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第64話「オルゴール無双」

 いつもの昼下がり。いつものCマートの店内。


 俺は頃合いを見計らって、箱をひとつ、バックパックの中から取り出した。


 このあいだ仕入れてきた品物だ。


 ホームセンターの片隅で見つけた品物だった。壁時計と目覚まし時計のコーナーのあいだに、ひっそりと目立たない感じに置かれていて、時計かと思ったが、なんだか形が違う。


 よーく見てみれば、ああ、あれか――。と、わかって――。

 とりあえず、1個、仕入れておいた。


 取り出したそのアイテムは、飾り気のない白い箱に入れられている。

 レジで買うときに、「贈り物ですか?」とか聞かれて、ラッピングされそうになった。


 なんでだろ? なんで贈り物確定なん? と、一瞬思ったが――。

 ああ。こんなもの自分用に買うやつは、そうそういなさそうだということに、すぐに思いあたった。


「なに? これ?」


 カウンターの上にしばらく置いておくと、その白い箱に、エナが興味を示した。

 ちなみにバカエルフは、どう見ても肉っぽく見えなくて、肉っぽい匂いもしてこない白無垢の箱には、まるで興味を示さない。

 こいつは視覚と嗅覚で〝肉〟か、そうではないかを判別している。


「これはな。〝オルゴール〟というものだ」

「……おるごーる?」


 エナがきゅるんと小首を傾げる。切り揃えられた黒髪が、さらりと揺れる。


 ん? すこし伸びたかな? 以前は顎先あたりでまっすぐに揃っていた毛先が、ちょっとだけ下にずれている。


 そのうち切ってやったらいいのかなー。でも俺なんかがやって上手くできるかなー。こっちの世界には床屋とかあるのかなー。美容院とかはなさそうだが……。床屋くらいは、あるんじゃないかなー。エナくらいの子だと、女の子でも床屋行ったりするよなー。


「おるごーる……って、なに?」


 エナがまた、きゅるんと小首を傾げて、聞いてくる。

 いかんいかん。考え事をしてしまっていた。


「オルゴールっていうのはなー。……うーんと」


 説明するより、実演してみせたほうが早いか。

 俺はオルゴールについてるゼンマイを巻きあげた。そしてテーブルの上に置く。

 オルゴールにも色々あるが、数百円もしないこれは、木箱も外装もなんにもなくて、ただのプラスチックの小さな箱だ。固い物体の上に置いて、そこをスピーカーがわりにして音を鳴らすタイプ。


 つまりカウンターのテーブルが、そのままオルゴールと化すわけだ。


 ぴろりろろん、ぴろん、ぴろん――。


 オルゴール独特の、高くて澄んだ音が鳴り響く。


「うわぁ……!?」


 エナが目を輝かせた。


「へー。音楽を演奏する魔法具ですかー。マスターの世界にも魔法ってあったんですねー」


 バカエルフは、とことこと、やってくる。


「いや。魔法、ちがうし。ただの機械だし。電池もマイコンも使ってないし。……ないよな?」


 じつは詳しく知らない。

 プラスチックのなかに納められた、オルゴールのメカを見る。ぜんまいと歯車が入っているきりだから、たぶん、純粋にレトロなメカ。

 何十年も前から、なにも変わらず、ずっとあった機械なわけだし。


「まいこん? それもなにかの魔法ですか?」

「いやぁ……。なんだろう? 魔法みたいに進んだ、科学とか、そんなん?」

「魔法なんですか? ちがうんですか? はっきりしてくださいよー。マスターの世界のことですよー?」

「しらんて。俺は単なる一般人だっつーの。機械は使えても、仕組みまで知るかっつーの」

「魔法じゃなくて、細工なら、ドワーフの親方の出番でしょうか。こういうの見たら、きっと喜びますよ。

「見せたら、こっちでも作れるんじゃねえかな。細工は細かいけど、中に入っているの、歯車とかゼンマイとかだけだし」


 エナの肩越しによく見てみると、ピンの立っている真鍮のドラムがゼンマイの力でゆっくりと回って、金属板を弾いて音を出しているようだ。


 俺とバカエルフの掛け合いに、いつもは、くすくすと笑ってから、ごめんなさいと言ってくるエナであるのだが……。


 今日に限っては、まったくなにも眼中になくて――じっとオルゴールに集中している。


 ふんふんと鼻息を荒くして、オルゴールに魅入っている。


「……あ。……止まっちゃった」


 エナが、ぽつりと言う。

 ゾーンに入っていたエナが、集中を解いて、現実に帰ってきたのは、オルゴールのゼンマイが終わってしまって、曲が止まってしまったからだった。


「もう……、終わり? 壊れちゃった?」

「いやいやいや」


 哀しい顔をするエナに、俺は慌てて言った。


「ゼンマイ巻けば、また鳴るから。だいじょうぶだから。――ほら、巻いてみそ」

「うん」


 エナは、おっかなびっくり――ゼンマイを自分の手で巻きあげた。


 再び、ぽろろろん、ぽろん――と、音楽が鳴りはじめる。


 ゼンマイが終わってしまうまで、エナのスーパー集中タイムが、また何十秒か続く。

 ゼンマイが止まると、エナは顔を持ちあげて、俺にそう聞いてきた。


「これ……、なんて、おうた?」

「え? なんだっけなー? なんだっけなー? えーと……、えーと……」


 聞いたことくらいはあるのだが、なんの曲なのか、曲名までは出てこない。単なる一般人に、そんなに期待してくれるな。


 バカエルフのやつの視線が痛い。

 また「マスターの世界のことですよー。なんで知らないんですかー」とか、言うに決まっているのだ。

 ちくちくやってきて、エナの前で恥をかかせてくれるに決まっているのだ。


「マスター。箱に書いてあるんじゃないんですか?」

「お? ……おお。そっか」


 言われて、俺は、箱を見た。


「エリーゼのために……、っていう曲だな」

「そうなんだ……。エリーゼちゃんのための、おうたなんだ……」


 エナはうなずいている。


「いや。〝おうた〟じゃないな。こういうのは、なんだっけ? ……くらしっく? ……なんかそういうジャンルのやつだ。歌詞はないから、歌わないんだぞー。曲が流れているだけだぞー」

「そうなんだ」


 エナはしきりに感心している。素直だ。

 うん。かーいー。かーいー。


 そしてまたゼンマイが巻かれる。

 エナのスーパー集中タイムがまた始まったところで――。

 俺はちらりと、バカエルフのやつに目を向けた。


「なんですかー。なんですかー?」


 こいつ。助け船とか出してくれて……。イジワルなだけじゃないじゃん。


「イジワルなのは、わたしじゃなくて、大抵、マスターのほうですよー」

「俺がいつおまえにイジワルをしたよ?」

「バカって言うじゃないですかー。バカエルフってー」

「だっておまえバカだし。ホントのことだし。べつにイジワルじゃないし。だいたいおまえの名前なんて知らんし。だからほかに呼びようがないし」


 俺はまったくあたりまえ、かつ、当然のことを、口にした。


「名前。教えましょうか?」

「うえっ?」

「そしたら、マスター、名前で呼んでくれますか?」

「えーっ?」


 俺はうろたえた。

 バカエルフが、なにやら変なことを言いはじめたもので……。

 なんでか、俺は、極度にうろたえてしまっていた。


「おまえ……。名前、あんの?」

「ありますよー。あたりまえですよー。てゆうか。さっき、名前知らないから呼べないんだもーん、へへーん、とか言ってませんでしたっけ?」

「いや……。へへーん、は、言ってないが……。バカエルフ……が、おまえの名前なんじゃねえの?」

「それはマスターが勝手につけた名前でぇー。それで呼ぶの、こっちの世界にもあっちの世界にも、マスター、たった一人だけですよー」

「い、いいじゃん……。バカエルフでっ」

「はい。いいですねー。マスターがくれた名前ですからー」


 バカエルフはにっこりと微笑むと、話を終わりにさせた。


 ……ん?


「……終わっちゃった。……また、……鳴らしてもいい?」


 ゼンマイが終わって、エナがまたこっちを向いていた。

 バカエルフのことはおいておいて――。俺はエナにうなずいて返してやった。


 その日は、エンドレスで同じことが繰り返された。

 エナはオルゴールが相当お気に入りとなった模様で――。


 オルゴールは、売り物でなくて、エナの私物となってしまった。

 ま。いっか。


 そんなに喜ぶんなら、綺麗にラッピングして本当にプレゼントっぽくしてくればよかったかなー。

 ま。いっか。

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