第54話「くじびき禁止」
「おかえりなさい。マスター」
店に帰ると、バカエルフのやつが出迎えに出てきた。
背負っていたバックパックを下ろすと、受け取って、エナと二人で中身を取り出しはじめる。
「おや? こっちの荷物は?」
俺は店の隅に、荷物が山積みされていることに気がついた。けっこうな量だ。段ボールで何箱かぐらいは、余裕で積みあげられている。
「マスター出かけているあいだに、ジルちゃん来ましたよー」
「へー」
バイトの女子中学生は、さっそく働いてくれているようであった。
塩とか、お菓子とか、缶詰とか。定番でよく出る商品の輸送のために、人を雇った。
俺以外でこの異世界に出入りできる人間は貴重なので、即採用を決めた。
搬送一回につき、砂金の小粒1個。砂金といっても、砂粒みたいなものばかりではなくて、小石くらいの大きさのものも、たまに混じっている。
それ一個がバイト代なわけだ。
本当は女子中学生をバイトで雇ってはイケナイのかもしれないが、ここは現代ではなくて異世界であるし、バイト代も日本円で払っていないので、法的にセーフなのである。
彼女もバイト代はそのほうがいいと言う。
お猫様の通る〝猫ロード〟を通ることで、彼女はあちこちの世界に出入りできるようで、砂金をお守り袋に入れて持ち歩いている。どこの世界でも、たいてい、金がお金のかわりに使えるそうだ。
ジルちゃんの運んできた物資を見ていた俺は――。
「ん?」
なにか違和感を覚えて、首を傾げた。
なんでだろう? なーにが、おかしいんだろう?
〝まちがいさがし〟は、なーんだろう?
ああ。そっか。わかったぞ。
俺は、ぽんと、手を打った。
「これ。一人で持ってきたんだよな? いったい何往復したんだ?」
「一回でぜんぶ持ってきましたよー」
バカエルフが言う。
わっはっは。そんなわけあるか。
こんなん、一回で持ってくるとか、どこの宅配業者の凄いお兄さんたちだって、無理な話だ。
ましてや女子中学生が――。無理無理。
「ちゃんと金の小粒、何個か、渡してあげたかー?」
「ええ。だから一回ですから。一個ですって」
バカエルフのやつは、まだ俺のことを、だましおおせると思っているらしい。
ひっかるもんかー。ばーか。ばーか。ばーか。バカエルフーっ。
「それはそれとして――。今日は、ちょっと、おもろいもんを、持ってきたんだぞー」
俺自身が運んできた荷物を見せる。
「なんですかー? なんですかー? それは食べるものですかー?」
バカエルフのやつが、さっそく食いついてきた。
エナのやつも、バカエルフのお尻の後ろに半分隠れて、興味ありげにこちらを見ている。
「いやー。これを手に入れるのにはー、苦労したんだぞー」
エナを手招きして呼び寄せる。
向こうに行くと、年末年始で、あちこちで「福引き」をやっているのを見かけた。
その「福引き器」が、なんとか手に入らないものかと……。Cマートでも福引きやったら、おもしろいんじゃないかと――。
美津希大明神のところに、お参りを続けること、数日――。
ヤフオクで落札してもらった〝ブツ〟が、ようやく、今日、届いたわけだ。
なお正式名称は「福引き器」ではなくて、〝抽選器〟というらしい。まあどっちでもいいが。
六角形の木製の物体についているハンドルを持たせて、右回りに回してみろと、手で促す。
エナがその通りにやると――。
がらがらがら……、ぽとん。
「赤いの出たよ」
エナがつぶやく。
赤い玉が、出ていた。
「もっと回してみろー」
エナが、もっと回す。
がらがら……、ぽとり。
「また赤いの出たよ」
「もっとだなー」
がらがら……、ぽとり。
「赤いのしか出ないよ?」
「これはなんですか? なんですか? なんですかー? 甘いものですかー?」
「うわ! ばか! 飴玉じゃねーよ! 食うなバカ!」
止める間もあらばこそ。バカエルフのやつは、赤玉を口の中にひょいと放りこんでしまっている。
後ろ頭をひっぱたいて、吐き出させる。
「これは、抽選器、とかゆーものだ。玉の色で、アタリやハズレになるものだ」
「赤は、はずれ?」
「そう。赤はハズレだなー。だけど。もっとやってると、ほかのアタリの色が出てくるかもしれてないぞー」
がっかりしているエナを励ました。
「わたしわたし。わたしもやってみて、いいですかー?」
バカエルフのやつが、子供みたいに、目を輝かせている。
おお。いい感触。
がらがら……、ぽとん。
「あっ! なんか青いの出ましたよ! 青いの!」
「青は……、3等だなー」
一緒に付いてきたメモを見て、俺は言った。
「それっていいんですか! わるいんですか!? アタリですかハズレですか?」
「けっこういいやつだなー。上から3番目だ」
「わたしも回す!」
エナが、がぜん、張り切り出して――。ぐるぐると回しはじめた。
赤。赤。赤。赤。赤。黄色(4等)。赤。赤。赤。赤。緑(5等)。
何度も何度も回しつづけるが、なかなか、バカエルフの3等に迫る色は出ない。
何十回か。それとも百回は余裕で超えたか?
あるとき、ぽとりと――。
「金色です! おめでとうございまーす! 一等賞でーす!」
俺は一緒に入っていた鐘を、からんからんからーんと、振り慣らした。
エナは、目をまんまるに見開いて、それから、
「きゃーっ!」
俺とバカエルフに、交互に飛びついてきた。
エナが「きゃー」とか言うのって、はじめてきいた。こんなにエキサイトしているエナは、はじめて見た。
なんにも賞品なんて付けてないのに。ただ回していて、色つきの玉が出ただけなのに。
なのにこの喜びよう。騒ぎよう。
これはイケる!
俺は確信を持って、手を握りしめた――。
よーし!
Cマートでも、福引きをはじめるぞー!
◇
結論から言おう。
だめだった。
……正確に言うなら、反響がありすぎて、だめだった。
賞品を買った人に、金額に応じて「福引き券」をつけて、それが5枚で一回抽選――とかいう、あっちの世界では馴染みのある方式でやったのだが。
もう。大人気。
ものすごい人気。
みな、がらがらがら……、ぽとり、とやって、赤玉が出ると人生が終わったかのように嘆き、黄色や緑や青や、あまつさえ、銀や金なんかの1等特等なんて出てしまうと、脳の血管切れてしまうじゃないかというエキサイトぶり。
たいした賞品なんて、付けてないのだ。
参加賞レジ袋1枚。5等ポケットティッシュ。4等飴ちゃん一袋。
特等だって、缶詰一ダース盛り合わせ。
常連客の皆に、ちょっとした刺激を受けてもらって、ちょっとだけ「笑顔」を増やせるといいなー、とそう思って、始めた「福引き」だった。
しかし、笑顔というより、これは、血走った目で――鬼気迫る勢い。
しまいには、店の品物はいらないから、福引き券だけ売ってくれとか言われる始末。
その頃にはキングもやってきて――。
キャンデーを手にして、王冠をかぶったお子様は、状況を見て理解るなり――〝禁止〟と、すごくもっともな言葉を口にした。
俺もキングの裁定には、完全に同意だった。
どうも皆の〝射幸心〟を煽りすぎてしまったようである。皆はこの手のものに対して、免疫がなさすぎたようである。
この平和な世界には、くじ引きとか福引きとか、ガチャとかは、きっと不要なものなのだろう。
ハズレの玉の色について。Twitterで投票で教えてもらったところ、「白」が一般的なようでしたが。新木の記憶によると、「赤」なんですよねー。昭和レトロだったせいかも? なので、あえて「赤」=「ハズレ」でやらせていただいてまーす。