第70話「おたんじょうび」
「プレゼント。もう決めました?」
いつもの昼すぎ。いつものCマートの店内。
うちの仕入れ担当アルバイト――ジルちゃんが、どすんと地響きを立てて、運んできた荷物を置きながら、俺に向かってそう言った。
「へ?」
俺はきょとんと、スーパーJCを見返した。
「なんの?」
「お誕生日の」
「誰の?」
「えっ……?」
青くて綺麗な目が、きょとんと、俺を見返してくる。
「あー! あー! あー! ジルちゃんのお誕生日ね!」
俺は瞬時に理解した。
「――ごめんごめん。気づかなくって。ジルちゃん。幾つになったの? てゆうか。なにか欲しいもの、あるかな~っ?」
「BUUUUUUU!」
突然のブーイングがあがった。
うわーっ! びっくりしたーっ!
お人形さんみたいな美少女が、唇を震わせて「ブー!」とかやると、びっくりを通り越してぎょっとなる。
「わたしじゃないです」
ジルちゃんは、すこし怒ったような顔で、俺を睨んできた。
「えっ? えっ? えっ? ええと……? じゃあ……、だれの?」
俺はうろたえまくって、そう聞いた。
「それは、……教えてあげません。自分で考えてください」
「えーっ?」
「えーっ、じゃないです。マレビトさん。ひどいです。がっかりです」
ジルちゃんは大きく息を吐き出した。
がっかりされてしまった。
なんか俺は、落胆と幻滅を受けてしまったらしい。
「今日はこれだけです。じゃ。帰ります」
ジルちゃんは、荷物を積みあげると、そう言った。
さっさと帰って行ってしまった。
と、思えば――。
戸口から顔だけが戻ってきて――。
「ちゃんと自分の胸に聞いてみてくださいね?」
「はっ。はい」
俺は思わず直立不動になって、そう返事していた。
にこっと笑顔を一つだけ残して――。こんどこそ、本当に、帰って行ってしまう。
「えーと……。お誕生日ってのは、おまえたち……、じゃ、ないよな?」
ぽかんと見ていた、エナとバカエルフの二人に聞いてみた。
ふるふるふる、と、首が横に振られて返される。
だよなー。
俺は途方に暮れた。
◇
「あれえ。もっくんだー?」
瓶ビールのケースを持ちあげかけた姿勢のまま、その女――高坂翔子は、驚いたような顔をして、俺を見ていた。
「そんな驚くようなことか?」
「だってぜんぜん来てくんないし」
「いや。用事ないし」
「だよね。用事ないと来ないよね。用事あるときには真っ青な顔で、〝塩が十トンいるんだよおほほほぉ〟とか、ハナミズ垂らして足にすがってくるくせに」
「俺がいつハナミズ垂らした。足にすがった。捏造やめい」
まあたしかに、青い顔には、なっていたかもしれないが……。
なにしろ〝戦争〟が起きようとしていた。
遠くの街で起きようとしていた〝戦争〟を止めるとき、塩十トンが1日以内に必要で……。そのときに、こいつの仕入れ力にはお世話になった。あちこちに電話して、トラック何台分もの「塩」をかき集めてくれた。
そのことについては感謝しているのだが、しかし、その後、会いに来いだの顔を出せだの、面倒くさいこと、この上ない。
質屋のジイさんみたいなことを言いやがる。
「用があったらこっちから来るっての。品物の仕入れぐらいしか用はねえっつーの」
「それだってジルちゃんに任せっきりじゃないのさ。毎日来てくれて、ニコニコ笑顔で凄い量の荷物運んでいって、あの娘、すごい娘だよね。ちゃんとアルバイト代払ってあげてる?」
「なぜおまえにきちんとやっているかどうかを心配されなきゃならんのだ」
昔も、こうだったなー、と思いつつ、俺は邪険に答えた。
「ところで、なんの用?」
「なんで用があるって決めつける」
「いまもっくんは、用がなければ来ないし用があれば自分から来るし、って、そう言ったぁ」
「うっ……」
指摘されて、俺は言葉に詰まった。
まあたしかに用がなければ近寄らないし。用があるから、ぶらりと顔を出したわけだし。
「ま、まあ、べつに……、用っていうほどのこともないんだが」
俺は要件を切りだした。
「単刀直入に聞くが。おまえ。誕生日って。いつだったっけ?」
「ひどい。忘れてるし。もとか……むぐぐっ」
翔子が物騒なことを口走りかけたので、俺はその口を押さえにかかった。
「むぐぐっ……の、誕生日を忘れるなんて、ひどいやつ」
「んなもんいちいち覚えているほど律儀じゃねえよ。――知ってんだろ?」
「まあね。もっくんは、そういうやつだよね」
「もっくん、やめい」
「もう過ぎたよ。だいぶ前だよ。ああそうだ。ジルちゃん、引っぱたいておいてくれた? あたしのかわりに?」
「ああ……、あれか」
そういえば、前にそんなこと言われたっけな。
ジルちゃんから、引っぱたきますか?[はい/いいえ]と聞かれて、もちろん[いいえ]を選択したっけな。
「まあそれはどうでもいいから」
「どうでもいいとか言われた」
「ま。おまえじゃないってわかったし。用は済んだし。じゃあな」
「こんどいつくるのー?」
背中にかかる声に手を振って返して、俺は高坂翔子の元をあとにした。
◇
「なあ。ジイさん」
「ああ。その壺はな。いいものだぞ。かの魯山人が――」
「いや聞いてねえし」
質屋の店内には雑多な品が陳列されている。
たまたま立っていたのが壺の前だったからか。壺を見ていたと思われていたようだ。
こんなん。見るわけないし。
高坂翔子のあとは、質屋のジイさんのところに寄った。
商店街の片隅で昭和か明治か大正か、ひょっとしたら江戸時代か、とにかく年季の入った店構えの質屋のドアをくぐって、「いらっしゃい」とも言わないガンコジジイと数分間、数メートルをはさんで無言のコミュニケーションをしていた。
沈黙に耐えきれず、最初に口を開いたのは俺のほうで、それに対するジイさんの返答が、さっきの通りだったわけだ。
「なあ。ジイさん」
「わしは反対だ。早すぎる。だが、もしどうしてもというのなら、一緒に暮らすことを許してやらんでもない」
「は?」
なんの話?
「いやそうじゃなくて。ジイさん。誕生日って、いつだ?」
「昭和23年3月1日だ」
「は?」
昭和生まれ? 美津希ちゃんって、そんなに年を取って――んなわきゃ、ないな。
「誰がジイさんの誕生日を聞いたよ」
「感心できんな。記念日を覚えおかないと大惨事が起きるぞ。わしが昔、バアさんの――」
「いや。バアさんの話は、いまはいいから。美津希ちゃんの誕生日って、いつよ?」
「それは……」
ジイさんが口にした誕生日は、数日後だった。
ビンゴーっ。
まだなにか話したがっているジイさんを置いて、俺は、質屋をあとにした。
◇
プレゼントー。プレゼントー。プレゼントー。
……って、なにがいいんだ?
美津希ちゃんへのプレゼントを求めて、俺は街をウロウロと彷徨った。
そこ。正確にいうなら、〝ウロウロ〟ではなくて、〝オロオロ〟であったかもしれない。
女の子へのプレゼントなんて、なにを買えばいいのか、わかんない。
バカエルフなら、肉味の缶詰を買えばいいし。成犬用でも幼犬用でも、おっふおっふ言って喜ぶし。
エナには服とかオルゴールとかが良い感じだったが、向こうの世界の素朴な孤児ならいざ知らず、現代の最先端のファッションに触れてるJKが、喜んでくれるようなものを選べるスキルは、到底、俺にあるはずがない。
まず真っ先に避けなければならないジャンルであった。
じゃあ、なんだ? なにがいいんだ?
昔々、翔子あたりは、100円ショップで買ったリボンあたりで、マジ喜んでいて、ほんとチョロかったのだが。ポニテを高々と結いあげて、そのリボンで留めていたのだが。
いつも街をさまようときは、仕入れの品を探すことが目的だが、今日はそういうのとは違って、いつもは行かないような、おサレなショップを求めて、俺は駅近のショッピングモールを歩いていた。
おサレな品を扱う店が、通路の両側に並んでいる。
……が、入りがたい。男一人で、ふらりとのぞけるような雰囲気ではない。
「むう」
俺が通路に立ち尽くして、行き交う人々の通行の邪魔をしていると――。
「あら。賓人様」
聞き覚えのある声に振り向くと、年上の美女がいた。
このあいだメイド服の件でお世話になった女性だ。
森さんだ。
しかし、今日の森さんの服装は、メイドさんではなくて――。
「こちらの格好ですか? 買い物に出るときには、メイド服で出歩きますと、人目を引きますので。写真撮影などを頼まれてしまうこともありますし」
スーツを着た美女は、メイド服で出会ったときとは、また違う印象だった。
なんていうか……、カッコいい。
ぴしりとスーツを着こなした彼女は、この前の女性らしい感じとは違い、なんだか男前だった。
これはこれで目を引くのではないかと思うのだが……。たしかにメイドさんのままで出歩くよりは、ましだろう。
「プレゼント、ですか?」
「ええ。はい。このあいだ一緒に行った、あの女子高生の女の子。――美津希ちゃんの誕生日らしくて。ジルちゃんに言われまして。〝めっ〟ってやられまして」
森さんと歩きながら、俺は事情を説明した。
渡りに船というやつだ。
「そうですね。服とか小物とか雑貨などは、好みもありますので、避けたほうが無難かもしれませんね」
森さんはそう言った。
「アクセサリー類は、恋人同士なら、よいのかもしれませんが。……お二人のご関係は?」
俺は、ふるふるふる、と、首を横に振った。
控えめに言っても、まあ……、友人同士? だいたい、そんなあたり。
「では、こういうのはどうですか」
たまたま通りがかった紅茶のお店の中に、森さんは、ふいっと踏みこんでいった。
俺もあとを追って店に入ってゆく。
ガラスのティーポット、砂時計、そして紅茶の茶葉。
本格的な紅茶セット一式が、森さんの選んだオススメの品だ。
「茶葉は、ヌワラエリヤなど、どうでしょう。香りがとても華やかなんですよ」
「ほー。へー。はー」
まったくわからん。だがこの教養溢れる美人さんが言うなら、そうなのだろう。
「あとは意外と良いかもしれないプレゼントとしましては……、花など」
「花ですか?」
サイフを出しかけていた手を、俺は止めた。
「キザじゃないですか? ……花とか?」
「いただく側にしてみれば、意外と困らないものなんですよ」
「へー」
「捨てられますし。枯れますから」
「うっ……」
思わず呻いてしまった。クールな顔のまま、けっこう怖いことを言う。
「というのは冗談ですけど」
顔色一つ変えずに森さんはそう言った。
意外とお茶目なところのある人なのかもしれない。
「花かー」
俺はサイフをポケットに戻すと、考えこんだ。
◇
その場で決めずに、結局、持ち帰った。
「うーん。うーん……。なにがいいかなー」
「なんですかー。なんですかー? お夕飯のメニューの悩みですかー?」
「なんでそうなる。おまえは本当に食うことばかりだな」
「生き物が食うこと以外を気にしてどうするというのです。そしてエルフも高貴ではあっても生き物なのです。えっへん」
「ドヤ顔で言うし。自分で高貴とか言うし」
いつもの軽口の叩き合いを、ほとんど脊髄反射的にこなしながら、俺はプレゼントのことを考えていた。
「なー。エナー。お花とか。どうかなー?」
「おはな? プレゼントに?」
「ああ。うん。お花とか。いいんだってさー」
「でも、おはな、どこにでもあるよ?」
「いや。そこらに生えてる花とかじゃなくてな。売ってる花のほうで……、って、花屋って、あったっけ? ここ?」
そういえば異世界の街で、花屋を見たことは……なかったような気がする。
エナの言う通り、たしかに花なら、空き地にいっぱい生えている。
店の前にも、鉢植えにして飾ってあったりしているが、花屋から買ってきたものではなくて、そこらに生えているのを植木鉢に入れただけだった。
この世界には、どうも「四季」というものが、ないっぽい。
冬になって枯れたりすることなく、年中、どこかで花が咲いている。植木鉢とスコップを持って空き地に行って、好きな花を持ってくればいいわけだ。
「おはな。……とってきたよ?」
俺が頬杖をついて考えこんでいるあいだに、エナが、植木鉢とスコップを持って裏の空き地に行って戻って、鉢植えを一個、こしらえてきていた。
「はい」
出来たてホヤホヤの鉢植えが、俺の目の前に置かれる。
「これ。なんて花だっけ?」
「おはなは、おはなだよ?」
エナはきょとんとした顔で、そう答えた。
名前は、ないのか。
バカエルフのやつに問いかける顔を向ける。
「名前はありますよ。でもキングのところにいる学者さんでもなければ、いちいち気にしたりしないですねー。花は、花です」
肩をすくめて、そう返してくる。
そっか。
「なあ。エナ。じゃあここに、おはな、って書いてみそ」
適当なプラスチックの札を探してきて、エナにマジックで、名前を書いてもらう。
こちらの世界の文字だ。俺は読めないが、なんか「ファンタジー!」って感じで風情がある。
よし。
ここに鉢植えがある。
プレゼントに〝花〟は、悪くないチョイスらしい。
さらにこれは、花は花でも、あちらの世界には存在しない、異世界の〝花〟だ。
そしてプレゼントの相手は、美津希ちゃんだ。
美津希ちゃんは、異世界マニアだ。
したがって……。
ひょっとしたら、喜んでもらえるのではないだろうか?
こんな、裏の空き地からスコップですくってきただけの、名前もついていないような〝花〟だとしても。
うーん……。でもなー……。
紅茶セットとかのほうが、いいのかなー?
わりと高価な品だったしなー。
うーん……。うーん……。
俺は腕組みをして、悩み続けた。
◇
結局、美津希ちゃんには、〝おはな〟をプレゼントすることにした。
そしたら、美津希ちゃんは、えらい喜びようで――。
異世界の見たこともない〝おはな〟に大興奮して、俺の首根っこを、ぶんぶん揺さぶるほどの感激ようだった。
悩みに悩んだあげく、〝おはな〟に決めたわけだが――。
正解だったようだ。
よかったよかった。