第40話「新聞紙無双」
いつもの夜。いつものCマートの店内。
本日の営業も終了。夕飯も終わって、あとは寝るだけという時間。
ちなみに風呂は向こうの世界と違って日中に入る。
風呂は沸かすのも入るのも大変だから、明るい昼間のうちに入ることになるわけだ。電気のないこちらの世界では、夜はあんまりすることがない。
ちなみに風呂は裏手に〝風呂屋〟ができたので、それを利用している。ドラム缶っぽい鉄の筒を何本も立てた〝風呂屋〟だ。バカエルフのやつが、ほっとくとたらいで体を洗いはじめるので、蹴飛ばして風呂屋に送り出すことになる。バカエルフがタオルを頭にのせて、ほんわかした顔で帰ってきたら、交代でエナと俺も順々に風呂をもらいにいく。
風呂は連日青空のもとで営業をしている。
銭湯みたいにすりゃいいのに、なんでか、青空のもとにドラム缶をおっ立てたままなのだ。
俺がこの世界に持ちこんだ〝風呂〟という文化が、最初、ドラム缶だったからだろうか……?
「今日はなー。エナにいいもん持ってきてやったぞー」
「なに?」
俺が言うと、やせっぽちのちびすけは、きらりと目を光らせた。
「これだー」
俺の取り出したのは――新聞紙。
1枚ずつにばらして、くしゃっと丸める。また一枚ずつをとって、くしゃっと丸める。
段ボールハウスの中にどんどんと詰めてゆく。
「これ……なに?」
エナは俺の隣に来ると、膝を抱えて、覗きこんだ。
「これは俺の世界の、すっげえ暖かくなる材料だ。
「そうなの?」
「なんにでも使える、すげえアイテムなんだぞ」
「なんでも?」
うむ。作戦成功。
エナは興味津々だった。
「ああ。物をくるむのにも使えるし、窓を拭くのにも使えるし、食べ物入れる袋にもなるし、ラッピングにも使えるし、そしてもちろん防寒グッズにもなるんだ」
うん。うそは言ってない。
エナは勘のいい子で、嘘を言うとすぐに悟ってしまうのだ。
だから嘘は言わずに、俺は本当のことだけを言った。
「なんか字がいっぱい……。書いてある」
「それはおまじないみたいなものだな」
「そうなんだ」
くしゃっと丸めて、詰めてゆく。
「お花みたい」
なるほど。女の子だ。
詩的なことを言う。
俺はエナの段ボールハウスを、大きな花のように丸めた新聞紙で、いっぱいにしていった。
「ほれ。はいってみろ」
「うん」
エナは、新聞紙の花でいっぱいになった段ボールハウスに、頭から入っていった。
小さなお尻が消えていったあと、中で、もそもそ、ごそごそと方向転換して、すっぽんと頭がこちら側に出てきた。
「暖かいか?」
「うん!」
「じゃあ、もう段ボールハウスで、一人で寝れるな」
俺はそう言った。
最近、なんでか、川の字で寝ることになる。
エナとバカエルフと俺とで、三人、川の字になって寝ている。
いや。正確にいうと、バカエルフ。エナ。俺。という順か。「川」の字のように三人で並んでいる。
エナがおうちにしている段ボールハウスは、最近ちょっと寒いようで、くちゅんと、かわいいくしゃみが聞こえてくることがある。
だからこっち来て寝るか、と言ってみたわけだが……。エナがバカエルフも連れてきてしまって、結果、三人で寝ることになっている。
一枚の毛布で身を寄せ合って寝ていると、まあ、暖かくはあるのだが……。
いや。これ。まずいだろ?
ぜってー。まずいだろ? これ?
いろいろまずいだろ? イロイロな意味で?
バカエルフはしっかりと女の子している。俺の何倍の年齢(自称)だそうだが、外見的には、だいたい十代なカンジがする。
エナのほうは見た目通り年相応……って、幾つなのか聞いたこともないし、本人もひょっとしたら知らないかもしれない。
ぴとっと張りついてきているときのカンジからすると、向こうの世界でいえば、小学校の高学年かそこら。メシ食ってなくて育ってなくて、やせっぽちだから、ひょっとしたら中学生1年生くらいなのかも?
川の字で寝るようになってから、何日かして――。
毛布をやるから段ボールハウスで寝ろと、エナに言ってみた。
そしたら毛布はお気に召さなかったようで、やっぱり川の字がいいと言ってきた。
だから他の巣材――もとい、暖を取れるものを探したわけだ。
新聞紙の布団は気に入ってくれたようだから、これでエナのやつも――。
「え゛……?」
エナはぎょっとしたような目で、俺を見ている。
あれ?
あれれっ?
「川の字……、もう……だめですか?」
なんでそんな、責めるような、すまなそうな目で、俺を見る?
新聞紙の布団、気に入ってくれたの……では?
「い、いや、その、だめっていうか、そのっ、い、いつまでも川の字で寝ているわけにもいかないだろ?」
「そう……、ですか」
段ボールハウスから突き出していたエナの頭が、ことんと、床に落ちる。
そのまま、ずるずると中に引きこんでいこうとして……。
「エナちゃん。前にしたいことがあったら言いましょうって、マスターから言われてましたよね」
バカエルフのやつが、そう声をかけてきた。
「……」
エナはバカエルフを見つめ返す。
「エナちゃんは、なにがしたいですか?」
バカエルフのやつは、そう笑顔でエナに聞く。
俺は、なんだか、すっごく緊張して、女二人のやりとりを――ただ、見守った。
ずいぶんと間があった。
エナとバカエルフはじっと見つめあっている。
十秒も二十秒も経ってから、エナは――口を開いた。
「まれびとさんの隣で……、寝たいです」
そう言って、床に近い低さから、俺のことを上目遣いで見上げてくる。
「え……?」
え? えーっ?
俺は展開を理解しようと試みていた。
えーと。えーと。えーと。
エナに段ボールハウスで一人で寝ろと言ったら不機嫌になって。
それでなにがしたいかとバカエルフが聞いたら、一緒に寝たいと。
……あー!
あー。あー。あー。
わかった。
なんだ。ようするに。アレか。
一人で寝るのが寂しいってことか。
なんかいま、無意味に緊張感が漂っていたんだけど……。
いったいなんだったんだろう? あの間は――?
「ね、寝袋、エナの分もあるけど。……使うか?」
「はい!」
寒くないように寝袋にくるまり――。
そのうえで三人で一枚の毛布を使い――。
俺たちは、今夜も川の字になって寝た。
まあ色々あれで、イロイロまずい気がしなくもないが、そのへんは俺が耐えていれば済むことであって……。
新聞紙の花は気に入っていたようで、エナは毛布の中に持ちこんできていた。
カサカサいってた。
しかし暖かかった。
Cマートの夜は更けていった。