第43話「壺貯金」
いつもの昼過ぎ。いつものCマートの店内。
「ずいぶん溜まりましたねー」
「そういや。そうだな」
バカエルフが言うので、俺は適当にうなずいた。
カウンター脇の隅っこに、大きな壺が置かれている。
売り上げのお金を入れてある壺だ。
この世界には、どうも、〝紙のお金〟というものはないらしい。
よってすべて貨幣だ。コインだ。銅貨と銀貨と金貨だった。
そういえば錫貨というものもあった。
ガキが10枚持ってきて、銅貨1枚のお菓子を買っていったから、その錫貨10枚もきっとどこかに入っているはず。
「おかね。いっぱい……です」
エナが蓋を開けて、覗いて、感嘆の声をもらしている。
一日分の売り上げは、数えてから、そこに入れている。数えるのは俺かバカエルフがやる。
なるほど。エナは今日まで知らなかったわけか。
そんなところに大金があるとは思わなかったので、驚いているのだろうか。それとも単に大金に目を丸くしているのだろうか。
たしかにけっこうな大金になってしまった。
大きな壺の半分以上、貨幣がぎっしりと詰まっている。
はじめたときには、とりあえず同じ場所にまとめておこうと、10枚、20枚を壺に入れただけだったのだが……。
毎日続けていたら、こんなんに、なってしまった。
びっくりだ。継続は力なりだ。
「マスター。お金こんなに貯めて、どうするんですか?」
「ああ。それな。泥棒さんがやってきて、盗んでいってくれるのを待っているんだ」
我ながら洒落たこと言った。意識高いぜ俺。
――とか、ドヤ顔をして待っていたのだが。
バカエルフもエナも、二人とも、ぽかんとしていた。
「どろぼーさん……って、なんなんです?」
「なんですか?」
ああ。そこからなのね。
大金を鍵もかけずに置いといて、ずっとなくならなかったり。
店の商品が万引きされたりせず、留守のときにも、メモとお代が置いてあったりしたところから、うすうす察してはいたのだが……。
この世界には、たぶん、泥棒がいない。
たとえば店主不在で、無人販売をやっていたとしても、減った商品と、置かれてあるお金とが、ぴったり合うような、そんな世界なのだ。
「どろぼーさんというのはだな。人様の物を勝手に持っていってしまうやつのことをいうな」
「でも……、それって、困りません?」
バカエルフのやつは、ぷっくりとした唇に指先をあてて、上向きかげんで考える。
エナのやつも、その仕草を見習って薄い唇に指先をあてて、天井の同じところを見ようとする。
エナはカワイイ。
バカエルフは、わたし可愛いでしょう的なところが鼻につく。ほんとバカ。外見だけは美少女だからほんとヤバい。
「もちろん。困るよ」
「じゃあ。だめじゃないですかー」
「ああ。そうだな。だめだな」
「ほら。やっぱり。だめですよー」
話が終わってしまった。
この世界に泥棒と詐欺師がいない理由が、なんとなくわかった。
みんながみんな、こんな善人だったら、「だめですよー」「そうですねー」で話は終わる。
「それはそうと。この金。どうするかなー?」
俺は話を切り替えた。
壺の中身は、もう半分をこえている。そのうち溢れてしまいそうだ。
Cマートで扱う品物は異世界のものだ。向こうでは「円」しか使えない。
砂金を持っていって例の質屋で日本円に換金しているが、金はえらい高値で売れるので、革袋一つ分の砂金を持っていけば、向こうでは200万とか300万とかいう大金になってしまう。
革袋一つ分の砂金は、金貨数十枚ほどだ。
仕入れのためには、そんなに日本円は必要ではないし。
こちらの通貨は、それこそ使い道がないしで――。どんどん貯まってゆく一方なわけだ。
「銀行でもやるかなー。それとも両替屋でもやるかなー」
俺は言った。
言ってみてから――。バカエルフとエナの顔を、ちらりと見てみると――。
「……?」
「???」
ああ。ほら。やっぱりだ。
「なんだよ。銀行もないのかよ」
「なんですか? ぎんこーって?」
「銀行ってゆーのは、お金を貸したり預かったりする場所だ」
「貸す? 預かる?」
「だから。大金を持ってたら、いろいろ不便だろ」
「なぜ?」
「だから。盗まれたり……って、そうか。盗まれないんだったな」
うーん。俺は腕組みをして考えこんだ。
そうか。どろぼーさんは、いないのか。
じゃあ盗まれたりはしないんだな。だったらずっと貯めといてもいいわけか。
「じゃあ。あれだ。お金が足りないときに、貸してくれるんだ」
「なぜ?」
「なぜって? 足りないと困るだろ? 貸してくれるところがあれば、おたがいにメリットがあるだろ」
「なんで貸してくれるんです?」
「それが商売だからだ。銀行の」
「お金を貸すと、なんで商売になるんです? どんな得があるんで?」
「そりゃ利子を取るんだよ」
俺自身は銀行でお金を借りたことはないが……。銀行は金を貸すのが本業だということは知っている。それで利益を出している会社の一種だ。
あ。銀行の残高がマイナスになってるって、あれ、借りてることになるんだっけかな? じゃあ何回かはあったかな。残高がマイナスになってて、びっくりしたびっくりした。定期くずすの、いやだったんだよなー。
まあ、つまり。
銀行は金を貸してくれるが、利子を取るということだ。
1年で何パーセントかの利子を取る。いや。何十%か。
「利子を取るのは禁則事項だぞ。店主」
横から声がした。
誰の声かは聞いた瞬間にわかった。
「なんだ。キング。また飴玉もらいに来たか」
「うむ。あちらの世界の飴は、たいへんに美味だな」
キングはいつも飴をなめている。
最近のお気に入りは、いわゆるロリポップ・キャンデーというやつだ。異世界産だ。ちょうど口に入る大きさの丸い球形の飴玉に、棒がついている、あれだ。
俺がオバちゃんの店で「ごはん永久無料」となっているのと同じで、キングも俺の店で「飴ちゃん永久無料」となっている。前。1プラチナで「釣りはいらねえ」とか侠気溢れる払いかたをしていった。釣りを受け取ることを、頑として拒否したので、釣りのかわりに「飴ちゃん永久無料権」を進呈して、それで手打ちとした。
もっともキングに限らず、ガキは全員、「飴ちゃん永久無料」なのだが。
「んで。なんだって? 利子取るのは禁止?」
「禁止ではなく、禁則事項だが――。まあ実用上は同じ意味だな」
「てゆうか。キング。おまえは知ってんのか。利子とか。……あと銀行も?」
バカエルフが椅子とテーブルを用意している。
エナはお茶の用意にかかっている。
役割分担がちゃんとしている。
「いろいろな世界から賓人はやって来るからな。銀行のある文明からの来訪者が来ることもある」
バカエルフの引いた椅子に、ぽんと飛び乗るように座って、キングは言った。
偉そうな口ぶりだが、身体的にはガキんちょだ。エナと同じかやや年下に見える。
「そうした者が銀行や両替商を始めようとしたときには、我々〝キング〟が訪れて、やめるように説得することになっている」
「なんで?」
俺は聞いた。なんか〝キング〟というのが自分以外にもいるような口ぶりだったが……。まあそこは置いておいて。銀行禁止の、その理由のほうを聞いた。
「利子というのは、なにもしないで、金が金を生むことだろう?」
「そうだな」
「それは理にかなっていないからだ」
「そうなん?」
「おかしいと思わないか? 金というものは、本来、労働の対価として支払われるべきものだろう。金を貸して利子として金を儲ける者は、では、いったいなんの労働を行った?」
「うーん……」
俺は考えた。
生まれてはじめて、そんなことを考えてみた。
「なんにも働いていないな。ただ単に金を持っていただけだな」
「そこだ」
「金を持っている者が、ただ金を持っているという理由だけで、さらに金を持つようになる。その先にあるのは、果てしないインフレーションのみだ。経済をおかしくする諸悪の根源だな」
「そうなんか」
「いや。我々〝キング〟も受け売りだがな。はじまりの魔法使いが、そうルールを定めた。それ以来、守っているだけだ。そして実際にうまく回っているのだから、決まり事を変える必要もないだろう」
「はじまりの魔法使いって、なんだ、そりゃ?」
「それはですねー。マスター」
お菓子を俺の前に出してきながら、エルフの娘が言ってくる。
「ず~っと、昔、昔に……。大地に大いなる魔法をかけた人ですよー」
「どんな魔法?」
「争いをなくする魔法です」
「どんなふうに?」
「マスター。争いが起きるいちばんの原因って、なんだかわかります?」
「わかんね」
俺は素直にそう言った。
てゆうか。テレビの番組みたいに、もったいつけてないで、とっとと答えを言えっつーの。
答えはCMのあとで、とか言ったら、怒るぞマジで?
「争いが起きるのは、相手を理解できないからですよー。だからはじまりの魔法使いは、命をかけて、大地に、たった一つの魔法をかけました」
「へー」
だから、どんな魔法なんだよ?
「そのおかげで、私とマスターは、こうしてお話することができているんですけど……。大地の上に立っているかぎりは」
「意思疎通の魔法だな。言語によらず意思の直接伝達をする、偉大な魔法だ」
「わたしはいまエルフ語を話してますし。エナちゃんはたぶん平原語でしょうし。キングはキング語でしょう。マスターは何語ですか?」
「俺? 俺はもちろん日本語だけど……え? なんでそれで通じるんだ?」
意味がわからない。
バカエルフが言うには、いまみんな、それぞれ違う言葉を話しているということなのだが……? そんなことがあるのか?
なんでそれで通じるんだ?
「それが魔法の効果です。口で話したこと以外の、心で考えていることも、たまに聞こえちゃいますけどね――。だからなかなかウソがつけないわけですよー」
ほー。へー。はー。
なんか、信じがたい話ではあったが――。
だいたい、普通に言葉通じているじゃん。相手が日本語を話していないとか言われたって、俺には日本語として聞こえているわけだし……。
――と思っていた俺は、通じるのは、〝話し言葉〟だけだったことに気がついた。
〝書き言葉〟――つまり文字のほうは、そういえばぜんぜん通じていない。
俺の世界の言葉――日本語は、バカエルフとエナの二人だけが、頑張って覚えたくらいだ。
なるほど。ほんとなのかも。
なにしろここはファンタジー世界だ。
そういうこともあるのかもしれない。
素直に信じておくことにするか。
「ちなみに利子を取らなければ、銀行業自体は禁止されていないぞ。あと両替商も、手数料を取らないのであれば自由にやってかまわない」
「ほー」
「でもそれだったら、キングがすでにやってますけどね」
「うむ」
キングはうなずいた。
「なんだ。おまえは銀行屋だったのか」
「金を預かり、分配し、経済を回転させ続けることも、キングの仕事の一つだからな」
「皆、余ったお金は、キングに預けるんですよー。預けるっていうか。渡すというか」
「皆からそうして集めた金を、余は必要と判断される事業に使う。石畳を引いたり。街に下水を完備したり。研究所を建てて運用したり。――まあ色々だな」
「へー。俺のいた世界じゃ、そーゆーの、〝税金〟でやってたもんだがなー」
「ふっ……。店主。〝税金〟も禁則事項だ」
キングのやつは、ふっと笑うと、ドヤ顔でそう言った。
「店主。そこの金も、当面、必要がないのであれば……、余が預かるが?」
「うーん」
俺は考えた。
たしかに……使う予定のまったくない金であるから、キングに預けるなり渡すなりして、有効活用してもらったほうがいいのかも?
でもなー。うーん……。どうしようか?
「まあ。いまはやめとくわ」
俺はそう言った。
「そうか」
キングはうなずくだけ。
「壺がいっぱいになるまでには、使い道をなにか考えるよ。思いつかなかったら、おまえのとこに持ってくわ」
「そうか」
キングはまたうなずいた。
本日投稿分。遅くなりました~。
今回は「世界」の話です~。