第62話「勇者無双……なわけがない」
いつもの午後。いつものCマートの店内。
Cマートの店内には、いつもとちょっと違う珍客がいた。
「なんでおまえがいるんだ?」
「たまたま、こちらの地方に寄ったものでね。――この店にも、ぜひ、立ち寄らなければならないと思ったんだ」
「来なくていいぞ。あと用事もないのに来んな。商売の邪魔だ。迷惑だ」
声と表情とに、最大限の嫌な感じを込めてやっても、このハンサム・イケメンは、びくともしない。
面の皮が厚いというのは、こういうことをいうのだろう。
「あっはっは。この勇者ケインが立ち寄っているということが、商売の助けになりこそすれ、邪魔になるはずがないだろう」
でたよ。これ。
こいつは事あるたびに、すぐ「勇者」とか言いだすのだ。
ものすごいビッグマウスなのだ。
勇者って言ったら、あれだろ?
ゲームの中で、魔王とか倒しちゃう、あれだろ。
ファンタジー世界に、たいてい一人はいるが、一人以上はあんまりいない、あれだろ?
そんなレアな人物が、こんな店をウロちょろしているはずがない。
本物の勇者なら、スーパーマーケットなんかで暇をつぶしていないで、世界でも救ってろ。
「おちゃ……、です」
「やあ。君。会うたびに可憐になってゆくね」
この大口イケメンめが。
暇つぶしするだけでは飽き足らず、うちの可愛い店員を口説きはじめやがった。
「エナ。お茶なんか出さんでいいぞ。それより塩まいてやれ。塩」
「え? ……お塩?」
ああ。異世界人に、この話は通じないか。
まあ当然だな。
それに塩っていえば、この世界では、超貴重品だ。
「二度とくるな!」という意味が、「またきてねー」に、逆転してしまいそうだ。
いかんいかん。
「ところで。君。うちのパーティに加わる気は――」
この厚顔イケメン!
こんどはバカエルフの手を握って、また〝勧誘〟をはじめやがった!
「だーら! うちの店員口説くなっつーの!! ダアホっ!!」
俺は勇者の背中にケリを入れた。ヤクザキックだ。
無恥イケメンは、俺のキックを背中にわざと食らっていた。
勇者ってのは騙りだったとしても、いちおうは冒険者のはしくれなんだから、シロウトのヤクザキックくらい避けられるだろうが――。
背中に俺の足形をもらって、にこにこと喜んでいる。
なんだこいつ。キモチわりー。
「二度とすんなよ! 出入り禁止にすっぞ!」
「あっはっは。女性に優しくあれというのは家訓でね。やめるわけにはいかないんだ。だから蹴ってもらってかまわない」
「おまえのそれは優しくとかじゃねーだろ! ぜんぜんちがうだろ! ナンパだろ! ナンパ!」
「わたし。ちょっと感動しましたー。マスターが守ってくれましたー」
「……エルフさんだから?」
「ん?」
なんか、バカエルフとエナの二人から、妙な視線をもらっていた。
バカエルフは、なんか、手を胸の前で組み合わせて、乙女の祈りのポーズ? んでもって、目がきらきら?
気のせいか?
エナは、なんか、じっとりとした視線で、不機嫌そうにこっち見てない? なんか、黒いオーラをまとってない?
気のせいか?
「心配しなくてもー。わたし。スカウトされたりしませんからー。大丈夫ですよー」
「わたしがスカウトされたら……、怒ってくれますか?」
だからな。キラキラ目線と、黒いオーラはー。やめろっつーの。
「誰が心配なんかしたよ。そんなについて行きたきゃ、いつでも行っちまえばいいんだー。かーっ! ぺっぺー! ……あとエナ。おまえがスカウトなんかされたら、こいつをフルボッコにしてやるから、心配すんな」
「え? 勇者さん……を?」
エナが目をまんまるに見開いて、まじまじと見返してくる。
あー。もー。自称勇者が、しつこくしつこく、言って回っているものだから、エナまで信じちゃったよー。
純真だからなー。エナはなー。
「おい勇者」
俺は自称勇者を、呼びつけた。
「なにかな?」
「新しいエクスカリバーはくれてやるから、とっとと帰れ。――どうせ、それ目当てで、ここ寄ったんだろ」
正式名称は《ゾンビクラッシャー》というのだが。もうこの際、相手に合わせて《エクスカリバー》でかまわない。
ちなみに、こちらの世界では|《聖剣》と称される物体は、あちらの世界では、なんの変哲もない〝チェーンソー〟である。
ホームセンターで税込み4万1040円にて販売されている、なんの変哲もない普及品。
なんの変哲もない、とかいうと、やや語弊があるか。
普通の店で、ひょいと買えてしまうのが不思議なくらいの、ゴツい品物だ。
そんなごっついエンジン駆動の巨大ノコギリなんかが、なんでそこらのホームセンターで、ひょいっと売られているのかは、よく知らんし、なんに使うのかも、よくわからんのだが……。庭木の手入れに使うような代物でもなさそうだが……?
まあ、実際に売られているのだから、しょーがない。ホームセンターに行ってみれば、売っているのを、誰でも目にすることが出来るはず。
「まあたしかに、それも目当ての一つではあるかな。まだ使えるが、すこし痛んできたのも確かだ」
「ほらよ」
俺はカウンターの後ろから、チェーンソーの箱を出すと、自称勇者に押しつけた。
燃料その他、お手入れ用品一式も忘れない。
「ほら。帰れ帰れ」
おまえがいると、うちの店員たちが、変な目になったり変なオーラを立ち上らせたりして、おかしなことになってくるんだ。
とっとと帰れ。
ナンパ野郎は、パーティメンバーの美人さんたちとヨロシクやってろ。
と、自称勇者を、店の外へと押しだした、その時――。
「こんにちはーっ! お届けものでーす!」
高々とそびえる荷物を背負って、金色の髪で、碧い眼をした女子中学生がやってきた。
元気よく声をあげて、挨拶をする。
うちのCマートのアルバイトのジルちゃんだった。
俺以外で、こちらの世界に出入りできる、数少ない人間だ。
ジルちゃんには定期便として、売れ筋商品を運んでもらっている。
いつも確実に売れて、まとまった量が必要で、重さがあるもの――そういったものを一定サイクルで定期的に運んでもらっている。
ジルちゃんはスーパーJCだった。
ものすごい力持ちなのだ。その積載量は、成人男性のゆうに3倍――。
まるで冷蔵庫かっていうくらいの高さと量で、山のように荷物を積みあげた荷物を、軽々と運んできている。
この状態で、彼女は「猫の道」とやらを通ってくるのだ。
「猫の道」というのは、猫が通れるような道のことだ。
塀の上とか、人んちの庭とか、決められたルーティーンで決められた道を通過することにより、色々な異世界に行けるのだそうだ。
猫はその道を知っている。
ジルちゃんは、その道を通って、こちらの世界にやってくる。
曲がり角を「ふいっ」っと曲がることで迷いこむ俺とは、またべつの方法による異世界転移術だ。
「あー。ご苦労さん」
俺はジルちゃんに声をかけた。
はじめの頃は、ジルちゃんの積載量に、いちいちビビっていたものだが――。
最近はすっかり慣れた。
「はい。今日はお塩100キロ、お砂糖100キロ、あと胡椒と、化学調味料と、缶詰と、そんなところです」
荷物を地面に下ろして、ジルちゃんは言った。
「はいよ。ありがとう」
手を伸ばして荷物を受け取ろうとすると、ジルちゃんは――。
なんでか、笑顔で、俺の手をぱしりと、はたき落としてきて――。
「あと高坂翔子さんから伝言ですっ。〝たまには自分で塩取りにこいっ〟――以上っ」
敬礼しながら、そう言った。
うー。あー。うー。翔子か。
あんま会わないようにしてるから、行ってないわけだけど。
「一発、引っぱたいて、って言われているんですけど。これ、実行します?」
「いやいやいや。カンベンしてくれ」
「はいっ。カンベンします♡」
ジルちゃんはニコニコと笑っている。
こんなにJCっぽくて、イタズラ心満載で、よく喋る彼女なのに、向こうの世界では、無口な筆談少女で通っているらしい。不思議なものだ。
「やあ。君は勇者セインの名前を聞いたことはあるかな?」
ああ。ほら――。
さっそく、こちらの世界のナンパ師が、コナかけにいきやがった。
ごくさりげない動作でもって――肩を抱きにゆく。
――と。その途端。
「無礼なっ!」
ずっだーん!
自称勇者のナンパ師は、ジルちゃんに投げ飛ばされていた。
俺は目をまるくしていた。ジルちゃんすげえ。
まあ、力持ちなのは知ってたけど。なんか武術とかそんなのの、たしなみまであったとは。
やっぱスーパーJCだ。
しかし「無礼者っ!」ねっ……。まあ無礼だけど。そいつ、ニセ勇者は。
「お、俺が……、な……、投げられた?」
俺も目をまるくしていたが、ニセ勇者のやつは、もっと目をまるくしていた。
まるいっていうか、飛び出ちゃっている感じ。
「ゆ、勇者の俺が……、こんな少女に……、な……、投げられた?」
だからおまえ、勇者、ちがうだろ。自分で言ってるだけだろ。
「き、君は……?」
「異世界の単なる普通の女子中学生ですよ」
「い、異世界の婦女子は……、皆、君のようなのか?」
「ええ。まあ。……わたし? 普通ですよ?」
「そ、そうなのか……、異世界というのは、凄いところなのだな」
自称勇者は、なにか関心しちゃってる。
だからおまえ、ニセモノじゃん。勇者を騙ってるだけのチンピラじゃん。
女子中学生に――まあ、ちょっと〝普通〟を逸脱してるスーパー女子中学生であるが、ちょっと強いくらいの女の子にぶん投げられたって、あたりまえじゃん。
だいたい、この自称勇者セインとかいうやつが、本物の勇者でないという、確固たる証拠はあるのだ。
なんか。こいつ。
俺に、妙~に、なついてきてるんだよな。
俺。なつかれちまってんのな。
野郎に好かれたって、嬉しくもなんともないのだが……。
ま。こいつが本物の勇者でないということの――それが理由だ。
もしこいつが本物の勇者なら――。
こんなに俺に、なついているわけがない。