第73話「はつじょーき」
いつもの昼過ぎ。いつものCマートの店内。
俺がなんとなく、立ち働くエルフの娘の背中およびその周辺を眺めていると……。
「なんですかー? なんですかー? なんだか、そこはかとなく、視線を感じるんですけど?」
「いや。気のせいだろ」
俺はびしっと毅然として態度で、そう言った。
べつに見ていない。たまたまそっちに顔が向いていただけだ。
決してお尻なんて見ていない。
「ひょっとして、マスター……。発情期だったりします?」
完全かつ完璧に潔白な俺が、こんなにも堂々たる態度で否定しているというのに、バカエルフのやつは、疑いの眼差しを俺に向けてくる。
「おまえさー。しょっちゅう、それ、言うけどさー。なんなの? いったい?」
「なにとは? なんでしょう?」
「だから、その、はつ……なんとか、っていうやつ!」
「はつ?」
「だーかーらー!」
俺はきょろきょろと店内を見回して――。
エナが配達に行っていて、いない、ということをもう一度確認してから、大きな声で。
「はつじょーき! とか! いうやつ!」
「なんでそんな大声で、目をつぶって、手までぎゅっと握りしめて――精一杯言わないとならないのか、よくわかりませんが。……どうしましたか? 発情期が?」
「だーかーらー、それ、だっつーの! ……なんか俺、あらぬ疑いをかけられてるんだけど。なんなの? なぜなの? なんか俺に恨みでもあんの?」
「発情期は、だいたい、どの人にもくるものですけど?」
「俺は来ねえよ! 来てねえよ!」
「そうなのですか。ならよいのではないですか」
「よくないのー!」
「はぁ……。よろしくないのですか」
ぜんぜんわかっていない、という顔で、バカエルフは頭を傾げる。
「だから、そーゆーこと、ゆーな、って言ってんの。おまえ。しょっちゅう。それ言ってるじゃん!」
「しょっちゅうではなくて、たまに定期的に確認しているだけですけど。念のために」
「だから。念のためとか。いらんし」
「でも男女が一緒の家に住んでいると、なったりすることもあるでしょう。発情期」
「なんだよそれ。どんな決めつけだよ」
「いえ。決めつけとかではなく。普通にみんなそうですけど」
「じゃあれか? 一緒に住んでる夫婦とかは、その、はつじょー――なんちゃらなのかよ? ぜってーか? ぜってーだな?」
「その〝ふうふ〟とかいうのはよくわかりませんけど。まあ、絶対なんじゃないでしょうか。ずっとじゃないにしても、そうなるはずですけど。……じゃないと。子供。できませんよね?」
「いや。知らんし。真っ昼間から白昼堂々、あたりまえの顔をして、そんな生々しい話題振られても、困るし」
「なにを困っているんでしょう? マスターは?」
「なぜ困っているのかわかんないおまえのほうが、むしろ、怖いんだけど……」
どうにも話しづらい微妙な話題を、平然とした顔で話されて、俺はしどろもどろになっていた。
いや、まあ……。べつにそんな、その手の話題がNGってわけでもないのだが……。
しかしオープンとかいうのを通り越して、なにか、異次元の文化間ギャップを感じる。
燻製肉っていうのは肉を燻して作るんですよー、とか。食べものやなにかの話題と同列に、「子供の出来かた」とか話されてもなー。
「エルフってのは、そうなのか? なんかそんなような感じなのか?」
「人の里でも、エルフの里でも、どこでも同じだと思いますけど? 男女が一緒に暮らすようになると、発情期がきて、そしたら、ぽこんって、子供ができます」
「いや待て。なんか順番をすっ飛ばしていないか? まず夫婦になるのが先だろう。それから一緒に暮らしはじめるわけだろ。それが普通の順番だろ」
「ええと? ……では、わたしとマスターは、その〝ふうふ〟とかいうものなのですか?」
「ちげえよバーカ」
んなわけあるかよ。ぺーっ、ぺっぺっ!
「じゃあ、やっぱり、一緒に住むのが先じゃないですか。……あと、そもそも〝ふうふ〟って、それ、なんでしょう?」
「へ? おまえ、夫婦っつーたら、夫婦だろ」
「ですから。なんですか?」
「いや。だから。結婚して……、なるじゃん? 夫婦?」
「ですから。その〝ケッコン〟というのは、なんですか?」
「うえっ?」
妙なことを訊ねられた。なんかあまりまえすぎることを訊ねられた。
しかし、あらためて聞かれると、じつは説明が難しいということに気がついた。
「えーと……、式をやってな。結婚式な。そしたら夫婦になるんだよ。あとオマケで書類出したりするけども」
説明しているうちに、どんどん、わけがわからなくなってくる。
そもそも、なんだっけ? 結婚って? そういえば、したことがない。
つまり、よく知らない。
結婚してると、一緒に住んでるよなー、となって、それじゃバカエルフの言ってる話と、かわらない。
「その〝ケッコン〟とか、ふうふ、とかいうのは、つまり、発情している二人のことですか?」
「なんでそうなる! ……って、ま、まあ、あながち、間違ってもいないと思うけど……。結婚すると、一緒に暮らすわけだ。一緒に暮らしていると、まあ……、ゴニョゴニョ、とあって、まあ、子供が生まれることも、そりゃあるだろうな」
「ほら。同じじゃないですか」
「おなじかなー。そうかなー。なんか違う気がするんだけどなー」
俺は腕組みをして、首を捻りつづけていた。
――と。
「ただいまです」
「お! おう! エナ! 帰ってきたのかっ!?」
「さっきからいたよ? ただいま、って言ったけど。へんじなかった。……いま気づいてもらえた」
「え? さっきから……、って、どのあたりから?」
俺は、たらーりと、冷や汗を流しながら、いちおう、聞いてみた。
「ケッコン? ……とかの話?」
「マスターの世界ではー、一緒に住んでると、〝ケッコン〟とかゆーのになるらしいですよー」
「あわわわわ!!」
バカなバカエルフが、さらりと話してしまう。
俺は慌てまくった。
「そうなんだ」
……が、エナの反応は、思ったよりも薄かった。
あれ? と思うぐらい、普通の反応。
「エナちゃんもマスターと〝ケッコン〟とかゆーの、していることになりますねー」
「うん? エルフさんもだよ?」
「そういえば、そうですねー」
バカなことを言うバカエルフに、エナが言う。
バカエルフもうなずきかえしている。
いやー……? そいつは……? どうなんだー?
それは重婚っていって、禁止なはずなんだけど……。
どうも二人は、〝ケッコン〟ということの意味を、よくわかっていないらしくて……。
〝同居〟ぐらいのニュアンスで理解しているっぽくて……。
そりゃまあ、〝同居〟であれば、二人としているけども……。
いやー……。しかし……?
いいのかなー? いいのかなー? いいのかなー?
今回は生々しい話題でしたっ。
あんまり生々しくならないように、頑張りましたっ。