表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
49/142

第43話「壺貯金」

 いつもの昼過ぎ。いつものCマートの店内。


「ずいぶん溜まりましたねー」

「そういや。そうだな」


 バカエルフが言うので、俺は適当にうなずいた。

 カウンター脇の隅っこに、大きな壺が置かれている。


 売り上げのお金を入れてある壺だ。


 この世界には、どうも、〝紙のお金〟というものはないらしい。

 よってすべて貨幣だ。コインだ。銅貨と銀貨と金貨だった。


 そういえば錫貨というものもあった。

 ガキが10枚持ってきて、銅貨1枚のお菓子を買っていったから、その錫貨10枚もきっとどこかに入っているはず。


「おかね。いっぱい……です」


 エナが蓋を開けて、覗いて、感嘆の声をもらしている。

 一日分の売り上げは、数えてから、そこに入れている。数えるのは俺かバカエルフがやる。

 なるほど。エナは今日まで知らなかったわけか。

 そんなところに大金があるとは思わなかったので、驚いているのだろうか。それとも単に大金に目を丸くしているのだろうか。


 たしかにけっこうな大金になってしまった。

 大きな壺の半分以上、貨幣がぎっしりと詰まっている。

 はじめたときには、とりあえず同じ場所にまとめておこうと、10枚、20枚を壺に入れただけだったのだが……。

 毎日続けていたら、こんなんに、なってしまった。

 びっくりだ。継続は力なりだ。


「マスター。お金こんなに貯めて、どうするんですか?」

「ああ。それな。泥棒さんがやってきて、盗んでいってくれるのを待っているんだ」


 我ながら洒落たこと言った。意識高いぜ俺。

 ――とか、ドヤ顔をして待っていたのだが。


 バカエルフもエナも、二人とも、ぽかんとしていた。


「どろぼーさん……って、なんなんです?」

「なんですか?」


 ああ。そこからなのね。

 大金を鍵もかけずに置いといて、ずっとなくならなかったり。

 店の商品が万引きされたりせず、留守のときにも、メモとお代が置いてあったりしたところから、うすうす察してはいたのだが……。


 この世界には、たぶん、泥棒がいない。

 たとえば店主不在で、無人販売をやっていたとしても、減った商品と、置かれてあるお金とが、ぴったり合うような、そんな世界なのだ。


「どろぼーさんというのはだな。人様の物を勝手に持っていってしまうやつのことをいうな」

「でも……、それって、困りません?」

 バカエルフのやつは、ぷっくりとした唇に指先をあてて、上向きかげんで考える。

 エナのやつも、その仕草を見習って薄い唇に指先をあてて、天井の同じところを見ようとする。


 エナはカワイイ。

 バカエルフは、わたし可愛いでしょう的なところが鼻につく。ほんとバカ。外見だけは美少女だからほんとヤバい。


「もちろん。困るよ」


「じゃあ。だめじゃないですかー」

「ああ。そうだな。だめだな」

「ほら。やっぱり。だめですよー」


 話が終わってしまった。

 この世界に泥棒と詐欺師がいない理由が、なんとなくわかった。

 みんながみんな、こんな善人だったら、「だめですよー」「そうですねー」で話は終わる。


「それはそうと。この金。どうするかなー?」


 俺は話を切り替えた。

 壺の中身は、もう半分をこえている。そのうち溢れてしまいそうだ。

 Cマートで扱う品物は異世界のものだ。向こうでは「円」しか使えない。

 砂金を持っていって例の質屋で日本円に換金しているが、金はえらい高値で売れるので、革袋一つ分の砂金を持っていけば、向こうでは200万とか300万とかいう大金になってしまう。

 革袋一つ分の砂金は、金貨数十枚ほどだ。


 仕入れのためには、そんなに日本円は必要ではないし。

 こちらの通貨は、それこそ使い道がないしで――。どんどん貯まってゆく一方なわけだ。


「銀行でもやるかなー。それとも両替屋でもやるかなー」


 俺は言った。

 言ってみてから――。バカエルフとエナの顔を、ちらりと見てみると――。


「……?」

「???」


 ああ。ほら。やっぱりだ。


「なんだよ。銀行もないのかよ」

「なんですか? ぎんこーって?」


「銀行ってゆーのは、お金を貸したり預かったりする場所だ」

「貸す? 預かる?」


「だから。大金を持ってたら、いろいろ不便だろ」

「なぜ?」

「だから。盗まれたり……って、そうか。盗まれないんだったな」


 うーん。俺は腕組みをして考えこんだ。

 そうか。どろぼーさんは、いないのか。

 じゃあ盗まれたりはしないんだな。だったらずっと貯めといてもいいわけか。


「じゃあ。あれだ。お金が足りないときに、貸してくれるんだ」

「なぜ?」

「なぜって? 足りないと困るだろ? 貸してくれるところがあれば、おたがいにメリットがあるだろ」


「なんで貸してくれるんです?」

「それが商売だからだ。銀行の」

「お金を貸すと、なんで商売になるんです? どんな得があるんで?」

「そりゃ利子を取るんだよ」


 俺自身は銀行でお金を借りたことはないが……。銀行は金を貸すのが本業だということは知っている。それで利益を出している会社の一種だ。

 あ。銀行の残高がマイナスになってるって、あれ、借りてることになるんだっけかな? じゃあ何回かはあったかな。残高がマイナスになってて、びっくりしたびっくりした。定期くずすの、いやだったんだよなー。


 まあ、つまり。

 銀行は金を貸してくれるが、利子を取るということだ。

 1年で何パーセントかの利子を取る。いや。何十%か。


「利子を取るのは禁則事項だぞ。店主」


 横から声がした。

 誰の声かは聞いた瞬間にわかった。


「なんだ。キング。また飴玉もらいに来たか」

「うむ。あちらの世界の飴は、たいへんに美味だな」


 キングはいつも飴をなめている。

 最近のお気に入りは、いわゆるロリポップ・キャンデーというやつだ。異世界産だ。ちょうど口に入る大きさの丸い球形の飴玉に、棒がついている、あれだ。


 俺がオバちゃんの店で「ごはん永久無料」となっているのと同じで、キングも俺の店で「飴ちゃん永久無料」となっている。前。1プラチナで「釣りはいらねえ」とか侠気おとこぎ溢れる払いかたをしていった。釣りを受け取ることを、頑として拒否したので、釣りのかわりに「飴ちゃん永久無料権」を進呈して、それで手打ちとした。


 もっともキングに限らず、ガキは全員、「飴ちゃん永久無料」なのだが。


「んで。なんだって? 利子取るのは禁止?」

「禁止ではなく、禁則事項だが――。まあ実用上は同じ意味だな」

「てゆうか。キング。おまえは知ってんのか。利子とか。……あと銀行も?」


 バカエルフが椅子とテーブルを用意している。

 エナはお茶の用意にかかっている。

 役割分担がちゃんとしている。


「いろいろな世界から賓人まれびとはやって来るからな。銀行のある文明からの来訪者が来ることもある」


 バカエルフの引いた椅子に、ぽんと飛び乗るように座って、キングは言った。

 偉そうな口ぶりだが、身体的にはガキんちょだ。エナと同じかやや年下に見える。


「そうした者が銀行や両替商を始めようとしたときには、我々〝キング〟が訪れて、やめるように説得することになっている」

「なんで?」


 俺は聞いた。なんか〝キング〟というのが自分以外にもいるような口ぶりだったが……。まあそこは置いておいて。銀行禁止の、その理由のほうを聞いた。


「利子というのは、なにもしないで、金が金を生むことだろう?」

「そうだな」

「それは理にかなっていないからだ」

「そうなん?」

「おかしいと思わないか? 金というものは、本来、労働の対価として支払われるべきものだろう。金を貸して利子として金を儲ける者は、では、いったいなんの労働を行った?」

「うーん……」


 俺は考えた。

 生まれてはじめて、そんなことを考えてみた。


「なんにも働いていないな。ただ単に金を持っていただけだな」

「そこだ」


「金を持っている者が、ただ金を持っているという理由だけで、さらに金を持つようになる。その先にあるのは、果てしないインフレーションのみだ。経済をおかしくする諸悪の根源だな」


「そうなんか」


「いや。我々〝キング〟も受け売りだがな。はじまりの魔法使いが、そうルールを定めた。それ以来、守っているだけだ。そして実際にうまく回っているのだから、決まり事を変える必要もないだろう」


「はじまりの魔法使いって、なんだ、そりゃ?」

「それはですねー。マスター」


 お菓子を俺の前に出してきながら、エルフの娘が言ってくる。


「ず~っと、昔、昔に……。大地に大いなる魔法をかけた人ですよー」

「どんな魔法?」

「争いをなくする魔法です」

「どんなふうに?」

「マスター。争いが起きるいちばんの原因って、なんだかわかります?」

「わかんね」


 俺は素直にそう言った。

 てゆうか。テレビの番組みたいに、もったいつけてないで、とっとと答えを言えっつーの。

 答えはCMのあとで、とか言ったら、怒るぞマジで?


「争いが起きるのは、相手を理解できないからですよー。だからはじまりの魔法使いは、命をかけて、大地に、たった一つの魔法をかけました」

「へー」


 だから、どんな魔法なんだよ?


「そのおかげで、私とマスターは、こうしてお話することができているんですけど……。大地の上に立っているかぎりは」

「意思疎通の魔法だな。言語によらず意思の直接伝達をする、偉大な魔法だ」


「わたしはいまエルフ語を話してますし。エナちゃんはたぶん平原語でしょうし。キングはキング語でしょう。マスターは何語ですか?」

「俺? 俺はもちろん日本語だけど……え? なんでそれで通じるんだ?」


 意味がわからない。

 バカエルフが言うには、いまみんな、それぞれ違う言葉を話しているということなのだが……? そんなことがあるのか?

 なんでそれで通じるんだ?


「それが魔法の効果です。口で話したこと以外の、心で考えていることも、たまに聞こえちゃいますけどね――。だからなかなかウソがつけないわけですよー」


 ほー。へー。はー。


 なんか、信じがたい話ではあったが――。

 だいたい、普通に言葉通じているじゃん。相手が日本語を話していないとか言われたって、俺には日本語として聞こえているわけだし……。


 ――と思っていた俺は、通じるのは、〝話し言葉〟だけだったことに気がついた。

 〝書き言葉〟――つまり文字のほうは、そういえばぜんぜん通じていない。

 俺の世界の言葉――日本語は、バカエルフとエナの二人だけが、頑張って覚えたくらいだ。


 なるほど。ほんとなのかも。


 なにしろここはファンタジー世界だ。

 そういうこともあるのかもしれない。

 素直に信じておくことにするか。


「ちなみに利子を取らなければ、銀行業自体は禁止されていないぞ。あと両替商も、手数料を取らないのであれば自由にやってかまわない」

「ほー」

「でもそれだったら、キングがすでにやってますけどね」

「うむ」


 キングはうなずいた。


「なんだ。おまえは銀行屋だったのか」

「金を預かり、分配し、経済を回転させ続けることも、キングの仕事の一つだからな」

「皆、余ったお金は、キングに預けるんですよー。預けるっていうか。渡すというか」


「皆からそうして集めた金を、余は必要と判断される事業に使う。石畳を引いたり。街に下水を完備したり。研究所を建てて運用したり。――まあ色々だな」

「へー。俺のいた世界じゃ、そーゆーの、〝税金〟でやってたもんだがなー」

「ふっ……。店主。〝税金〟も禁則事項だ」


 キングのやつは、ふっと笑うと、ドヤ顔でそう言った。


「店主。そこの金も、当面、必要がないのであれば……、余が預かるが?」

「うーん」


 俺は考えた。

 たしかに……使う予定のまったくない金であるから、キングに預けるなり渡すなりして、有効活用してもらったほうがいいのかも?

 でもなー。うーん……。どうしようか?


「まあ。いまはやめとくわ」

 俺はそう言った。


「そうか」

 キングはうなずくだけ。


「壺がいっぱいになるまでには、使い道をなにか考えるよ。思いつかなかったら、おまえのとこに持ってくわ」

「そうか」

 キングはまたうなずいた。


本日投稿分。遅くなりました~。

今回は「世界」の話です~。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ