぐるりと通してから、小指のところに引っかけて止める
そして狙いをつけた。
たっぷり五秒間も狙いをつけてから――。ぴしっ、と、発射した。
「あいたっ」
輪ゴム弾は、見事に、バカエルフのおでこあたりに命中した。
はっはっはー! 思い知ったかー!
「いたっ」
「あいたっ」
俺はたてつづけに、二発、三発と、連射した。
ぼーっと座ってるバカエルフは、格好の的だった。餌食だった。
「だめ。まれびとさん」
何発目かを装填しようとした俺の手を、エナが、ぐっと押さえにきた。
「え? なんで?」
「だめ。人に向けてやっちゃ」
「え? だめなの?」
俺はエナに真顔で聞き返した。
人に向けてはやらんけど。バカエルフだから、いいかと思った。
そっか。だめなら。やめるか。
エナがそう言うんだったら、仕方がない。
おもろかったんだけどー。
――ぴしっ!
「ふおっ!?」
俺のおでこに、輪ゴム弾が命中した。
バカエルフが発射した弾丸が、俺の額を撃ち抜いていた。
「お、おい――あっちもやってきてるぞ! おっ――おいエナ! あっちは止めなくていいのかよ!」
「いいの」
エナはなにか、指を折って数えている。
バカエルフが、ぺしぺしと俺をイジメるたびに、指を開いて数を減らしている。
じぇんじぇん止めてくんない。
悪のバカエルフが、俺をイジメるままに任せている。そして俺の手はぎゅっと押さえて、俺の反撃は封じている。
じぇんじぇん、意味がわからない。
「あ。ごめんなさい。エナちゃん」
バカエルフの攻撃の狙いが逸れた。
流れ弾が、エナのこみかみに、ぺしっと当たった。
エナは無言で、輪ゴムの一つを取ると――。
ぺしっ――。
バカエルフに撃ち返した。
「ふおおーっ! エナちゃん! な――なんで私を!? ――いたい。いたいいたい」
そりゃおまえがエナを攻撃するからだろ。当然の報いだろ。
そんなこともわからないから、おまえはバカエルフと言われるのだろ。
エナが止めてこなくなったので、俺は輪ゴムをごっそりと取って、びしびしと撃った。
はじめはエナと二人で連合軍でバカエルフをやっつけていたはずが、なんかそのうち、エナは向こう側についてしまって――2対1で俺は劣勢になった。
入口から「いいなー」と指をくわえて見ていたガキどもを、大量に「兵隊」に雇い入れて、俺は軍団を増強した。
徒党を組む、卑怯な女どもを駆逐しにかかる。
――とか思ったら、俺が雇わなかったガキどものうち、女の子たちのほうが、全員、ごっそりあちらについてしまって、むしろ少数派になってしまった。
俺たちは段ボールハウスを盾にして戦った。
――とかいう感じで、その日のCマートは、大賑わいとなった。
輪ゴムはその後、売れに売れに売れまくった。
無双しすぎて、しばらくのあいだは、道だの街中だの、どこいっても地面に輪ゴムが落ちているほどだった。
なんか、輪ゴムの当初の使い方とは――。
なんか、違うような気もしないでもなかったが――。
ま。いっか。
みんな笑顔だ。