第47話「占い無双」
いつもの昼過ぎ。いつものCマートの店内。
「なんですかー。なんですかー。マスター。それはなんですかー?
「ん?」
カウンターに座っていた俺は、顔をあげた。
バカエルフが言ってきているものが、なんなのか、すぐにはわからなかった。
べつに食い物なんかねえし……?
「それです。それー。それはなんですかー?
「ん? これか?」
ようやくわかった。
俺が暇つぶしになんとなく読んでいた〝おみくじ〟だった。
昨日。向こうに行ったとき、美津希ちゃんと会って、なんとなく神社にお参りなんかして、そこで引いたおみくじが財布の中に入っていたので、取り出して読んでいたのだ。
「だいよし?」
バカエルフは俺の手元をのぞきこんで、つぶやく。
「これは大吉って読むんだ」
「仕事……。万事うまくいく。交渉……。よい友人に恵まれるでしょう。取引……。今後大きな取引があるでしょう」
バカエルフは読んでいる。
俺は隠しもせずに読ませてやった。まあ大吉だし。べつに読まれたって困らんし。
「なんなんです? これ?」
バカエルフは、きゅるんと、小首を傾げた。
悪態ついてないと、たまに、可愛い。
「あれ? こっちにはねえの? こーゆーの?」
「こーゆーの、って、どーゆーのですか?」
「おちゃ、です」
エナがタイミング良く緑茶を入れてきてくれた。
「おー。おー。おー。ありがとうな」
小さな頭を、なでなでとする。
ぐりんぐりんと撫でると、首をぐるぐる回してエナは喜ぶ。
「こーゆーのってのいうのは……、占いみたいなやつ、とかだよ」
「占いってなんですか?」
「うーん……」
どうも、こちらの世界には「占い」がないようである。
俺はどう説明すればいいのか、迷ってしまった。
「ええと、つまり、ここには未来のこととかが――」
「未来? それは予言書のようなものですか?」
「そんなようなものかな? いやどうなのかな?」
予言書――っていうと、どうなんだろう?
「予言書なんですか? どうなんですか? そこはっきりしてくださいよ」
「なぜ怒る? なぜ俺は問い詰められている?」
普段、のんびりしていて、バカに見えるほどのバカエルフが、滅多に見せない真面目な顔をして、俺を追及してくる。
エナもふんふんと鼻息を荒くして、おみくじの紙を食い入るように見つめている。
「のぞみごと、かなう、ばんじ……うまくいく。こいわずらい……なやむことなし」
一部読めないところもあるようだが、だいたいは解読している。
すごい。もう日本語こんなに読めるんだ。取説の翻訳を任せられるかもしれない。
「まあ、未来のことっていっても……。これは験担ぎみたいなもので……」
「げんかつぎ?」
「縁起をかつぐというか」
「えんぎ?」
「ああもう! 験担ぎも縁起もねえのかよ。こっちには」
言葉が伝わらないことが、こうしてたまに起きる。
前に聞いた話だと、俺とバカエルフとは、それぞれ、違う言葉を話しているそうだ。なんかそれが魔法によって、自動翻訳されているらしいのだが、こちらの言葉にないものは置き換えがきかないのか、こうして「きゅるん」と、いつまでも首を傾げつづけることが起きる。
「じゃあもういいよ。予言書ってことで」
「やっぱり予言書でしたかー」
バカエルフはにこにこと笑った。
なんか、ちょ~おっとニュアンスの違いがあるような気がするが。
しょーがない。
「それで、これはどこで貰えるの物なのでしょう?」
「わたしも。わたしもっ!」
バカエルフが言う。エナが握りしめた小さなこぶしを、一生懸命に上げ下げする。
なんでこいつらこんなに食いつくかなー?
「向こうの世界の、神社とかで……。だからおまえらは、もらえねーの」
「そんなぁ……」
「ええーっ……」
二人は大いに落胆した顔をした。
バカエルフのほうは、正直、どーでもいいのだが。まーったく本当になにひとつ一切どうでもいいのだが。
エナがしょんぼりしているほうは、ほうっておくことはできない。
これでもいちおう〝保護者〟という自覚がある。
「わかった。わーった。わかったから。1時間マテ」
俺はメモ帳とワリバシとティッシュの空き箱を持ってきて――工作をはじめた。
◇
一時間経った。
「マスター。まだですかー。もう半セムトは経ちましたよー?」
「まーだだよー」
俺は執筆に忙しい。
はじめのうちの数枚は、いちおう文面とか整合性とか考えながら書いていたのだが……。
十数枚も書く頃には、もう適当。思いついたものの垂れ流し。
「もーいーかーい?」
「まーだだよー」
「もーいーの?」
「まーだ」
二人が言う。俺が答える。すっかり別の遊びになっている。
女どもは、きゃっきゃっきゃっ、とか言いながら喜んでいる。
なにが楽しいのか。俺だけ労働してるのだが。
そして俺は、ようやく最後の1枚を書き終えた。
「ほいよ。おわったぞ」
ばさっと十数枚の紙束を重ねてカウンターのうえに置く。
十数枚の紙束は、手製の「おみくじ」だった。
箸には先っちょに番号が書いてあって、それをティッシュの箱に入れてある。
向こうの世界の神社で100円で引く〝アレ〟を完全に再現してみた。
紙束のほうも工夫した。
大吉から中吉から小吉から――。あとたしか、〝末吉〟とかゆーのもあったはずだし。
もちろん。凶とか大凶とかも入れてある。ただし割合としてはいちばん少なくしてある。
「吉」のほうが喜ばれるはずなので、そっちを多めに入れてある。
大凶なんて、たったの1本しか入れてない。
「よし。くじを引け」
「はーい! はいはーい!」
手を出してくるバカエルフの手を、ぴしっと冷徹に撃墜して、箱をエナに向ける。
「ほい。エナからだ」
「……えと?」
ここで「わーい」とならずに、「いいの?」という目で他人を見るのが、エナという女の子だ。だから保護してやらなければいけない女の子だ。
「先に引いていいですよー」
「だそうだ。……ほら」
「ひくよ」
エナは箱をしゃかしゃかと振り、割り箸を一本、取り出した。
「ひいたよ」
じっとみる。
「じゅう、いち……ばん」
「十一番は、これだなー。……おお。大吉じゃんか」
「それ? すごい?」
「すごいすごい。一番いいやつだぞ。それ」
「わ……」
エナはなにかを言いかけて――。また他人を見る。
エルフの娘が穏やかに微笑んだのを見て、ようやく――。
「……わーい」
喜びを表現した。もちろん。小声で。
「マスター。マスター。マスター。わたしも。わたしも。わたしも」
「一回言えばいいっつーの」
バカエルフはいつでも大事なことは三回繰り返す。ほんと。バカなやつ。
「ほいよ」
俺はティッシュの箱を差しだした。
バカエルフは、しゃかしゃかしゃかしゃかと、気合いを入れまくって、バカみたいな勢いで振り回して――。
引いた。
「大凶……、だな」
「それはいいやつですかー? ですかー? ですかー?」
「いちばん悪いやつ」
「ノオオオオオオーーーーーーッ!?」
「ちなみに。おみくじというのは、悪いやつが出たら、引き直してもいいんだぞ」
バカエルフがあまりにもガチに本気に落ちこんでいるので、俺はそう言ってやった。
あれ? だったかな?
凶が出たときに、結んで帰ってくると、ノーカウントになるルールなのだと、このあいだ美津希ちゃんに教わった。
引き直しルールのほうは、どうだったっけ……?
まあ。いっか。
Cマートおみくじルールでは、そうなのだ。そうに決まった。
俺が店主だ。俺がルールだ。
「じゃあ……! もういっかい! ご先祖様――お願いいたしまするぅ!」
気合いを入れて引き直した、その結果は――。
「大凶」
「ノオオオオオオオ!」
大凶なんて、一枚しか入れてないのに。2回も続けて引き当てるとか、なんたる運。いや。不運のほうか。
「もいっぺん!」
「大凶」
「NOOOOOOOOOO!!」
「もいっぺん!」
「また大凶」
「うわああああああーーーん!」
その後、バカエルフは、7回つづけて大凶をひきあてた。
笑うに笑えない。
こういうものを、あまり信じていない俺ではあるが――。
ここまでくると、なにかあるんじゃないかと思ってしまう。
店の隅っこで、膝を抱えて、しくしく泣いているバカエルフにため息をついていた俺は――。
ちょいちょいと、シャツの裾を引っぱられた。
エナが自分のおみくじを差しだしてきていた。
「ここ。なんて書いてありますか?」
ちょっと難しいところがあって、読めなかったらしい。
「ん? ああここはな。恋愛運。気長に待つが良いだろう」
「そっか」
エナは、にっこりと微笑みを浮かべた。
後日。「Cマートおみくじ」は、Cマートの主力商品になったようです。
皆が競うように引きにきたとか。