表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
51/142

第45話「パスタ無双」

 いつもの昼どき。いつものCマートの店内。


 昼はオバちゃんの店でランチということも多いのだが、本日は、店内で食事だった。


 ことこと、ことこと――。カセットコンロの上で、湯が沸いている。

 茹でているのはパスタである。1人前は100グラムと袋にあったので、俺とエナとバカエルフで500グラム。バカエルフは3人分の換算だ。

 ゆで時間は、これも袋に書いてあって――11分。


 パスタとゆーものは、店で食べるものだとばかり思っていた。

 そしたら乾燥パスタとなるものが売られているではないか。

 なんと。パスタは、おうちで作れるものだった。自炊とかしないから、知らなかった。

 パスタにかけるソースのほうも、スーパーを見てみれば、色々な種類があるではないか。ミートソース、ナポリタン、ボロネーゼ、カルボナーラ、ペペロンチーノ、たらこ明太まで。

 いままで店の仕入れのために、スーパーを何度となく往復して、たしかに視界には入っていたはずなのだ。しかし見えていなかった。ぜんぜん気づいていなかった。


 ――で、本日は、その買ってきた乾燥パスタと、レトルトのパスタソースとで、俺は異世界の食文化を披露しようとしているところだった。

 バカエルフとエナを相手にパスタ無双する予定なのだが……。


 しかし――。

 いっぺん、練習してからにすればよかった。


 インスタントラーメンぐらいなら作れるが、パスタなんて茹でたこともねーし。

 ソースのレトルトパックは、沸騰した湯で煮ろと書いてあったので、麺と一緒に鍋に突っ込んであるのだが……。果たしてこれでいいのだろーか? きちんと見慣れたパスタになってくれるのだろーか?

 激しく不安だ。


「マスター。マスター。マスター。その一緒に煮ている袋はなんなのでしょう? それも食べるものなのでしょうか? でしょうか? でしょうかー?」


 バカエルフのやつは、三度づつ言ってくる。大事なことは三度ずつ言う癖がある。

 そんなに大事なことらしい。


「待てっての。まだ時間じゃねえの」


 キッチンタイマーの数字を見ながら、俺は言った。あと2分ある。

 エナは俺の近くにしゃがみこんで、俺の手の中のキッチンタイマーを、じーっと見ている。

 うん。かわいー。かわいー。


「私は知っているのです。〝ミート〟と書いてあるそれは、つまり、〝お肉〟のことなのです」

「そうだけど」

「私はそれ! それがいいのです!」

「だからおまえのはこっち。ボロネーゼってほう。こっちのが肉が多いんだっつーの」

「マスターは私をだまそうとしています。4行原則により、私はもう二度とだまされないのです」

「俺がいつおまえを騙したよ」

「このあいだ! あの緑のと黄色いのはおいしいものだって――!?」

「あれはおまえが勝手に食ったんだろうが。俺は説明したし、止めようとしたし」

「からかったです! からかったです! からかったです! 死ぬかと思ったです!」


 バカエルフは三回繰り返した。そんなに大変だったらしい。


「あ――。そういえば、俺、おまえを騙していたことあったわ」

「ほら騙したいたじゃないですか」

「おまえのいつも食ってる。あの肉缶。あれ本当は犬用なんだ。――ごめんな。――悪いな」


 長いこと引っかかっていたことを、俺は、この機会に言うことにした。


「犬? 犬というのは――あのラベルの絵の生き物のことですか?」

「そうそう。あれあれ。俺の世界じゃ。ペット――ってわかんねえか。家畜の一種な。ごめんな。黙ってて。おまえがあまりにも俺のことバカにするもんでな、つい、仕返しでな」

「やっぱり騙してたじゃないですか。でも、ああ……。べつにいいですよ」

「え? いいのか?」


 怒るかと思えば、意外にもあっさりと言ってくるので――俺は思わず訊き返した。


「生き物が食べられるものなんですよね? ならいいんじゃないんですか? なんかまずいことがあるんですか?」

「いや、でも……ペット用だけど?」

「その、〝ぺっと〟っていうの、なんなんです?」

「いやー。説明すると、長くなりそうなんだが……」


 どうやらこの世界に〝ペット〟はいないらしい。


「時間。なるよ」


 エナがぼそっと、そう言った。

 エナは、じーっと、まばたきもしていない感じで、キッチンタイマーを見つめていた。


 エナのつぶやきに、ほんの数秒だけ遅れて、ピピピピピ、と鳴り響いた。

 エナは驚いて、びくう、とやっている。


 うん。かーいー。かーいー。


「じゃあ皿出せ。パスタ盛るぞ」


 全員分を取り分ける。

 ありゃ。1人前100グラムじゃ、少なかったか。袋に書いてあった説明、あてにならんな。

 エナはやせっぽちだがよく食べる。食べ盛りなのだから当然だが。

 バカエルフはもちろん、めちゃくちゃ食べる。とりあえずなにもかも常人の3倍が基本だ。それでも、いつも、ひもじそうな顔をしている。


 俺のぶんを、すこしエナのほうに分けてやって――。

 次はソースの選択だ。


「エナは。からいの好きだったよな」

「うん」

「じゃあこいつだ。ペペロンチーノっていうやつ。赤い、ほれ、トウガラシってやつがいっぱいだぞ」

「とうがらし。だいすき」


 はにかんだ笑顔を、エナは浮かべた。

 うん。かーいー。かーいー。


「マスター! ミート! ミート! ミートを要求します!」

「うっせーな。だから肉が欲しいならボロネーゼだっつーの」


 俺はレトルトの封を切ると、バカエルフの皿に、どばっとあけてやった。


 ごろんごろんと覗く肉っけに、バカエルフの顔が、ぱあっと明るく輝いた。

 こいつも笑顔でいるなら、可愛いのだが……。


 フォークを持つエナが、パスタと格闘している。

 腕の長さいっぱいまでフォークを持ち上げているので――。


「エナ。フォークにな。くるくるって、巻きつけてみろ」


 素直なエナは、俺の言うとおり、パスタをフォークに巻き付けた。


「うわぁ」


 楽しげに笑う。

 エナはすぐに上手になった。楽に食べられるようになる。

 ぱくぱくと無心で食べはじめるのを見て、もう一方のほうに、目をやると――。


 バカエルフのやつは――。

 皿の端に口をつけて、なにか飲み物のように、パスタをすすっていた。

 食べかたは、さっき、エナに教えたのだが――。


 こいつは放っておこう。


 俺はミートソースを食った。

 うむ。無難な味だな。普通の味だ。

 ファミレスあたりで食べるパスタの味だ。


 はじめてなのに、こんなに美味く作れてしまうとは……。

 俺ってひょっとして料理の天才なのではあるまいか?


 エナは夢中で食べている。くるくる。ぱくっ。くるくる。ぱくっ。

 バカエルフは夢中で喰らってる。ずぞぞそーっ。がふがふっ。がふっ。がふっ。


 無双。達成。

 本日のCマートの昼時は、「パスタ無双」だった。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ