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第68話「調味料無双」

「マスター。これはなんですかー?」

「それは砂糖」

「なんか色が違いますよ? これ茶色ですよ。お砂糖は真っ白なのじゃないんですか?」

「それは上白糖。これは三温糖とかいうやつ。あとこれが黒砂糖だろ。こっちはザラメだろ。こっちはグラニュー糖だろ。――とまあ、砂糖にも色々あるんだよ」

「どれも甘いですー」

「さっそく舐めてるし。――あたりまえだろ。砂糖なんだし」


 俺はバカエルフに向けてため息をついた。

 指をちゅぱちゅぱやってる。ほんとバカ。


「あー。エナも舐めたかったら、舐めていいんだぞー」

「えっ……?」


 物欲しそうにしているエナに、そう言ってみたら……。

 エナはびくりと固まってしまった。


 あらら……。

 気を利かせてみたつもりが、これは、よくなかった模様だ。

 エナは恥ずかしそうにうつむいてしまった。


 いつもの昼すぎ。いつものCマートの店内。

 いつものテーブルの上には、小皿がたくさん並べられていた。

 小皿の中身は、ひとつひとつ変えてある。


 並べてあるのは砂糖だけではない。

 いわゆる〝調味料〟というものを、各種、向こうの世界から持ってきて、並べているのだった。


「これ、きれいな色……」


 小皿のひとつを、エナが見つめている。目をキラキラとさせている。


「ああ。それはケチャップだな」

「けちゃっぷ?」

「トマト・ケチャップ……、って、トマトはこっちにはないから、わかんないか」


 オバちゃんの食堂で、こちらの世界の食事をよく食べているが、なんだかよくわからない野菜が出てくる。

 すくなくとも、トマトみたいな食材は見たことがない。きっと、こちらにはトマトはないんだと思う。

 トマトがなければ、ケチャップもまた、存在しないわけだ。


「まえにコショウで無双したろ。こんどは香辛料だけでなくて、調味料、いろいろ、持ってきたんだ」


 前々から思っていたことであるが……。

 どうもこちら世界には、〝調味料〟というものが乏しい気がしていた。

 向こうの世界でスーパーを覗いたら、調味料なんて、ずらりと棚3つぐらいの分量があったりする。


 塩、砂糖、醤油、味噌、酢、などは言うに及ばず、

 ケチャップ、マヨネーズ、ソース、焼肉のタレ。

 料理酒に、みりん――。ダシにコンソメ、鶏ガラ、中華スープなど。

 めんつゆに、パスタソースに粉チーズに――。


 数えあげるのも大変なぐらいの種類がある。

 いざ店に行って眺めてみれば、ドレッシングだけで、棚一つぐらいあったりした。


 さすがに全種類は持ってきていない。ビンとチューブに埋もれて死ねるくらいの量になる。

 だいたい代表的なものを、一つずつチョイスしてきた。


「この黄色いの。なに?」

「これはマヨネーズ。向こうじゃ定番なんだぞ。〝マヨラー〟っていうのがいるくらいだしな」

「まよらー?」

「なんにでもマヨネーズをつけて食べる人のことだ」

「そんなにおいしいの?」

「ちょっと舐めてみな」

「ん……。すっぱい」


 エナは指先につけたマヨネーズを、ぺろりと舐めて、そう言った。


「塩の味がする。……あと。なんか。濃いミルクみたい」

「気に入ったか?」

「うん!」

「マヨラーはこれをなんにでもつけるが、普通の人は、野菜につけたりするなー。あとは。ツナ缶の中身に混ぜたりもするなー」

「うわぁ……」


 エナは目を大きく見開いた。

 味を想像したのか。その顔は嬉しそう。


「マスター。マスターマスター。わたしも、わたしもー」

「おまえはすこしは遠慮しろ」


 小指の先に、遠慮がちに、ちょっぴりと付けてるエナとは違い、バカエルフはた~っぷりと指先ですくっている。

 バカ。ほんとバカ。


「さっきのトマト・ケチャップも、舐めてみろ」

「ん」


 エナはケチャップを小指につけて、口に含むと――。


「あっまーい!」

「マスター。マスターマスター。わたしもわたしも~!」

「うるせえ。勝手に舐めてろ」


 俺はバカエルフにそう言った。このくらい冷たくして、こいつには丁度の扱いだ。


「おまえ。このまえのとき。意地汚くして、えらいめにあったろ。辛いのもまじってるから、味見は、ちょっとにしておけよ」


 このあいだ、この食い意地の張った、おバカなエルフは、ワサビとカラシのチューブを、一人占めしようと、一気に口の中に絞り出して――。

 そしてまあ、なるようになっていた……。大きな悲鳴があがっていた。自業自得だが。


 だからいちおう、注意しといてやった。

 こんなん。またエライ目にあっても、かまやしないのだが。


「気をつけます。マスター。優しいですねー」

「うるせ。バーカ。また辛いの舐めて、火でも吹いてろ」


「ね。〝ちょーみりょー〟って……、こうしんりょー、と、ちがうの?」

「よくは知らんが。辛いのが香辛料で、それ以外は調味料っていうみたいだぞ」

「そうなんだ」


 うるさかったり余計なことを口走ったりするバカなエルフとは違って、エナは素直に感心している。

 うん。かーいー。かーいー。


「マスター。マスター。この〝そーす〟っていうの、なんでこんなに種類があるんですかー? ですかー? ですかー?」

「うっせえな。知らねえよ。ウスターとか中濃とかトンカツ専用とか、お好み焼き専用とかヤキソバ専用とか、色々あんだよ」

「マスターの世界には、なんでこんなに、〝ちょーみりょー〟があるんですか?」

「それは俺が聞きたい。こっちの世界には、なんでこんなに、調味料が少ないんだ?」


 オバちゃんの食堂にある、調味料っぽいものといえば……。

 酢とか、まったりとした味の謎のペーストとか、あっさり味のものばかりだ。

 最近はうちの店から卸しているから、「塩」と「胡椒」も並んではいるが……。


「〝ちょーみりょー〟って、どれもしょっぱいじゃないですか。塩は貴重品なんですから。こんなにたくさん作れないですよ」

「それだ!」


 俺はびしりとバカエルフを指差した。バカなのに、こいつ、賢い。

 なるほど。こちらの世界で調味料がすくない――ていうか、ほとんどない理由は、塩不足によるものか。


 いや。不足しているわけでもないのか。

 みんな薄味に慣れているっぽくて、特になにかかけたりしなくても、普通に食べている。


 向こうの世界では「減塩」が叫ばれているくらいなので、塩分というのは、本来はもっと少なくてもいいそうだ。

 特に塩味を感じない食べ物のなかにも、わずかに塩分は含まれていて、それだけでも足りてしまうくらいらしい。

 以上、すべて、週一でファミレスで帳簿を見て貰ってる、スーパー女子高生――美津希大明神からの受け売りであるが。


 こちらの世界の人たちは、料理になにかかけるにしても、最近、うちの店から流通をはじめた「塩」とか「コショウ」とか、そういうシンプルなものだけだ。


 ここいらでひとつ、あちらの世界の豊富すぎるほどの調味料でもって、無双しようと思ったわけだが……。


「どうだろ? 調味料、どうかな? ――人気になると思う?」

「うん?」


 エナに顔を向ける。

 調味料の味見をしているエナは、指先を口にくわえながら、こちらに向いた。

 あれこれと味見をするのに、夢中な感じ。


「これも、赤くてきれい――」

「あ、それは――」


 言いかけたが、遅かった。

 エナはもう、真っ赤な液体――タバスコに指をつけて、それを口許へと……。


「……!? か……、かっらぁーーーい!!」


 エナの絶叫がCマートの店内に響き渡った。

 本日の絶叫者は、バカエルフでなくて、エナだった。


    ◇


 後日。

 各種調味料はCマートの人気商品の一つとなった。

 ソースとドレッシングが、特によく売れた。

 マヨネーズも一旦はバカ売れして、こちらの世界にも〝マヨラー〟が出現するほどになったが……。

 しかし、マヨネーズというものが、酢と油と卵の黄身とで自作できるということが知れ渡ってからは、ぜんぜん売れなくなってしまった。


 ま。売れても売れなくても、皆が笑顔になってさえいれば、俺もCマートも店員たちも、それで良いわけで……。


 本日のCマートは、調味料無双だった。

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