第69話「メイド喫茶無双」
「メイド喫茶ってのが、人気らしいんだ」
「はえ? めいど……、ですか?」
いつもの昼すぎ。いつものCマートの店内。
唐突に話しはじめた俺に、バカエルフが間の抜けた感じで、バカっぽく返事を返す。
「うむ。そうらしいのだ」
俺は腕組みをすると、深々と、うなずいた。
その種のことには疎い俺だが、美津希ちゃんのLINEトモダチの、その辺の関係に詳しいディープな女子高生、むらさきちゃんが言うには、世では、〝メイド喫茶〟なるものが流行っているらしいのだ。
なんでも、店員がメイドさんの格好をした喫茶店であるらしい。
それどんな風俗? ――とか、思わず聞いてしまって、美津希ちゃんに白い目を向けられてしまった俺であった。
俺が一瞬想像してしまった〝そーゆーの〟とは、ぜんぜんちがって、まったく健全なお店であるらしい。
「ほら。うちって、ほとんど喫茶店じゃん?」
「いえ。〝ほら〟とか言われましても。そもそもわたしは〝きっさてん〟なるものが、なんなのか、知らないのですけど」
「喫茶店っつーのは、うちみたいな店のことだよ」
「マスター。それはなんの説明にもなっていないと思うのですよ?」
Cマートの店内には、テーブルがあって、常連客にはお茶を振る舞っている。
なにも買わないのに長居している客もいる。ツンデレドワーフとかツンデレドワーフとかツンデレドワーフとか。キングとかキングとかキングとか。
もうほとんど喫茶店状態だ。
料金メニューに、コーヒー紅茶を入れればいいのかもしれないが……。
そうすると名実ともに喫茶店になってしまうので、やらないことにしている。
もうほとんど喫茶店なら、いっそのこと、メイド喫茶とか、どうだろうと思ったわけだ。
「はぁ……。うちは〝すーぱーまーけっと〟ですから、〝きっさてん〟というのは、すーぱーまーけっとの一種なんですか?」
「んなわけないだろ。バカメ。おまえはほんとにバカなエルフだな」
「ですから、ちゃんと説明してくださいよー。マスターの説明がバカだから、わかんないんですよー」
「バカって言ったほうがバカ」
「最初に言ったのマスターですよー。だからマスターのほうがもっとバカ」
「ああ。また言いやがった。バカバカめ」
「わたしがバカバカならマスターはバカバカバカですねー」
くすくすという笑い声が聞こえてきたので、顔を向けると――。
エナがティーセットをテーブルに並べているところだった。
俺がバカエルフとバカな言いあいをしていると、エナは笑顔になる。滅多に笑わないエナの、そのレアな笑顔を見たくって、俺たちは言いあいをしている節もある。
「あー、エナ。ちょっとストップ。そこで止まって」
「うん?」
テーブルの前にエナが立つ。
俺は頭の中で、エナのその姿に、メイド服を重ねてみた。頭の上には、白のヘッドドレスとかいうものも、ちょこんと、置く。
うん。イイヨイイヨー。
「メイドさん。どうだ? 興味あるか? メイドさん?」
「……わかんない」
「ほら。このあいだ。いいオベベ。持ってきたろ。白いやつ」
「空色だよ?」
「ああうん空色だったな」
このあいだエナに持ってきてやった服は、白がベースで空色のアクセントのついている服で……。エナ的にはあれは〝空色〟なのだな。うん。その通りだな。
「オベベ。もうひとつ、どうだ? こんどは黒系だぞ? エナの好きな色だぞ? メイドさんだぞ?」
「……めいどさん?」
エナは首を傾げるばかり。
「ですからマスター。まず〝めいど〟ってなんなのか、わかるように説明してくださいって」
「メイド服着てんのが、メイドさんだっつーの」
「〝めいど〟というのが着る服が〝めいど服〟なら、そりゃ、その服を着てるのが〝めいどさん〟というものなんでしょうけど。……だからぜんぜんわからないですってば」
「なんでわかんないんだっつーの」
やっぱりバカだ。バカなエルフだ。
「エナちゃん。……わかります?」
「……ううん。わかんないよ?」
「えっ?」
バカエルフに言われても「バカメ」と思うだけだが、エナに言われれば、自分が悪かったのかと思う。
「めいどふく……って、どういうの?」
「う、う~ん……、そう言われてもなー」
「じゃあ。絵で描いてくださいよ」
言われたので、描いてみた。
メモ用紙とボールペンで、頑張って、描いてはみたのだが……。
「なんですか、この、謎の生物みたいなの?」
ダメ出しをされた。
バカメ。わからんほうがバカなのだ。
だからおまえはバカエルフなのだ。
「エナちゃん。わかります?」
「……わかんないよ」
ああー。やっぱー。だめだったー。
「わかった。ちょっと待て」
俺は仕入れ用のバックパックを肩にかついだ。
もう〝現物〟を持ってくるしかない。
◇
困ったときの美津希ちゃん頼み。
俺はファミレスで美津希ちゃんと会っていた。
「メイドさん……ですか?」
「ほら。このあいだ、メイド喫茶がいま流行ってるって話してたじゃんか」
「いま、っていうか、むらさきちゃんが言うには、もう十年以上も前からだそうですけど」
「ええっ? そんな昔から?」
「はい。わたしは詳しくないんですけど」
「まあそれはともかく」
「メイド服が欲しいんだけど。どこで手に入るのかな?」
「なんに使うんですか?」
「いや。着るよ。もちろん」
「えっ? マレビトさんが?」
「いやいやいや。ちがうって」
俺は手をぱたぱたと振った。
「エナとか。あとは――」
「あっ。エルフさん。似合いそうですねー!」
いや。バカエルフのやつは、正直、どうでもいいのだけど。
「メイド服のことを説明しても、よく伝わらなくて。だから実物持っていったほうが早いんじゃないかなって」
「うーん。実物ですかー……」
「どこで売ってるのかなと」
目当てのものが、どこで入手できるのかわからないときには、このスーパー女子高生に聞くと、いつも必ず出てくるのだ。
「う~ん。う~ん……。どこで売ってるんでしょう。ドンキとかにあるのって、あれ、コスプレ用ですよね」
「うん? ドンキにあるのか?」
「だからコスプレ用ですってば」
「こすぷれ? なにそれ?」
「う~ん……、説明は……、難しいですー、……っていうか、恥ずかしいですー」
「ん? なに? それはなんなの? 恥ずかしいことなの?」
恥ずかしがってる美津希ちゃんに、俺は聞いた。
「え? ちがうんですか? コスプレ衣装って、そういうことに使ったり……しないんですか?」
「いや。しらんけど。〝そーゆーこと〟って、どんなこと?」
「いえません」
「言えないようなことなんだ」
「い、いえますよっ。いえますっ! ぶ……、文化祭で……、着たり、とかっ」
「着たの? メイド服?」
「うちのクラスは色々で。婦警さんとか。カンフー娘とか。わ、わたしは……、着てないですよ? う、裏方でっ、お、オムライスを、チンしてましたよ?」
「オムライス?」
「オムライスはいいんです。……で、そういったコスプレ衣装だと、ちょっと作りが、ちゃちくって……。まあ、お値段相応なんですけど」
「そうなんだ」
さすがに経験者。その言葉には重みがある。
「……で、美津希ちゃんは、なに着たわけ?」
「あの……、えっと……。ど、どうしても……、言わないと、だめ?」
「言って」
俺はうながした。
「ば……」
「ば?」
「バニーさんで……」
「なんだバニーさんって?」
「えと、バニーガール……、というやつで」
「あーあーあー。なんか。聞いたことある。見たこともあるかも? こう耳がぴょんと立っていて、エッチな格好をした――」
「エッチじゃないです! そんなでもないです。……なかったです。……ないですよ?」
「そーゆーの、エナには、絶対、着せないから」
「だからそれほどエッチじゃなかったですってば。……エナちゃんには着せちゃだめですけど」
「なんの話をしているんだ? 俺たちは?」
「そうですね。話を戻しましょう」
二人で咳払いをしあって、正気に返る。
「お店で営業用で使うんだったら、しっかりした、ちゃんとしたメイド服ですよね?」
「ああ。うん。まあ予算はいつものように気にしなくていいんで」
Cマートの会計は、かなり〝ざる〟で〝どんぶり〟だ。
向こうの通貨は、銅貨と銀貨と金貨とかで、金貨あたりは純金そのままだ。同重量の砂金を現代日本に持ちこめば、美津希ちゃんとこのジイさんが、1グラム3000円で日本円と交換してくれる。
金貨一枚は、ずっしりと重たくて――。
きちんと計ったことはないのだが、何十グラムかはありそうだから、何万円かにはなるわけだ。
店の隅の坪貯金には、だいぶお金が貯まっている。金貨換算で数百枚か、あるいは数千枚か……。
「美津希ちゃん。数万かける数千は?」
「はい? なんですか?」
「計算して」
「ええと。数万と数千が、4万くらいと4000くらいとして、1億6000万ですね」
「うおお」
うおお。すげえ。
なんかいつのまにか、すげえ金持ちになっていた。
ぜんぜん使っていない坪貯金だが。
いつかそのうち、まとめてキングに寄付するか、なにか世のため人のためになる使い途を見つけないとなー。
まあともかく、コスプレでない本物のメイド服ぐらい、気にしないで買えることは――考えるまでもなく明らかだ。
いくらするのか知らないけど。
「なー。頼むよー。どこかで手に入らないかなー?」
「うーん……、うーん……。本物のメイド服……、メイド服……、本物のメイドさん……、メイドさん……」
うんうん唸る大明神を、俺は祈りながら見守った。
俺にできることは、祈って待つことだけだ。
「あっ!」
大明神が、なにかに気づいたように、声をあげた。
俺は期待の面持ちで見守った。
「そういえば、ジルちゃんのお友達のおうちに、メイドさんのいるお家があるんですけど」
「なんですと」
なんたるお金持ち。本物のメイドさんとは。
「メイドさんとは、ちょっと違って……、侍従? とか? そんなお仕事らしくて、スーツ姿のカッコいいときもあるんですけど。でもメイドさんの格好のときもあって」
「服が、もう、すごいんですよ。本物なんですよ」
「ですから。その人のところに行って、どこで仕立てているのか聞けば、本物のメイド服の入手方法なんかもわかるんじゃないでしょうか」
「なるほど!」
やはり持つべきものは、大明神だった。
◇
「こちらがメイド服となります。未使用の新品ですので。お気になさらずに、お使いください」
「いえいえそんな。わざわざありがとうございます」
俺は恐縮しまくって、頭を下げまくっていた。
相手は年上の美人さん。そして一分の隙もない職業メイドさん。これでかしこまらないやつが、もしいるとすれば、そいつは勇者だ。
ジルちゃんの友達を頼って大きなお屋敷を訪れた。
応対してくれたメイドさんは、ショートカットのクールな美人さんで――って、〝美人〟はこのさい関係がないのだが。
森さんという、そのメイドさんは、事情を話すと、自分の服の予備を譲ってくれると申し出てくれたのだった。
「あとエナ様ですか。こちらでサイズが合うかと思います」
森さんはメイド服をもう一着出してきた。サイズが小さい。これは子供サイズだった。
「あれ? 子供メイドさん? ……も、いるんですか?」
「ええ。小森という者がおります。中学生ですが、大変、小柄ですので。そちらのエナ様と、ちょうど同じくらいであるかと」
なんと。バカエルフとエナと、二人とも衣装が揃ってしまった。
本物メイド服をどうやって入手できるのか、教えてもらうだけのつもりだったのだが……。
「なにもかもすいません。それで、お代は……、いかほど?」
俺はおそるおそる、そう言った。
生地もいいし仕立てもいいし、既製品じゃないのは明らかで――。相当な値段を覚悟した。
まあ。払えるけど。
1億6000万円までなら。
「いえお代は頂けません。ジル様のお友達から、そんな、お代なんて頂けませんわ」
「まあお友達っていうか雇用主ですけど。……そんな。タダでもらうなんてできませんって。言ってください。払えますから。俺。こう見えても、けっこう、金持ちなんですよ?」
「あら。財産でしたら、天使家も相当なものですよ?」
年上の美女は謎めいた微笑みを洩らした。
対価を要求されずに親切にされている感じが、向こうの世界の人たちと似ている。
こちらの世界でも、お金持ちさんは、こういう感じなのだろうか。
俺はソファーの隣に、ちょこんと座っている美津希ちゃんを見た。
「ん? ん? ん? ……なんです?」
「いやべつに」
前に美津希ちゃんが、〝お金持ちさん、好きなんです〟と言っていたことがあった。
それは決して現金な意味の発言ではなくて――。
おおらかで親切なところが好きなのだと、そうした意味の発言だった。
「じゃあ。ご厚意に甘えておきます。――なにか手助けできることがあれば、いつでも言ってください。お役に立ちます」
俺はそう言った。
そして俺も、おおらかで親切であることを心がけよう。
向こうの世界にいれば、なんの困難もないことではあるのだが――。
◇
「じゃーん! これがメイドさんの服だ! 本物だ!」
「わぁ……」
「マスター。マスターマスターマスター。重要なことがあります。なんと二着あります。大きいほうと小さいほうです。この大きいほうは、わたしがいただけるってことで、いいんでしょうかっ。いいんでしょうかっ。いいんでしょうかっ」
そこは大事なところなのか。バカなエルフは3回も言いやがった。
「ああ。まあ。……ついでだがな」
「うわーい」
「いいか? おまえなんか、あくまでもエナの〝ついで〟だぞ? おまえ用なんかに、わざわざもらってくるなんていうことは、間違ったって、起きないんだからな? わかっているな? そこんとこ?」
「マスターから物をいただいたのは、これが二度目ですー」
「え? そうだっけ? 前になんか物をやったことなんて、あったっけ?」
「はい。〝水着〟とゆーのを、いただきましたー」
「あー。そういえば、そうだっけな」
「エルフさんも……、物もらったの、2回目?」
エナが聞く。
「わたしは。これ。3回目」
「マスターはエナちゃんが大好きなんですよー」
バカエルフがバカなことを言っている。
まあエナが大好きなのは間違いないが。
ん? でも? エナになんかプレゼントしたっけなー?
3回のうちの1回は、白い服だろ。いや空色の服か。エナ的にはそこは大事なところなのだから、間違えちゃいかんな。うん。空色だな。
もう一個って、なんだっけ……?
考えた。考えた。考えた。
エナの保護者として、真剣に、考えた。
――ぽん。
ああ。オルゴールか。あれはエナの宝物になっていたっけな。
「メイドさんの服……。きてみても、いい?」
「おお。いいぞー」
もちろん。そのために手に入れたわけだし。
「マスターマスター。わたしも着てみてもいいですかー?」
勝手にすればいいんじゃね?
「――って! おい!」
バカエルフのやつは、例によって、その場で服の裾に手をかけて、くるりんと脱ぎはじめていたので――。俺は騒ぎながら、紙袋とか台ぶきんとか、とにかく、そこいらにあるものを手あたり次第にぶつけた。
「なにするんですかー。マスターいつも変ですよー。なんで着換えようとすると怒るんですかー? 発情期ですかー?」
「うるさい! わけわかんないのはおまえのほうだ! エナを見習えっつーの! いいからあっちで、見えないところで着換えてこいっつーの!」
エナは自分の段ボールハウスに入って、ごそごそと着替えをやっている。
バカエルフみたいに、恥じらいもなく着換えはじめていない。
バカエルフの肌が視界から消えて――。
待つこと、しばし――。
「マスター。ほらー。こっち向いて、いーですよー」
「準備。できたよ」
背中を向けて待ち続けていた俺は、二人の声がかかったので、おもむろに後ろを振り返った。
「おー」
メイドさんだ。
大小、二人のメイドさんが立っている。
片方は、はにかんだ顔で縮こまり、片方はニコニコと能天気にバカっぽく笑っている。
「似合いますかー?」
「……にあう?」
二人はそう言ってきた。
むう。難問だ。
二人で同じ質問してくんな。
返答に困る。
イエスって言ったら、バカエルフを褒めていることになるし。ノーっていったらエナをディスってしまうことになる。
エナはもちろん似合っている決まっている。バカエルフのやつは、わるいがぜんぜん似合っちゃいない。可愛らしすぎる。
エナは、もともとの黒髪に白いヘッドドレスがちょこんと載っかって、白と黒とのコントラストがよく映えていた。
エナに似合うイメージカラーの黒を基調としたメイド服に、端々に見え隠れする白いエプロンドレスのレースが、華やかさを加えている。
バカエルフのほうは――。なんだかぜんぜん別人に見えてしまって仕方がなかった。おしとやかな感じの女の子に見えてしまって――。
「あっ――、いらっしゃいませー」
お客さんがやってきた。二人で接客に出向く。
コーヒー豆が目当てのお客さんに、実際にコーヒーを淹れて試飲してもらったり、なんやかやとやっていると――。
もうそれはほとんどメイド喫茶の光景であった。
いや。本物のメイド喫茶には言ったことがないんだけど。
◇
二人はその新しいコスチュームを気に入ったようで、たまに二人で示し合わせて、一日メイドさんになっていた。
二人がメイドさんになっている日は、お店でコーヒーを振る舞う日、ということにもなって――。
〝メイド喫茶の日〟ができて、Cマートはますます賑わうようになった。
メイド喫茶無双……なのかな? これは?