第61話「清涼飲料水無双」
いつもの午後。いつものCマートの店内。
「本日の無双ネタはーっ! これだーっ!」
俺は完璧に計算し尽くしたタイミングで、叫び声をあげると――。
エプロンの前ポケットに入れておいたアイテムを、高々と頭上に差しあげた。
――が。
皆のリアクションが薄い。
ないわけではないが、すんごく、薄い。
バカエルフのやつなんて、かふー、と、大きなあくびをしている。
ツンデレ・ドワーフは、きょとんとしている。
エナだけが、申しわけ程度に、ぱちぱち――と、手を小さく叩いてくれている。
むしろエナの思いやりが痛い。
「ねえマスター……。自分で〝無双〟とかゆーの、どうかと思いますですよー?」
バカエルフのやつが、目尻の涙を拭いながらそう言った。
「いきなり大声をあげて、店主はどうかしたのか?」
ドワーフはそんなことを言っている。
うっわ。ガチだよ。マジだよ。本気で心配しちゃっているよ。アブナイ人を見るような目で、俺を見てるよ。
「じゃ……。いいよ」
俺はしょんぼりとして、アイテムをポッケに戻した。
「せっかく。うまいもん。持ってきたのに……」
「――!? マスター。それは食べるものなのですか?」
バカエルフのやつが耳をぴこぴこ動かして、超反応する。
「しらねーよ。どうでもいいんだろー。どうせたいしたもんじゃねえよー。ふーんだ」
俺はすっかりスネていた。
膝を抱えてカウンターの内側でうずくまる。
「ほら。エナちゃん。エナちゃん。おいしいものですよ。――さっきチラって見えた感じだと、肉味じゃなくて、お菓子味ですよ」
バカエルフのやつが、エナをけしかけている。
バカエルフにそそのかされた、というわけでもないのだろうが――。
しゃがみこむ俺のところにやってきて、背中をゆすった。
「ほんじつの、むそーアイテム……見たいです」
「よーし! じゃあ見せてやるぞー!」
俺は一瞬にして立ち直った。
これがバカエルフなら、半日ぐらいあとを引いて、うじうじ、うだうだ、言っているところだが……。
エナに言われては仕方ない。一瞬で立ち直らないわけにはいかない。
「本日の無双アイテムはー、これだーっ!」
俺は透明な液体の入ったビンを取り出した。
「ガラス……の? ビン?」
「これはラムネというものだ」
俺は胸を張って、そう説明した。
緑がかったガラスのビンに、炭酸の瀬領飲料水が入っている。
ビー玉で栓がしてある――この飲み物の名は、「ラムネ」という。
ガラスのビン――それ自体は、こちらにもある品物だ。
砂を高温で溶かすとガラスになるらしい。
街には職人もいる。
窓にはめる板ガラスなんかも、手作業で器用に作りだしている。ガラス細工でビンだって作っている。
「ラムネ? このビンのこと?」
「ビンのほうは、じつは、あまり関係がない。問題は中身だ。――おいしーものが入っているんだぞー」
ラムネのビンを、エナに渡す。
「……開けられないよ?」
「かしてみろ」
エナに教えてやろうとしたら、ツンデレドワーフが割りこんできた。
年上の威厳を見せつけようとして、開けかたが、ぜんぜんわからず――自分から台無しにしちゃっている。
そんなツンデレ・ドワーフには、王冠のはまった別のビンを渡してやった。
いまどき珍しい、ガラスのビン入りのコーラだった。
この栓をしている金属――〝王冠〟に、ドワーフは興味津々だろうと思って、おみやげとして持ってきたのだが……。
「おおう! なんと精緻な加工か! 金属で封緘をするという発想は! なんと大胆な!」
なんか、予想の斜め上を行く、喜びっぷり、エキサイトっぷり。
まあ、喜んでもらえるのは、よいことだ。
ドワーフに渡したのはコーラだが。
今日の本命はラムネ。
エナに渡したレトロなビンのほうである。
昭和の昔から連綿と受け継がれる、伝統的な「清涼飲料水」であった。
甘くて透明で、しゅわしゅわする、アレだ。
そのビンには、蓋もなければ、プルタブもついてない。王冠とも違う。
開けかたは、ちょっと独特で、レトロきわまりないものだった。
心がぴょんぴょんするような方法で、ラムネのビンは開けるものなのである。
「開けかた。書いてあるだろ。エナ。読めるだろ」
「キャップを……、はずして……、玉押し、で……、おします」
エナは日本語を読める数少ない異世界人だ。
まえはバカエルフだけだったのだが、最近では、エナもだいぶ読めるようになってきている。ひらがなばかりではなくて、なんと、簡単な漢字まで読める。
エナ。えらい。えらい。
いいこ。いいこ。
ラムネのビンの開けかたは独特だ。
蓋のところにはまっている「ビー玉」を、内側に落としてやるのだ。
そうすることで、ラムネは飲めるようになる。
「おすよ?」
いざ開けてしまう前に、エナは、皆にそう確認した。
緊張した顔で、そう聞いてくる。
うん。かーいー。かーいー。
エナは、ラムネを開けた。
――ぷしゅうううう!
泡が噴き出す。
「うわ。うわっ。うわわっ。あわっ。あわがっ――!」
どんどん噴き出す。手で押さえるが噴き出す泡は止まらない。
わはははは。
皆。やるのだ。誰もが通る道なのだ。
あれは――。泡が完全に止まるまで、玉押しをずっと強く押さえておくのが〝コツ〟なのだ。
上級者ともなると、一滴もこぼすことなく開けることさえ可能である。
――が、初心者は、かならず、いっぺんはこぼす。大量にこぼす。
「ほら。エナ。これで手を拭け」
俺は最初から用意していたタオルをエナに差し出した。
ツンデレ・ドワーフが、自分の腰に下がっていた小汚いタオルを、エナに渡したさそうな顔をしていたが――。
残念だが、エナが受け取ったのは、俺のタオル。
「びっくりした……。あまい?」
濡れた指先を口に含んで、エナは言った。
「ああ。甘いぞ。しゅわしゅわするぞ。飲んでみろ。――でも、びっくりするなよ?」
エナは力強くうなずいてから、ビンに口をつけた。
「……どうだ?」
「……。おいしーっ!!」
エナはすごいびっくりした顔で、そう言った。
よーし、よしよし、いいぞいいぞー。
これはひさびさに無双の予感だぞー。
「何本も持ってきたからな。皆にも一本ずつあるぞ」
ツンデレドワーフと、バカエルフと、それぞれに一本ずつ渡す。
しかしバカエルフ――。肉じゃなくてお菓子だと、「わっふわっふ」いわないのな。甘いものだと平静なのな。大人の対応なのな。
なんで肉味だと子供にさえ噛みつく凶獣と化すんだろうか。
エナのやりかたを見ていたから、二人ともすんなり開けた。
そして例によって泡を大量にこぼした。
俺はその脇で、泡を一滴もこぼさず、スマートに開けてみせた。
「すごい」
エナがつぶやく。
ふっふっふ。
俺のすごさは皆に伝わったようだ。
「あれ? なんかわたしだけ、飲めないんですけど?」
バカエルフがつぶやいている。
ビンを傾けてはいるが、ビー玉が詰まってしまって、飲めずにいる。
「すぐ出なくなっちゃうんですけど?」
「わっはっは。これは正しい心を持つ者しか飲めない飲み物なのだ」
「なんでー? なんで飲めないんですかー?」
「普段の行いが悪いと、飲めないのだ」
「えー?
からかっているのも面白いが、あまりやってるとかわいそうなので、俺は、ほどほどのところで、教えてやることにした。
「ほれ。ビンの口元のところに、二つ、へこみがあるだろ。ビー玉をそこに引っかけるようにすれば、落ちてこないんだよ」
「ほー。へー。はー。このくぼみ、飾りかと思っていましたが。よく考えられているんですねー」
バカエルフは感心している。
これ、知らんやつは、おおよそ、2分の1ぐらいの確率で引っかかる。
エナ。セーフ。
ツンデレ・ドワーフ。セーフ。
バカエルフ。アウト。
……うん。
やっぱ日頃の行いだな。
肉。肉。わっふ。わっふ。――と、食い意地の張ったことをやっているから、そのせいだな。
バカエルフは、こくこくとラムネを飲んでいる。
その白い喉が上下する。
「ごちそうさまー。おいしかったですー」
エルフの娘は、ラムネを飲み終えた。
そして俺に目をやって、にこっと、笑いやがった。
俺はなんだかちょっと気まずくなってしまって――。顔を背けた。
「お、おう……、う、うまかったのか。……よ、よかったじゃん」
顔を背けた先にはエナがいて――。
不思議そうな顔をして見てくるエナに、俺は、にっこりとぎこちなく笑った。
「だけどマスター。これ。お店では売れないですよ?」
「なんでだ?」
「これ。中身飲んじゃったら、おしまいですよー」
「おしまいだな」
「このビンはきれいなんですけど……。これ中身のほうが売り物ですよね?」
「そうだな。中身の飲み物のほうが、売り物だな」
「マスター。重くてかさばるもの、運んでくるの、嫌がるじゃないですかー」
「べつに嫌がっているわけではないが。ただ。俺の積載量と、こっちの人たちの〝笑顔〟との、最大バランスを考えているだけだが」
俺の積載量には限りがある。
そのなかで最も皆を笑顔にできるように、日夜、商品を吟味しているわけだ。
最近はジルちゃんという、積載量の大きなアルバイトを雇ったものの――。
彼女はJCなので中学校もあるし、なにやら部活も忙しいということで、いつ来るか定かではない不定期便だった。
「どうだー? エナ? この飲み物、売れると思うかー?」
「うん。おいしいよ?」
エナはこくんと首を折るようにして答える。
「でも運んでくるの、たいへんだよ?」
「ふっふっふ。……その点も、考え済みだ。対策もばっちりだ」
「……?」
俺は次なる無双アイテムを準備しにかかった。
「ここに取り出しましたる! 白い粉! 〝じゅーそー〟と〝くえんさん〟――このふたつ!」
どちらも大袋で持ってきていた。「5キロ」と書いてある大袋だ。
「あともうひとつは、うちの店でいつも売ってるお砂糖! この3つを、ティースプーンで1杯、1杯、2杯、と計って、入れてぇー!」
俺は口上を述べながら、グラスに粉末を入れていった。
「そしてここに! 水200ミリリットルを注ぎ入れるとぉー! あーら不思議いぃぃー!」
しゅわしゅわしゅわ……、と、泡立ちはじめた。
かきまぜると、シュワー! っと、もっとハッキリと発泡した。
「ラムネ!」
覗きこんでいたエナが、声をあげた。
グラスの中と、俺の顔と、何度も見比べるように顔を動かす。
うん。かーいー。かーいー。
「そうだ。ラムネだ。さっきの空きビンがあったろ。あれ持ってこーい」
俺が言うと、エナは、空きビンを取りに走った。
たたたって、走って、たたたって、戻ってくる。
「じゃ。ビンに注ぐぞー」
シュワシュワする液体を瓶に詰める。
「んで、逆さまにするとなー」
ビンを逆さまにする。すこしこぼれはしたが、ビー玉がすぐに落ちてきて、栓がはまった。
「ほら。これで再充填、完了ーっ」
俺はエナにビンを渡してやった。
「いまのはテストだったから、飲みかけのを入れたり、ビンも洗わずに使ったけど。きちんと仕事にするときにはー。衛生的にやるぞー」
「わたしの仕事? わたし、それ、できる? やっていい?」
「おお。できるぞー。やっていいぞー」
「やる!」
エナが強くうなずいた。
この店に俺たちと住むようになって、ずいぶん明るくなったエナだったが……。
こんなにはっきりと意思表示をしたのは、はじめてだった。
俺は振り返って、エルフの娘を見つめた。
向こうが微笑んでくるので、俺も微笑みを返した。
エナの頭を撫でてやった。
髪の毛は柔らかくて、ふわふわだった。
◇
思ったとおり、「清涼飲料水」はCマートの人気商品となった。
ビン入りで銅貨2枚。
ビンを持ってくると、銅貨1枚が返却される。
たまに、ガキが何十本かビンを集めて持って来て、銅貨何十枚かを、ほくほく顔で持ち帰ってゆく。
小遣い稼ぎのよい方法を、発見してしまったらしい。
俺は買いに来るお客さんを、笑顔で見守っていた。
一本の清涼な甘い飲み物を買いに来るお客さんも、買いには来ないがビンを回収して持ってくるガキんちょも、皆、笑顔で応対する。
エナはせっせとビンに液体を詰めていた。
ビンを洗って干して、詰めて封をして、その繰り返し。けっこう忙しい。
最近は味の改良なんかもしているらしい。配合比を変えて、フレーバーもつけて、より美味しく、喜んでもらえるように頑張っている。
すっかりCマートの清涼飲料部長だった。
今回のCマートは「清涼飲料水無双」だった。
文中の配合で、マジで清涼飲料水試作して、飲んでみました。けっこうイケます。
2日更新頑張ろうと思ってます……。が、達成できてなくて、ごめんなさーい。
次は2日後。5/17の予定です。