表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
41/142

第37話「おとなごはん」

 いつもの昼どき。いつものCマートの店内。


「いっただきまーす」

「いただきます」


 いつものように、声が二つあがる。

 そして食前のお祈りが一つ。


 ……あれ?

 ひとつ足りない。


「どうした? エナ?」


 俺はエナのやつに声をかけた。

 目の前の缶詰を、エナはじっと見つめている。


「缶詰、いやだったか?」


 いつもなら昼はオバちゃんのところに行って食うのだが、今日は色々とあって、缶詰の昼食となっている。


 エナは、細い顎先を、ふるふると横に振って返してきた。


「じゃあ……、なんだ?」


「わたしも。それ。たべたい」

「ん?」


 別の缶詰だ。

 バカエルフの前に置かれた缶詰だ。

 食料品は扱わないホームセンターでも、唯一、売っている缶詰だ。

 元気に笑うワンコがラベルに描かれた缶詰だ。


 バカエルフのやつが、ぱっかん、と開いて、皿の上で逆さまにする。

 すっぽんと、円筒型に固まった固形物が、抜けて落ちてくる。

 バカエルフは、スプーンを子供握りして、うまそうに食べはじめる。

 おっふおっふ言いながら、がっふがっふと食べている。


「いや……、それは……」


 俺はたじろいだ。

 だいぶ前。バカエルフがあまりにバカでナマイキだったので、イタズラ心を起こして勝ってきた、〝ある動物用〟の缶詰だ。

 ためしに与えてみたら、喜んで食ってた。「おっふ! すごい肉味です!」とかいって、バカエルフまっしぐらの勢いで食っていた。

 なのでその缶詰は、バカエルフの主食となったのだった。


 サンマ缶などと比べて、同じ値段でも缶詰の大きさ自体が違うから、量は何倍もあって、いい感じに薄味で、肉がごろんごろん入っていて肉味で、他のを食えといっても、それがないとバカエルフは一日しょんぼりしていたりするので、もう最近は仕方なくそればかり食わせている。


「いやー……、それはー……、だめだろう」


 あれから気になったので調べてみた。

 美津希みつき大明神の言うところによると、べつに人間に害になるものは入っていないそうだ。〝その動物用〟の缶詰を人間が食べても体を壊したりはしないらしい。

 動物用とはいえ、人間も同じく〝動物〟ではあるわけで、考えてみれば当然のことだった。

 ペットフード売り場の店員さんの中には、自分で〝味見〟をしている人もいたりするらしい。人間においしいものは、ペットにもおいしい。ペットにおいしいものは、人間にもおいしい。――ということだそうだ。


「いやー……、しかしー、やっぱりー……、だめだろう」


 俺ははっきりとしない物言いで、そう言った。


「なんで? したいことあったら、言えって……。そう言ったよ?」


 エナは、はっきりとした声と顔で、そう言ってきた。


「う」


 俺は言葉に詰まった。

 言った言った。俺は言った。


 エナのやつが、いつもいつも、いーっつも、遠慮して人の顔色ばかり窺っているから、したいことがあったら言え、嫌なことがあっても言え、ガキはガキらしくずうずうしくしろ。むしろずうずうしくワガママ言うのがガキの仕事だ――ぐらいのことを、しょっちゅう言っている。


「わたしも。エルフさんと同じ缶詰が食べたいです」


 うわぁ。はっきり言ったよ。ド直球きたよ。


「ん? ん? んんー? なんですかなんですか? わたしの肉を横取りする話ですか?」


 バカエルフのやつが、皿から顔をあげる。

 口の端についてるぐらいなら愛嬌にもなるが、こいつの場合は口のまわりじゅうべったりだ。

 こいつ。美人のくせに、食いかたは品がねえ。エルフの里を追放されるのも、わかる気がする。


「たとえエナちゃんでも、肉をとったら――噛みます」


 うわあ。言ったよ。はっきり言ったよ。

 大人気ねえよ。


「べつにおまえのを取るなんて言ってねえよ。エナがそれを食いたいって――」

「あげません」

「だからおまえのいま食ってるそれじゃねえよ。いいから食ってろよ。おまえ面倒くせえから」

 俺がそう言って約束をすると、エルフの娘は安心して食事に戻った。

 ほんとバカ。バカエルフ。


 同じ缶詰は店の隅に山積みにされている。

 エナの視線は、そっちをじーっと見ている。


 俺はどうやって言い逃れをしようか、ひたすらそればかりを考えていた。


「あれは……、つまり、大人用なんだ」

「せいけんよう、って、それ、そういう意味なんですか?」


 うえっ。読めるのか!

 どうやらエナは、がんばってバカエルフから文字を教わっているらしい。

 俺の世界の文字を、もうそこまで読めるようになっているとは思わなかった。


「そ、そうそう……、〝成犬〟っていうのは、つまり、おとな、って意味なんだ。だからエナには――」


「わたし。おとなだよ?」


 うわああ。


 あー。だめだ。

 年頃の女の子の地雷を踏んでしまった。

 小学校高学年ぐらいとはいえ、思春期なわけだ。


 あの頃のガキは自分はもう大人だとか思っているんだ。だいたい高校生ぐらいまで続くんだそれが。そこを過ぎて自分は〝ガキ〟だと思うようになってからが、本当の大人の始まりなのだが。


「そ、そうだよな……、エナはもう、立派におとなだよなー」


 俺は調子を合わせて、俺は、そんなこと言った。


 じーっと見つめる、エナの視線が、俺に向けられる。

 まっすぐ覗きこむような視線だ。

 それが痛くって、俺はついつい、目を逸らした。


 エナのほうを向けなくなってしまった俺は、テーブルの向かい――バカエルフのやつに、助けを求める視線を送った。


 がっふがっふと食っている。

 おっふおっふと喜んでいる。

 すっかりだめだった。まったくだめだった。


 テーブルの下で、向こう臑を蹴る。

 なんのリアクションもないので、蹴る蹴る、もっと蹴る。


 ぜんぜんだめだった。

 食ってる最中は、こいつ、気づきもしねえ。


「あの。……なんか? 困って……ますか?」

「え?」


 エナのやつが、そう言ってきた。


「わたし。だめでした? 困らせてます?」

「いやいやいや。そんなことはないぞ。そんなことはまったくないからな」


 俺は手を振った。

 困っているのは、強いていえば――俺の自業自得というやつで。

 バカエルフがバカであるせいで――。


 とにかくエナのせいでは、まったくない。


「缶詰。諦めます。困らせるつもりじゃ……なかったから」


 エナはしゅんとなってしまった。

 あー。あー。あー。



「むっふっふー。特別なのですー。これはわたしにのみ許された、肉味のごはんなのです」


 バカエルフのやつが、得意げにそう言った。

 聞いていないと思っていたら、しっかり、聞いてやがった。

 フォローするでもなく、火に油を注ぎやがった。


「いいなぁ……」


 指をくわえるエナ。

 がっふがっふと、見せびらかすように食べるバカヤロウなエルフ。


 俺は後悔した。大後悔だった。

 やっぱ。うそ。いくない。

 本当のことを言えれば――。言っていれば、こんなに苦しくはなかったのだが。

 エナに対しても説明不能の、わけのわからない理由で聞き分けさせることもなく、しゅんとさせずに済んでいたのだが――。


 うそはやめよう。俺は固く心に決めた。


 せめてもということで――。

 その日は、肉系の缶詰をたくさん開けた。

 エナにはたくさん食べさせた。

ひどいことをしたら自分に返ってきた、という話です。

店主さん反省です。

猛反省してますので、〝ワンコのラベルの缶詰の件〟は、皆さん、許してあげてください。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ