第45話「パスタ無双」
いつもの昼どき。いつものCマートの店内。
昼はオバちゃんの店でランチということも多いのだが、本日は、店内で食事だった。
ことこと、ことこと――。カセットコンロの上で、湯が沸いている。
茹でているのはパスタである。1人前は100グラムと袋にあったので、俺とエナとバカエルフで500グラム。バカエルフは3人分の換算だ。
ゆで時間は、これも袋に書いてあって――11分。
パスタとゆーものは、店で食べるものだとばかり思っていた。
そしたら乾燥パスタとなるものが売られているではないか。
なんと。パスタは、おうちで作れるものだった。自炊とかしないから、知らなかった。
パスタにかけるソースのほうも、スーパーを見てみれば、色々な種類があるではないか。ミートソース、ナポリタン、ボロネーゼ、カルボナーラ、ペペロンチーノ、たらこ明太まで。
いままで店の仕入れのために、スーパーを何度となく往復して、たしかに視界には入っていたはずなのだ。しかし見えていなかった。ぜんぜん気づいていなかった。
――で、本日は、その買ってきた乾燥パスタと、レトルトのパスタソースとで、俺は異世界の食文化を披露しようとしているところだった。
バカエルフとエナを相手にパスタ無双する予定なのだが……。
しかし――。
いっぺん、練習してからにすればよかった。
インスタントラーメンぐらいなら作れるが、パスタなんて茹でたこともねーし。
ソースのレトルトパックは、沸騰した湯で煮ろと書いてあったので、麺と一緒に鍋に突っ込んであるのだが……。果たしてこれでいいのだろーか? きちんと見慣れたパスタになってくれるのだろーか?
激しく不安だ。
「マスター。マスター。マスター。その一緒に煮ている袋はなんなのでしょう? それも食べるものなのでしょうか? でしょうか? でしょうかー?」
バカエルフのやつは、三度づつ言ってくる。大事なことは三度ずつ言う癖がある。
そんなに大事なことらしい。
「待てっての。まだ時間じゃねえの」
キッチンタイマーの数字を見ながら、俺は言った。あと2分ある。
エナは俺の近くにしゃがみこんで、俺の手の中のキッチンタイマーを、じーっと見ている。
うん。かわいー。かわいー。
「私は知っているのです。〝ミート〟と書いてあるそれは、つまり、〝お肉〟のことなのです」
「そうだけど」
「私はそれ! それがいいのです!」
「だからおまえのはこっち。ボロネーゼってほう。こっちのが肉が多いんだっつーの」
「マスターは私をだまそうとしています。4行原則により、私はもう二度とだまされないのです」
「俺がいつおまえを騙したよ」
「このあいだ! あの緑のと黄色いのはおいしいものだって――!?」
「あれはおまえが勝手に食ったんだろうが。俺は説明したし、止めようとしたし」
「からかったです! からかったです! からかったです! 死ぬかと思ったです!」
バカエルフは三回繰り返した。そんなに大変だったらしい。
「あ――。そういえば、俺、おまえを騙していたことあったわ」
「ほら騙したいたじゃないですか」
「おまえのいつも食ってる。あの肉缶。あれ本当は犬用なんだ。――ごめんな。――悪いな」
長いこと引っかかっていたことを、俺は、この機会に言うことにした。
「犬? 犬というのは――あのラベルの絵の生き物のことですか?」
「そうそう。あれあれ。俺の世界じゃ。ペット――ってわかんねえか。家畜の一種な。ごめんな。黙ってて。おまえがあまりにも俺のことバカにするもんでな、つい、仕返しでな」
「やっぱり騙してたじゃないですか。でも、ああ……。べつにいいですよ」
「え? いいのか?」
怒るかと思えば、意外にもあっさりと言ってくるので――俺は思わず訊き返した。
「生き物が食べられるものなんですよね? ならいいんじゃないんですか? なんかまずいことがあるんですか?」
「いや、でも……ペット用だけど?」
「その、〝ぺっと〟っていうの、なんなんです?」
「いやー。説明すると、長くなりそうなんだが……」
どうやらこの世界に〝ペット〟はいないらしい。
「時間。なるよ」
エナがぼそっと、そう言った。
エナは、じーっと、まばたきもしていない感じで、キッチンタイマーを見つめていた。
エナのつぶやきに、ほんの数秒だけ遅れて、ピピピピピ、と鳴り響いた。
エナは驚いて、びくう、とやっている。
うん。かーいー。かーいー。
「じゃあ皿出せ。パスタ盛るぞ」
全員分を取り分ける。
ありゃ。1人前100グラムじゃ、少なかったか。袋に書いてあった説明、あてにならんな。
エナはやせっぽちだがよく食べる。食べ盛りなのだから当然だが。
バカエルフはもちろん、めちゃくちゃ食べる。とりあえずなにもかも常人の3倍が基本だ。それでも、いつも、ひもじそうな顔をしている。
俺のぶんを、すこしエナのほうに分けてやって――。
次はソースの選択だ。
「エナは。からいの好きだったよな」
「うん」
「じゃあこいつだ。ペペロンチーノっていうやつ。赤い、ほれ、トウガラシってやつがいっぱいだぞ」
「とうがらし。だいすき」
はにかんだ笑顔を、エナは浮かべた。
うん。かーいー。かーいー。
「マスター! ミート! ミート! ミートを要求します!」
「うっせーな。だから肉が欲しいならボロネーゼだっつーの」
俺はレトルトの封を切ると、バカエルフの皿に、どばっとあけてやった。
ごろんごろんと覗く肉っけに、バカエルフの顔が、ぱあっと明るく輝いた。
こいつも笑顔でいるなら、可愛いのだが……。
フォークを持つエナが、パスタと格闘している。
腕の長さいっぱいまでフォークを持ち上げているので――。
「エナ。フォークにな。くるくるって、巻きつけてみろ」
素直なエナは、俺の言うとおり、パスタをフォークに巻き付けた。
「うわぁ」
楽しげに笑う。
エナはすぐに上手になった。楽に食べられるようになる。
ぱくぱくと無心で食べはじめるのを見て、もう一方のほうに、目をやると――。
バカエルフのやつは――。
皿の端に口をつけて、なにか飲み物のように、パスタをすすっていた。
食べかたは、さっき、エナに教えたのだが――。
こいつは放っておこう。
俺はミートソースを食った。
うむ。無難な味だな。普通の味だ。
ファミレスあたりで食べるパスタの味だ。
はじめてなのに、こんなに美味く作れてしまうとは……。
俺ってひょっとして料理の天才なのではあるまいか?
エナは夢中で食べている。くるくる。ぱくっ。くるくる。ぱくっ。
バカエルフは夢中で喰らってる。ずぞぞそーっ。がふがふっ。がふっ。がふっ。
無双。達成。
本日のCマートの昼時は、「パスタ無双」だった。