第42話「将来の夢」
いつもの昼下がり。いつものCマートの店内。
テーブルが出され、緑色のお茶が出され、いつものメンツでティーパーティが行われていた。
ここは喫茶店じゃないんだが。
ちなみにいつものメンツというのは、バカエルフとオバちゃんと、鍛治師と商人氏。あとキングもいたりする。
「グリーンティーは我が屋敷でも飲んでいるが、ここで飲むと、なぜか味が違う気がする。……なにか秘訣でもあるのだろうか?」
キングが言った。湯飲みを覗きこみながら、不思議そうな顔をしている。
「おいエナ。おいしいって言われてるぞ」
お茶を淹れてくれたエナに、俺はそう言った。
お盆を体の前に抱き寄せて、エナは恥ずかしそうな顔をしている。
「ぜひ教えてくれないだろうか」
「エナには俺が教えたんだぞ」
「店主はへそ曲がりだからな。どうせ聞いても教えてくれないのだろう」
「ちっ」
俺は舌打ちした。「特別な淹れかたなんてしてねーよ」とか言って、10分くらい、からかってやろうと思ったのだが……。
「とくべつなこと。していません。普通に、いれてる……だけです」
エナはそう言った。
ふふっ……。
俺は思わず笑ってしまった。
そんなところまで教えた覚えはないのだが。
「これは玉露っていうやつだからな。熱湯をいきなり注ぐんじゃだめなんだ。お湯はいっぺん湯飲みとか注いで、すこし冷ましてから使う。適温は60度っていわれてる」
俺はすらすらとそう言った。じつはぜんぶ美津希大明神からの受け売りだが。
このまえ「美味しいお茶の淹れかた」を聞いたら、スラスラと出てきた。やっぱりあの娘はスゴい。なんでも知ってるスーパー女子高生だ。
「アヒルの温度計では、60度まで測れないのだが」
「アヒル? ……ああ。このあいだのやつか。あれは風呂用だ。てゆうか。お茶に使うな。温度計なら、こんなんもあるから――」
俺は商品の棚のほうにいって、ごそごそと探した。
別の温度計を、このあいだ仕入れて、このへんに置いてあったよーな……。
スーパーやホームセンターで温度計を探すと、だいたい電子式になってしまう。
電池を使うものは、こちらの世界ではそのうち使えなくなる。なにしろ電池が手に入らない。まあ電池も店に置けばいいわけだが……。そういうことをしていると、Cマートは電池屋になりかねない。
よって電池を使わず、ずっと使うことのできる温度計を、わざわざ探してきたのだった。
理科の実験のときに使うような――。
「おお。あったあった」
真ん中に赤い線の入ったガラス棒が見つかった。目盛りは0度から100度まで切ってある。
「ほれ。これで100度まで測れるだろ」
「ほほう」
キングは目を細めて温度計を見つめた。
こいつは変な物ばかり興味を持つのだ。
最初に買っていったのが方位磁石で、つぎに買っていったのが温度計だ。
分度器を見つめて、「ほう。円周を360で割るのか。それは合理的だな」とか、妙なことをつぶやいていたこともある。
方位磁石だの。温度計だの。いったいなんに使うのやら。
巻き尺とか、時計とか、あと重さを計る道具だとか、その手のものを持ってきたら、ひょっとして喜ぶのだろうか?
こんどなんか探してこようか。
「わしはべつに土産など欲しくないがな」
なんの脈絡もなく、ぼそりと、ドワーフがつぶやいた。
でたよツンデレ親父。
わざわざ言うかよ。
てゆうか催促ならちゃんとそう言えよ。
ああ言ってるのか。ちゃんとツンデレ言語で。「土産が欲しい」と。
「なんかあったかなー」
鍛治師が興味を持ちそうなものを探す。ああ。あれがあったっけ。正直。売れ残りの品物だが――。
「これなんかどうだ」
俺がドワーフの前に出したのは、包丁。
包丁はこちらの世界にもある。この街で出回っているのは、ほとんど、ドワーフの親方のところで打たれたものだ。
しかしこれは、向こうの世界の包丁だ。
それもスーパーやホームセンターで売っている、千円札1枚で買えてしまうような安物ではなくて、1本、2万円もするような、向こうの世界の職人が手で打った包丁だ。
……が。売れなかった。
ドワーフの打つ包丁が凄すぎるせいだ。
こちらの世界では、銀貨1枚で売られているドワーフの包丁を、向こうの世界に持ってゆくと、質屋の爺さんが物凄い高値で買い上げてくれる。
その筋の人に売りつけているのだとか。
〝その筋〟といっても、べつにそっちの筋とかではなくて、なんか、名のある料理人とか、そっちのほうの筋らしい。
そんなすごい品質の包丁が、銀貨1枚で買えてしまうのだから、普通の職人の普通の包丁は、誰も欲しがらなくても仕方がないのかもしれない。
向こうじゃ2万円もしたんだが。
ちなみに銀貨1枚がどれだけの価値かといえば……。
はっきりとはわからないが、長いことCマートをやっていた経験からいうと、だいたい、千円札1枚くらいなんじゃないかと思う。
「ほほう。不思議な製法だな。見たことがない」
早くもドワーフは包丁に夢中だ。
商品価値はなくとも、鍛治師として研究価値はあったようだ。
売れ残りが処分できて、俺も幸せ。ドワーフも幸せ。WINWINだ。
「そういえば。エナちゃんもずいぶん馴染んだわねー」
オバちゃんがポテチをばりばり噛み砕きながらそう言った。
空になった皿を、手が、ぽん、ぽんと探りつづけている。俺はため息をつくと、新しい袋を開けにかかった。
ざらざらと皿をいっぱいにする。どうせすぐに空になるのだが。
「……えへっ」
話題の真ん中に急に登場させられて、エナは恥ずかしそうに立っている。
「でもずっと売り子をやっていくわけにもいかないでしょ。将来のこととか、もう考えてる?」
「えっと……、その」
エナは困った顔になっている。
年齢は……知らんのだが、見た目でいえば、エナは小学校の高学年くらい。やせっぽちで成長不良なところをさっ引いたとしても、せいぜい、中学校にあがったか、あがらないかというあたり。
将来どうする、とか言われたって、困ってしまうだろう。
「そういや。ここって……。学校とかってどうなってるんだ?」
俺はそう聞いてみた。
「がっこう……って、なにそれ?」
オバちゃんが言う。
俺は商人さんに目を向けた。この人がいちばん世の中を知っていそうだ。
「どこの街でも、魔術を伝えたり、学問をやったりする場所は、それなりにありますが……。店主――賓人氏のいわれているのは、おそらく、年少者全員に教育を施す場所のことですね」
商人さんは肩をすくめる。そしてその顔をキングに向ける。
「ふむ。どのくらいの期間、教育するのだ?」
「おまえぐらいの年齢のガキは、みんな学校に行ってるぞ。義務教育って、いってな……。ええと、エナの三つぐらい上の年齢までは学校に行かないとならないんだ。そのあとも高校、大学と普通は進学するから……、ええと、ぜんぶ合わせると、6、3、3、4で……16年だな」
指折り数えて、俺は言った。
「いつもながら……。店主の世界は、すごいところだな。市民全員が学者にでもなるのか?」
「いや。ならないな。たいていサラリーマンかフリーターか派遣になる。ニートと引きこもりになって、自宅警備をすることもある」
「じゃあなんのためにそんなに長期間、教育をするのだ?」
「しらん」
俺は言った。
本当によくわからん。
学校でやったことは、たいてい忘れてる。
役に立った覚えがあるのは、基本の読み書きと、基本の計算くらい。それ以外はなんの役にたっているのやら。
役に立つことは、小学校の低学年くらいでコンプリートしてしまっている。
しかし、その12年間ないし16年間が、不要なのかといえば、そうでもないような気がする。
俺の見解によれば――。自分がなんになるか決めるために、16年間の猶予があるんじゃないかと、そう思う。
まあ、俺みたいに〝辞めて〟しまって、――異世界で店主になっていることもあるわけだが。
「学校がないなら、この世界のガキ……もとい、子供は、なにしてるんだ?」
「彼女くらいの年齢までは、だいたい、遊んでますね」
商人さんが言う。
するとエナが――。
「わたしは。もう大人です」
ちょっと固い声で、そう言った。
商人さんは柔和に微笑んだ。
「……ええ。わかっていますよ。そうして彼女ぐらいの年齢からは、どこかの仕事場でお手伝いをはじめるわけです。パン屋。花屋。大工。荷運び。市場。農場……」
「鍛冶屋もあるぞ」
ツンデレ親父が自己主張をする。
商人さんは、また柔らかく笑った。
「ええそうですね。もっとも。この街の鍛冶屋は、修行が厳しいことで有名のようですけど」
「ふん……。最近の若いもんは、軟弱で使いものにならん」
「いくつも職場を経験してゆくうちに、自分にあった仕事を見つけてゆくわけです。だいたいは、いくつかの職場を何年かかけて回るのが普通ですね」
「わたしは……、ここの仕事が合ってますから」
エナが、声だけでなく顔まで硬くして――そう言った。
あれ? エナ、うちに就職したことになってんの?
俺? いつ雇ったの?
てゆうか。給料なんて払ってないけど。バカエルフには日当9個払っているわけだが。現物支給で。缶詰で。
「エナちゃんは、将来、なんになりたいんだい?」
オバちゃんが聞いた。よくぞ聞いてくれたって感じ。さすがオバちゃん。遠慮がねえ。
エナは、エルフのちょうど半分の長さのある耳に、口元を寄せると――。こしょこしょと、小声でなにかを吹きこんだ。
「むっふっふー」
オバちゃんが、なんかイヤらしい笑いを浮かべる。すごくオバちゃんっぽくなる。
「おいおい。まーた秘密なのかよ」
目の前で内緒話をやるのはやめてほしい。
「俺にも教えてくれたっていいだろー?」
いちおう保護者なのだが。
あまり自覚はないのだが、エナが秘密基地を作って、Cマートの店内に居着いてしまって……。食わせたり風呂に入れたり、布団に入れたり、入ってこられたり。
いろいろ面倒を見ているわけだ。
エナには他に親はいない。孤児だから。
だから俺とバカエルフの二人が、親がわりみたいなもので……。
つまり保護者なわけだ。
保護者みたいなものなのだから、エナが将来、何になりたいのか、知っていたっていいだろう。
いや。知っておかなくてはならない。
知らねばならない。
……そうだ。そのはずだ。
ぜったい! 聞くもんねーっ!!
俺は、じーっとエナを見つめた。
エナは、最初もじもじとしていたが……。
俺が不退転の決意を視線に込めていると、あるとき、急に、しゃきっと真っ直ぐに立った。
俺の目をまっすぐに見返して、口を開く。
「あ、あのね……?」
「うん」
「えっとね……」
「ああ」
「そのね……」
「うむ」
俺は待った。
なんでそんなに言いにくいのかわからないが、エナが言うまで、辛抱強く待ち続けた。
「あのね……、お……、お……」
「お……?」
エナは目をつぶって、大きな声で――。
「お……! およめさんっ!」
「お嫁さん? ――そうか。お嫁さんかー」
俺はにっこりと笑った。
いやー。子供らしくていいぞー。
「いいぞー。じつにいいぞー」
「え? いいの?」
俺が言うと、エナは、ぱあっと顔を輝かせた。
「ああ。誰でもそんなもんなんじゃないか」
「え? 誰でも……?」
エナの顔が曇る。
「俺の世界じゃ、女の子の将来の夢、ナンバーワンは、それだったぞ。……あれちがったかな? パティシェとかだったかな? それとも芸能人? まあなんにせよ、〝お嫁さん〟が上位にあるのは確かだ。ぜんぜんおかしかないぞ。普通だぞー。いいぞー、普通でー」
「え? え? え?」
エナは目を白黒させている。
なんだ。将来の夢を言ったら笑われるとでも思っていたのか。
そんなことしないぞ。するわけがない。
バカエルフが、なんでか、やってきて――。エナの背中を、ぽんと優しく叩いた。
オバちゃんも、ぽんと、同じように叩いた。
エナはうつむいていた顔を――きっと、持ち上げた。
「まけませんから」
俺をたじろがせるほどの強い目で、そう言うと――。店の奥に向かった。
憤然と、お茶のおかわりの用意をはじめる。
うーむ……。
いつものことながら……。
この年頃の女の子は……。よーわからん。
いったいなにに負けないというのだろうか。
書き上がりましたー。
本日の更新は、20時に半分まで。20時50分に。ようやくぜんぶ投稿でした。
すいませんでした。