第44話「香辛料無双」
「なー、なんか無双できるネタないかー?」
いつものファミレス。いつもの席。
俺は向かいに座る女子高生に、そう聞いた。
「は?」
美津希ちゃんは、きょとんとしていた。
その唇に、ストローが引っかかっている。
あの唇。なんか塗ってるよなー。口紅とかじゃなさそうだけど。
ファミレスで帳簿付き合わせて経理のことをやるだけなのに、なぜか、この女子高生は、ばっちりとおしゃれを決めてくる。
家にいるときは、とってもアットホームな格好なのだが。
春先とか、店(質屋)に行くと、ジャージに、2本お下げに、どてらとかいう格好が見れた。
「むそー? ですか?」
「ああ。ええと。ようするに。向こうに持っていって、人気になりそうなものって、なにかないかなーって」
美津希ちゃんは、すでに、ある程度のことは知っていた。
いちど、「向こうの世界」への入口を探して、二人で手を繋いで一日中歩き回ったことがあった。
結局、美津希ちゃんをあちらの世界に連れてゆくことはできなかったが……。
女子高生と手を繋ぎながら歩くとか、そっちのほうばかり気になっていたかもしれない。それとも俺一人でしか出入りできないということなのかもしれない。
異世界には連れて行けなかったが、美津希ちゃんは信じてくれていた。
「異世界」があるということ。俺の貿易している先が、その「異世界」なのだということ。
――で、それを踏まえたうえでの話なわけだ。
最近、ネタ切れになってしまっていた。
スーパーやホームセンターの棚の間を歩いていても、どれも一度は試したものか、向こうにもあるものか、どう考えても需要のなさそうなものばかり――。
定番人気商品が山ほどあるから、それだけを運んでいればいいわけだし……。
ダメ元で持っていって、やっぱりダメでしたー、ということでも、それはそれでいいのではあるが……。
「たしか、文明レベルがだいぶ違うんですよね?」
「ああうん。携帯とかねえし。電気もねえし。でも魔法とかがあるから。歯医者がいらなかったりする」
「単に低いわけでもないんですね。向こうのほうが高いところもあるんですね。へー。へー。地理とか歴史とか、ちゃんと勉強しておいてよかったー」
「それ関係あるの?」
「大ありですよー。あー。賓人さん。ひょっとして、勉強苦手なほうだったりしましたー?」
俺は答えなかった。ノーコメントだ。
「うーん……。そうするとー……、ですねー」
唇に指先をあてて、美津希ちゃんは考える。
考える。考える。考える。
頼むぜ。美津希大明神!
ジンジャーエールが空になった。
ドリンクバーにおかわりしにいって、戻ってきて、向かいに座り直すと、美津希ちゃんは言った。
「そういえば……。わたしだったら、せ――」
「せ?」
「いいえ! なんでもないです! 忘れてください!」
「いや教えてよ」
「ぜったいだめです! なにか他の考えますから!」
「うん」
圧倒的迫力で、俺は黙らされた。
持っていって喜ばれるものなら、なんでもいいのだが……。
「せ」ではじまるものってなんだ? せ、せ、せ……せいろがん?
「ところであっちの世界って、車とか電車はあるんですか?」
「ねえなー。荷車と馬車……じゃないのか。へんな動物の引いてる馬車みたいなやつはあったが」
「なるほど。物流とかが、あまりない世界なんですね」
「そうかもしんない」
こんど商人氏に会ったら聞いてみよう、と俺は思った。
「そうだ。むらさきちゃんに聞いてみますね」
「むらさきちゃん?」
「あ。私のトモダチでぇ――。すごい小説とか読んでる娘なんですよ」
「ほー」
「いまきいてみます」
美津希ちゃんはスマホを取り出した。
トモダチとチャットする画面を、俺は上から覗きこんだ。
17:21(既読)『異世界に持っていったら無双できる物ってなにがある?』
『なんじゃい急に』17:21
17:22(既読)『異世界と交易とか。そういう小説。よく読むって』
『ああ』17:22
『定番は香辛料』17:22
『胡椒とか』17:22
「胡椒? ああコショウか。そういや、向こうじゃ見かけなかったな」
俺はつぶやいた。
『それで大丈夫だってー』17:22
『ありがとー』17:22
『愛してるー』17:23
17:24(既読)「はいはい」
美津希ちゃんはスマホをしまって、俺に顔をあげた。
しかし……。
あいしてる?
まあいいけど。
「胡椒だそうです」
「そうだな。持っていってみよう」
「あと香辛料ですから。他にも色々あるんじゃないでしょうか」
「ほかっていうと?」
「このジンジャーエールも、じつは香辛料です。ここの店。ウィルキンソンだから、辛いんです。おいしいんです」
「うぃるきんそん?」
「ちょっと飲んでみます?」
勧められたので、ストローを吸ってみた。いまさら間接なんとかで騒ぐような年でもない。
「――辛っ!」
びっくりした。
ジンジャーエールだと思っていたら――なんと、辛かった。
「ジンジャーって英語でショウガって意味です。ショウガって辛いじゃないですか」
「ほー。へー。はー」
「辛いが香辛料?」
「辛いものはだいたい香辛料で間違ってないと思いますよ。たとえばカレー粉とか」
「あれも香辛料ってやつなのか。カレーじゃなくて?」
「スパイスはみんな香辛料のうちです。辛くないスパイスもあります。たとえばシナモンだとか」
「へー」
◇
美津希大明神のお告げにより、俺はスーパーの香辛料コーナーを訪れていた。
カレー粉の近くに、「香辛料」とゆー物体は、大量に陳列されていた。
小さな瓶が店の一角を占めるほどだ。どうもラベルを見る限り、すべて種類が違うようだった。
何十種類……? いや、何百種類あるのか……?
俺はめまいを覚えた。
この中から、向こうで人気になる香辛料を選ぶことは、
美津希大明神にスーパーまでついてきてもらえばよかった。
ファミレス前でバイバイするんじゃなかった。
俺は大きいほうのカートを押してくると、自分のわかる「香辛料」だけを、カゴに入れていった。
◇
「今日の夕飯はな。ちょっと変わったことをやってみようと思う」
「なんですかー? なんですかー? それは食べるものですかー?」
バカエルフのやつが、さっそく、食いついてくる。
まあ。食べるものではあるか。
食欲で嗅ぎつけてきて……。まあ正解か。
「新商品のテストだ。色々持ってきた」
俺は向こうから持ってきたものを、色々と並べた。
まずお馴染みのコショウ。粉のやつと、粗挽きのやつと、なんか「ホール」とかゆー、5ミリくらいの黒いBB弾みたいなやつと。全部。
次にやはり馴染みのある唐辛子。美津希ちゃんが「辛い物はみんな香辛料」といってるから、これも香辛料で間違いない。
一味と七味と鷹の爪と輪切りとクラッシュペッパー。違いを説明しろと言われると、ちょっと自信がないのだが……。とりあえず、見かけたものは全種類。
あと、パッケとラベルを見ていたら、タバスコとかハバネロソースとかも、すべて原材料は「唐辛子」となっていた。それらも持ってきた。
あとお馴染みなのは、ワサビ。
どう違うのよくわからんので、チューブが全種類揃っている。
その他、カラシやら、ホースラディッシュやら。チューブ系の香辛料は、全制覇だった。
「綺麗な色ですねー。色ですねー。色ですねー」
練りわさびとか、練りからしとか、グリーンとイエローのチューブを見て、バカエルフのやつは、目をキラキラさせている。
新しい食い物を見せたときには、いつもこうだ。
大事なことは三回繰り返す。相当気に入ったらしい。
「ください。早くください」
待ちきれないという顔で、バカエルフは両手を出している。お手のポーズで待っている。
「あー! エナ、エナ、……ストップ。ストーップ!」
エナが練りわさびのチューブから、自分の皿に、むにゅ~~~っと、かなりの量を絞り出していたので、俺は慌てて止めた。
「エナ。こいつは辛いんだ。子供は、ちょっとだ、ちょ~っと」
「わたし。大人です」
「大人でもだ。あんまり欲張ると。えらいことになるぞ」
――と、言ったところで、俺は、嫌な予感を覚えて、後ろを振り返った。
「ふぁい?」
バカエルフのやつは――。
練りわさびと、練りからし……。
チューブを2本とも口にくわえていた。
止めようとしたら、取られまいと思ったのか――、チューブの中身を一気に絞り出して――。
あああああ……。
数秒後――。
バカエルフの絶叫がCマートの店内に沸き起こったことは……。言うまでもなかった。
◇
後日――。
コショウは売れに売れた。
塩さえも、ぶち抜いて、Cマート一番の人気商品となった。
はじめ、品薄だった頃には、同じ重さの金と取引されていったぐらいだ。
美津希大明神のお告げで、キロ単位の袋でコショウを売ってるスーパーを見つけて、それ以降は安定供給されるようになり、値段も適正価格まで落ちていったが……。
Cマートに、ひさびさにヒット商品が出た。
無双ウマー。
※今回の無双ネタの提供は、ファンタジー戦記物で無双されている、むらさきゆきや先生でしたー。作中では「女子高生」として登場(笑)。
○設定/展開の変更のお知らせ
今回の作中で、美津希ちゃんが店主の商売を知っていることになっています。
これまでの連載分では、そういうシーンはないのですが――。
これまでの途中で知る機会があったということで。あとで帳尻を合わせますので、気にされずに読み進めてください。