第50話「人生ゲーム」
いつもの午後。いつものCマートの店内。
このあいだ戻ってきたばかりの頃は、エナあたりがしきりとひっついてきたり、バカエルフがあんまりバカじゃなくて利口だったり、ちょっとぎくしゃくしていたが――。
最近では、すっかり、いつものCマートに戻っていた。
「今日はなー。これが売れるか試してみようと思うんだ」
そう言いつつ、俺は異世界の品を取りだした。
平たい紙箱に入ったそれは、あちらの世界で、いわゆる「レトロゲーム」といわれる類いのもの。その中でも「ボードゲーム」というやつだ。
家電量販店を歩いていたら、オモチャ売り場があって、見かけたので買ってきた。子供の頃に親戚の家で遊んだ覚えが、あるようなないような。
「なんですか? なんですかー? これはカラフルですねー。きれいですねー。これは食べるものですかー?」
さっそくバカエルフが寄ってきた。かなり勘違いをしている。
中身のコマとかお札とか、色とりどりのプラスチックのコマを、飴ちゃんかかなにかと勘違いしている。
「えーと。俺も遊びかたよく覚えてねーんだよ」
説明書が入っていたので、開いて読む。
「この紙。いっぱい。……なに?」
エナが手に広げているのはお札。
「それはお金だ。
「これ。くるくる回りますよー。マスターの世界の数字が書いてあります」
「それはルーレットだ。それで進む数を決めるんだ」
「この変な平たい動物みたいなのはなんですか」
「それは動物じゃなくて、車だ。それがゲームのコマだ。みんな好きな色、選べー」
俺とバカエルフは、あっさり自分の色を決めていたが、エナはずいぶん悩んでいた。
たかが色で、本気で悩んでしまっている。
うん。かーいー。かーいー。
「エナ。そんなに悩むことないぞー。好きな色でいいんだぞー」
「……黒、ないの?」
「ないみたいだなー」
探してみたが、黒はない。
赤とか青とか緑とかピンクならある。
俺は青で、バカエルフが緑だった。「私はエルフなので緑以外を選んだら破門ですよねー」とか言って緑だった。だけどおまえ。破門エルフじゃん。失格エルフじゃん。
「ピンクはどうだー」
女の子らしい色だと思って、そう言ってみた。
「ぜったい。嫌」
嫌ときたか。ぜったいときたか。
物怖じして遠慮して、自分の意見を口にしなかったエナが、最近は、けっこう自己主張してくるようになっている。
それはすごくいいことだ。
「じゃあ、その白いコマを、マジックで黒くしちゃえばいいんじゃないかー」
俺が言うと、エナは、はっと、びっくりした顔になって――。
「いいの?」
「ああ。いいぞいいぞー。気に入らなければ。変えちまえー」
「いいんだ」
エナはマジックを持ってきて、黒いコマを作った。
黒い髪と黒い服のエナに、それは、ぴったりと似合った。
「じゃあ。はじめるぞー。最初にお金くばるぞー」
「マスターの世界のお金は、紙なんですねー。安っぽいですねー。これすぐにだめになったりしないんですか?」
「金属の金もあるぞ。あとこれはゲーム用だから、本物じゃないぞー」
「げえむ、っていうのは、よくわかりませんが。偽物だから紙なんですね」
バカエルフは納得したようにそう言った。でもきっとわかってない。絶対わかってない。
面倒くさいので、誤解を解くのは、またこんどにしよう。そうしよう。
「さあ。ルーレット回せー。出た数字のぶんだけ、コマを進めるんだー」
そんなたいして難しいルールでもない。
俺は説明書をうっちゃって、とにかく、はじめてしまうことにした。
「わたし。わたし。わたし。やっていいですかー?」
「おう。やれやれ。回せ回せ」
「えーと、5! 5マス進む! 進んだ、進んだ、進め、進めば、進むとき! 進みましたー!」
「じゃあ、そのマスに書いてある文章を、読め」
「えーと? なになに……、なんですとー? ……テストで0点を取る。千円なくした。え? え? え?」
「うはははは。いきなり出費かよ。ざまみー」
「え? え? え? ……まず千円って、それはいくらなのかと。あと〝てすと〟ってなんですか?」
「あっちの人間がもっとも恐れる、怖い怖い選別儀式だ。千円ってそれだ。その大きい札だ」
「ひえー!」
バカエルフは、がくぶると震えている。
「あのぅ? マスター。これは〝予言〟とかでは……、ないですよね? わたしの身にこれから起きることが予言されたわけではないですよね?」
「あたりまえだろ。これはゲームだからな。まるで人生のように浮き沈みするのを愉しむゲームだ」
「あ……。よかったー。そうなんですねー。じゃあバンバン愉しみましょー! げぇむでてすとで、お金なくして、わーい、ガッデーム、って感じでいいですかー?」
「そうそう。それそれ」
バカエルフはようやく理解した。
「じゃあ。エナちゃん。どぞ」
「回すね……。10」
「いきなり飛ばすなー」
「しょうがくきん、を、もらう。3000円プラス」
「おー」
「これ……、いいの?」
エナは小首を傾げる。黒髪がさらりと流れる。
「いいぞいいぞー。よかったなー」
「いいんだ」
ちょっとだけ、口元が変わる。
エナの微細な表情を、俺はかなり正確に読み取るスキルを身につけている。
これは「喜び」だ。
俺もルーレットを回した。皆でばんばん回した。
お金が入ったり出ていったり。証券を買ったり自動車事故が起こったり、でも自動車保険に入っていて事なきを得たり。
浮いたり沈んだり、どんどん、人生には色々な事が起きてゆく。
エナもバカエルフも、表情が豊かに、喜んだり嘆いたりした。
バカエルフが大笑いして大泣きするのはよく見かける光景だが、エナの笑顔とか、まじにレアなものが見れた。
俺の番。ルーレットを回す。
「――あ。結婚だ。えーと……、これ、赤いピン刺すんだっけなー」
自動車のコマには、最初に自分のピンである青いピンが刺さっている。その隣に「およめさん」を乗せる。
ちなみにバカエルフとエナのほうは、女なので、赤いピンが1本刺さっている。
「ケッコン? とは、なんですかー?」
「結婚っつーたら。結婚だよ。男女が一緒になって暮らすことだよ」
「では、わたしとマスターは〝ケッコン〟してるわけですねー」
「ばか? ほんとバカ?」
「じゃあエナちゃんも〝ケッコン〟してますよー」
「ばか? まるでバカ?」
どんどん進む。皆でルーレットを回す。
画家になって破産して、政治家になってニュースキャスターにもなった。
家を買ったし、失った。
いったいどんな人生だ?
波瀾万丈という言葉がふさわしい人生だった。
「あ。コドモできた」
そのとき止まったコマは、そんなコマだった。
お嫁さんとの間にコドモができてしまった。うっしっし。
「ああ。子供とゆーのはだな。説明すると――」
「それくらいわかりますよ。マスター。〝およめさん〟とのあいだに、子供ができたんですよね?」
バカエルフが言う。〝ケッコン〟はわからなかったくせに、そっちは知ってる。
「そうそう。うっしっし」
「痛ててててて」
なんでか、エナにお尻をつねられた。
エナは意外と負けず嫌いのようだった。
俺のリードがそんなに悔しかったか。子供だなぁ。単なるゲームなのに。
「ゴール!」
俺がトップでゴールした。
しかし最初にゴールするのが目的ではない。全員がゴールするまで、皆を待つ。
最後に、ゆっくりと着実な人生を歩んできたエナがゴールしおわって……。
さて。精算だ。
人生のあれやこれを、すべて精算して、お金で数えて、いちばんお金の多かったものが勝ちなのだ。人生ゲームは、そういうゲームだ。
「俺俺俺。子供6人と奥さん一人。ぜんぶ売っぱらって、210000円なーっ!」
あれ? 奥さんは売れたんだっけか? 子供だけだったか? まあいいか。
子だくさんだ。大金だ。エナに6回もお尻をつねられた甲斐があったというものだ。
清算後、俺がトップとなった。
奥さんが売り払えるということに、なぜだか、エナはショックを受けているようだった。
◇
Cマート店員のあいだでは好評だった人生ゲームだが、結局、売れんかった。
考えてみれば、あちらの世界の文字を読めるのは、バカエルフとエナの二人だけだった。
だめじゃーん。
人生ゲームのコマの内容とかは、めっちゃ、適当です。手元にないので記憶オンリーです。すいません。つっこみ入れないでいただけると助かります(^^;
えらいバージョンがたくさんあるゲームなので、こんなのもあってもいいかなー、とか。