第60話「夏はいずこ」
いつもの昼過ぎ。いつものCマートの店内。
「そういやー、こっちってー、夏って、いつ来るんだー?」
頬杖をつきながら、俺は、誰にともなく――そう言った。
「〝なつ〟って、なんですかー?」
そう言ってきたのは――バカエルフ。
はァ? なに言ってんだ? 意味わかんねーぞ?
やっぱあいつはバカだ。バカなエルフだ。
「夏っていったら、おめー……、夏のことだろ」
「それはなんだか、肉味の食べものの名前の響きがします。――わっふ」
「いや、わっふ、じゃなくて――」
夏の食い物?
夏的な食いもんってなんだ? バーベキューとかか?
まあたしかに〝肉味〟かもしれんが――。
「なあ……、エナー」
バカエルフじゃ話にならんので、エナに話しかけた。
エナは「なに?」という顔で、すぐこっちを見てくれる。
「夏って、いつぐらいに来るんだ?」
向こうの現実世界のほうは、そろそろ暖かくなってきて――。
たまに〝真夏日〟とかいう日があって、夏もそろそろなんだなー、と予感する感じ。
しかしこちらは、ぜんぜん暑くならない。
ここにきて数ヶ月以上も経つのだが、いっつも過ごしやすい気候のまんま。
そういや向こうが真冬だったときにも、こちらは今日と似たような感じの日だったっけ。
向こうにリープして、寒くって、慌てて上着を取りに帰ったこともあった。
「なつ……、って、なに?」
エナが、そう言った。
きゅるん――と、小首を傾げられてしまう。
ありゃりゃ? エナもしらんの?
ということは……。この世界の人間は、「夏」を知らんってことか?
「すまん。おまえをバカにしすぎていたようだ」
「なぜわたしはマスターに謝られているのでしょう?」
「なつ……、って、なに? たべるもの?」
「いやちがうぞ。そっかー。エナは食べものと勘違いしちゃったのかー」
うはははは。
うんうん。
エナは、かーいー、かーいー。
「なぜ食べものと誤解しても、エナちゃんだと〝かーいー〟で、わたしだと、〝バカめ〟になるのでしょう?」
バカエルフが言う。
それはおまえがバカエルフだからだな。
「夏的な食べものというと、そーめん、かき氷、ウナギ、スイカ、……あとは、バーベキューなどだな」
「最後のそれは、すごく肉味の響きがします」
「バーベキューか。まあ。たしかに。肉焼いて食うな。肉肉肉。って感じになるな。だけど野菜も食わなきゃいかんから、正確には、肉肉肉、野菜、肉肉、野菜、肉肉肉肉、って感じだな」
「ステキです」
「じゃあ今夜はー、バーベキューやるかー」
「わっふ!」
「わーい」
バーベキューをするなら、いろいろ、準備をしないとな。
食材は市場に行けばあるだろう。道具のほうは、鍛冶屋のツンデレ・ドワーフに頼めば作ってくれそうだが……。
向こうの世界で調達してきたほうが、いいだろうか。ホームセンターに行けばいくらでも売っていそうだな。
……ん? まてよ?
もともと、なんの話だったっけ?
バーベキュー・パーティの話じゃ、なかったはずだが……?
「エルフさん。〝なつ〟って、お肉会って意味だよ。……きっと」
「わっふ! わっふ♪ わっふ♪」
「いや違うぞ。それは」
俺は言った。なにか誤解が広まってしまっている。
「だから〝夏〟っていうのは、季節のことなんだ」
「……きせつ?」
「ほら。あるだろ。すんげー暑かったり。太陽が真上にあって、汗がだらだら出てきたり。
「ああ。そういう地方はありますねー。旅の途中にありましたー。ありましたー。暑いところっていえば、すごい密林があったり、砂漠になってるところもありましたっけー」
「いや。地方の話じゃなくてだな……」
俺は頭をかいた。ぼりぼりとかいた。
なんで伝わらないんだ?
「どこの地方だって、1年ごとに季節が巡ってくるだろ。夏になれば、カーッって暑くなるだろ。そんでもって、冬になれば雪が降るだろ」
「雪なんて、このへんじゃ降りませんよー。もっと〝前〟か〝左〟の地方に行かないとー」
バカエルフが言う。
〝前〟とか〝後ろ〟とか〝右〟とか〝左〟というのは、この世界における〝東西南北〟のようなものだと、俺は思ってる。
そりゃ寒い地方に行けば雪くらい降っているだろう。
ファンタジー世界なんだから、年中降ってるところもあるのかもしれない。雪の国とか氷の国とか、あるかもしんない。ファンタジー世界なんだから。
「あれ? ……じゃあ、このへんって、雪、降らねーの?」
「さっきから、そう言ってるじゃないですかー?」
「冬、こねえの?」
「ですから、〝なつ〟とか〝ふゆ〟とかいうのって、なんなんですかー? 肉味の響きがするんですけどー?」
「冬っつーたら、鍋だな」
「鍋! それはわかります! ぐつぐつ似るやつです! お肉投入します!」
「おまえはほんとうに肉のことしか頭にねえのな」
「生き物が食べること以外を気にしてどうしますか。そしてエルフだって生き物です」
なんかドヤ顔で言ったー!?
言い切ったー!?
「高貴なエルフも生き物であるので、食べることを気にしていて当然なのです」
おまえ。自分が高貴だとか。いまゆった?
「じゃあ……、ここには、季節とか、ないわけ? 暑くなったり、寒くなったり、しねーの?」
「しませんね」
「ところで先ほどから疑問なのですが。マスターのところは、同じ土地が、暑くなったり、寒くなったりするんですか?」
「するよ」
「それは熱帯密林になったり、砂漠になったり、氷に閉ざされたりするってことですか?」
「いや密林にはならんし。砂漠にもならんし。氷に閉ざされる……って、どんなんだ?」
なんでそう極端になるんだか。
「夏は普通に連日気温30度超えるくらいで。冬はマイナスになったりすることもあるっけかな。氷は張るかもだけど、いつも氷りついているわけじゃねえよ。昼にはとけるよ。雪が降ってきたら、一週間もとけないことはあるけどな。――そーゆーふうに、1年ごとに、暑いのと寒いのとを、繰り返すんだ。夏と冬のあいだには、春と秋っていう、寒くも暑くもない季節があるんだ」
「〝はる〟と〝あき〟っていうのも、なんか肉味の響きがします」
「それはもういいから」
「だけど、マスターの世界。そんなに気候がちょくちょく変わるんだと、困っちゃいませんか? 穀物とか育たないのでは?」
「だから春に種まいて秋に収穫するんだろ。……よくしらんけど」
「それじゃ育つ穀物が少なくなっちゃうじゃないですか」
「いや。あっちの世界じゃ、それがあたりまえなんだけど。……こっちは違うのか?」
「〝ふゆ〟とかゆーのは、来ませんから、いつでもすぐに穀物は育ちますね」
ほー。へー。はー。
なるほど。だからこんなに豊かなのか。
豊かだから、皆が、のんびりしているのか。
「だけど。なんで来ないんだよ。夏。あと冬」
「マスターの世界では、なんで来るんですか?」
「しらねーよ。聞いてるのは俺だよ。なんで来ねーんだよ?
「だからそっちでは、なんで来るんですか? 地面が丸かったりでもするんですか?」
「うえっ? ……ま、丸いんじゃねえの? よくしらんけど」
たしか、理科の時間あたりに、やっていたよーな?
寝ていたので、よく覚えとらんが。
「またまたー。地面が丸いわけないじゃないですかー。地面はどこまでも平坦なんですよー。あたりまえでしょう」
「いやー? そうだったかなー……?」
ちょっと自信がない。もっと授業をきいとけばよかったか?
まあ。いっか。
ファンタジー世界には「夏」はなかった模様です。
次回、バーベキュー無双やります。
次回更新は、5/12、19時予定であります。