第65話「スランプ」
「スランプなのれすよ~」
「ほう。そうか」
なのれす喋りをする、この少女は、うちのお店の常連さん。
自称小説家ないしは小説家のタマゴで、うちの店にしょっちゅう入り浸っては「ネタ探し」をやっている。
「マスター。マスター。小説家に〝自称〟っていうのはないんですよ。誰でも名乗ったその瞬間から小説家ですので」
「それはあれか? 冒険者みたいなものか? 誰でも名乗った瞬間から冒険者になれるっていうあれと同じか?」
「そうかもしれません」
「たとえ冒険に出ていなくて、街でうだうだとやっていても、女の子をナンパしているだけでも、冒険者といっているのと、同じか」
「なんぱ? ――っていうのはよくわかりませんが、まあ、そんな感じですかね」
「そうかケインとおなじか。じゃあだめだな」
「いえケインさんは冒険してますし。勇者ですし。まあケインさんと同じくらい有名ですけど。この方は有名な小説家なんですよ。
「うそをつけー」
「ほらまたー。信じないー。ほんとですってー。読者たくさんいますってー。空想冒険ファンタジー小説の大家です」
「ファンタジー小説?」
むう。ファンタジー世界にもファンタジー小説があるとは。奥が深い。
ほんとなのかなぁ、と、俺は、床にぺたんと座りこんでいる残念女子を見下ろした。
「うふふふふ~。サイン本置かせてもらっていいれすか~? 300冊くらいサインするれすよ~?」
「売れなかったら、それは返本できるのか?」
「ふふふ。返品不可なのれす~。それがサイン本なのれす~」
「そうか。ならいらん。だいたい、おまえの書くのは触手がウネウネして、女冒険者に、けしからんことをするような内容だろ。18禁は、うちは置かん」
「大きなハサミでバッサリやられる内容もあるれすよ?」
「それも別な意味で18禁だ。もしくはR15だ。うちは健全な全年齢ショップなんだ。女子供が安心して読める内容の本を書いたら、置いてやってもいい」
「善処するれす~」
ほんにゃりとして、ロリな見かけなのに、書いているものは、エグい残虐冒険活劇らしい。そしてそういう本が大人気らしい。
「それはそうと~、スランプなのれす~」
「スランプって、どんなんだ?」
身近に小説家なんていないので、俺は、ちょっと興味を持って、聞いてみた。
「小説が進まないのれす~」
「どう進まないんだ。原稿用紙に書いたものを、こんなのだめだ! ――とか言って、バリって破り捨てたりするんか?」
「そんなことしないれすよ~。紙がもったいないれす~。小説は~、なにかの紙の裏を使って書くれすよ~。新品の紙だったら、表裏縦横使って、4枚分も使えます~」
「まてまてまて。表裏はわかるが、縦横って? ……なんか想像もつかん節約法だな」
「紙の話はいいのれす~。スランプなのれす~」
「そのスランプの心境を書き綴るっていうのは、どうなんだ?」
「そういう私小説的なものは、らめれすね~。小説は日記帳ではないのれす~。スカっとして、ぴょんぴょんして、ザクっていったりドスっていったりする内容でないと、らめなのれす~」
「なにかいいモンスターは、いないれすかね~。
「モンスターくらい、いくらでも、いるんじゃないのか? こっちの世界には」
「皆が知らないようなモンスターれす~。ファンタジー小説なのれすから~、身近なモンスターじゃらめれすよ~」
「そうか。普通のモンスターは身近なのか。だめなのか」
「女冒険者にイケナイことをするようなモンスターとか。男冒険者をザクっとかドスっとかチョッキンとか、なにか、真新しい殺しかたをするような~」
「やはりおまえの書く小説はR18ないしはR15で確定だな。うちには置いてやれんな」
「賓人さんの世界の話をしてください~。なにかアリエナイ生き物がいたじゃないれすか~」
「ありえない生き物? ああ……、あれか」
前にこいつは、「海のいきもの」という図鑑を買っていった。カニとかイソギンチャクを「ありえない生き物」と称して、家ぐらいのサイズに巨大化させて、〝架空の生き物〟として、作品中に登場させていたらしい。
そして触手で女冒険者に、けしからんことをしてみたり、男冒険者をチョッキンとやってみたりしていたらしい。
ファンタジー世界のファンタジー小説には、現代世界の実在の生き物が、架空のモンスターとして登場させられるらしい。
「ああいうの、もっとないれすか~。賓人さんの世界って、どんなモンスターが闊歩しているれすか~?」
「いやー。モンスターは闊歩してねえなぁ~」
「お茶……、です」
エナが緑茶を淹れてくれた。
しかたがないので、俺は自称小説家をテーブルに招いて、茶菓子も出してやった。
「皆にとってのモンスターはぁ~、つまり~、見慣れないものなのれす~。賓人さんのところの〝ふつう〟が、案外、こっちではモンスターかもしれないれすよ~。このあいだ登場させた、イソギンチャックGとか、カニバサミンZとか~」
「GとかZとか付いてるし。なんか強そうなネーミングになってるし。……だいたいあれは、こんな、手のひらにのるようなサイズの生き物だぞ? 何センチとか、そんくらいだぞ。街中に歩いてたりはしねえぞ」
「賓人さんの世界の街中には、どんなモンスター……じゃなくて、普通のものが、歩いているですか?」
「いやー。動物は、あんま、歩いていねえなー。せいぜい、ワンコとかニャンコとか鳥だとか」
「ワンニャンですと~、こちらにもいるですね~。あまりめずらしくないですね~」
「ああ。そうそう。生き物はいねえけど。車は走ってるな。たくさん」
俺はそう言った。
向こうの世界でいちばん見かけるのは、車だ。自動車だ。
「クルマですか? それはどんな生き物なのれすか~?」
「生き物じゃないな。強いて言うなら、鉄のカタマリかな?」
「おお! 鉄のカタマリのモンスター! そそそ――それはどのような生態のモンスターなのれすかぁ!」
自称小説家は、エキサイトしている。
「いや。だから生き物じゃねえって。機械。キカイ。人間の作った道具で、乗り物だってばさ。人間を乗せて、運ぶの」
「では、人の血をすすってそれを動力にして爆走する乗り物のモンスターにします」
「モンスターになった! なんか怪しく危険になった!」
まあ、ファンタジー小説なのだから、いいのか。
「他には……、そうだなぁ。ああ……。自販機は、そこら中にあるなぁ」
「ジハンキ! それはどのような生態のモンスターなのれすかぁ!」
「だからモンスターじゃねえっての。……ええと。お金を入れると、飲み物とかを出してくる、自動で商品を販売する機械だな。俺らの世界じゃ、街中、いたるところにこれがあってだな……」
「おお! ではすごいアイテムをエサにして、手を伸ばすと、ぱっくんちょ! ――って、手を噛みちぎってくるモンスターにします!」
「R15になった! やっぱ残虐描写になった!」
「ありがとうなのれす~! 詰まっていたアイデアが出たのれす~!」
「いや。出してないだろ。パクっただけだろ」
「ふふふ。自然物からパクるのはOKなのれす~。賓人さんの世界のことなんて、誰もしらないから、パクりに誰も気付きようがないのれす~。つまりオリジナルなのれす~」
ふむ。そうか。
まあ。どうでもいいが。
自称小説家は、そのまま、うちの店のテーブルの一隅を占拠して、小説の執筆をはじめてしまった。
チラシ――でなくて、書き損じの紙を与えてやったら、大喜びで、裏面を使って、モリモリと執筆をしていた。
羽ペンで紙に書きつける異世界文字は、俺には読めないので、小説の出来はわからない。
自称小説家だから、きっと駄作に決まっているが――。集中している彼女のために、お茶とお菓子を置いておいてやった。
本日のCマートは、自称小説家の仕事場となってしまった。