第49話「帰ってきた店主」
「おーい。ただいまだぞー。帰ったぞー?」
店の前までやってくると、俺は、いきなり入ってしまう前に、まずそう声をかけた。
ええと。どんくらいだっけ?
けっこうしばらく店を開けていた。ずっと向こうに行っていたが、いま、ようやく戻ってきた。
「ま、ますたー……?」
バカエルフのやつが、戸口に立っている。
なにか信じられないものでも見るような顔で、俺のことを見ている。
おや? ちょっと痩せたか?
「マスター! マスター! マスタあぁぁ!!」
「ほぐう」
もんのすげータックルが腹にきた。路上に押し倒されかねない勢いだ。
俺はなんとか踏みとどまった。バカエルフは、俺にしっかりとしがみついてくる。
「マスター! マスター! いなくなっちゃったかと思いましたよ! もう帰ってこないんじゃないかって!」
「はぁ?」
俺はバカエルフの顔を引き剥がした。
うええ。きたねえ。ハナミズついたー。
いくら美少女でもハナミズはハナミズだ。ばっちー。きたねーっ。えんがちょー。
「んなわけねーだろ。俺が帰るところは、ここしかねえんだから」
ナミダまみれ、ハナミズまみれのバカエルフに、そう言った。
なんでそんなあたりまえのことを言わなきゃならんのか。
――と。視線を感じて目をあげれば、エナのやつが、戸口のところで立っていた。
バカエルフのやつはロケットタックルで飛びついてきて、泣くわ取り乱すわ、ハナミズ撒き散らすわで、大騒ぎだが。
エナのやつは、何歩も離れたところで、切なげな顔で立ち尽くすばかり。
バカエルフみたいにバカになったらいいのに。そうなれないのが、エナという子なのであった。
「ああ。そうだ」
俺はバカエルフの体を、ぽいっと、脇へ投げやった。
相撲でいうところの〝うっちゃり〟というやつ。
「エナ! ――こいこい!」
腕を広げてエナを呼ぶ。
エナは数秒、ためらいを見せてから――たたたっ、と、駆けだした。
ぼふっ、と、俺の胸に飛びこんでくる。
ほら。おまえだって。さびしかったんじゃん。
もっと表に出していいんだぞ。じっと我慢していなくたっていいんだぞ。
そう思いつつ、エナの黒い髪を、なでなでとしてやっていたら――。
「いてててて」
エナに脇腹を、ぎゅーっと、つねられた。
痛い痛い痛い。まじちょっと痛い。
エナさんごめんなさい。そんなに怒っていらっしゃってましたか。
あまり感情は表に出さないでいていただけると助かります。
「そっかー。えーと。何日だっけ? 1週間は軽くぶっちで……。2週間くらいにはなるか。こっちでも2週間経ってたか? えーと、何十セムトの14倍とかだ」
エナは、こくこくと、黒髪を振って答えてきた。
「ごめんなー」
俺はエナの黒髪を撫でた。
いやー。俺は俺で大変だった。じつは色々あった。帰ってこれない事情があった。
いつもの仕入れと、あと、「おみくじ」の実物を仕入れてこようと、神社に行くだけのつもりだったが――。
部屋に立ち寄ったところで、電話を食らった。親戚が死んだとかどうとかで、そのまま田舎まで強制連行。記憶を探っても、まるで憶えのない人の葬式で数日間足止めをされた。あと何年も顔を合わせていない親からは、見合いをさせられた。信じられるか? 見合いだぞ。見合い。
俺は結婚なんかしねーっつーの。するんだったら恋愛結婚だっつーの。
ようやく街まで戻ってくれば、今度は、美津希ちゃんが青い顔。質屋のじいさんが、なんと入院してしまったとのこと。
単なるぎっくり腰だったが、年寄りのそれはかなり長引いて――俺は店のある美津希ちゃんのかわりに、ほぼ一週間も、付きっきりになってやっていた。美津希ちゃんは事あるたびに、ごめんなさいごめんなさいと、辛気くさい言葉を口にする女子高生になってしまうし。爺さんは、したり顔で「許可してやってもよいのだぞ」とか、わけのわからんことを口走るようになるし。ボケたのかと思ったがそうではないらしい。だいたいなにを「許可」するんだっつーの?
そういう、色々なことを、一切、言いわけにせず――。
俺はエナの髪を撫でて……ただ、謝った。
「ごめんなー」
「……いい。かえってきてくれたから」
エナは俺のお腹のあたりに、ごしごしと顔をすりつけている。
ハナミズが出ているかどうかは、わからない。もし仮にハナミズが出ているのだとしても、そんなの、べつにかまわない。
「マスター……。ひどいですー……」
地べたからバカエルフが言ってくる。
そうか? ひどくないよな?
バカエルフのやつは、うっちゃりを食らって、地べたで擦った顔面を、さすっている。
べつに……、ひどくないよな? ごくふつうで、あたりまえの対応だよな?
……だよな?
「……おまえが腹を減らしているんじゃないかと思って。ほれ。缶詰……。たくさん持ってきてやったぞ」
俺はビニール袋を差し出した。
ふだんは買わないような高級犬缶だ。おみやげだ。
「わっふ! わっふわっふ!」
バカエルフのやつは、ビニール袋に飛びついてきた。
とっとと奪って、ぴゅーっと、店の中に運んでゆく。
「マスター! エナちゃーん! ごはんごはん! ごはんにしましょーっ!」
店の中から、バカエルフの賑やかな声が聞こえる。食器とスプーンを楽器にして、ちゃんかちゃんかちゃんか――と、楽しげな曲まで聞こえてくる。
「なあエナ……、ずっと掴まっていられると、俺は動けないんだが?」
俺はお腹にしがみつくエナに、そう言ってみた。
だがエナは、顔をごしごしと擦りつけるようにして、イヤイヤと首を横に振るばかり。
どうやら俺は、もうしばらく、こうしていなければならないようだ。
エナが解放してくれるまで……。それから15分ほどかかった。
お待たせしました! 連載再開です!
次はちょっと不定ですが、12/22の書籍1巻発売日までには、今回も含めて3話更新したいと考えています!
その後の年末年始、それ以降は、週1~2本ぐらいの更新頻度でいきたいと思っています!
今後ともよろしくおねがいします!
あと、書籍化記念といたしまして――。
本日夜に、「異世界Cマート繁盛記」書籍版のキャララフなどを公開させていただきます。
第1回の今夜は「バカエルフ」。
書籍イラストのあるやさんと、ダッシュエックス文庫編集部より許可を頂いておりますー。