第39話「川の字」
いつもの夜中。いつものCマートの床の上。
「くちゅん!」
寝袋に入って目を閉じていた俺は、誰かのくしゃみの音を聞いた。
かわいらしい感じだったから、きっとバカエルフじゃないはずだ。
あいつだと、きっと、野太い感じのくしゃみを、バカっぽくやりそうな気がする。
「エナか?」
「……ごめんなさい」
店の隅の段ボールハウスの中から、声がした。
なんでエナは第一声からして謝ってくるかなー。そこがカワイーところなんだけど。
「寒いのか?」
そういえば、今日はいつもよりすこし冷える感じがする。
この異世界は、季節というものがあるのかないのか――。
いつもだいたい、春か秋かの快適な気候なのだが、たまに、ちょっと冷える日と、ちょっと暑い日がやってきたりする。
今日はその、ちょっと寒い日のほう。
俺は寝袋にくるまれているし。バカエルフにはボロマントがあるし、だいたいあいつはバカだから風邪なんてひくはずがないし。
エナには段ボールハウスしかない。
あれはきちんと戸締まりすれば、けっこう暖かいのものなのだが……。
しかしエナの段ボールハウスは、使いこまれて、けっこうボロボロになってきている。穴なんか空いていたりもする。
あれでは寒かろう。俺はそう思った。
「おーい、エナー。寒いなら、こっちくるかー?」
俺はそう声をかけた。
何の気なしに、本当に深く考えずに、そう言った。
「えっ……!」
段ボールハウスの中から、絶句……が、聞こえた。
うああ?
俺? やっちまった?
たとえるなら、年頃の娘に「一緒に風呂に入るかー?」とか言っちゃったお父さん的な――ものすごいアウト感?
頭から血の気が引いてゆく感じを、俺はたっぷり、30秒ほども味わっていただろうか。
「……いいの?」
エナの言葉に、俺は救われた。
あの絶句は、遠慮してのものだったらしい。
暗がりの中、もそもそと段ボールハウスから這い出してくる音がする。
そのままこっちにやってくるのかと思いきや、エナの気配は、もう一方の隅へと動いていった。
「エルフさん。エルフさん」
「うへへへへ……、マスターだめですよー、もお食べられませーん」
バカエルフはバカな寝言を言っている。
やっぱり食う夢を見ている。
「そんなお肉ばっかり食べさせてー……。マスター……。そんなにわたしのこと好きなんですかー」
バカエルフはまだ起きない。
「一発なぐってやれ」
「エルフさん。エルフさん」
「んあ? あー……? エナちゃん? おしっこですかー?」
「ちがうの。あのね……」
こしょこしょと内緒話。
「ああ。いいですよー」
バカエルフのやつは、なにか、その内緒話を承諾。
そしてなんでか、二人して、こっちに移動してきた。
「おいおい? な、なんだよ?」
「ああマスターは動かないでください。そのままで」
「えっえっえっ? なになに? なにされんの? 俺? されちゃうのっ?」
エナとバカエルフの二人は、俺の隣にやってきた。
バカエルフが、ころんと俺の隣に横たわる。
そしたらエナが、俺とバカエルフの二人の間に、入ってきた。真ん中に寝ころがる。
三人で一枚の毛布をかけた。
「ああ。川か」
俺は言った。理解した。
いったいなにが起きるのかと思ってしまった。
R15ないしはR18指定になるようなことは、一切、なかった。
よかった。よかった。やはり全年齢指定だった。
「川って、なんですか? エナちゃんの希望で、こうなったんですけど」
「ほら。俺の世界の字の、漢字で、〝川〟ってあるだろ」
「ああ。なるほど。なるほどー。たしかに。3人で3本で、〝川〟になってますねー。なるほどたしかにー」
「そそ。お父さんとお母さんと、子供で……〝川〟なわけだな」
バカエルフがママ役なのが、ちょいと癪にさわる。
「え? わたしがママなんです?」
「おまえがゆーなってーの」
俺は嫌そうな声をだした。
「わたし……、子供?」
「そそ」
俺はよい声をだした。
――ぎゅうう。
「いてててて。なに? なんで? なんで俺つねられてるの?」
「マスターがバカだからですよー」
「てゆうか。つねったのだれ? おまえ? おまえ?」
暗がりで、よくわからない。
エナのやつが、ぴとっと、俺にくっついてきた。
子供は体温が高いのか、湯たんぽみたいで、暖かかった。
向こうも人肌であたたかいはずだ。三人ではいった毛布の中は、ほかほかとしている。
これでエナも風邪をひくこともないだろう。
俺は襲ってきた眠気にまかせて、すやすやと寝た。