第41話「シャワー無双」
いつもの午後。いつものCマートの店内。
「なんですかー。なんですかー。それは食べるものですかー?」
持ってきた品物の包装をばりばりと破って使えるようにしていると、頭のてっぺんの後ろ側から、声がかかった。
「ん」
俺は品物の包装のビニール袋を差し出した。
バカエルフのやつは、俺から受け取ったそれを――口に入れた。
「おいしくないです~……」
さすがバカエルフ。バカなことをやっている。
ベタなボケなのかと思いきや、どうもこいつの場合には、本気っぽい。本気でビニールが食えると思ったっぽい。
そんなやりとりを、エナが見ている。くすくすと笑っている。
「――ご、ごめんなさい」
目線が合うと、そんなことを言って、すぐにうつむく。
二言めには、すぐ謝りの言葉を口にするのだ。このやせっぽちのちびすけは。
俺はエナを手招きした。
近くにやってきたエナに、この品物を説明してやる。
「これはな。水タンクだ」
俺はそう説明した。
白い半透明のプラスチックの水タンクだった。ホームセンターでいくらでも売っている。
容量は大きめで20リットルぐらいのやつ。
水を満タンに入れると、俺でも運ぶのに苦労する。
やせっぽちのエナじゃ、持ちあがりもしないだろう。バカエルフは意外と馬鹿力なので、いけるかもしれない。
「はい。食べ物じゃないですね」
「うむ。食べ物じゃないな」
二人してうなずきあう。ちらりとバカエルフに流し目をくれる。
「食べられると思ったんですよー。だってー。マスターがくれたんだもんー」
俺はおまえに食い物しかやってないみたいだな。――まあだいたいその通りだが。
馬鹿なバカエルフは放置して、俺はエナに説明を続けた。
「んでもって、こっちはだな――」
「あうとどあ、ぽんぷ……ですか?」
「おー。読めるのかー。かしこい。かしこい」
俺はエナの頭をなでなでとしてやった。
ひらがな、カタカナぐらいは読めることは知っていたが、英語まで読めるようになっていたとは。
「わたしが教えたんですよー。わたしのほうがもっと賢いですよー」
バカエルフがなにか言っている。ほうっておく。
「これは〝シャワー〟っていうものだな。風呂についてるもんだ」
「お風呂……ですか? あの筒の?」
「いや。あれも風呂だが。これも風呂なんだな」
どうもこちらの世界では、ドラム缶風呂のことが、風呂だと認識されてしまっている。
他に風呂がないものだから、風呂、イコール、ドラム缶となっているわけだ。
風呂屋はこのあいだ出来た。裏手にある。何本もドラム缶みたいな鉄の筒が立っている。
我がCマートの一同も、その風呂屋を利用させてもらっているのだが……。
風呂屋は大人気ということもあって、毎日3人で押しかけるのも悪い気がしている。だから3日に1回くらいにしているのだが――。
くんくん――。
俺はすぐ隣にある、エナのつむじのてっぺんを――嗅いでみた。
うん。必要だわな。
「痛ててててて。おい。痛いって」
脇腹のところを思いっきりつねられて、俺はうめいた。
力のない子供でも、皮だけつねられると、めちゃくちゃ痛い。
「へんなことするからです」
「マスター。マスター。わたしもチェックしてくださぁい。チェック、チェック、ぷりーず♡」
「おいバカエルフが俺にへんなこと強要してくるぞ」
エナは俺に言う。俺はエナに言う。バカエルフはひとりで素振りしている。
俺たちは笑った。
「――で。これはその問題を解決するアイテムというわけだ」
俺はすっかり包装を解いて、その品物をエナに見せた。
これは水タンクに取り付けるタイプのシャワーだった。
どの風呂場にもあるようなシャワーヘッドから、ホースが伸びている。違うのは壁に繋がっていなくて、タンクに取り付けるためのキャップがついているというところだ。
水タンクの蓋を外す。
〝アウトドアポンプ〟という名前のシャワーの本体は、タンクのねじ穴にぴたりとはまった。
そして、手で押す方式のポンプを、しゅっこしゅっこと、何回か押した。
電池で動くタイプのアウトドア・シャワーも、あったのだが……。
こちらの世界には電池がないし、電気で動く物を持ちこんでしまうと、電池ばかり輸入するはめになることが目に見えている。
よって、電池のものはなるべく避けていた。
「――と。こんなもんでいいかな」
ポンプを充分に動かして、充分に空気を溜めこむ。
ホースの先に取り付けられているシャワーヘッドを手に持って、レバーを動かすと――。
「きゃっ」
ヘッドから出た水がエナの手にかかった。
女の子らしい悲鳴をあげて、エナはびっくりとしていた。
尻餅までついて驚いている様が、なんとも面白くて、俺はもっと水をかけた。
エナの手をいっぱい濡らした。
「うはははは……、痛い痛い痛い痛い――ごめんなさい」
脇腹をつねられる。
こんどは、あとが残るくらい、きつくやられた。
「やってみるか?」
シャワーをエナの手に渡した。
エナはシャワーで遊ぶ係。
俺は威力が弱まってきたら、せっせとポンプする係。
しゃーっと流れる水で、エナはそこかしこで
「あのー。お楽しみのところ申しわけないのですがー。お二方? そーゆーのは、表でやったほうがいいかと存じますですよー?」
「うおっ」
「あわわっ」
店の床がびっしょりだった。水浸しだ。
俺たちはバカエルフに言われて、追い出されるように店の外に出た。
そしてタンクが空になってしまうまで、水遊びを行った。
「でなくなっちゃった」
水の出なくなったシャワーを手に、エナがつぶやく。
「ああ。そうそう。忘れてた」
俺はすっかり忘れていたことを思いだした。
単なるテストでやっていたのだった。水遊びをするためでもなく、エナを喜ばせるためでもなくて――。
「これは本当はな。水じゃなくてお湯を入れようと思ってたんだ」
俺はそう言った。
お湯なら鍋でもヤカンでも沸かせる。100度のお湯を数リットルほど沸かして、水で割れば、適温のお湯が20リットルぐらいできて、タンク一杯となる。
「へー。お湯……、ですか」
「そうそう。そうすりゃ、風呂屋に行かなくても、毎日、体が洗えるだろ」
「毎日……」
エナは――ぱっと、頭をかばうようにして両手をのせた。
さっき、つむじのあたりをくんくんとやった。そのことをまだ根に持たれている感じ。とがめるような視線を向けられる。
「お湯。沸かすのですか?」
バカエルフが聞いてくる。
「ど、どうする?」
俺はエナに聞いた。
エナがこくりとうなずいたので、俺はすこしほっとした。
またつねられるかと思った。
◇
お湯が沸く。
沸騰すると、ピーッと音の鳴るレトロなヤカンが、Cマートでは大人気だ。
タンクに水と一緒に入れると、思った通り、適温の湯となった。
「さ。準備できたぞ」
俺が言う。
エナは顔を輝かせて――それから、その顔を曇らせた。
「あ……。えっと。でも。どこで?」
エナはきょろきょろとしている。
俺は学習していた。
こちらの世界の人たちは、なんでか知らんが、路上で裸で行水とか、平気でやるのだ。
まるで〝性別〟というものがないかのように振る舞う。
そりゃまあ……。たしかに……。たとえば世の中が男だけだったりすれば、路上で素っ裸になっていたって、誰も気にしたりはしないのだろうが……。
こちらの世界では、男も女もいるというのに、なんでか、そういう感じなのだった。
バカエルフが素っ裸で行水していたって、俺以外の誰も気にしたりはしない。「発情期じゃないから平気ですよね」とか言って、平気で肌をさらすのだ。わけわかんねえ。
裏の風呂屋でも、野外に立てられているドラム缶風呂に、男も女も気にせず入っている。
青い空の下、隣りあった者同士で、気楽に世間話などをやっている。
とまあ、そんな感じなので――。
俺もエナには気楽に言った。
「そこでいいんじゃね? そこで、ずばーって脱いで、シャワー浴びれば」
〝そこ〟とゆーのは、店の前の路上のことだ。
ほれほれ、とシャワーヘッドを振って、エナに渡そうとすると――。
ばっしーん!
ひっぱたかれた。
ほっぺたを。
思いっきり。
エナはジャンプして俺の頬をぶっ叩いていった。
「痛って……、痛ってえー」
俺はしゃがみこんで、ほっぺたを押さえていた。
エナは怒った感じでどっかに行ってしまっていた。
「マスター。マスター」
「ええっ……。なんでえ……っ?」
「ねえマスターってば」
「ええっ? どうしてーっ?」
俺はハテナマークを頭の上にいくつも浮かべていた。
しきりに自分の胸に聞いていた。
「わたしもシャワー浴びたいです」
「うっわ。怒ってたー? なんで怒ってたー?」
「マスター? きいてますか? マスター?」
「俺、なんかダメだったー……っ?」
「じゃあ先に浴びちゃいますよー?」
バカエルフのやつが、するっと着ていた物を脱ぐ。
ずばーっと脱いで、店の前の〝そこ〟で、温水シャワーを浴びはじめる。
〝そこ〟とゆーのは、店の前の路上のことだ。
ほら。やっぱ。いーんじゃん。
俺。間違って。ねーじゃん。
「あー。マスター。石鹸とってください。石鹸」
俺は店の人気商品の石鹸を、一箱、開けると――。背中越しに、バカエルフに向けて放ってやった。
ほらやっぱ。マッパで道端で行水してるじゃん。
俺以外の誰も気にもしてねーじゃん。
へんなエナ。へんなエナ。へーんな、エナー。
◇
その後。
バカエルフが身を張って〝宣伝〟したおかげで、「シャワー」は売れた。Cマートの人気商品となった。
おこりんぼのエナには、カーテンで仕切ったシャワースペースを作ってやった。