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第56話「美津希ちゃんお泊まり」

 いつものCマート。いつもの夕食風景……ではなくて。

 異世界――ではなくて、現代世界の女子高生を招いての、いつもと違う夕飯が、つつがなく、執り行われていた。


「異世界のお肉ー。おいしいですー。いつもお世話になってますー」


 バカエルフが言う。美津希ちゃんに言う。

 うちのバカなエルフ店員が食べているのは、いつもの缶詰め。

 美津希ちゃんはべつに異世界代表というわけでもないのだが、なんでか、美津希ちゃんに対してお礼を述べている。「おっふ」とかいう、いつもの変な感嘆の声も忘れない。


「こっちのごはんも、おいしいですー。ちょっと薄味だけど」


 美津希ちゃんもそう返す。彼女の食べているのは、缶詰めじゃなくて、オバちゃんのところからテイクアウトで持って来た、こちらの世界のごはんだ。

 現代人にとっては、缶詰めは、しょんぼりな粗食。異世界のごはんであれば、見たこともないごちそうとなる。


 しかし、美津希ちゃん――。

 やっぱ、言ったか、それ。


 塩の貴重なこの世界の味付けは、現代人にとっては、ひどく薄味なのだ。

 塩を摂りすぎてきいると言われる現代人のこと。このくらいでちょうどいいのかもしれないが、やっぱり、もう一味、欲しくなってしまう。


 なので俺は――。そっと気づかれないように、美津希ちゃんから見えるところに、塩の小瓶を動かした。そのまま放置。


 美津希ちゃんは、しばらくすると、小瓶を何気なく手にとって、オバちゃんのごはんに、塩を一振り、二振り――。

 そのあとで――。


「あっ――。お塩。ありがとうございます」


 俺にぺこりと頭を下げて、そう言ってきた。

 あらら。気づかれてしまったか。

 もうすこしさりげなさを身に着けないとならないな、と、俺は思った。


「だけど……。ジェラルディンちゃんに帰ってもらっちゃったけど……。いいのかい?」


 俺は夕飯の前から気になっていたことを、美津希ちゃんに言った。


 ジェラルディンちゃんも夕飯に誘ったのだが、家で待つお姉さんが心配するからという理由で、帰っていってしまった。

 アルバイト代を払おうとしたのだが、いつもの仕事とは違うから、という理由で、頑として受け取ってもらえなかった。

 しっかりとした女子中学生である。


 美津希ちゃんはのんびりとくつろいでいる。

 帰り道の心配は、特にしていない感じ。


 俺はちょっと心配している。ジェラルディンちゃんは、今夜はもう来ないだろうし……。

 結局、俺の方法では、こちらに連れてくることもできなかったわけで……。

 帰りに、うまく送り届けられる自信は……あまりない。


「ねー。マスター。……きいてます?」


 俺が考えごとをしていると、バカエルフのやつが、つんつんと指先で脇腹をつっついてきた。


「なんだよ」


 俺はじろってにらんで、バカエルフから距離を取った。

 脇腹をつっつくなっつーの。


「いえ。さっきからぜんぜん聞いていないようですので」

「なにをだよ。きいてるよ。おまえ。うっせーよ」


 さっきからずっと、バカエルフは美津希ちゃんと女同士で盛りあがっている。


 女の子のおしゃべりに割りこんでも、いいことはない。これまでの人生でそのくらいのことを学ぶ機会はそれなりにあった。


 よって俺は聞き役に回っていた。

 エナを見習って、じっと聞いている係だ。


「じゃあ。いいんですねー」


 バカエルフは勝手に了解している。なにが〝いい〟なんだ?

 俺はなにか許可したことになっているのか?


「なんの話?」

「ミツキちゃん、泊まっていっていいかって話ですけど」

「え?」

「ほらやっぱり聞いてなかったー」

「え?」


 なにを言われたかわからなかったので、俺は、ぽかんと、美津希ちゃんの顔を見た。


「だめですかー?」

「え? いやあの?」

「だめですかー?」


 美津希ちゃんは、さらりと黒髪を揺らして、小首を傾げて聞いてくる。

 えらい押しだ。


「え? でもほら。爺さんが心配するだろ」

「おじいちゃん、いつ泊まってくるんだ、って、もーうるさくて」

「え?」

「――ではなくて。泊まってきていいって。許可はもう取ってありますからー」

「あ? ああ……、そうなんだ」


 俺はようやく理解した。そして納得した。

 もう泊まってくることは言ってあって、許可済みか。

 ならいいのか。


「あ。でもこっち。風呂とかないんだけど」


 現代世界の人間。特に女子高生という種族は、一日に一度、必ず風呂に入るのだ。


「お風呂屋さん。まだやっていると思うのですよ」


 そうだった。裏に風呂屋はあるのだった。時計――なんて、この世界にあるわけがないので、なんとなく感覚でいうと、まだ急げばやっているぐらいの時間だ。


「銭湯……とかですか?」

「まあ。銭湯っていえば、そんなようなもんだけど。……美津希ちゃん。ドラム缶風呂って知ってる?」

「きゃー!」


 返事は、「きゃー」だった。


「わたしわたしわたし! 入ってみたかったんですよー! ですよー! ですよー!」


 美津希ちゃんは三回もそう言った。よっぽど入りたかったらしい。


    ◇


 交代で裏の風呂屋に行く。


 風呂代は、大人一人、銅貨2枚。子供は1枚。

 自分が子供料金なことに、エナが不満そうな顔をするのが、いつ見ても面白い。


 この異世界の「風呂屋」には、「男湯」と「女湯」という概念がないので、俺は女性陣とはわかれて、あとから一人で入ってきた。


 夕飯が終わって、風呂も終わって、さて、寝る――となって、俺は、はたと気がついた。


「あのー。美津希ちゃん? 俺たち、寝るときって、特に布団とかはなくてだな。床に毛布敷いて、ゴロ寝なんだけど」

「素敵ですー!」


 そうか。素敵なのか。


 毛布を敷く。開けっ放しの戸口から、夜空が見えている。


「すごい! 星が見えます! すごいすごい! すごいです!」


 皆で毛布の上に、ごろりと横になる。並び順は――。



 俺俺俺俺俺俺俺俺


 エナエナエナ


 美津希ちゃん


 バカエルフバカエルフ



 ――とか。こんな感じ。

 「川」より一本多い。なんという漢字になるのかは、俺は知らない。


 美津希ちゃんは、エナとバカエルフの真ん中に収まった。

 隣に来たらどうしよー、とか心配していたが、拍子抜けだった。

 エナが間にいてくれて、ガードしてきてくれて、いーい感じに、安全な雰囲気。


「星がいっぱいですねー。すごいですねー。異世界すごいですー。すごいすごーい」


 美津希ちゃんのそんな声が聞こえてきていたのも、しばらくのあいだで――。

 くう……、くう……と、聞き慣れない寝息が響くようになった。


 俺の意識が続いていたのも、そのあたりまでで……。

 いつのまにか、俺も眠りに落ちていた。

美津希ちゃんがやってきたところで、一区切りで……。

Cマートは、しばらく(2週間くらい?)お休みになるかもでーす。

3巻目収録話数の調整で、もう1話とか、やるかもですが……。

Cマートは、12月、2月、4月と、2ヶ月おきの3巻連続刊行の予定です。4月25日発売の3巻では、今回までの話に、若干3話くらい、やや重ため大きめの話を足して刊行となります。

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