第46話「化学調味料無双」
いつもの昼すぎ。いつものCマート。
「今日の無双ネタは、これだー!」
俺は突然叫んで、エプロンの前ポケットに入れてあったアイテムを、高々と頭上に差し上げた。
――が。
皆のリアクションはない。
「化学調味料~っ♪」
もういっぺん、大きな声を出してやってみる。
しかしやっぱりリアクションはない。
ちょっとさびしい。
「マスター。自分で〝無双〟とかゆーのって、どうかと思いますよ?」
「あれ? 言ってた?」
最近、こいつは、俺が考えていることをよく当ててくる。
この世界では心の声がすこしもれるとかどーとか、キングが言っていた気もする。
「いえ心の声じゃなくて。マスターいま、ちゃんと声に出して言ってたじゃないですか。――ねえ。エナちゃん」
バカエルフから話を振られたエナも、こくこくとうなずいている。
エナが言うなら、そうなのだろう。バカエルフが言うんだと絶対違うが。
「はいはい。それでいいですよー。――で。なんです? かがくちょーみりょー、ですか?」
「ああ。そうそう。これこれ」
俺はテーブルの上に小瓶をおいた。
赤い蓋の小瓶。向こうの世界ならおなじみで、たぶん誰でも知っているアレ。
ガラス瓶の中には、白い結晶が入っている。
「塩ならもういっぱいあるじゃないですか」
「塩じゃないぞ。ぐりゅたみん……なっとりうむ、とか、なんとかだ」
うろ覚えだったので、瓶を見る。
「グルタミン酸ナトリウムだ」
「ですからなんなんでしょう。それ?」
どうも。バカエルフの反応が薄い。あれ? ひょっとして、こいつ。これが食い物だってわかってないのかな?
「え? 食べ物なんですか? なんですか? なんですか?」
ほら食いついた。
いいぞ。ぐっとやれ。ぐっといけ。
「なにを期待されているのかわからないんですけど……。ええと。これ。中蓋の白いのどう取れば――あ、外れました」
バカエルフは赤い蓋を外し、白い半透明の中蓋も外し、口を大きく開いて、瓶の中身をどばっと開けようとする。
そこへ俺は、すかさず、脳天チョップを叩きこんだ。「化学調味料一気飲み」を阻止した。
「やめい」
「期待してたじゃないですかー」
バカエルフはつむじを押さえて、俺に言う。
俺は笑う。バカエルフも笑う。
エナはごはんの用意をしながら、俺たちに顔を向けて、笑いかける。
「それ。きっと。ごはんにかけるものです」
「おお。そうそう。エナ正解。えらいえらい。かしこいかしこい」
「えへへ」
今日の昼飯は「卵かけご飯」だった。
Cマートの主力商品、温めるだけのパック白米を、三つほど開ける。
あとご近所さんから貰ってきた――、産みたての卵。
こっちの世界には鶏はいないが、鳥なんだかトカゲなんだかよくわからない、似たような役割の生き物はいて、それの卵だ。
ほかほかのご飯に卵をかけて、これまた主力商品の「醤油」を垂らして、さらに化学調味料を、ほんの、一振り、二振り、かけてみる。
「食ってみろ」
まずは、バカエルフに差し出した。
バカエルフは、箸を器用に操って、卵かけご飯を、一口、口に入れると――。
「ぜんぜん違います!」
――ぱあっと顔を輝かせる。
「いつもの卵かけごはんより、ぜんぜん、おいしいです! すごい味がします!」
おつぎはエナ。
俺とバカエルフのあいだを何度も視線を往復させていたエナは、
エナのお気に入りは、ウサギの柄の柄のついたスプーン。それで、ぱくっと、口に入れると――。
「ほんとだ!」
エナも子供みたいに顔を輝かせる。
いや。エナは子供なんだけど。物わかりのよすぎるこの子は、ふだん、あまり子供っぽい顔をしないので――。
むしろバカエルフのほうが子供っぽいというか。
「すごい。……味がある」
エナは二口目をいった。三口目も四口目も、ぱくぱくいった。
「これはな。〝味の素〟ってゆーんだ」
「マスターは、はじめ、化学調味料って言いました。言いました。言いましたー」
「うっさいな。化学調味料だけど。味の素ってゆーの。ほかにも〝ハイミー〟とか〝いの一番〟とか、色々あるけど。これは味の素なの」
「たしかに味の元って感じがします。味がしますー。味がしますー!」
「ねえ。バカエルフさん? これって……?」
エナのやつが、エルフの長い耳に顔を寄せて、こしょこしょと耳打ちしている。
「ああ。そうです。そうです。わたしもそう思ってましたー」
なんなのだろうか。男には内緒な女同士の話か。
「やだなー。もう。マスターってば。そんなんじゃないですよー。エナちゃんと話してたんです。これ。あれからもこの味がするよね、ってー」
「あれ? あれって、どれ?」
「えーと。これとか。あれとか」
バカエルフが店の品物を持ってきた。
カップ麺。缶詰。……あたりは、化学調味料が入っているのは、わかるとして――。
二人が「これですこれ」「これ……ぜったい」と、自信を持って持ってきたのが、意外なことに「緑茶」だった。
「えー? お茶に、化調?」
俺は半信半疑だったが、二人の顔は断定する顔だった。
◇
後日。向こうの世界に行って、ネカフェのパソコンで調べてみたら……。
ほんとだった。
玉露のうまみ成分のなかには、化学調味料と同じ成分の「グルタミン酸」が含まれているのだそーだ。
異世界人の味覚……。おそるべし。